十一曲目『裏切りのドラマー』
翌朝。俺たちはすぐに行動を開始した。
今回の目的はこの国について詳しい名無しの爺と呼ばれている謎の情報屋を探すこと。その人からこの国のことを聞いて、今後の動きを決めなくちゃいけないからな。
「じゃあ、二手に分かれて情報収集をしようか」
真紅郎が二手に分かれることを提案してくる。そっちの方が効率がいいからな。
だけど、そこで俺は真紅郎に考えていたことを話す。
「なぁ、それなんだけど……俺は一人で行動していいか?」
「え? いいけど、どうしたの?」
戸惑いながら真紅郎は首を傾げる。四人いるから普通ならペアで分かれるべきなんだろうけど、少し思うところがあった。
「真紅郎たちには貴族街を中心に情報収集をして欲しいんだ。俺も貴族街を回ってみるけど……貧民街の方にも足を伸ばそうと思ってる」
貴族街の方は真紅郎たちに任せて、俺は貧民街の方を中心に情報収集することを提案する。
理由としては、やよいを貧民街に近づけたくないってことと……貧民街の住人であるシンシアや子供四人組と面識があるから、そっちに色々と聞いてみようと思っていた。
貧民街の住人は警戒心が強いし、少しでも顔が知られている俺が回った方がいいかもしれない。
俺の説明で納得したのか、真紅郎は顎に手を当てて思案してから頷いた。
「うん、そうだね。そういうことなら、そっちはタケルに任せるよ」
「あぁ。それと……お前らには、やよいの方をサポートして欲しいんだ」
真紅郎に耳打ちしながら、やよいをチラッと見やるとどこか浮かない表情を浮かべていた。
この国に来てから様子がおかしかったけど、昨日の話し合いで貴族たちが俺たちを戦争の道具に使おうとしていることを知ってから、ますます暗い表情を浮かべるようになっている。
だから、やよいの心のケアを真紅郎が、ボディガードとしてサクヤが一緒にいて欲しかった。
真紅郎は俺の考えを察して静かに頷く。
「オッケー、任せて」
「よし、決まりだな。昼前に一度この宿に集まろう。やよいとサクヤもそれでいいよな?」
「……大丈夫」
方針が決まり、やよいとサクヤに確認するとサクヤはムンッと無表情ながらやる気に満ち溢れた顔で返事をした。
だけど、やよいは無言で心ここにあらずな様子だ。
「……やよい?」
「え? あ、うん! 分かった!」
心配してサクヤが声をかけると、やよいは我に返って慌てて返事をした。
やっぱり様子がおかしい。出来れば何があったか聞きたいところだけど、やよいは「なんでもない」と隠しそうだ。
ここは真紅郎たちに任せて、俺は情報収集に集中するか。
俺と真紅郎たちは二手に分かれ、情報収集を開始した。
「まずは、南側から行くか」
真紅郎たちは北側に向かったから、俺は反対の南側……貴族街と貧民街を隔てる門の方に向かう。
この貴族街にはいくつかのエリアで分かれていた。
北側にはゼイエルさんやゴーシュさんなどの貴族の中でも偉い人たちが住み、逆に南側の貧民街に近づいていくごとに階級が下の人たちが住んでいる。
少しでも貧民街に近寄らないためなんだろうけど、あまり面白くないな。
そんなことを思いながら貴族街の中央に伸びる大通りを歩き、住人に話を聞いて回る。
俺がゼイエルさんの客だと知っているんだろう、ほとんどの人が好意的に接してくれた。
でも、貧民街の話になると大抵渋い顔をしてあまり話したくなさそうにしている。これは貧民街のことは聞かない方がよさそうだな。
代わりに名無しの爺について聞いてみると、誰もが首を傾げていた。
「名無しの爺……? いや、私は聞いたことがないな」
「そうですか。すいません、ありがとうございます」
身なりのいい貴族の男に聞いてみても知らないようだ。
さて、どうするかな。何人かの貴族に聞いても名無しの爺についての情報は得られなさそうだし、ここは商人に聞いた方がいいだろう。
俺は果物屋に赴き、そこの店主に話を聞いてみた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」
「あ、買い物じゃなくて聞きたいことがあるんです」
最初はにこやかに接客していた店主だったけど、冷やかしだと分かると訝しげに俺を見つめてくる。
仕方ない。俺は果物を一つ取って店主に手渡した。
「じゃあ、これ下さい」
「毎度ありがとうございます! それで、お聞きしたいこととはなんでしょう?」
俺が果物を買うと訝しげな表情から一転して店主は笑顔になった。商魂たくましいな。
「えっと、名無しの爺という人を探してるんですけど、何か知りませんか?」
