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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
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エピローグ『いつまでも、ずっと』

 最後にライラック博士とジーロさんに別れを告げようと研究所に行くと、そこにはテーブルに肘を着き、組んだ手に額を乗せて俯くライラック博士の背中があった。

 その背中は弱々しく、覇気が感じられない。床には研究資料や羊皮紙が乱雑にばらまかれ、割れた試験管や薬草が散らばっている。

 悲しみに打ちひしがれているライラック博士に、俺はなんて声をかけていいのか分からずに立ち尽くしていると、後ろからジーロさんが俺の肩に手を置いてきた。


「ジーロさん……」


 振り返るとジーロさんは充血して腫れた目を俺に向けて、柔和な笑みを浮かべる。

 そして、研究所の中に足を踏み入れると呆れたようにため息を吐いた。


「まったく……こんなに散らかして、ダメじゃないですか」


 注意されたライラック博士は緩慢な動きでジーロさんを見やると、自嘲するように鼻で笑った。


「どうした、ジーロ。もう、ここに来る必要はないだろう?」

「何を言ってるんですか。ほら、早く片づけて研究を続けますよ」

「……は?」


 ジーロさんの言葉に、ライラック博士は目を丸くして驚いていた。

 シランの命を救うために行っていた研究は、シランが亡くなってしまった今ではやる理由がなくなったはず。なのに、ジーロさんは研究を続けようとしている。


「何を、言ってるんだ? 研究はもう、続ける意味がないだろう?」

「ありますよ」


 きっぱりと即答したジーロさんに、ライラック博士は思わず言葉を噤んだ。ジーロさんは真っ直ぐな視線を送りながら、真剣な表情で続ける。


「たしかに、シランは死んでしまいました。ですが、この世界にはきっと、同じように転移症候群で苦しんでいる人がいるはずです。ボクたち研究者は、その人のためにも研究を続けるべきです」


 シランが死んで悲しんでいるのは、ジーロさんも同じだ。最愛の妻を亡くして、本当なら絶望して足を止めるだろう。

 だけど、ジーロさんは悲しみを背負い、それでも前へと進もうとしている。

 ジーロさんは優しく頬を緩ませながら、床に落ちていた一輪の花……ルナフィールを手に取った。


「シランなら、そう言うはずですから。悲しみに打ちひしがれてばかりだと、シランに怒られてしまいます」

「ジーロ、お前……」

「二人でまた頑張りましょう……お義父さん(・・・・・)


