二十二曲目『コルド防具服店』
「ここが俺のオススメの店だ」
ロイドさんに連れられて来た店は、他の店に比べても高そうな外観をしていた。
店名は<コルド防具服店>と言うらしい。防具服って何だ?
そんな疑問を浮かべている俺を無視して、ロイドさんが店に入っていく。俺たちも店の中に入ると、そこには色んな服が飾っていた。
その服は俺たちの世界にあるような洋服の形をしている。これが本当に防具なのか、と疑問が深まっていると、ロイドさんに気付いた店員が近づいてきた。
「やぁロイド。いらっしゃい」
「おう、コルド。今日は客として来たぜ」
コルド、と呼ばれたのはロイドさんと同じぐらいのメガネをかけた壮年の男性だった。
名前からして、この人が店長なんだろう。コルドさんはロイドさんと少し話をしてから、俺たちの方を見て笑いかけてきた。
「初めまして、私はコルド。この店の店長をしております」
「あ、初めまして。タケルです」
「えぇ、皆様のお名前はロイドに聞いていますよ。今日は<防具服>のご購入をお考えのようで」
「あの、防具服? って何ですか?」
聞き慣れない単語にやよいが質問すると、コルドさんはニコリと笑って防具服の説明をし始める。
「防具服とは、その名の通り防具として使える服のことです。モンスターの素材を使い、普段使いの服にしても違和感がないように作られた防具ですよ」
そう言われて店内を見渡してみる。たしかに、見た目は洋服にしか見えない。これが防具だと言われても、一目じゃ分からなかった。
すると、コルドさんは自慢げに胸を張りながら話を続ける。
「モンスターの素材を服のように加工する技術は本来なら難しいのですが、私が編み出した技術でそれを可能にしたのです」
「どうやったんですか?」
「それは秘密です」
口元に人差し指を当てながら言われる。そりゃそうか。
ふと値段を見てみると……何だこれ。見たことがない桁数が並んでる。
「高っ!? え、こんな高くて売れるんですか?」
「モンスターの素材、意匠、技術、手間などでお高くなりますので、一部の者しか買い手がいませんが……この店以外にも他の国に店舗がある、と言えばそれ以上言わなくてもお分かりになりますかと」
つまり、それだけ高くても売れてるってことか。他国にも店舗があるって凄いな。
話を聞いていたロイドさんは、カラカラと笑いながら話しに入ってきた。
「金のことは心配する必要はないんだ。好きな物を買うといい」
そう言われても、どれを買えばいいのか分からない。デザインで決めるべきか、性能で決めるべきか。そもそもどれがいい品物なのかも分からない。
困っていると、コルドさんが助け船を出してくれた。
「お困りでしたら私が見立てましょうか?」
「お、お願いします」
「でしたら……そうですね」
コルドさんは店内に並べられた服を眺めつつ、俺たちの体を見て選んでいく。
全員分の防具服を見立てたコルドさんは、俺たちそれぞれに手渡した。
「奥に試着室がございますので、どうぞ着てみて下さい」
「あたし! あたしから着てみる!」
渡された服を見てテンションが上がったやよいが、我先にと試着室に入っていく。
そして、少し経ってから現れたやよいはクルリとその場で回って見せた。
「どう? 似合う?」
猫の耳のような黒いニット帽に同色の皮のジャケットを羽織り、その下には青のシャツ。
赤と黒のチェック柄のフリルが付いた短めのスカートに、膝ぐらいまである黒いロングブーツという俺たちの世界にあるような、ロック風の格好をしていた。
やよいは嬉しそうに笑いながら、自分の格好を眺めている。
「これ凄い! 私たちの世界にある服と変わんない! 本当に防具なんですか?」
「はい。その帽子はシループの柔軟性と防御力を併せ持った毛糸で編み込み、キャスクの耳を表現した可愛らしさと防御力を兼ねて作り上げています。そしてその上着は雄のホーンブルの皮を使っています。ホーンブルは雌を巡って角をぶつけ合って争うのですが、激しく角がぶつかっても傷一つないほど頑丈な皮をしていますので、並大抵の武器では傷をつけることは出来ないでしょう。中のシャツは麻の中でも一番頑丈なラミン製で、色はドラゴンビアードの深く青みのある実を使って染め上げています。スカートは尾の先にもう一つの頭がある赤黒の鱗をしたアンフィナの素材を使いました。同じ鱗なのに色が二つあるため、そのような意匠を施すことが出来るのです。もちろん、それだけではなく動きを阻害しない上に頑丈ですのでご安心を。ブーツも雄のホーンブルの皮を使っています」
「よく分かんないけど凄い!」
やよいはコルドさんの説明をサラッと流してたけど、聞いていた俺には異世界特有の固有名詞が多いし、めちゃくちゃ長くてほとんど理解出来なかった。
え? もしかしてこの説明、全員分あるのか?
