二十四曲目『結婚式』
「いいですね。ボクとしても、シランと結婚したいと考えていました。ありがとうございます、タケルさんたち……凄く嬉しいです」
結婚式のことをジーロさんに話すと、最初は驚いていたけどすぐに嬉しそうに頷いてくれた。
シランには内緒でやるということも了承してくれたので、さっそく俺たちは準備に取りかかる。
まずは式場を決めないと、と思って教会に向かった。
「申し訳ありません。ただいま予約でいっぱいとなっておりまして……」
だけど、出鼻を挫かれてしまった。
教会の人曰く、結婚ラッシュで教会を使う人が後を絶たないらしく、二ヶ月は待たなければならないと申し訳なさそうに言われる。
教会から出ると、やよいはがっくりとうなだれた。
「どうしよう……出来るなら早くやりたいんだけどなぁ」
「まぁ、仕方ないよ。こればっかりはね」
落ち込んでいるやよいを、真紅郎が慰める。結婚式やるなら教会がいいだろうし、ここは素直に待つしかないな。
だけど、やよいはどうしてもすぐにやりたいのか、諦めきれていなかった。
「他に教会ってないのかな?」
やよいはわずかな希望に縋るように聞いてきたけど、俺たちは同時に首を横に振る。この国には教会は一つしかなかった。
やよいも分かっていたのか、深いため息を吐いて「だよね」と呟く。
「何か方法ない?」
「そう言われてもなぁ……」
腕を組んで考える。教会なしで結婚式ってのもなぁ……と、悩んでいるとウォレスが何か思いついた様子でニヤリと笑った。
「教会を作るのはどうだ!?」
「それだったら二ヶ月待った方がよくない?」
「たしかに。そう簡単に作れるもんじゃないし、手作り感満載なのもどうかと思うよ?」
教会がないなら作ればいい、と提案したウォレスだったけど、やよいと真紅郎に言われて却下される。
むむむ、と俺たちが悩んでいると遠くからこっちに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
足音がする方に顔を向けてみると……とうとうあいつが現れてしまった。
「やぁぁよぉぉいぃぃ、たぁぁぁぁぁん!!」
ニコニコと笑いながら手を振って走ってきたのは、やよいのストーカー……もとい、黒豹団のリーダーのアスワドだった。
前に研究材料のルナフィールを採りに行った森で撒いたはずなのに、とうとう奴に見つかってしまった。
アスワドは砂埃を巻き起こしながら急ブレーキすると、やよいの前でかしずく。
「ようやく見つけたぜ、やよいたん……あなたの騎士アスワド、ここに見参!」
「うわぁ……」
キランと白い歯を見せながら笑うアスワドに、やよいはどん引きしていた。
とりあえず、やよいとアスワドの間に入って壁になる。
「何しに来たんだ、お前は」
「ハンッ! 何を聞くかと思えば……やよいたんいるところ、アスワドありだろ? というか、邪魔すんな!」
やよいに見せていた笑顔から一転して、ギロリと睨みながら俺を退かそうとするアスワド。誰が退くか。
俺とアスワドが取っ組み合っていると、やよいが「ん?」と声を上げる。
「……アスワド、氷……そうだ!」
「ちょ、やよい!?」
やよいはいきなり俺を思い切り退かして、アスワドの前に立った。
「や、やよいたん! 俺の気持ちがようやく伝わ……」
「ねぇ、アスワド! あんた、氷で教会を作れる!?」
「……へ?」
アスワドはやよいの言ったことが理解出来ずに、ポカンと口を開ける。
って、ちょっと待て!?
「やよい、何を言ってるんだ!?」
「だから、アスワドに氷で教会を作って貰うの! 前にテレビで観たことあるんだけど、凄く綺麗だったし!」
「あぁ、たしか北海道だったよね? ボクも知ってるよ」
「いや、だからってなぁ……」
たしかに氷の教会で結婚式なんて、かなりいいとは思うけど……アスワドに頼むのか?
