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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
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二十七曲目『急転』

 ようやく新曲が完成し、さっそくシランに聴かせようと俺たちはシランの部屋に向かった。

 だけど、俺たちは聴かせることが出来ない。


「ジーロ! 今すぐ研究室から薬を持ってこい!」

「分かりました! タケルさん、ちょっと退いて下さい!」


 ライラック博士とジーロさんが、慌ただしくシランの部屋と研究室を行ったり来たりしている。

 部屋では顔を青白くさせて強く咳込むシランの姿。その光景を、俺たちは部屋の前で呆然と立ち尽くして見ていた。

 シランの状態が、一気に悪くなっていた。

 シランは咳込みながら吐血し、真っ白なシーツに赤い血が滴る。苦しそうに悶えるシランをライラック博士は汗を流しながら必死に声をかけ、研究室から薬を持ってきたジーロさんが急いでシランに飲ませようとしている。


「きゅー! きゅー!」


 ずっとシランのそばにいたキュウちゃんが、威嚇するように鳴き声を上げながら俺とサクヤだけが見える、シランの体に纏わりつく黒いモヤを振り払うように尻尾を動かしていた。

 今までよりも一回りも大きくなっている黒いモヤがシランの体を縛り付けるように動くと、シランは苦しそうに呻き始める。


「そん、な……」


 隣にいたやよいが目を見開いてカタカタと体を震わせ、手に持っていた一枚の羊皮紙……新曲の歌詞がパサリと地面に落ちた。

 そして、やよいは腰が抜けたように力なく両膝を着き、頭を抱える。


「間に合わなかったの……? ようやく、出来上がったのに……ッ!」


 やよいの慟哭を聞いて、悔しさから唇を血が出るほど強く噛みしめる。

 真紅郎は見ていられなくなって顔を背け、ウォレスは無言で壁に拳を押し当ててギリッと歯ぎしりし、サクヤはやよいの隣にしゃがみ込んでやよいの肩に手を置いた。

 今の俺たちに出来ることはない。出来るとしたら、シランが死なないように祈るしかなかった。

 それから一時間ぐらいして、シランの部屋からライラック博士が出てきた。その顔は険しく、酷くやつれている。


「……博士、シランは?」


 やよいが掠れた声でシランの容態を聞くと、ライラック博士は深刻そうに首を横に振った。


「……一応は、落ち着いた。だが、もう限界だろう……シランは、もう長くない」


 ライラック博士は声を震わせながら、それでもはっきりと宣告する。現実を叩きつけられた俺たちは、愕然とした。

 病気の研究のために医学を勉強していたライラック博士には、分かってしまったんだろう。もはや手の施しようがないほど……シランが限界なことを。

 俺たちは、間に合わなかった。研究も、治療法を見つけることも、新曲作りも、何もかもが。

 それから三日間、シランは目を覚まさなかった。

 ベッドに横になっているシランは、一度も目を開けることなく眠ったままだ。このまま二度と目を覚まさないんじゃないかと、思うぐらいに。

 やよいは眠り続けているシランのそばを離れようとせず、この三日間ずっと寝ずに看病を続けている。

 新曲作りで全然眠れていなかったはずなのに、それに加えて看病で三日間の徹夜。やよいはどんどんやつれていき、目の下のクマが酷くなっていた。

 何度も休むように言ったけど、やよいは力なく首を横の振って拒否している。


「……クソッ!」


 自分の無力さと悔しさ、そして怒りに苛まれた俺は悪態を吐いてテーブルを叩く。ガンッ、とリビングに鈍い音がむなしく響いた。

 それを聞いた真紅郎がピクリと眉を動かして俺を睨んでくる。


「……タケル、うるさい。物に当たらないでよ」


 真紅郎の吐き捨てるような言い方に、思わずカチンとした。


「だったらお前も貧乏揺すりをやめろよ。気が散るだろ」

「物に当たるよりはマシでしょ?」

「__は?」

「__何?」


 ピリッ、と空気が張りつめる。俺と真紅郎がギロリと睨み合っていると、ウォレスが俺たちの前に水の入った二つのコップをガンッと強く置いた。


「お前らが苛ついても仕方ねぇだろ。少しは頭冷やせ」

「……悪い」

「……ごめん」


 ウォレスに窘められ、冷静になった俺と真紅郎は水を飲んでゆっくりと息を吐く。

 ここで俺たちが喧嘩してても、状況は変わらない。だからと言って、俺たちはどうしたらいいんだろう。そう思っていると、ずっと静かだったサクヤがポツリと呟いた。


「……やよいが心配」


 サクヤはシランの部屋の方を、心配そうな顔で見つめる。シランのことも心配だけど、今はやよいが一番心配だった。

 やよいまで倒れてしまったら元も子もない。だけど、どう言葉をかけていいのか分からなかった。

 結局、俺たちは何も出来ない。本当に、腹が立つ。

 すると、玄関の方から扉をノックする音が聞こえた。ライラック博士とジーロさんはわずかな希望を胸に研究に没頭しているから対応出来ないだろう。

 玄関の方に向かい扉を開くと、そこには一人の男性が立っていた。


「あ、すいません。タケルさんたちでしょうか?」

「はい、そうですけど……あなたは?」

「私はユニオンシーム支部職員の者です。ユニオンマスター代理、ルイスがタケルさんたちをお呼びしております。何でも、緊急の用件があるとのことで……今すぐユニオンに来て欲しいと」


 緊急の用件? いったいなんだろう?

