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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
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二十八曲目『王国の魔の手』

 ユニオンから出た俺たちは先を走るジーロさんの背中を追いながら、シランの容態を聞いた。

 シランはまた咳込んで吐血し、かなり危ない状況らしい。俺たちがユニオンに向かうために家を出てから少しして、いきなり急変したみたいだ。

 それを聞いたやよいの顔が、一気に青ざめる。


「あ、あたしが……あたしが一緒にいれば……ッ!」

「やよい!」


 声を張り上げて、自分を責め始めたやよいを止める。そして、弱々しい視線を向けてくるやよいを真っ直ぐ見つめて、首を横に振った。


「お前のせいじゃない」

「で、でも……」

「もしもお前が急変したシランのそばにいて、何が出来た?」

「そ、れは……」


 俺の言葉に、やよいが何も言えずに唇を噛みしめる。

 厳しい言い方かもしれない。傷つけもしただろう。だけど、事実だ。

 俺たちに医療の知識なんてない。ただ見てるだけしか出来ないのが、現実だ。


「お前が一緒にいてもシランはこうなっていた。そうだろ?」


 やよいは黙ったまま小さく頷いた。やよいだけじゃない、もしも俺たちの誰かが一緒にいても、こうなってたはずだ。

 俺は落ち込んでいるやよいの背中をパンッと叩いて、笑みを浮かべる。


「だから、これはお前のせいなんかじゃない。自分を責める必要なんてない。しっかりしろ! そんな情けない姿をシランに見せるつもりか?」

「……嫌だ!」


 やよいははっきりと答え、生気を失っていた目に光が戻っていた。

 自分を責めて落ち込んでいるやよいの姿を、シランが見たい訳がない。それは、友達であるやよいが一番分かってるはずだ。


「急ぐぞ!」


 俺は全員に声をかけ、走る速度を上げた。

 途中で体力の限界が来ていたジーロさんをウォレスが背負い、敏捷強化(アレグロ)を使って急いでシランの元へと走る。

 そして、街の郊外に出たところで……俺たちは足を止めることになった。


「あいつは……」


 俺たちを阻むように立っていたのはやよいとシランをナンパし、俺とやよいに荒くれ者をけしかけてきたチャラそうな男、リューゲがいた。

 そして、その後ろには……鎧を身に纏った騎士たちがずらりと並んでいる。

 俺たちが足を止めると、リューゲはニタニタと下卑た笑顔で両手を広げた。


「よぉ、そんなに急いでどこに行くんだ?」

「どけっ! お前なんかに構ってる暇はないんだよ!」


 俺が怒鳴り声を上げると、リューゲはやれやれと芝居がかった動きで首を横に振る。


「まったく、本当につれないな……でもよぉ、こいつらを見てもそんな口を利けるのか?」


 リューゲが手を挙げると、後ろにいた騎士たちが隊列を組んで統率された動きで剣を抜き放つ。

 その騎士たちの鎧には……マーゼナル王国の紋章が刻まれていた。

 つまり、この騎士たちは王国からの追っ手。それを引き連れたリューゲは……。


「お前まさか、王国の……ッ!」


 リューゲはニヤリと笑みを浮かべ、パチパチと大げさに拍手をした。


「ご名答! 俺はあらゆる国に散らばった、マーゼナル王国の密偵の一人。最初からお前たちのことを監視してたんだ……声をかけたのも、俺が密偵だとバレないようにするための演技。襲ったのはお前たちの実力を図るためだ。まぁ、あれで捕まってくれれば一番よかったんだけどなぁ」


 やよいとシランをナンパしたのは演技だったのか。こんなチャラついた奴が王国の密偵だったなんて、思えるはずがない。

 最初から、騙されていたのか。ギリッと歯を食いしばると、リューゲはゲラゲラとバカにするように笑い声を上げる。


「簡単に騙されてくれて楽だったなぁ! そして……ようやく王国から援軍が来た。お前らは、ここで終わりだな」


 騎士たちが一歩前に出る。その数、おおよそ二十人。俺たちなら撃退することは出来るだろうけど……今の俺たちにそんな時間はない。


「こんな時に……ッ!」


 また一歩と近づいてくる騎士たちに、俺たちは同時に魔装を展開して構えた。こいつらをここで倒さないと、ライラック博士やシランを巻き込んでしまう。

 やるしかない。早くこいつらをどうにかして、シランの元に行かないと。

 焦る気持ちを堪えながら剣を騎士たちに向けていると、リューゲがニタリと口角を上げる。


「あぁ、そうだ。リューゲって名前はな、実は偽名なんだ。本当の名前を教えて欲しいか?」

「お前の名前に興味はない!」

「ククク、そうか。本当、つれない男だ……お前ら、こいつらを捕まえて我らが王の前に突き出せ!」


 リューゲの叫びを皮切りに騎士たちは雄叫びを上げて俺たちに向かってくる。

 覚悟を決めて、俺は剣の柄を強く握りしめた。


「__わりぃが、こっから先は行かせられねぇなぁ」


 どこからか聞き覚えのある男の声がしたかと思うと、俺たちと騎士たちの間を地面から生えた氷柱が遮った。

 氷属性魔法を使える奴なんて、一人しか知らない。

 その男はパキパキと凍った地面を踏みしめながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 トレードマークの黒いローブ。ボサボサの黒髪と、そこから覗かせる鋭い琥珀色の瞳。