俺の心配をよそに、やよいは話についていけていないアスワドに説明し始めていた。そして、アスワドは顎に手を当てて考える。
「まぁ、出来ないことはねぇけど……俺に得がねぇな」
そう言ってアスワドはガシガシと後頭部を掻きながら、面倒臭そうにしていた。
これはお願いしたらとんでもない料金を請求してくるか、下手するとやよいに何か見返りを求めてきそうだ。
やめておこう。そう言おうとする前に、やよいは短く息を吐くとアスワドに一歩近づく。
「お願い、アスワド……氷の教会を作って?」
なんと、やよいはアスワドに向かって上目遣いをしながら目をウルウルとさせ、今まで見たことがないほど可愛くお願いをした。
それを見た俺は呆気に取られ、真紅郎は目を丸くし、ウォレスはゲラゲラと笑い、サクヤは首を傾げる。
やよいの上目遣いおねだりを真っ正面から受けた当の本人、アスワドは……勢いよく後ろに仰け反った。ドキューン、と何かが撃ち抜かれたような音が聞こえた気がする。気のせいだろうけど。
「て、天使……天使が、いる。本当に天使っているのか……ありがとう、神よ。今まで信じてなくて、悪かったぜ……ッ!」
やよいのおねだりは、アスワドの心にクリーンヒットしたようだ。
仰け反ったまま天に向かって感謝を捧げたアスワドはグンッと体を起こし、親指を自分に向けて笑う。
「俺に任せておけ、やよいたん! 最高の氷の教会、作ってやるぜぇ!!」
「本当? 無料で?」
「もちろんだ! クハハハハ! やってやるぜぇぇぇ!」
空に向かって雄叫びを上げるアスワドに、やよいは見えないようにニヤリと笑ってガッツポーズしていた。
やるな、やよい。女の武器を使うとは、成長してる。
それにしてもウォレスがさっきから笑いっぱなしで、地面をバンバンと叩いていた。笑いすぎだろ……あ、やよいに蹴られた。
「んじゃ、よろしくねアスワド!」
「おうよ! 氷の芸術家ことこの俺アスワドに任せな!」
「いや、お前は盗賊団のリーダーだろ」
「うるせぇ! 外野は黙ってろ! 俺の最高傑作を見て腰抜かすんじゃねぇぞ!? よっしゃあ! 今から教会に行って頭に焼き付けてくる! やよいたん、また後でな!」
そうして、現金というか単純なアスワドが走って教会に向かっていく背中を見送った。まぁ、とりあえず結婚式をするところは決まってよかった。
「じゃ、あとは衣装か?」
「衣装はライブの時に使ったドレスでいいと思う! あれ、凄く綺麗だったし!」
「そうだね。ならジーロさんの衣装を探そうか」
「ハッハッハ! こいつは盛り上がってきたぜ!」
「……楽しみ」
俺たちは結婚式に向けて準備を始めた。
ジーロさんを服屋に連れて行って白いタキシードを買ったり、教会を見てきたアスワドが作った小さい氷の教会を見て驚いたり、ライラック博士にも結婚式のことを話したら目頭を抑えていたりと色んなことがあって、三日が経った。
シランには内緒で結婚式の準備を終え……とうとう当日を迎える。
場所は裏庭。優しい風に乗って花びらが舞う中、車椅子に乗ったシランとその車椅子を押すやよいが登場した。
「ね、ねぇ、やよい? いったい今から何をするの?」
「いいからいいから!」
シランは今からやることを知らないから戸惑い、やよいは何も答えずにニコニコと笑っている。
ライブの時に来た白いドレスを身に纏っているシランが不安げにしている中、やよいは立ち止まった。
「ちょっと待っててね、シラン」
「う、うん」
シランをその場に置いてやよいは俺たちの方に歩み寄り、ゆっくり息を吸った。
「アスワド! お願い!」
「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の拷問を>__<アイシクル・メイデン!>」
やよいのかけ声を聞いたアスワドが魔法を詠唱し、地面に手を置く。すると、地面から大きな氷柱が生えた。
「ここからが本番だ……<我に集うは軍神の旋旗>__<トルネード・ワンド!>」
続けて詠唱して使ったのは、竜巻を出現させる風属性魔法。竜巻は大きな氷柱を巻き込み、アスワドは右手を向けながら集中する。
ひんやりとした冷気が頬を撫で、アスワドが右手を横に振ると竜巻が霧散した。
そして、残った氷柱は真ん中に十字架がある半円形の壁になり、その前には氷で出来た祭壇が出来上がっていた。その祭壇に向かう道には氷の円柱が並び、まるでバージンロードのようになっている。
その光景を見ていたシランは、目をパチクリとさせていた。
「これって……きゃ!」
氷の教会を見て驚いていたシランの頭に、やよいは白い半透明なヴェールを被せる。
「シラン。今日はあなたの結婚式だよ!」
呆然としているシランにやよいが微笑むと、まだ理解が追いついていないシランは俺たちの方に目を向けていた。