俺が名無しの爺のことを話すと、店主は目を丸くした。そして、俺を手招きして耳元でこっそりと話し始める。
「お兄さん、どこでその名前を知ったんです?」
「……風の噂で」
「まぁ、出所はどうでもいいんですけどね。その名前は貴族様の中でも階級が上の人と、私たち商人しか知られていないんです」
だから今まで聞いた貴族たちは知らなかったのか。
それにしても、どうしてだろう。首を傾げると店主はキョロキョロと周りを見渡して警戒しながら、誰にも聞こえないように小声で話す。
「実は貴族様のお偉い方は、その名無しの爺を探し
てるようなんです。国の裏事情にも詳しいですから、どうにかして捕まえて投獄するつもりのようで」
「え!? 投獄!?」
「ちょ、声が大きいですって!?」
思わず声を張り上げてしまい、店主は慌てて口元に人差し指を置きながら静かにするように言ってきた。
俺は口を手で抑えて謝り、続きを促す。
「私たち商人は噂でしかその名無しの爺を知りません。この国のどこかにいる、神出鬼没の謎の情報屋としか……」
「なるほど……ありがとうございます」
少なくともいるのは確定のようだ。
問題はどこにいるか、だな。この広い街で宛もなく見つけるのは至難の業だろうし。
すると店主は腕組みしながら短く息を吐いた。
「お兄さんは果物を買ってくれましたし、私が唯一知ってることをお話ししましょう」
「本当ですか!」
「ただ、本当かどうかは分かりませんので……噂では、貧民街にいるみたいなんです。たまに貴族街にも姿を現すようですが」
やっぱり貧民街か。これはやっぱり貧民街に足を伸ばした方が見つかる可能性があるな。
俺は店主にお礼を言ってから貧民街に向かおうとした……その時。
どこかで爆音が響き渡った。
「うぉ!? な、なんだ!?」
大気を震わせる爆音に住人たちが混乱し、大通りは騒然とする。
俺は爆音がした方に目を向けると、そこから黒い煙が立ち上っていた。
「まさか……星屑の討手か?」
貴族街を襲撃するなんて、星屑の討手ぐらいだろう。俺は急いで爆発が起きたところに走った。
逃げ惑う住人たちと逆走しながら走っていくと、食料品が置いてあるこの街でも大きめな店から煙が上がっている。
入り口は爆発によって壊され、そこから濃紺のローブを身に纏った連中が袋を背負って飛び出してきた。
「やっぱり、あいつらか!」
走りながら魔装を展開して剣を握りしめ、俺は逃げようとしている星屑の討手たちの前に躍り出る。
突然現れた俺に星屑の討手たちは立ち止まり、すぐに武器を構えた。
「ちくしょう、もう来やがった!」
「だが、相手は一人! 全員でかかれば大丈夫だ!」
最初は追っ手が来たことに焦っている様子だったけど、俺しかいないと分かると俺を倒して逃げるつもりのようだ。
そう簡単に俺を倒せると思うなよ?
「お前らに恨みはないけど……一般人を巻き込むのは許さない」
俺は星屑の討手たちを睨みながら静かに剣を構えると、星屑の討手たちはビクリと肩を震わせて後ずさった。
「ーー悪いがちょっと、痛い目見て貰うぞ。覚悟がある奴からかかってこい」
そう言いながら一歩踏み込むと、星屑の討手たちはたじろいでいた。
だけど、星屑の討手たちの一人が意を決したように雄叫びを上げながら剣を振り上げてくる。その剣は薄汚れていて錆び付いていた。
そんな剣で俺の一撃が防げると思うな。
「ーーシッ!」
短く息を吐きながら剣を薙ぎ払い、向かってくる剣を一撃で粉砕する。
武器を壊されたことに驚いている男に一気に近づき、腹部に向かって舞え蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。
ゴロゴロと地面を転がる仲間に他の連中は俺に向かって突撃してくる……前に、止める人物がいた。
「待ちなさい! あなた方では勝てません! すぐに食料を持って逃げて下さい!」
止めたのは一人の女性だった。
濃紺のローブを着て、フードを目深に被った女性は星屑の討手たちに指示を出す。
そして、手に持っていた槍を構えて俺に向かってきた。
槍は真っ直ぐに俺に放たれる。風を切る鋭い一撃を、剣で捌きながら距離を取った。
「その槍捌き……昨日の槍使いだな?」
「……あなたのお相手は、私が」
女性の動きには見覚えがあった。
それは昨日、屋敷を襲撃した時にいた槍使いに違いない。まさか女性とは思わなかったけどな。
槍使いは俺を足止めするつもりのようだ。その隙に他の仲間が逃げていくけど、俺は動けずにいる。