 黒豹団のリーダー……アスワド・ナミルが不敵な笑みを浮かべ、俺たちの前に現れた。


「あ、アスワド!?」


 やよいが驚きながら名前を叫ぶと、アスワドは頬を緩ませてやよいに向かって手を振る。


「やよいたぁん! 待ってたぁ?」

「ど、どうしてお前がここにいるんだ?」


 唐突な登場に戸惑いながら問いかけると、アスワドは舌打ち混じりに俺を見て「ハンッ!」と鼻で笑った。


「愛しのやよいたんの危機に俺が出張らない訳がねぇだろ、あぁ?」

「貴様、何者だ!」


 見知らぬ男に邪魔され、騎士の一人が氷柱を砕きながら叫んだ。

 アスワドは騎士たちをギロリと睨みながら、口角を上げる。


「俺か? 俺は……そうだな、愛しの姫君を守る騎士様ってところか? まぁ、育ちのわりぃ不良騎士だけどなぁ」

「ふざけるな! 邪魔立てするなら、貴様も斬る!」

「ハンッ! やれるもんならやってみろや、こらぁ……」


 気障ったらしいセリフを吐きながら、アスワドは獰猛な動物のように好戦的な笑みを浮かべて身に纏っている黒いローブに手をかける。

 そして、一気に引っ張ると黒いローブ……魔装が展開してわずかに曲がった細身の片刃刀、シャムシールを握ったアスワドが、チラッと俺たちの方に目を向けた。


「__行け」


 俺たちに背中を向けたまま、アスワドは短く呟く。

 アスワドは一人で、この騎士たち全員を相手にするつもりだ。

 俺はアスワドの背中を見つめ、これ以上言葉を交わすのは無粋だと判断して頷いた。


「__行くぞ」


 全員に声をかけ、走り出す。

 俺たちを追おうと動き出した騎士たちの前に、また氷柱が地面から生えてきて邪魔をした。


「てめぇらの相手は俺だろ? よそ見してんじゃねぇぞ、こら」

「くっ……なら、貴様から片づける! 全員、構え!」


 騎士の一人が号令を出すと、足並み揃えた動きで騎士たちがアスワドに向かって剣を構えた。

 その光景をチラッと見ながら、俺たちはそのまま足を止めずに走り抜ける。

 するとそこで、家の方角から一匹の白いモフモフとした小さい姿が走ってきているのに気付いた。


「キュウちゃん!?」


 ずっとシランのそばから離れようとしなかったキュウちゃんが、小さな足を必死に動かしながらこちらに向かってくる。

 どうしたのかと疑問に思っていると、キュウちゃんはそのまま俺たちを通り過ぎ……アスワドの体をよじ登って肩に乗っていた。


「あぁ? なんだ、この白い毛むくじゃら?」

「きゅー! きゅきゅー!」


 肩に乗ってきたキュウちゃんを邪魔臭そうに見るアスワドだったが、キュウちゃんは無視して騎士たちに向かって威嚇する。

 それを見たアスワドはキュウちゃんが何をしたいのか察して、面白そうに笑みを浮かべた。


「ククッ、一緒に戦ってくれるってのか? こいつは心強いねぇ……騎士様が乗る白馬にしては、ちっちぇけどな」

「きゅ! きゅきゅ!」

「はいはい、悪かったよ。まぁ、不良騎士にはお似合いかもしれねぇな」


 バカにされて怒るキュウちゃんを鼻で笑いながら窘め、アスワドは足を踏み出す。

 すると、踏み出した足からパキパキと音を立てて地面が凍り付いていった。


「__来いよ。極寒の凍獄に墜ちたい奴から、かかってこいやぁぁぁぁぁ!」


 冷気を纏った魔力を吹き出しながら、アスワドが声を張り上げる。

 どうしてキュウちゃんがアスワドと一緒に戦おうとしているのか、俺には分からない。

 でも、ここはアスワドとキュウちゃんに任せるしかない。俺たちは後ろ髪を引かれながら、急いでシランの元へと走り出した。




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