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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第六章『漂流ロックバンドと祭り上げられし亡国の聖女』

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十六曲目『枯れ井戸の老人』

 早朝。住人たちが動き出すにはまだ早い時間に、俺は宿の裏にある井戸の前で深い深いため息を吐いていた。

 憂鬱な気分にため息が止まらない。こうなっている理由は、昨日の夜。キュウちゃんを貧民街に置いてきたことに気づいた時のこと。

 俺が部屋に戻ろうとすると、真紅郎が思い出したように俺にあることを話した。


「タケル。実は、今日ゼイエルさんに聞いた話なんだけど……ゼイエルさんは貧民街を制圧する作戦のために、三千人もの部隊を集めているみたいなんだ」

「はぁ!? 三千人!?」


 あまりの人数に驚いた俺は思わず聞き返す。真紅郎は険しい顔で頷き、話を続けた。


「圧倒的な兵力と用意したある物(・・・)を使って、一気に貧民街を制圧する。これが貴族の作戦らしい。ある物に関しては教えてくれなかったから、そっちを重点的に探ってみるよ」


 それだけ伝えて、真紅郎は自室に戻っていった。

 貴族は金に物を言わせて貧民街を潰すつもりのようだ。それを知り、どうしたらいいのか悩んでいたせいであんまり眠れなかった。

 寝不足でぼんやりとする頭を振り払いつつ、井戸の桶を手に取る。冷たい水で顔を洗って、眠気を吹き飛ばさないとな。


「それにしても、どうしたらいいんだよ……」


 桶を手に持ったまま、俺は考える。

 星屑の討手が何人いるのか分からないけど、百人もいないはずだ。

 それに比べて、貴族側には三千の私兵。明らかに兵力差があり過ぎる。このままだと星屑の討手は圧倒的な兵力に淘汰され、貧民街が潰されるのは火を見るより明らかだ。

 こんなんじゃ、血が流れずに穏便に解決することなんて出来るはずがない。だけど、どうしたらいいのか分からなかった。


「……ちくしょうッ!」


 何も思いつかないことへの焦りと怒りに、俺は思わず桶を井戸の中に思い切り投げ入れてしまった。

 そこで、俺は井戸に取り付けられた看板に気づく。


「……枯れ井戸のため、別の井戸を使うこと? マジか」


 看板を読むと、どうやらこの井戸は枯れているらしい。頭がはっきりしてなかったせいか気づかなかった。

 自分自身に呆れつつ、桶を止めようとロープを掴もうとした時……。


「ーーぷげぇ!?」


 井戸の底で何かがぶつかった音と共に、しゃがれた悲鳴が聞こえた。


「……は?」


 予想外の出来事に眠気が吹っ飛んだ。

 恐る恐る井戸の底を覗いてみると、そこには誰かが頭を抑えてうずくまっているのが見えた。

 だ、誰だ? まさか枯れ井戸の底に誰かいるとは思ってなかった俺は目を丸くして見つめていると、その人は痛そうに頭をさすりながら俺を見上げる。


「……あ」


 その人は男の老人だった。

 頭をターバンでグルグル巻きにして、立派な髭を蓄えた老人は俺に気づくと「やべ、見つかった」と言わんばかりに慌てて姿を消した。


「あ、ちょっと待って!」


 謝ろうとしたのに逃げられてしまい、俺は思わず枯れ井戸に飛び込む。

 誰かは分からないけど、ボロボロの格好を見るに恐らく貧民街の住人だろう。老人のようだし、もしかしたら何かこの国について詳しいかもしれない。

 そう思いながら井戸の底にスタッと着地する。すると、そこには人為的に掘られた横穴が伸びていた。

 もしかして、これも貧民街の住人が貴族街に侵入するための隠し通路なのか?