一度でも逃げた奴を追おうとしたら、すぐに槍の一撃が襲ってくるだろう。それぐらい、この槍使いの実力は高い。
警戒しながら槍使いの動きに注意していると、槍使いはフードの奥から覗かせた目で俺をジッと見つめながら口を開いた。
「……一般人には怪我をさせないように厳しく言い含めています。今回の目的はあくまで食料の確保です」
たしかに、槍使いの言う通り怪我人は見当たらない。店に誰もいない時を見計らって襲撃したのか。少しホッとした。
「ですので、見逃してはくれないでしょうか?」
「俺もお前たちを捕まえるつもりはない。でも、少し話をしたいんだ。どこか別の場所で話が出来ないか?」
「それは……申し訳ありません、出来ない相談です。あなたは貴族の方の客人でしょう?」
俺が貴族の客人と知っている、か。そうなると
話をするのは難しそうだ。
でも、話をしないことには何も始まらない。
「ごめん。恨みはないけど、話をしてくれないなら無理矢理にでも話をして貰う」
「そうですか……でしたら、強引に逃げさせて頂きます」
交渉決裂。俺は剣を構え、剣身に魔力を纏わせた。
剣身が光り輝くのを見た槍使いは警戒するように体勢を低くし、槍を構える。
怪我をさせたくないから、ここは一撃で槍を破壊して取り押さえるしかない。ゆっくりと息を吐いて集中し、一気に地面を蹴った。
「ーーレイ・スラッシュ!」
俺の必殺技、魔力を込めた一撃<レイ・スラッシュ>を槍に向かって放つ。
槍使いは避けられないと判断したのか、槍で防ごうとしていた。このままレイ・スラッシュで槍を破壊し、その隙に取り押さえよう。
そう思ってたけど、そこで邪魔が入った。
俺と槍使いの間に割り込んできたのは、体格のいい濃紺のローブ姿の男。
男は手にした二本の武器で俺のレイ・スラッシュを防いだ。
「なっ!?」
魔力を込めた一撃が、二本の武器に展開していた紫色の魔力刃によって完全に防がれた。
男はそのまま剣を弾いて俺を吹き飛ばす。
「その武器……お前……ッ!」
地面に手を着きながら俺はギリッと奥歯を鳴らす。
男は槍使いを守るように立ち、手にしていた魔力刃を展開した二本のドラムスティック型の魔装を構えていた。
そんな武器を持っている奴を、俺は一人しか知らない。
いつもハイテンションで、お調子者で、筋肉バカで……Realizeのドラム担当の頼れる仲間。
「どうしてそんな格好してんだよ、ウォレス!」
男……ウォレスは返事の代わりに被っていたフードを取って顔を見せた。
見間違えるはずがない。金色の髪を短く切りそろえ、外国人らしい彫りの深い黙っていればイケメンのその顔は、間違いなくウォレスだった。
「ここはオレがやる。お前は逃げろ」
「……分かりました。ご武運を」
ウォレスは鋭い視線を俺に送りながら後ろにいる槍使いに声をかけ、槍使いが逃げていく。
残されたのは俺とウォレスだけ。俺たちは武器を構えたまま睨み合う。
色々言いたいこと、聞きたいことがあるけど……とにかく、今すぐに確認したいことが一つあった。
「ウォレス、本気なのか?」
「あぁ。オレはいつだって本気だぜ……タケル」
ウォレスは即答で本気だと答えた。
それは……俺と本気で戦うつもり、ということだ。
そういうことなら、俺だって本気でやってやるよ。
「一発ぶん殴ってから、色々聞かせて貰うぞ……ッ!」
「ーーCome on」
剣の柄を握りしめて、俺は一気にウォレスに向かって走った。
ウォレスはドラムスティックを構えると、フッと魔力刃を消す。
「だが、オレも忙しいんでな……」
ウォレスは向かってくる俺を鼻で笑うと、目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を展開した。
何をするつもりだか知らないけど、止まる訳にはいかない。剣を振り上げ、ウォレスに向かって振り下ろす。
「Catch you later……」
またな、と呟いてからウォレスはドラムセットの中央にあるバスドラムのペダルを思い切り踏みつけた。
腹に響く重低音と空気をビリビリと震わせる振動が衝撃波となって俺にぶつかってくる。
「ガ……ハ……ッ!?」
衝撃波に吹き飛ばされた俺は受け身も取れずに地面を転がった。
三半規管がやられて脳が揺れ、グワングワンと視界が回る。
意識が遠のいていく中、かすんでいく視界でウォレスが俺に申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな顔するぐらいなら、最初からこんなことするんじゃねぇよ。
心の中でウォレスに文句を言いながら、俺はそのまま意識を失った。