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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第六章『漂流ロックバンドと祭り上げられし亡国の聖女』
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十四曲目『似た境遇』

「こっちこっち! パスパス!」

「いくぞぉ!」

「キュウちゃん可愛いー!」

「白くてモフモフしてるー!」


 瓦礫やゴミを綺麗に片づけた貧民街にある広場で、子供たちの笑い声が響いている。

 男の子たちはバスケをして遊び、女の子たちはキュウちゃんと一緒に遊んでいた。

 揉みくちゃにされて助けを呼ぶように鳴くキュウちゃんからそっと目を逸らしつつ、広場が見渡せるところでウォレスと一緒に座って眺める。

 ウォレスはバスケをしている男の子たちを指さして、頬を緩ませた。


「あれ、オレの自作なんだぜ?」

「は? マジで?」


 言われてみればたしかに、バスケのゴールはつぎはぎだらけで手作り感満載だった。

 ボールも試行錯誤しながら作ったらしい。たったの一日でよく作れたな。

 楽しそうにしている子供たちを見つめながら、ウォレスは静かに頭を下げた。


「悪かったな、タケル」

「俺を気絶させたことか? それとも……俺たちに相談もせずに星屑の討手に協力していることか?」

「……どっちもだよ」


 ウォレスは嘆息して言い辛そうに苦い顔をしながら、ゆっくりと説明を始める。


「オレの過去は話しただろ?」

「スラムに住んでたってことか?」

「あぁ。実はオレ、大家族の長男でな……下に六人、弟と妹がいるんだよ」


 だから面倒見がよくて頼れる兄貴みたいに思えたのか。

 納得しているとウォレスは頭をガシガシと掻き、深いため息を吐く。


「だが、オレの父親(ダッド)はどうしようもない奴で、オレが十歳の時に突然いなくなりやがった。オレと家族……母さん(マァム)を残してな」


 いわゆる母子家庭って奴だ、とウォレスはやれやれと肩を竦めて語り始めた。


母さん(マァム)は残されたオレたちを養うために夜遅くまで働いてた。だから、長男であるオレがいつも弟や妹の世話してたんだよ」


 するとウォレスは広場に現れた女性、シンシアを遠い目で見つめる。

 遊んでいた子供たちはシンシアに気づくと嬉しそうに、楽しそうにしながら群がり始めた。

 子供たちに囲まれたシンシアは頬を緩めて笑い、抱えていた食料を配り始める。

 その光景を見て、ウォレスは懐かしそうに笑みをこぼした。


「あんな感じでオレもどっかからメシをかっぱらってきて、弟や妹たちに配ってた。本当なら働きたかったんだけどよ、十歳のガキ……しかも、スラムに住んでる奴なんて雇ってくれるところはなかった」


 そもそも十歳で働けるところなんてないけど、それに加えてスラム街に住んでいるというのが一番のネックだったようだ。

 もしかしたら店の商品や金を盗まれるかもしれない、と信用されないらしい。


「だからとにかく、少しでも母さん(マァム)を助けるためにオレは弟と妹たちの面倒を見ていた。イジメられたり襲われそうになった時は必死に戦って守ってきた……ひん曲がった鉄パイプ片手にな」


 スラム街には酔っぱらいや浮浪者、身よりのない子供を誘拐しようとする輩が多い。だから、ウォレスは家族を守るために戦ってきた。十歳という若さで。

 一瞬、見たこともないはずの子供の姿を幻視した。

 小柄で、薄汚れた金髪のボロボロの服を着た少年の姿。片手に鉄パイプを構え、顔を腫らしながら家族を守るためにギラギラとした瞳で睨んでいる、口から血を流した……子供の頃のウォレスを。

 その目はまるで、貧民街に住む子供と同じ。誰も信用していない、警戒心に満ち溢れた目をしていた。

 ウォレスに「ヘイ、どうした?」と声をかけられ、我に返る。今のウォレスはさっきまで幻視していた子供の姿とは違う。

 薄汚れていた金髪は綺麗に太陽の光に煌めき、小柄だった体格は大きくなって鍛えられている。

 そして、その瞳は優しくなっていた。

 俺が「いや、なんでもない」と答えると、ウォレスは首を傾げながら話を続ける。


「でもよ、まだ十歳のガキだぜ? 本当なら母親(マァム)に甘えたかった。だけど、そんなこと出来るはずもねぇ。例え困ったことがあっても、助けて欲しい時も……頼れる人がいなかった」