俺たちが笑いながら頷くと、シランは目に涙を浮かばせる。
「そんな……こんなことって、ありえるの? もしかして、これってやよいが考えたの?」
「あ、分かっちゃう? うん、そうだよ……あたしが企画したの」
やよいがニシシ、といたずらっ子のような笑みで答えると、シランもクスッと笑いながら、涙を指で拭った。
「もう……やよいのバカ。驚いたよ」
「サプライズ大成功! でも、ここからが本番だよ」
そう言ってやよいは、教会の方を指差した。
__そこには祭壇に立つ白いタキシードを着た、緊張気味のジーロさんの姿。
ジーロさんは祭壇で待っている。永遠の愛を誓う、愛しい花嫁が来るのを。
そして、シランの車椅子をスーツを着たライラック博士が押した。
「パパ?」
シランが振り返りながら、ライラック博士を呼ぶ。だけど、ライラック博士は何も言わずにゆっくりと、噛みしめるように車椅子を押していく。
ライラック博士は頑張って堪えていたけど、その目には涙が浮かんでいた。
それを見てシランはそれ以上何も言わず、静かに祭壇に向かっていく。祭壇にたどり着くと、そこからジーロさんがライラック博士に代わって車椅子を押した。
「待って下さい、ジーロ」
だけどそこで、シランが待ったをかける。シランはライラック博士の方に向き直ると……頬に一筋の涙を流しながら、誰もが目を奪われるほど綺麗な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、パパ……私、本当に幸せです」
「……ッ!」
シランの一言に、ライラック博士は我慢出来ずに背中を向けて目を手で覆う。その手から涙が溢れ出していた。
それでも男の意地なのか、父親の意地なのか、シランに涙は見せようとしない。シランもそれが分かっているのか、小さく笑みをこぼす。
ジーロさんはシランを祭壇に上げ、並び立つ。二人の目の前には神父……じゃなくて神父役のウォレスが立った。
二人の前に立ったウォレスはいつもとは違い、真面目な表情だ。ウォレスはゴホン、と咳払いしてからジーロさんの方に目を向ける。
「新郎ジーロ。あなたはここにいるシランを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
ジーロさんは真剣な表情で、頷きながら答える。
次にウォレスは、シランの方に目を向けた。
「新婦シラン。あなたはここにいるジーロを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「……誓います」
シランは目を閉じ、祈りを捧げるように静かに答える。
ウォレスは二人の誓いを聞き、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「では……The Kiss」
ウォレスが誓いのキスを宣言し、ジーロさんとシランが向かい合う。
ジーロさんは体を屈めてシランが被っているヴェールに手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。
二人は見つめ合い、同時に笑みをこぼす。
「シラン。ボクは、ずっとキミを愛している。どんなことがあっても、永遠に」
「……うん。私も、ジーロのことを愛してるわ。どんなことがあっても、永遠に」
二人は顔を近づけ……口づけを交わした。俺たちは拍手で二人を祝福する。
俺はきっと、元の世界に戻ったとしてもこれ以上に素晴らしいと思う結婚式には出会わないだろう。これほど幸せな夫婦を見ることはないだろう。
二人を祝福するように優しい風が吹き、氷の破片がキラキラと輝く。まるで一枚の絵画のような光景にいる二人は幸せそうに微笑んでいた。
「う……うぅ、し、シラン……ッ!」
ライラック博士は腕で目元を抑えながら肩を震わせ、二人のことを知らないアスワドも拍手して祝福している。
ウォレスは笑い声を上げながら全力で拍手し、真紅郎は静かに笑いながら目に浮かんだ涙を指で拭う。
サクヤは目をキラキラとさせ、頭の上にいるキュウちゃんは尻尾をフリフリさせて「きゅー!」と鳴きながらはしゃぐ。
そして、やよいは堪えることもせずにポロポロと涙を流しながら、満足そうに何度も頷いていた。
__ここにいる全員が二人を祝福し、二人の幸せを祈っていた。
シランはやよいが作ったアングレカムの花束、ブーケを抱きしめ……空に向かって投げる。
ブーケはふわりと風に乗り、花びらがヒラヒラと舞う。
そして、ブーケはまるで決まっていたかのように、やよいの手の中に飛び込んでいった。
こんな幸せな日々が続いて欲しい。俺はそう思っていた。
思っていたんだ。
だけど、この結婚式を境に……シランが外に出ることはなくなった。