 とりあえず真紅郎たちに声をかけ、ユニオンに向かうことにした。


「あれ? たしか、五人いるはずでは?」

「あぁ、ちょっと一人は出られないんですけど」

「申し訳ありません、どうしても全員に来て欲しいらしくて……」


 職員の人に申し訳なさそうに言われ、俺たちは顔を見合わせてどうしようかと考える。

 ルイスさんが全員を集めて話したいほどの、緊急の用件。こうなったら仕方ない、やよいを呼びにシランの部屋に向かった。

 

「やよい、入るぞ?」


 一言声をかけてから部屋に入る。そこではベッドに横になって眠っているシランと、その傍らで椅子に座っているやつれた表情のやよいの姿。

 やよいは緩慢な動きで俺の方に顔を向ける。


「……どうしたの?」


 目が赤く、声もガラガラだった。看病しながらずっと泣いていたんだろう。その姿に思わず息を飲みながら、俺は意を決して口を開いた。


「レイラさんがユニオンに来て欲しいってさ。俺たち全員に伝えたい緊急の用件があるみたいだ」

「……あたしは」

「分かってる。でも、どうしても全員に来て欲しいらしい。ちょっとだけ、一緒に来てくれないか?」


 断ろうとするやよいに事情を説明すると、やよいはチラッとシランの方に目を向けた。

 そして、ゆっくりと力なく頷く。


「……うん、分かった。ごめんね、シラン。ちょっと、行ってくる」


 眠っているシランの頬を撫でてから立ち上がったやよいは、おぼつかない足取りで歩き出した。

 やよいを連れて、俺たちはユニオンに向かう。空はどんよりとした厚い雲で覆われ、まるで俺たちの気分を現しているみたいだ。

 フラフラとしているやよいを気にしながらユニオンに入ると、待ち構えたようにルイスさんが立っていた。


「急に呼び出して申し訳ありません。申し訳ありませんが、執務室に来て下さい」


 挨拶もそこそこに、ルイスさんは急かすように執務室に案内する。

 そして、俺たち全員が執務室に入るとルイスさんは俯きながら用件を話した。


「とうとう、タケルさんたちがこの国にいることが……王国にバレました」


 唐突な言葉に、俺たちは目を見開いて驚く。

 王国……俺たちの命を狙っているマーゼナル王国に、この国にいることがバレてしまった。それはつまり、王国の追っ手が襲ってくるってこと。

 こんな時に、と舌打ちして頭をガシガシと掻くと、ルイスさんが深刻そうな顔で話を続けた。


「この国の王に王国から手紙が届いたらしく、指名手配中のタケル一行がいるなら即刻こちらに受け渡せと書かれていたようです。受け渡さない場合、戦争も辞さないとも」

「なんだよ、それ……」


 俺たちを捕まえるためなら戦争すらやりかねない王国の強攻策に、思わず唖然とする。

 ルイスさんは深くため息を吐いて、額に手を当てた。


「国としては王国との戦争は避けたい。なので、ユニオンの方に国からタケルさんたちを連行するように話がありました。私たちはユニオンの仲間を簡単に売り渡すような真似なんて、出来ません。ですが、さすがに今の私たちではどうしようもないのが現実です」


 ユニオンは今、魔族の襲来による余波を受けて忙しい。しかも、ユニオンマスターは怪我で入院中だ。俺たちを守ることは難しいはずだ。

 ルイスさんは申し訳なさそうにしながらも、真っ直ぐに俺たちを見つめて口を開いた。


「なので、タケルさん。今すぐこの国から逃げて下さい。少しでも時間稼ぎ出来るように、私たちも全力で支援しますから」


 国としては俺たちを王国に受け渡したい。そうしないとただでさえ魔族によってボロボロになっている国が、もっと酷いことになりかねないから。

 俺たちとしてもこの国に迷惑をかける訳にはいかないから、すぐにでも離れるべきだとは思う。

 だけど……。


「ちょ、ちょっと待って……今は、無理! 絶対に!」


 やよいが必死に嫌がる。シランの容態が悪くなり、もう長くないと宣告されているのにこの国を離れるなんて、やよいには出来るはずがなかった。

 それはもちろん、俺たちも同じ気持ちだ。


「ですが、早くこの国から逃げないとみなさんが危険なんです! 王国も強硬手段を取るつもりです、もしかしたらもう王国からの追っ手がこの街にいるかもしれないんですよ!?」

「でも、でも今は、今は無理なの!」


 ルイスさんの言うことはたしかだ。でも、俺たちは今この国から離れる訳にもいかない。

 どうしたらいいんだ。俺たちはどうするのが正しいんだ。

 究極の二択を迫られた俺たちが頭を悩ませていると、扉の向こうでバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 そして、勢いよく執務室の扉が開かれる。そこには汗だくで血相を変えたジーロさんが現れた。


「み、皆さん! し、シランが……シランの容態が……ッ!」


 その言葉に、俺たちは弾かれたかのように動き出す。

 と、その前に……。


「ルイスさん、すいません! いずれ絶対にこの国を離れます! 迷惑はかけないようにするつもりです! でも、少しだけ待って下さい!」

「あ、ちょっと……!」

「色々ありがとうございました! あとは俺たちでどうにかします! 失礼します!」


 それだけ伝えて俺は先に行っているやよいたちを追いかける。


「お気をつけて! 無事を祈っています!」


 俺たちの無事を案じて叫ぶルイスさんに力強く頷き、急いでシランの元に向かった。 


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