「次はボクが着てくるね」
次に真紅郎が試着室に入っていく。どことなく、テンションが上がっているように見えた。
そして、選んで貰った服を着た真紅郎が姿を現した。
「どう、かな?」
少し照れながら真紅郎が感想を求めてくる。
真紅郎は頭に黒いキャスケット帽を被り、上は紺色のワイシャツと黒いベスト、手には皮で出来たオープンフィンガーの手袋。
下は黒いタイツとドロワーズのように少し膨らんだ同色の半ズボン、膝下ぐらいまであるロングブーツという、ゴシック風ファッションをしていた。
「ふむ、私の見立て通りよくお似合いですよ。失礼かと思いますが、中性的な容姿をしていらっしゃいますので少し可愛らしさを出しつつ、男らしい格好良さが醸し出せるように選ばせて頂きました」
コルドさんの言葉に真紅郎は満足げに笑みを深める。
「ありがとうございます。うん、気に入りました。これが防具になってるなんて信じられません」
「お気に召したようで。真紅郎様のはブラックサーペントの皮をふんだんに使った物を選びました。光沢のあるブラックサーペントの皮を丁寧になめし、高級感のある黒を出しています。それにより暗い印象ではなく高貴、優雅な印象を与えるでしょう。ベストには裏地にホーンブルの素材を使っていますので、防御力に関しては文句なしかと。ズボンは動きやすさに加えて少年らしさを出した意匠をしていますので、大人と少年という本来なら相反する二つを上手く表現させています。もちろん、それもブラックサーペントを使わせて頂きました。ブーツはやよい様と同じ物です」
長い! やっぱり長いよ、コルドさん!?
でも、今回は何となく分かった。全体的に黒い蛇のようなモンスターの素材を使ってるってことだな。真紅郎も満足しているみたいだし、いいか。
「ハッハッハ! 次はオレが行くぜ!」
意気揚々とウォレスが試着室に入っていく。さてどんな格好になっているのか、とウォレスを待つと……試着室から勢いよくウォレスが出てきた。
「どうだ! これがオレの防具服だ!」
ウォレスの姿は、一言で言えばワイルド系ファッションだった。
首もとにモフモフとしたファーがある焦げ茶色のレザーコートを羽織り、その下には白いインナー。黒いスキニーパンツにゴツゴツとした無骨な黒いブーツ。
体格のいいウォレスに似合った服装だ。
「ウォレス様のコートはワーグ、それも群のボスの皮を使った一品です。コボルトの上位種族であるルガルの皮を裏地に使い、その毛をファーにしています。下はディルフの皮を細身に仕立てたました。ブーツも同じ素材を使い、靴底は鉱石を混ぜた特殊な素材で出来ていて頑丈で滑りにくい造りになっています」
やっぱり長いな。でも、これも何となく理解出来る。
<ワーグ>は狼型のモンスターで、<ルガル>は狼男みたいなモンスター。<ディルフ>もたしか狼型だったはずだから、ウォレスの防具服は狼系モンスターの素材でまとめてるんだろう。
「じゃ、最後は俺だな」
流れでトリを飾ることになった俺が、試着室に入る。
コルドさんに渡された防具服は、ぶっちゃけ気に入っている。見た目は元の世界でも違和感がないし、素材がモンスターってだけでデザインはかなりいい。
早速着てみて、サイズは大丈夫か確認してから試着室から出た。
「……どう? 変じゃないか?」
みんなに聞いてみると、満足そうに頷いている。どうやら大丈夫なようだ。
俺の服装は赤いワイシャツに、膝上ぐらいまである黒いロングベスト。同色のスキニーパンツとロングブーツという、キレイめファッションだ。
「普通にライブ衣装として使えそうだよね」
「そういえば前にこういうの着た気がするな」
やよいに言われて、たしかに昔こんな衣装を着てたなと思い出す。
てか、着てみて分かったけどこれ多分、かなりいい素材だ。着心地もそうだけど、何というか他のみんなが着ている奴とはちょっと違うように思える。
「あの、コルドさん。これ、何の素材を使ってるんですか?」
「それはドラゴンの素材を使っています」
「ど、ドラゴン!?」
思った通り、かなりいい素材だった。
コルドさんはコホンと咳払いすると、俺の防具服について説明し始めた。
「タケル様の防具服はドラゴンの素材でまとめてみました。ワイシャツはクリムフォーレルと呼ばれる火山地帯に生息する赤いドラゴンの翼膜を使っています。火に強く、柔軟性と頑丈さを兼ね備えた最高級の素材ですね。ベストとズボン、ブーツにはドライグルと呼ばれる翼のない四足歩行のドラゴンの皮を使いました。ワーグのような俊敏性を持つドライグルの皮は防御力もありますが、動きを阻害しない伸縮性も兼ね備えています。市場にも中々お目にかかれない希少なドラゴンの素材を使ったその防具服は一点物で、この店一番のお値段となっています」
コルドさんの説明を聞いて目眩がした。そんな高い物を俺なんかが着ていいのだろうか?
恐る恐るロイドさんの方を見ると、ニヤニヤと笑っていた。
「いいじゃねぇか。俺もドラゴンの素材使った防具服を着てるが、かなりいいぞ? 丈夫だし、そこら辺のモンスターの攻撃ぐらいなら傷一つつかねぇ。それに金のことは気にすんなって言ったろ? 好きなもん買えよ」
そうは言うけど、本当にいいのか?
あとで王様に文句を言われそうで怖いけおd、ロイドさんがそこまで言うなら……。
「じ、じゃあ……買います」
その言葉を待っていたかのように、コルドさんは満面の笑みを浮かべた。
「お買い上げありがとうございます」
こうして俺たちは防具服を買った。
やよいたちは嬉しそうにはしゃいでいるけど、俺は胃が痛くて仕方がない。
ついでに、コルドさんにコルド防具服店で買い物をしたお客様専用のカードのような物を貰った。他の店舗でこれを出せば、割引してくれるらしい。
商魂たくましいなと思いながらカードを受け取り、俺たちはコルドさんの店を出るのだった。