一曲目『滅びかけた国と伝説』
分厚い暗雲の下、どこかもの悲しさを覚える薄暗い荒れた街道を進んでいく。
進めば進むほど草木は枯れ果て、崩壊した廃屋や建造物が多くなっていた。
鬱屈とした雰囲気にあてられた俺たちは気分が下降していき、無言になっている。いつも明るいウォレスでさえ、眉間にしわを寄せて少し険しげな表情を浮かべていた。
その中でもやよいはさっきまでの空元気すらなくなり、暗い表情で俯き気味に歩いている。
「……やよい、大丈夫?」
暗くなっているやよいを心配したサクヤが声をかけると、やよいは力なく笑いながら小さく頷いた。
「うん、大丈夫。でも、なんか分かんないけど……足が重いんだよね」
やよいだけじゃなく、俺たち全員の足取りが重い。
壊れた廃屋や建造物から感じる暗く淀んだ空気のせいだった。
最初にやよいが感じていた何かは、これだったんだろう。まるでそこに何かの意志が感じられるような、そんな気がする。
「……幽霊かもな」
ボソッとウォレスが呟くと、やよいがビクリと肩を震わせた。
「ちょ、やめてよウォレス……」
「でもよぉ、なんかそんな感じがしねぇか? この鬱陶しい暗い空気はそこに暮らしていた人間の怨念か何かじゃ……」
腕を組みながら辟易とした顔で話すウォレスに、やよいは黙り込む。正直、ウォレスの考え通りな気がしてならない。
幽霊とかそういうオカルトは元々信じてないけど、ここは異世界。そう言うのがいてもおかしくないよなぁ。
一気に重苦しい空気が立ちこめる中、いきなりウォレスが大声で笑い出した。
「ハッハッハ! まぁ、オレは幽霊なんて気にしないけどな! もしも出会ったらオレの肉体で吹き飛ばしてやるぜ!」
重苦しい空気を吹き飛ばすようにウォレスが自慢の力こぶを見せる。それを見た俺たちは同時に吹き出した。
「んじゃ、何か出てきたらウォレスに全部任せるか」
「そうだね。ウォレスだったら幽霊とか呪いを力づくでどうにかしそう」
「……筋肉バカ」
「まったく、これだから脳味噌筋肉は……というか、幽霊に物理攻撃って効くの?」
さすがはムードメーカー。あっという間に俺たちの気分を一転させた。
俺たちに笑顔が戻ったのを見たウォレスは、嬉しそうに口角を上げる。
「ハッハッハ! オレの筋肉に不可能はねぇ! むしろ幽霊たちを筋肉の虜にしてやるぜぇ!」
そう言ってポージングを決めるウォレスを見て、俺たちはとうとう声に出して笑った。
これでこそウォレスだな。バカな話で俺たちを笑わせて、すぐに楽しい雰囲気にしてしまう。
ウォレスのおかげで俺たちの足取りは軽くなり、次の目的地である<アストラ>という国に向かった。
その道中、アストラがある方向から三台の竜車が向かってくる。邪魔にならないように道の端に避けて竜車が通り過ぎると、竜車を牽引する二足歩行のトカゲ型モンスター<リドラ>の手綱を持った人の顔に目が止まった。
その表情は、どこか浮かないものだった。
誰もが浮かない表情をしていることに首を傾げていると、竜車の内の一台に見覚えのある人がいるのに気づく。
「あれ? グランさん?」
その人は、砂漠の国<ヤークト商業国>で出会った行商人のおっちゃん、グランさんだった。
すると俺の声に気づいたのかグランさんがこっちを見て、目を丸くして竜車を止める。
「お、おぉ!? もしかしてあん時の兄ちゃんたちか!? 奇遇だな!」
「やっぱりグランさんだ! 久しぶり!」
浮かない顔だったグランさんは俺たちを見て笑顔になると、竜車から降りてきた。
「ガッハハハ! ヤークト以来だな! 元気にしてたか?」
「ハッハッハ! もちろんだ! おっちゃんも元気そう……って、訳でもなさそうだな」
豪快な笑い声を上げて気さくに話していたグランさんは、ウォレスの指摘に気まずげに頭をガシガシと掻く。
