二十五曲目『硬い守り』
魔族と名乗ったレンカは面倒臭そうにため息を吐くと、黒いスケルトンをジロッと睨んだ。
「あんたねぇ、時間かけ過ぎ! それと油断してたでしょ? もうちょっとしっかりしなさいよ」
レンカに叱咤された黒いスケルトンは申し訳なさそうに頭を下げ、顎をカタカタと鳴らす。どうやらこの黒いスケルトンはレンカの仲間、もしくは手下のようだ。
「はぁ……まぁ、いいわ。ここからは私も戦うから、あんたはスケルトンを呼び出してこいつらを蹂躙しなさい。あ、殺すのはなしね。後々面倒だから」
黒いスケルトンはコクリと頷くと、大剣を地面に突き立てる。そして、地面からまたスケルトンの軍勢が現れ始めた。
戦士たちはだいぶ疲弊しているし、デルトに至っては火傷を負って戦うのは難しいだろう。ここはまだ余力を残している俺たちがやるしかない。
「みんなはデルトを守るんだ! やよいと真紅郎はスケルトンを頼む!」
今は戦えそうにないデルトを守るように戦士たちに指示を出し、真紅郎とやよいの二人にはスケルトンたちの相手を頼む。
残りの俺、ウォレス、サクヤは……。
「俺たちはあの魔族と戦うぞ! 油断するなよ!」
「ハッハッハ! 当然だろ!」
「……了解」
俺は剣を構え、ウォレスは両手に持ったスティックに魔力刃を纏わせ、サクヤは傍らに魔導書を浮かせながら拳を握って構えた。
それを見たレンカは辟易とした顔でやれやれと頭を振る。
「……仕方ないわね。さっさと終わらせて帰ろっと」
そして、レンカはクルリとライフルを回すと銃口を俺たちに向け、不敵な笑みを浮かべた。
「殺しはしないけど、痛い思いはして貰うわ」
「やれるもんならやってみろ! ウォレス、行くぞ!」
魔族の強さはよく知っている。
レンヴィランスで戦った魔族の男も、かなりの実力者だった。当然、目の前にいるレンカも強い。
だけど、ここで負ける訳にはいかない。集落には戦えない住人たちがいるんだ。レンカは殺しはしないようだけど、それでも被害が及ぶのは見過ごせない。
自分に喝を入れ、ウォレスと並んでレンカに向かって走り出した。
「<アレグロ!>」
敏捷強化の音属性魔法を使って地面を蹴り、ウォレスよりも一足早くレンカに向かって剣を振おうとすると、レンカは引き金を引いて銃口から炎の槍を放ってきた。
「ーーやらせねぇぜ!」
俺に向かってくる炎の槍をウォレスは魔力刃で斬り払い、俺に目配せしてくる。すぐに察した俺は、剣を振り上げたままウォレスの背中を踏み台にして跳び上がった。
そのまま全体重を乗せ、レンカに向かって剣を振り下ろす。
「甘いわよ?」
俺の剣が向かってきているのに、レンカは気にした様子もなく口角を上げて笑っていた。
そして、突然レンカの前に渦を巻いた風の盾が展開される。
「なっ!?」
振り下ろした剣は風の盾に阻まれ、そのまま弾かれた。俺は空中で一回転してから着地し、レンカから距離を取る。
風の盾が霧散すると、レンカはライフルから薬莢を落として即座に弾を装填し、引き金を引いた。
落雷のような轟音を響かせながら銃口から放たれたのは、雷の槍。紫電を纏って飛来する雷の槍を、俺とウォレスは二手に分かれて躱した。
「あっぶねぇ……」
一直線に地面を大きく焼け焦がせた雷の槍の威力に思わず言葉が漏れる。すると、レンカは感心したように「へぇ」と呟きながら微笑んだ。
「やるじゃない。正直、ちょっとナメてたわ」
敵に褒められても嬉しくないな。
レンカは俺が持っている剣をジッと見つめると、思い出したように手を叩く。
「あぁ! 私、あんたたちのこと知ってるわ! レンヴィランスで邪魔してきた奴でしょ?」
「……そうだけど、それがなんだよ」
「あはは! やっぱり! あの男が召還した人間の割にはやるじゃない! お姉さん、驚き!」
召還……男? それってまさかマーゼナルの王様、ガーディのことを言ってるのか?
