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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第六章『漂流ロックバンドと祭り上げられし亡国の聖女』
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三曲目『貴族街』

 貧民街に住む人たちの視線を感じながら大通りを進んでいくと、こちらを拒絶するかのようにそびえ立つ大きな白い壁が見えてきた。

 この壁の向こうが貴族街。そこに入るためにはゴテゴテとした悪趣味な意匠が施された金色の大きな門を通らないといけない。 

 門には数人の屈強な門番がいて、周囲を注意深く警戒していた。かなり厳重な警備体勢が整えられているな。

 門番はゴーシュさんを見るなりキビキビと動きだし、大きな門が重い音を立てて開かれる。

 そして、ゴーシュさんはニタリと頬を緩ませて口を開いた。


「ようこそ、アストラへ! 我々はタケル様ご一行を歓迎しますぞ!」


 まるでここから先がアストラだと言いたげなゴーシュさんと一緒に門を通る。そこには貧民街とは雲泥の差がある光景が広がっていた。

 汚れ一つない真っ白な大理石で出来た大きな家が立ち並んだ石畳で整備されている大通りには、清潔で値段が張りそうな仕立てのいい衣類を着た人たちが歩いている。

 ここが貴族街。この国、アストラの表の顔か。

 俺たちが貴族街に足を踏み入れると、門が閉じていく。チラッと閉じていく門に目を向けると、その先にはボロボロの身なりをした人たちが俺たちを……いや、貴族街を恨めしげに睨んでいるのが見えた。

 門が閉じられると完全に貴族街と貧民街が分断される。この白い壁は、貧民街を見ないようにするためなのか……それとも、貧民街の人の侵入を拒むためなのか。まぁ、どちらにせよあまり気分がいいものではないな。


「さぁさぁ! こちらですぞ!」


 貧民街を通っていた時は会話の途中で浮浪者を汚物を見るような目で見てたのに、貴族街に入ってからゴーシュさんは笑顔が多くなっていた。

 上機嫌なゴーシュさんに連れられたのは、数ある建物の中でも一回りは大きい宿屋だ。

 宿屋に入るとそこには赤いカーペットが敷かれ、豪華な調度品や絵画が置かれている。かなり高級な宿屋みたいだ。

 ゴーシュさんは俺たちに向き直ると、自慢げに胸を張る。


「ここはアストラで一番の高級宿! 今回はタケル様ご一行がお過ごしするということで、私が(・・)貸し切りにさせて貰いましたぞ!」

「か、貸し切り!? い、いいんですか!?」


 ゴーシュさんは自分が貸し切りにしたと強調しながら告げてくる。まさかこんな高級な宿屋が俺たちの貸し切りなんて思ってもなかったから、かなり驚いた。

 その反応を見てゴーシュさんは満足げに笑みを浮かべながら何度も頷く。


「えぇ、もちろんですぞ! タケル様ご一行のためですからな!」

「……あ、ありがとうございます」

「なんのなんの! ちなみに、値段は聞かない方がいいですぞ? 驚きでひっくり返ってはいけませんからな!」


 そう言って笑うゴーシュさん。少なくとも、俺たちが払えるような金額じゃないってことだな。


「では、私はこの辺で……あぁ、そうだ! 今夜ですが、タケル様ご一行を歓迎する夕食会を開こうと思いましてな。このアストラの最高指導者であるゼイエル殿がお会いしたいと申しているので、是非ともご参加頂けますかな?」


 最高責任者ってことは、王様みたいなものか? これは断る訳にもいかなそうだ。


「えぇ、そうですね。お礼も兼ねて、是非ともお会いしたいです」

「おぉ! それはよかった! では、後ほど迎えの者をよこすのでお待ち頂きますぞ。あぁ、それまでこの街を見て回ってはいかがかな? この街は我々の自慢ですからな!」


 真紅郎が張り付けたような笑みを浮かべて答えると、ゴーシュさんは機嫌よく宿から出て行く。

 その時、ゴーシュさんがウォレスを見て舌打ちしたのを俺は見てしまった。ウォレスが鼻で笑ってそっぽを向くと、ゴーシュさんは眉をピクリと動かして忌々しげに去っていく。

 ゴーシュさんがいなくなったことで俺がホッとため息を吐いて落ち着いていると、真紅郎がウォレスに詰め寄った。


「ちょっと、ウォレス! さっきからどうしたのさ!?」

「……別に、いつも通りだぜ?」

「そんな訳ないでしょ!?」


 ウォレスのゴーシュさんに対する態度を注意する真紅郎だったけど、ウォレスはふてくされたように目を反らした。

 真紅郎は深いため息を吐きながら額に手を当て、周りの人に聞こえないように小さな声でウォレスに語る。


「あのね、ウォレス。現状、ゴーシュさん……この国の貴族は信用出来ない、それはたしかだよ。でも相手の目的が分からない以上、事を荒立てるのは愚策でしかない。相手を知るためにも、今は機嫌を損ねる訳にはいかないんだ」