「見られちまったか。まぁ、あまり元気とは言えないな」
「どうかしたんですか?」
真紅郎の問いかけにグランさんは深いため息を吐くと、街道の向こう……アストラの方に親指を向けた。
「実はな、この先にあるアストラって国に商売しに行ったんだが……どうにも商売になりそうにならなくてな。元々期待はしてなかったが、あれほどとは思わなかった」
「あたしたち、アストラに向かってるんだけど……どういう国なの?」
「なんだ、アストラに行こうとしてたのか。そうだな、どういう国か……」
どんな国なのかやよいに聞かれたグランさんは、どう話していいのか困っていた。
そして、言い辛そうに口を開く。
「この先にある国は、再生の亡国アストラ。昔、あるモンスターによって滅びかけた国だ」
「……滅びかけた国?」
首を傾げて聞き返したサクヤにグランさんはゆっくりと頷く。
「あぁ。数十年前にそのモンスターの襲撃によって国のほぼ全てと王族全員が滅ぼされ、復興もままならない状態の……国として機能していない、まさに亡国。元々その国で暮らしていた住人たち、貧民で溢れかえってるようなところだ」
グランさんが教えてくれたアストラの情報に、思わず愕然とした。
モンスターによってほとんどが滅ぼされた国なんて、今まで立ち寄ったことがない。
もしかして、街道に並んでいた崩壊した廃屋や建造物も、そのモンスターが原因なのか?
それはつまり、ウォレスの言う通り……今まで感じていた淀んだ空気は本当に幽霊によるもの?
そんな考えに至った俺は、ブルリと身震いする。そんな国に立ち寄らないといけないのか。
「一応、外部から来た貴族が牛耳っているいわゆる貴族街があるが……余所者はあまり歓迎されないぞ。おっちゃんも追い返されちまったからな。なんでも貧民たちを街に入れないためらしいが……とにかく、長居しない方がいいぞ? 鬱蒼とした雰囲気が国全体に漂ってるせいでこっちまで心がやられそうになる」
「でも、この辺で野宿するのはちょっと……」
やよいはチラッと周りを青ざめた顔で見渡した。
今にも雨が降ってきそうだし、今の話を聞いて野宿するのは俺も勘弁だ。
すると、グランさんは困ったようにうなり声を上げる。
「どっか違うところまで送ってやりたいが、竜車の中は商品でいっぱいで乗せられないんだよなぁ」
「ちなみに近くに立ち寄れるような街ってありますか?」
「近くにはないな。一番近くて竜車で二日ってところだ」
わずかな希望に縋るように聞いた真紅郎だけど、グランさんは無情にも首を横に振る。今日中に立ち寄れるところは、アストラだけか。
暗くなった俺たちを見て、グランさんは申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「すまんな。おっちゃんもどうにかしてやりたいけどなぁ……」
「グランさんが謝ることじゃないって。俺たちでどうにかするよ」
「そうか……あの国でも一日ぐらいなら雨風は防げると思うから、夜が明けたらすぐに旅立った方がいいぞ!」
俺たちを心配してそう言ってくれたグランさんは竜車に乗り込んだ。そこで、グランさんは何かを思い出したように「あ、そうだ」と声を上げる。
「そういやな、噂話だけどアストラにはある伝説があるらしいぞ?」
「伝説? どんなのだ!? 気になるぜ!」
伝説という単語にウォレスがまるで少年のような笑顔で聞くと、グランさんはその伝説について語った。
「なんでも、あの国には死者を蘇らせることが出来る代物があったんだとよ。ま、モンスターのせいでそれの行方は分からんらしいけどな」
グランさんはちょっとした世間話として語ったんだろう。
眉唾物のまさしく伝説。信じるには少し無理がある話だった。
だけど、その話を聞いた時……やよいが表情を硬くさせたのを、俺は気づいてしまった。