俺たちが魔族を討伐するために召還された勇者だってことが、魔族側に知られている……それはヤバい状況だ。
ただでさえ俺たちを兵器として使おうとしていた王国から逃げているのに魔族にまで命を狙われているなら、かなり危険だ。
そう思っていると、レンカは俺の様子から察したのかクスクスと笑い始める。
「安心して、私たちは別にあんたたちのことをどうこうしようなんて考えてないわよ」
「……信用出来ないな」
「でしょうね。ま、とりあえず私から言えることは……私たちは、あんたたちに構ってる暇はないの。早いとこ、竜魔像を集めないといけないんだから」
「どうして竜魔像を狙うんだ? 竜魔像を何に使う気だ?」
そもそも魔族の目的が分からない。魔族はこの世界を支配しようと暴れている凶悪な種族、と言われているけど……正直、そんな風には見えなかった。
もちろん強大な力を持っているし、それで誰かが傷ついているのには変わりない。魔族の本当の目的ってなんだ? どうして竜魔像を欲しがっているんだ?
頭に過ぎった疑問を問いかけてみると、レンカは顎に人差し指を置いて「うーん」と呟きながら、ニコッと笑って銃口を向けてきた。
「教えない! あんたたちは黙って竜魔像を渡して
くれればいいの。それで万事解決なんだから」
「断る。目的が分からない以上、渡す訳にはいかない!」
「んじゃ、強引に奪い取るわ。最初からそのつもりだったからね」
そう言ってレンカはまた引き金を引く。放たれたのは風の刃。俺とウォレスは風の刃を避けながら走り出し、レンカに向かっていく。
レンカの攻撃手段はライフル。レンヴィランスで戦った魔族と同じように、銃を使うスタイルだ。魔族は共通して攻撃魔法は使わず、銃を使っているけど……何か理由があるのか?
いや、今は置いておこう。とにかく、銃での攻撃さえ避けられれば戦えるんだ。
俺は剣を左腰に置き、剣身に魔力を集めていく。ウォレスは目の前に紫色の魔法陣を展開し、スティックで思い切り叩きつけた。
「<レイ・スラッシュ!>」
「<ストローク!>」
ウォレスの魔法陣から放たれた衝撃波と、俺の魔力を込めた一撃がレンカを襲う。だけどレンカは左手を前に突き出し、無詠唱で地面から石の壁をせり上がらせて俺たちの攻撃を防いだ。
強固な石の壁に阻まれ、俺たちの攻撃はレンカに届くことはなかった。でもこれは……誘導だ。
俺とウォレスに目を向けさせ、レンカの背後に回っていたサクヤが右拳に紫色の魔力を纏わせながら走っていく。
「……<レイ・ブロー!>」
レンカは俺たちの方に向いているから、サクヤの攻撃は防げないはず。左足を踏み出し、レンカの背中に向かって魔力を込めた拳を叩き込もうとするサクヤ。
「だから、甘いって言ったわよね?」
そこで、レンカが俺たちの方を向いたままため息を吐いた。
そして、レンカの背後に渦を巻いた風の盾が出現し、サクヤの拳を防ぐ。完全に不意打ちだったはずなのに、レンカは振り返ることもなく無詠唱で風の盾を作り出していた。
「……甘いのは、そっちだ……ッ!」
だけど、サクヤの拳は止まらない。
風の盾を殴りつけたサクヤはそのまま音の衝撃を風の盾に放つ。腹に響くような重低音と共に、サクヤは風の盾を突き破ってそのまま拳をレンカに向かって突き出そうとしてーー。
「……うぐっ!?」
いきなりうめき声を上げるとサクヤは慌てた様子で地面を蹴って後ろに下がった。
どうしたのか、と思っているとサクヤの拳が火傷を負っていることに気づく。
レンカはクスッと小さく笑うと、渦を巻いた炎の盾を消してサクヤの方へ振り向いた。
「ダークエルフ族の坊や……私のどこが甘いって?」
風の盾が消えた瞬間、レンカはすぐに炎の盾を展開していた。普通なら考えられない、一個人での連続魔法使用。無詠唱で魔法を行使出来る魔族だからこそ出来る芸当だ。
一枚でも強固な盾を打ち破っても、すぐに二枚目の盾が待ち受けている……これじゃあ、レンカに攻撃が通らない。