 至る所にあるんだな、と感心していると遠くにバタバタと走って逃げている老人の後ろ姿を見つけた。


「待って! 俺は敵じゃない! 少し話を聞いてくれ!」


 必死に呼び止めるも老人は無視して遠ざかっていく。

 仕方ない、追いかけるか。俺は地面を蹴って横穴に飛び込んでいった。

 俺の頭ギリギリの大きさの石造りの通路を走り抜け、老人を追いかける。通路は松明が灯してあり、明るさには事欠かなかった。

 それにしても……。


「速いな、おい!?」


 俺が必死に走っても、老人との距離は中々近づけなかった。

 老人とは思えない俊敏な動きで逃げていく背中に、思わず悪態を吐く。


「だったら……<アレグロ!>」


 仕方なく、俺は音属性魔法のアレグロ……素早さ強化の魔法を使って一気に距離を詰めた。

 老人はいきなり速度が上がった俺に驚きながら、ポケットから何かを取り出して俺に投げつけてくる。


「ちょ!? あだっ!?」


 投げてきたのは石ころだった。速度が上がってるせいで避けられず、石ころが額に直撃する。

 痛む額を手でさすっていると、老人は口元に手を置きながら「プークスクス」とほくそ笑んでいた。


「こんの、ジジイ……ッ!」


 その態度にイラッとした俺は、思い切り地面を蹴って老人を追いかける。逃げる老人を睨みながら、俺は魔装の収納機能で仕舞っていたロープを取り出し、ブンブンと振り回す。


「これでも食らえ!」


 そのまま遠心力を使って勢いよくロープを老人に放った。

 ロープは上手い具合に老人の足に絡まり、老人は「ぬおぉぉぉ!?」と悲鳴を上げながら地面を転がる。

 チャンスだ。すぐに老人に飛びかかった俺は、ロープで老人をグルグル巻きに拘束した。


「まいったかこの野郎!」

「グヌヌ、年寄りに向かってこんなことをしおって! ワシは絶対に口を割らんぞ! くっ、殺せぇ!」

「殺さねぇよ!?」


 捕まった老人は必死に抵抗し

ている。石ころをぶつけられてつい苛立ってしまい、こんな方法で捕まえたけど……俺はそもそも桶をぶつけたことを謝ろうとしてたんだった。


「話を聞いて下さい! 俺は敵じゃないですから!」

「嘘を吐けぇ! 敵じゃなかったら縄で縛ってまで捕まえる必要はないじゃろう!」

「……ごもっとも」


 老人の正論に言い返すことが出来なかった。

 とりあえず俺は老人を解放し、落ち着かせる。


「えっと、とにかく! 俺はただ、桶をぶつけてしまったことを謝りたいんです」

「ほう? 本当かのぅ? か弱い年寄りを無理矢理捕まえたくせにぃ?」

「ぐっ……それは、その……石をぶつけられて、つい」

「つい? ついと言ったかぁ? ほうほう、そうかそうかぁ」


 老人はニヤニヤと意地悪げに笑いながら大げさに頷いていた。なんか、ムカつくな。

 でもこっちが悪いし、何も言わずに頭を下げておく。


「色々とすいませんでした……」

「ん」

「……はい?」

「ん!」


 謝ると老人は俺に向かって手を差し出してきた。意味が分からず首を傾げると、老人は急かすようにまた手を伸ばしてくる。


「えっと……?」

「なんじゃ、察しが悪いのぅ。鈍感って言われたことないか?」

「ありますけど……で、その手はいったい?」

「まったく、最近の若いのは……言葉での誠意などいらんのじゃ。本当に謝る気があるなら、なんかよこせ」


 このジジイ……。

 ピキッ、と額に筋を浮かばせながらどうにか堪え、俺は老人の手に金を置いた。

 すると老人はニコニコと嬉しそうに早々とポケットに金を仕舞う。


「そうそう、それでいいんじゃよ」

「……で、ちょっとお聞きしたいんですが、よろしいですか?」

「む? なんじゃ? あ、ワシは口を割るつもりはないからの! 絶対に何も喋らんからな!」


 俺は追加で金を手渡した。


「なんでも聞いてくれてよいぞ!」

「いいから色々喋れ、ジジイ」

「いいじゃろう! ん? 今、ジジイって……」

「気のせいですよ」

「え? じゃが……」

「気のせい、ですよ?」


 語気を強めながら言ってやると、老人は首を傾げながら「まぁ、いいか」と呟く。

 ようやく話が聞けるな。一度ため息を吐いてから、俺は口を開いた。


「俺の名前はタケル。ユニオンメンバーで、旅人です」

「ほう、ユニオンメンバー。この国に何かご用ですかな?」

「立ち寄っただけなんですけど……まぁ、色々と巻き込まれちゃって。それで、あなたは?」

「ワシか? そうじゃのう……」


 老人は顎髭を撫でながら、シワだらけの顔をクシャッとさせて笑って名乗る。


「昔の名前はもう捨てた。今は、名無しの爺と呼ばれておるよ」

「え!? あなたがあの名無しの爺!?」


 探していた謎の情報屋、名無しの爺。

 まさか、こんな枯れ井戸の底で出会うと思ってなかった俺は、口をあんぐりと開けて唖然とするのだった。

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