 弟や妹たちはウォレスよりも幼く、一番年上のウォレスが守ってあげないといけない。でも、まだ十歳のウォレスだって同じこと。

 だけど、甘えたくても、頼りたくても……その時のウォレスにはそんな存在がいなかった。

 それでも、ウォレスは守り続けていた。危険なスラム街でたった一人で、幼い家族のために。

 ウォレスの面倒見の良さや頼りがいがあるのは、そういう背景があったからなんだな。

 普段のウォレスでは想像が出来ないほど壮絶な過去に、自分のことじゃなくても心が締め付けられそうになる。

 顔をしかめて俯いていると、察したウォレスが微笑みながら慰めるように俺の肩をポンッと叩いた。


「そんな顔すんな、もう過ぎた話なんだからよ」

「ウォレス……」


 いつもの明るい笑顔を浮かべたウォレスは事も無げに話す。今のウォレスにとっては、過去の話でしかない。

 例え壮絶な過去があっても、ウォレスはウォレスだ。お調子者でムードメーカーの、俺たちRealizeの大黒柱。

 気持ちを切り替えると、笑顔だったウォレスは途端に真剣な表情でシンシアを見つめて口を開く。


「シンシアも同じなんだよ……昔のオレと。この貧民街で頼れる奴はいねぇ。たった一人で、ガキ共の面倒を見てるんだ」


 シンシアは子供たちに引っ張り回され、困った表情で笑っていた。

 劣悪な環境で暮らす子供たちにとって、シンシアは親のような存在なんだろう。子供たちが甘え、頼りにしているのはシンシアだけ。

 でも、シンシアには甘える相手も、頼れる人もいない。昔のウォレスと同じように。


「自分を見てるようで、どうにも放っておけなくてな。だから、オレは星屑の討手に協力して、シンシアとガキ共と一緒にいる訳だ」

「そういうことか……」

「まぁ、もう一つ理由があるんだけどよ」

「もう一つ?」


 俺が聞き返すと、ウォレスは頷いて手招きする。ウォレスは俺の耳元で誰にも聞かれないようにこっそりと星屑の討手に協力しているもう一つの理由を話した。


「夕食会の時とお前が戦った槍使いがいただろ? あれは、シンシアだ」

「え!?」


 夕食会でウォレスと戦い、貴族街の店を襲撃した時に俺と相見えた槍使いがシンシアだと言われ、目を丸くして驚く。

 よくよく考えてみれば、納得出来た。最初に出会った時の棒捌きを思い出せば、たしかに槍使いの動きと酷似している。

 ウォレスは短く息を吐くと、そのままシンシアと星屑の討手のことを話し始めた。


「星屑の討手は元々このアストラの民の末裔。あいつらの目的はアストラを牛耳っている貴族を追い払い、元のアストラを取り戻すことなんだよ」


 貴族たちは元はこの国、アストラの人間じゃない。外部から来た余所者だ。

 滅びかけたアストラに目を付け、貴族は自分たちの物にして好き勝手にやっている。元々この国の民を貧民街に追い払って。

 それをどうにかしたいと結成されたのが、星屑の討手。アストラを取り戻し、元のアストラの再建を目的として。

 ウォレスは一度話すのを止め、苛立たしげに舌打ちしながら奥歯をギリッと鳴らした。


「オレだって貴族の奴らは気にいらねぇ。だから、星屑の討手がこの国を取り戻すことに協力したっていい。だけどよぉ……あいつらは、国を取り戻すためなら人を殺す(・・・・)ことを厭わねぇんだ。貴族はもちろん、関係のねぇ奴らも」


 目的のためなら人を殺し、血が流れてもやり遂げる。襲撃の時も貴族を殺そうとしていた。

 星屑の討手に同情はするし、俺だって助けになりたいけど……人を殺すことは許容出来ない。それは、ウォレスも同じみたいだ。

 それにしても、まさか貴族だけじゃなく関係のない一般人すら巻き込むことを厭わないなんて……。


「だけど、関係のねぇ奴を殺させないようにシンシアは頑張ってんだ。そもそも、あいつは人を殺したがってねぇ。でも……星屑の討手のリーダーは違う。あいつは、目的のためなら手段を選ばないとはっきり言ってやがった」