サクヤは火傷を負った手をパンパンと払うと、怯むことなく構えた。
「……次は、二枚抜きする」
「あら、そう? でもね、坊や……二枚で終わると思ってるの?」
悔しげにレンカを睨むサクヤを小馬鹿にするように笑ったレンカは、手のひらを向ける。
そして……風の盾、炎の盾、水の盾、石の壁の四枚の防御魔法を一気に使ってみせた。
信じられない光景に、俺たちは唖然とする。二枚だけじゃなく、四枚も展開出来るなんて、あり得ないだろ。
俺たちの反応に気をよくしたのか、レンカは楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは! そういう顔、お姉さん好きよ? 私ね、仲間の中で一番防御魔法が得意なの! あ、一応言っておくけど……私の本気はもっと凄いからね?」
自慢げに言うレンカに、俺たちは何も言い返せない。圧倒的な実力差に愕然としていた。
数枚の防御魔法を一気に打ち破るとしたら……レイ・スラッシュぐらいだろうけど、俺が出来るのは三重奏まで。最大でも三枚しか抜けない。
三重の音の衝撃波とサクヤのレイ・ブロー、ウォレスのストロークを同時に放てば……いや、そもそもレンカはまだ本気を出していない。本気になったら何枚重ねて展開出来るのか分からない以上、実行に移すのは難しい。
「あはは! 絶望したかしら? んじゃ、もう終わらせるわね」
レンカはライフルを構え、サクヤに照準を合わせる。このまま一方的にやられてたら、いずれ俺たちは敗北してしまう。
どうしたらいい。頭をフル回転させて作戦を考えるけど、レンカは容赦なく引き金を引いて炎の槍をサクヤに放った。
真っ直ぐに向かっていく炎の槍を、サクヤが避けようとした瞬間ーー。
「グルオォォォォォォォォォォォォン!」
咆哮が響き渡り、空から蒼色の巨体がサクヤの前に躍り出ると炎の槍を堅い甲殻で受け止める。
サクヤを守ったのは、やよいたちと一緒にスケルトンの軍勢と戦っていたニルちゃんだ。
「……ニルちゃん、ありがと」
「グルルル……」
ニルちゃんの登場に目を丸くして驚きながら礼を言うサクヤ。ニルちゃんは気にするなとばかりにチラッとサクヤの方に目を向けると、すぐにレンカを睨んでうなり声を上げる。
そして、口を大きく開くと思い切り息を吸い込み始めた。
「グルオォォォォォォォォォォォォッ!」
ニルちゃんは反撃とばかりに咆哮と共に口から冷気を纏ったブレスをレンカに向かって吐き出す。周囲を凍らせていくブレスは空気中の水分を一瞬で凍結させ、大きな氷塊となってレンカに襲いかかった。
「あら、ニーロンフォーレル? 珍しいモンスターを飼ってるのね」
いきなり現れたニルちゃんに物珍しそうに見つめながら、レンカは目の前に風の盾を展開させる。
盾に氷塊がぶつかると、渦を巻く風によって氷塊が弾き返された。
「グルォン!」
ニルちゃんはその場でコマのように一回転し、弾き返された氷塊を巨大な尻尾で薙ぎ払う。
そのまま翼を羽ばたかせたニルちゃんは、砕かれて舞っている氷の結晶を吹き飛ばしながらレンカに向かって飛んでいった。
鋭い牙を剥き出しにしてレンカを噛みつこうとしたけど、その前に地面からせり上がってきた石の壁に阻まれてしまう。
それでも石の壁に噛みついて破ろうとすると……レンカが面倒臭そうにため息を吐いた。
「おイタはダメよ? 離れなさい」
そう言ってレンカはライフルの弾を交換し、銃口を向けて引き金を引く。そこから放たれた雷の槍は石の壁を突き破りーーニルちゃんの腹部を撃ち抜いた。
「グ、オォォ、ン……ッ!」
雷の槍は頑丈な鱗と甲殻を持つニルちゃんの体を貫く。目を見開きながらニルちゃんは吹き飛ばされて宙を舞い、血を吹き出しながら地面に落下する。
力なく倒れ込んだニルちゃんが地面を揺らして倒れ伏した。貫かれた箇所からは、止めどなく血が流れていく。
「ニル、ちゃん……?」
その姿を、サクヤは青ざめた顔で見つめていた。




