二十一曲目『魔闘大会』
「はい、薬草の採取完了ですね。お疲れさまでした」
受付の人に薬草が入った袋を渡し、今日の依頼は終了だ。
薬草を探すためにずっと中腰だったせいで痛む腰を叩きつつ、グッと背中を伸ばす。
「あぁ、疲れたぁ……」
「お疲れ。これからどうする?」
怠そうにしている俺に真紅郎が声をかけると、やよいが手を挙げて口を開いた。
「あたし、お風呂入って休みたい。疲れたし」
「オレはまだ行けるぜ! モンスターの討伐がやりてぇな!」
やよいは城に戻ることを提案するも、ウォレスはまだ動き足りないのか依頼を続けようと提案してきた。
どうしたものかと考える。それにしても、俺たちも異世界の生活に慣れてきたな。
ユニオンメンバーになってから、一ヶ月。俺たちが異世界に来てからもう半年以上は経っているし、それだけあれば慣れもするか。
ユニオンに入ってからも修行は続いてるけど、前に比べれば強くなった自信があった。
ロイドさんとの稽古もある程度互角にこなせるようになったし、魔法も順調。
まぁ、稽古に関してはロイドさんが手加減してるだろうから、何とも言えないけど。
「今日はもう帰るか」
「賛成! 帰ろ帰ろ!」
俺がどうするのか決めると、やよいは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ帰ろうか」
「えぇ、マジかよ……ま、いいか」
真紅郎も同意し、ウォレスは残念そうにしながら従うことに決めたようだ。
今回は薬草の採取に加えて、襲ってきた<コボルト>__犬の顔をした小人のようなモンスターと戦ったからな。今日はこれぐらいでいいだろ。
それにしても、コボルトとの戦いの時のやよいは凄かった。
斧を振り回して、三匹のコボルトを同時に吹っ飛ばしてたし。あれだけモンスターと戦うのは無理って言ってたのに、今となってはこのメンバーの中でもトップクラスの攻撃力を誇っている。
まぁ、魔法があるからこそ、やよいでも斧を軽々と振り回せるんだけどな。
俺たちが城に帰ろうとすると、ロイドさんが声をかけてきた。
「おっと、お前らちょっと待て。少し話があるから執務室まで来い」
「えぇぇ……あたし、お風呂入りたいんですけど?」
「すぐに終わるっての。いいから来い」
話しってなんだろうな。渋るやよいを連れて、執務室に向かう。
ロイドさんは俺たちが執務室に入ったのを確認すると、本題に入った。
「お前ら<魔闘大会>って知ってるか?」
たしか、リリアが前に言ってたな。
三十年前から続いている、王族主催の魔法ありの大会__魔闘大会。
数多の実力者たちがしのぎを削っている、王国で一番のイベントらしいけど……それがどうしたんだろう?