「……ケッ。何かしてきたらぶっ飛ばせばいいだろ?」

「ボクたちは逃亡の身だよ? 指名手配だってされてるんだ。もしも最高責任者が王国に報告したら、すぐにでも追っ手が来る。それは、このアストラに住む人全員を巻き込むことになるかもしれないんだよ?」


 真紅郎がアストラに住む人全員を巻き込む、の部分でウォレスがピクリと肩を震わせた。

 そして、ウォレスはガシガシと頭を掻いて渋々頷く。とりあえずは納得したみたいだ。


「まったく……少しは気をつけてね?」

「分かった、分かったよ。悪かった(ソーリー)

「……ねぇ、ウォレス」


 そこで話が終わるかと思ったら、サクヤがウォレスに声をかけた。どことなく責めるような視線を送りながら、サクヤが口を開く。


「……財布、わざと盗ませたよね?」

「……さぁてな、どうだか」

「……どうしてそんなことしたの?」

「わざとじゃねぇよ。あれは、オレが油断しただけだ」

「……嘘。だけど別にいい。あれは、ウォレスのだから。でも……」


 ウォレスの嘘を見抜いたサクヤは一度話を切り、握った拳を見せつける。


「……次に問題を起こしたら、殴る。レイ・ブローで」

「ちょ、ちょっと待てサクヤ!?」


 レイ・ブローは魔力を込めた一撃、サクヤの必殺技だ。それを叩き込むとはっきり告げたサクヤを慌てて止めに入る。

 サクヤはチラッとやよいを見てから、ウォレスを真っ直ぐ見つめた。


「……今は休む必要がある。少しでも安全なところで。だから、それが出来なくなるのは、ダメ」

「……あぁ。分かったぜ、サクヤ」


 ウォレスはサクヤが言いたいことが分かったのか、申し訳なさそうに頷いた。

 サクヤは気遣っているんだろう。この貴族街に……いや、アストラに来てから何か考え事をしているようで深刻そうな顔をしている、やよいを。

 この国に来てから、やよいとウォレスの様子がおかしい。何があったのか俺には分からなかった。

 でも気にしてても仕方ない。二人が話してくれるまで、待つしかない。気を取り直して話題を変える

か。


「とりあえず、ユニオンに行こうぜ? 色々と情報収集もしたいしな。それから少し、街を見て回ろう。気分転換になるだろ」

「うん、そうだね。ボクは賛成」


 真紅郎も賛成みたいだし、ユニオンに行くか。どこにあるか分からないから、場所を聞かないとな。

 ちょうどこの宿屋の従業員の人がいたから、聞いてみるか。


「あ、すいません。ちょっといいですか?」

「はい。何なりとお申し付け下さい」


 白いワイシャツと黒いベストという出で立ちの、礼儀正しい従業員の男が頭を下げて対応してくる。高級宿らしく、凄く口調や動作が丁寧で教育が行き届いているな。

 ちょっとむず痒さを感じながら、ユニオンの場所を尋ねた。


「この国のユニオン支部ってどこにあるんですか?」

「ユニオン、ですか? 申し訳ありませんが、我が国にはユニオン支部はございません」

「えぇ!? ユニオン支部がない!?」


 まさかユニオンがないなんて思わなかった。

 従業員が謝りながら去っていくと、真紅郎が顎に手を当てて考え込む。


「……これほどとはね。この国は本当に国として機能していないみたいだ」

「どういうことだ?」

「ユニオンってモンスターの討伐とか住人の依頼をこなす場所だけど、犯罪者の取り締まりや捕縛も仕事の内に入る。ユニオンは国家を跨ぐ独立した機関……つまり、国の位が高い人が不正を働いたら、ユニオンが捕まえることが出来るんだ」

「……なるほど。それがないとなると、やりたい放題だな」


 真紅郎の説明で国として機能していないって意味が分かった。

 ユニオンがないから取り締まる人がいない。だからこの国なら貴族が何か不正を働いても、もみ消すことが出来るのか。いや、もみ消す必要もない。好き勝手出来る訳だな。

 これは、中々きな臭い。あまり長居しない方がよさそうだ。


「情報が必要だな」

「うん。今はまず、街の様子を見に行こう」


 俺たちはこの国のことを知らない。今夜には最高責任者であるゼイエルって人と会う。その前にある程度対策を考えなきゃいけないな。

 そのための情報収集をしに、俺たちは街に繰り出した。

 


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