 頬をほんのりと赤らめながら、恥ずかしそうにジーロさんはライラック博士のことをお義父さんと呼ぶ。

 呆気に取られていたライラック博士は、すぐに吹き出して悲しみを吹き飛ばすように大声で笑い始めた。


「ハッ、ハハハハッ! そうか、そうだな……私たち研究者は、研究を続けなければな!」

「そうですよ。シランのためにも、転移症候群の謎を突き止めましょう。これ以上、こんな悲しみを誰にも与えないためにも」

「あぁ、目が覚めたよ。ありがとう、息子(・・)よ」


 お返しするように息子呼びされ、ジーロさんは照れ臭そうに頬を掻いてから力強く頷いていた。

 悲しみを背負い、それでも前へと進もうと動き出した二人を見て、胸が熱くなる。

 大事な一人娘を、大事な愛妻を亡くした悲しみは、計り知れないほど大きいはずだ。悲しまないはずがない。

 でも、二人は悲しみを背負い、二度と繰り返さないために研究を続ける。それが、どれだけ凄いことか。


「む? タケル、いたのか? どうかしたか?」


 感動していると、俺に気付いたライラック博士が声をかけてくる。

 俺は腕で目元を拭ってから、深々と頭を下げた。


「今まで、お世話になりました! 俺たちは今日、この国を旅立ちます!」

「そうか……いや、世話になったのは私たちの方だ」

「えぇ、そうですね。タケルさんたちとの日々は、本当にかけがえのない物でした。シランも、幸せだったと思います」


 ライラック博士とジーロさんが手を差し出してくる。俺は二人と堅く握手し、笑みを浮かべた。


「私たちはいつでもタケルたちを歓迎しよう。何かあった時は、いつでも来てくれ」

「ありがとうございます!」

「あれ? そう言えば、やよいさんたちはどこにいるんですか?」


 俺以外に姿が見えないことに首を傾げるジーロさん。そう言えば、まだ言ったなかったな。


「あぁ、やよいたちなら先に竜車の予約を……しまった! 早くしないと竜車が!?」


 ライラック博士たちに挨拶をするのは俺がやることにして、やよいたちには先に竜車の予約をしに行って貰っていた。

 だけど、結構長い時間ここにいてしまい、これ以上遅れると置いてかれる。

 慌てて玄関に向かう……前に、二人にもう一度頭を下げた。


「本当にありがとうございました! もし、転移症候群について何か分かった時は、すぐに連絡します! それでは!」

「そうか、それは助かる! 旅の無事を祈るぞ! それにしても……まったく、慌ただしいな」

「お元気で! えぇ、それでこそタケルさんらしいと言えば、らしいかもしれませんね」


 二人が笑い合っている声を聞きながら、俺は急いで家を出た。

 この国に来た時と同じ暖かな風を感じながら、俺は草原を走り抜ける。

 爽やかな風から排気ガスが混じった淀んだ空気に変わり、街に近づいていくと街の門の前で竜車が走り出そうとしているのが見えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」


 必死に走りながら近づいていくと、竜車からウォレスと真紅郎が顔を出した。


「ハッハッハ! 遅いぜ、タケル!」

「よかった、間に合ったみたいだね」


 二人に手を引っ張られ、どうにか竜車の中に入ることが出来た。ぜぇぜぇ、と息を整えながら深く息を吐いて胸をなで下ろす。


「危なかった……」

「……遅い」

「仕方ないだろ、ライラック博士とジーロさんに挨拶してきたんだから」


 本を読みながら俺に文句を言ってくるサクヤに遅れた理由を話すと、真紅郎が心配そうな顔で口を開いた。


「二人は、大丈夫そう?」

「……あぁ。転移症候群の研究を続けるってさ」


 真紅郎は「そっか」と安心したように微笑む。


「ふわぁ……んで、次はどこに行くんだ?」


 すると、ウォレスが欠伸混じりに聞いてくる。今回は急な旅立ちだったから、目的地は特にない。とにかく、この国から離れることが最重要だからな。

 真紅郎は地図を広げながら、顎に手を当てて考え込む。


「この竜車は西に向かうみたい。そうなると……少しでも離れた方がいいから……」

「つまり、未定(アンディサイデッド)ってことか」

「まぁ、そういうことだね」


 二人の会話を聞きながらチラッとやよいの方を見ると、やよいは膝で丸くなっているキュウちゃんを撫でながら、遠く離れていく街をぼんやりと見つめていた。

 やよいが何を想っているのか、何を考えているのかは分からない。

 ただただジッと街を眺めていたやよいは、ふと何かに気付いて「あっ」と声を上げた。


「どうした?」

「……あれ」


 突然声を上げたやよいに尋ねてみると、やよいは空を指さす。

 俺は竜車から顔を出して空を見上げると、そこには一羽の白い鳥が俺たちの上を旋回して飛び回っていた。

 鳥がどうかしたのか、と首を傾げていると……白い鳥が何かを落とす。

 遠くて何かは分からない。目を凝らしていると、ふと一陣の風が吹いた。

 優しく、暖かで、柔らかい風に白い鳥が落とした物がふわりと流されていき、風に乗ってやよいの手の中に着地した。


「これ、は……」


 やよいは手に落ちてきた物を信じられないと言わんばかりにパチクリと瞬きし、そして……大事に包む込むように胸に置いた。


 白い鳥が運んできた物は、緑白色の一輪の花__アングレカム。


 やよいは目を閉じて、優しくアングレカムを抱きしめる。


「……うん、分かってるよ。いつまでも、ずっと……一緒だよ」


 やよいは遙か彼方、遠くに旅立っていく白い鳥を見つめて、微笑んだ。


「__いってきます」


 __いってらっしゃい。

 天使のような透き通った声が、風に乗って聞こえた気がした。

 





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