 そう言えば、シンシアは店を襲撃した時に「一般人には怪我をさせないように厳しく言い含めています」って言ってたな。

 戦おうとした時も逃げるためだったし、人を傷つけること事態が得意じゃないんだろう。

 だけど、星屑の討手のリーダーは違う。冷徹に、手段を選ばずに目的を達成しようとしている。

 ウォレスは楽しそうに子供たちと遊んでいるシンシアを見つめながら、拳を強く握りしめていた。


「星屑の討手にいる以上、いずれシンシアは誰かを殺しかねない。オレは、そんなことさせたくねぇ」


 夕食会を襲撃された時、槍使いと戦ったのはウォレスだった。その時に槍使いがシンシアだと気づいたウォレスは、そのまま話を聞くために一緒に屋敷からいなくなったんだろう。

 そして、星屑の討手の目的と危うい思想を知り、シンシアの手を汚させないために星屑の討手に協力することにした。

 これが、ウォレスが協力しているもう一つの理由。それは、シンシアのためだったんだな。

 ウォレスらしい、と思わず笑みがこぼれる。


「てな訳で、オレはお前たちと別行動する。相談しなかったのは……悪かったぜ(ソーリー)

「理由は分かったよ。そういうことなら、俺だって協力する。真紅郎たちにも俺から話しておくよ」

「あぁ、そうしてくれ……ん?」


 ふと、ウォレスは何かに気づいて広場に目を向けた。

 すると、子供たちと遊んでいるシンシアの元に二人の男が近づいているのが見えた。

 その二人は、濃紺のローブを身に纏っている。星屑の討手の仲間のようだ。

 ウォレスは苦々しい表情を浮かべ、口を開く。


「あれが星屑の討手のリーダー……タイラー。隣にいる優男は、その側近で参謀のラクーンって奴だ」


 灰色の髪を黒いバンダナで隠し、無精ひげを生やした二十代ぐらいの男……あれが星屑の討手のリーダー、タイラーか。

 その隣にいる焦げ茶色の長い髪を後ろで結んでいるメガネをかけた細身の男が、参謀のラクーン。

 二人はシンシアに声をかけ、何か話している。どこか辛そうな表情で話を聞いているシンシアの後ろでは、子供たちが二人から隠れていた。

 シンシアの服を掴み、不安そうにしている子供たちを見てウォレスが立ち上がる。


「ヘイ、タイラー! どうしたんだ!?」


 ウォレスが叫ぶとタイラーが俺たちの方に目を向けてきた。その目はまるで猛禽類のように鋭く、髪色と同じ灰色の瞳には隠し切れていない怒りと熱情がこもっている。

 俺とウォレスがタイラーたちに近づくと、タイラーは腰に差していた剣の柄を握り、俺を警戒するように真っ直ぐに睨みつけていた。

 

「……おい、そこの赤髪。お前、あの時の余所者だな? 貴族の手先がどうしてここにいる?」

「ヘイヘイ、待てよタイラー。タケルは敵じゃねぇよ」


 今にも斬りかかりそうなタイラーをウォレスが窘める。

 すると、シンシアに隠れていた子供たちがウォレスの方に走り寄り、足に抱きついてきた。


「ウォレス!」

「おっとと、元気だな。ちょっと待ってな、話が終わったら遊んでやるからよ」


 ウォレスは不安そうにしている子供たちに優しく笑いかけながら頭を撫で、すぐにタイラーを鋭く睨みつけた。


「ガキ共が不安になるから、ここには来るなって言わなかったか?」

「……フンッ。こいつらに用はない。用があるのはシンシアだ」


 自分が怖がられていることなど気にせずに、タイラーはシンシアの方に目を向ける。


「今夜、次の襲撃の会議をする。シンシア、お前も来い」

「……うん、分かってる。子供たちを寝かしつけたら、すぐに向かうわ」

「遅れるなよ? ウォレスも来い。協力すると言った以上、こき使わせて貰う」

「チッ……分かってるっての」

「そして、そこの余所者。俺たちと敵対するつもりがないのなら、今すぐにここから立ち去れ。今回だけは見逃してやる」

「ヘイ、タイラー。ちょっといいか?」


 タイラーはギロリと俺を睨みながら低い声で俺に警告してから背中を向けようとすると、ウォレスが不敵に笑いながら呼び止める。

 声をかけられ、面倒臭そうにため息を尽きながらタイラーはウォレスに顔を向けた。


「……どうした? 俺は忙しいんだ、さっさと話せ」

「実はな、タケルが星屑の討手に協力したいらしいんだよ」

「……なんだと?」


 タイラーが目を丸くしながら俺を睨んでくる。というか、俺も初耳なんだけど?

 突然のことに驚いていると、ウォレスがニヤリと笑いながら俺の肩に手を回して、「いいから、オレに任せろ」と耳打ちしてきた。

 そして、ウォレスはタイラーにある提案をした。

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