「知ってるなら話が早い。お前ら、この大会に出ろ」
「え? なんでですか?」
大会自体には興味はあったけど、出るつもりはなかった。それなのに、いきなり出ろって言われてもな。
俺が理由を聞くと、ロイドさんは面倒臭そうに後頭部を掻きながら答える。
「ガー……王様からの命令だ。大会に出て、お前たちの実力を民衆に知らしめろとのことだ」
王様の命令、か。それなら聞かない訳にはいかないな。でも、実力を知らしめろって言われてもな……。
「え? あたし、イヤ」
「ボクもちょっと遠慮したいんだけど……ダメですか?」
「オレは出るぜ! そんな祭り、参加しなきゃ損だぜ!」
やよいと真紅郎は乗り気じゃない様子で、逆にウォレスはやる気満々だった。
俺も出てもいい、というより王様の命令だから出ないといけないけど……。
「ロイドさん。それって、全員が出ないとダメなんですか?」
「ん? どうだろうな。全員じゃなくてもいいと思うが……」
「じゃあ、俺とウォレスが出ます。やよいと真紅郎は不参加で」
全員じゃなくてもいいなら乗り気じゃない真紅郎と、やよいは出なくてもいいだろう。それに、魔闘大会は……かなり危険だ。
大怪我をする可能性があるし、最悪の場合死ぬこともあるらしい。
そんな大会に俺たちの中でも華奢な真紅郎と__やよいを出す訳にはいかない。
そういうことで出るのは俺とウォレスだけと伝えると、ロイドさんは少し考えてから頷いた。
「分かった。王様には俺から伝えておこう」
「ありがとうございます」
ロイドさんに頭を下げると、ウォレスは楽しみなのか拳を握りしめる。
「くぅぅ! 楽しみだな! 絶対に優勝してみせるぜ!」
「あ、優勝者には何かあるの?」
優勝、という言葉にやよいが思いついたように問いかけると、ロイドさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「優勝者には王国一の称号と、王様に一つだけお願いすることが出来るんだ。ま、可能な願いに限るが、無理なものじゃなければ大抵のことは叶えてくれるぞ」
称号はともかく、一つだけ願いが叶うって……王様、太っ腹だな。
優勝出来るかは分かんないけど、それは何とも魅力的な商品だ。ちょっとだけ、俺もやる気が出てきた。
そこで、執務室の扉からノックが聞こえてくる。そして、ロイドさんの返事を待たずにアシッドが入ってきた。
「失礼しまぁす。お呼びですかぁ?」
「アシッド、お前も魔闘大会に出ろ」
ロイドさんは返事もなく入ってきたアシッドを、叱ることもせずに間髪入れずに言い放つ。
いきなりのことにアシッドは呆気に取られていたけど、すぐに面倒臭そうにため息を吐いた。
「イヤですよぉ、面倒臭い。別に、俺が出る必要はないでしょうに」
「……優勝したら今まで賭けの負け金免除。ついでに、長期休暇を認めよう」
「任せて下さいマスター。このアシッド、見事優勝して見せましょう」
コロッと態度を変えるアシッド。手のひら返しが早すぎる。
魔闘大会にアシッドも参加することになったし、これは優勝は難しくなりそうだ。
思った通りに事が進んだのかニヤニヤとしていたロイドさんだったが、何か思い出したのか俺たちに話しかけてきた。
「あぁ、そうだ。王様から言伝を預かってる。お前ら、その格好で魔闘大会に出るつもりか?」
その格好、と言われて俺たちは顔を見合わせる。
異世界に来た時に着ていたライブ衣装じゃなく、麻で出来たシャツとズボンに簡素な皮鎧を装着していた。
さすがにモンスターと戦う時にただの布を着た状態で戦える訳もなく、鉄製だと動きが阻害されそうだからモンスターの皮で出来た鎧を着ているけど……見た目はあまりよろしくない。
これで大会に出るのはたしかに……と思っていると、ロイドさんは話を続ける。
「大会に出るに相応しい装備をしろ。資金はこちらから出すから、好きな物を買うといい……だとよ。他国のお偉いさんが来るから、それなりに着飾って欲しいんだろうな」
「マジかよ! 王様サンキュー!」
いい装備は欲しかったけど、資金的に無理だと思っていたから渡りに船だ。
そういうことなら今から防具を売ってる店に行かないと。そう思っていると、ロイドさんがニヤリと笑う。
「そこでだ。お前らにいい店を紹介してやるよ」
「いい店ですか?」
「あぁ。金の心配する必要がなく、他国の奴らが見ても恥ずかしくない格好で、防具としても優秀。そんな物が売ってる店だ」
「ヘイ、そんな店が本当にあるってのか?」
そんなお誂え向きな店が本当にあるのか疑っているウォレスに、ロイドさんは自信ありげに頷く。
「今から俺が案内してやるよ」
そこまで言うなら、と俺たちはロイドさんについて行くことにした。