表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
166/542

二十一曲目『悪化』

 倒れたシランをすぐに家まで運んだ俺たちは、ライラック博士に診て貰った。

 ライラック博士は深刻そうな表情を浮かべながらも、「今のところ命に別状はなさそうだ。時期に目が覚めるだろう」と話していた。とりあえず、一安心だな。

 だけど、やよいはベッドの上で静かに眠っているシランから、離れようとしなかった。シランの手を祈るように握りしめ、涙を堪えている。

 痛々しいその姿が見ていられなくなり、俺たちはソッと部屋から出た。

 そして、リビングにいた険しい顔をしているライラック博士とジーロさんに頭を下げる。


「すいませんでした……俺が軽率なことを言ったばかりに、こんなことになってしまって」


 俺が思いつきでシランとライブをするなんて言わなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

 俺に続いて真紅郎、ウォレス、サクヤも深々と頭を下げた。

 シランに無理はさせない。そう、約束していたのに……俺は、それを守れなかった。信頼を裏切ってしまった。

 後悔と罪悪感に苛まれ、胸が締め付けられる。すると、ライラック博士はゆっくりと首を横に振った。


「頭を上げてくれ。私は怒っていない」

「ですが……ッ!」

「いいんだ。シランのこと思って提案してくれたんだろう? 父親として、嬉しいことこの上ないことだ」


 それでも頭を上げない俺の方を、ライラック博士はポンッと叩く。


「気にするな、とは言わない。だが、気にしすぎるな。シランは本当に楽しそうにしていた。ステージの上で輝いていた。あんな姿、私は初めて見たぞ」

「えぇ、そうですね。ボクも初めて見ました。ますます惚れてしまいましたよ」


 頭を上げると、ライラック博士とジーロさんはライブのことを思い出しているのか優しく微笑んでいた。

 こんなことになったのに、どうして二人は俺たちを責めないのか。本当だったら、怒って殴ってきそうなのに。

 そんなことを思っていると、ライラック博士は静かに目を閉じる。


「シランがこうなってしまったのは、残念だ。だが、タケルたちを責めるつもりはない。遅かれ早かれ、こうなるのは分かっていたんだ。だから、笑え! 暗い顔をするな! 胸を張れ! そして……ありがとう」


 こともあろうに、ライラック博士は深々と頭を下げた。

 思ってもなかった反応に唖然としていると、頭を上げたライラック博士は目に涙が浮かんでいる。


「ステージの上のシランは、堂々としていた。多くの人から陰口を叩かれ、病気のせいで辛い目に遭っていたのに、それでもシランは真っ直ぐに歌声を届けていた……その姿が、本当に美しく、綺麗だった。思わず、妻のことを思い出してしまったよ」


 ライラック博士が噛みしめるように目を閉じると、頬に一筋の雫が流れた。


「そんな大事な娘の晴れ姿を見ることが出来て、私は満足だ」

「博士……」

「その切っ掛けを作ってくれたタケルたちを、どうして責めることが出来るんだ?」


 ライラック博士の優しい言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。

 ジーロさんもライラック博士と同じ考えなのか、柔和な笑顔で頷いていた。

 本当に、優しい人たちだ。自分の娘、婚約者が倒れてしまう切っ掛けを作った俺たちを、この二人は怒らないでいてくれる。

 二人への敬意を込めてもう一度頭を下げると、やよいが慌ただしくリビングに入ってきた。


「し、シランが目を覚ましたよ!」


 その言葉に、俺たち全員がシランの部屋に向かう。

 シランはベッドに横になったまま部屋に入ってきた俺たちに、儚げに笑いかけてきた。


「シラン! 大丈夫か!?」

「パパ……私、倒れてしまったんですね」


 目を覚まして現状を理解したシランが起き上がろうとすると、少し体が持ち上がったところで力なくベッドに倒れ込んでしまう。

 ライラック博士は「無理するな、寝ていろ」とシランに優しく声をかけながら、診察を始めた。

 体調を確認し、両足を触診していると……ライラック博士が目を見開いて、愕然とする。


「シラン……もしや、両足が……」


 絞り出すように問いかけるライラック博士に、シランは困ったように笑いながら口を開いた。


「はい……どうやら、両足(・・)が動かなくなってしまったようです」


 シランの告白に、膝から崩れ落ちそうになる。

 片足だけじゃなく、両足が動かなくなってしまった。もう自分の力で立つことが、出来なくなってしまった。

 やよいは話を聞いて、青ざめた表情でプルプルと体を震わせる。


「そんな……こんなことになるなら、ライブになんか誘わなきゃ……」

「__そんなことない!」


 ライブに誘ったことで、シランの両足が動かなくなっていまうほど悪化させてしまった。

 その事実に、やよいが腰が抜けたように膝を着いてうなだれながら絶望していると、シランは大声で否定する。

 シランは目に涙を浮かべながら、やよいに向かって叫んだ。


「私は楽しかった! やよいが、みんなが誘ってくれて、本当に嬉しかった!」


 シランは震える手を伸ばしながら、やよいの頭を優しく撫でて微笑む。


「あんな経験、生まれて初めてだった。あんなにみんな盛り上がって、楽しそうにしてて、喜んでくれた。嬉しかった……私にも、みんなを幸せに出来るんだって。生まれてきてよかった(・・・・・・・・・・)って、思えるぐらい」

「シラン……」


 シランの優しい言葉に、やよいがゆっくりと顔を上げる。堪えきれずに溢れた涙がポロポロと落ちていく。

 シランはクスッと小さく笑いながら、やよいの涙を手で拭った。


「ありがとう、やよい……やよいたちが、おんがくに夢中になる理由が分かったよ。らいぶをして、私の世界は広がった。あの時、あの瞬間、私は幸せだった。本当に__ありがとう」

「シラン……ッ!」


 やよいはシランの胸の飛び込み、嗚咽を漏らしながら強く抱きしめる。シランは抱きしめ返しながら、慰めるように背中をポンポンと叩いていた。


「もう……やっぱり、やよいは泣き虫さんだね?」

「ひぐっ……うる、さい……そんなに、泣いてないもん」

「そう? 結構泣いてると思うけどなぁ?」

「ぐすっ……ないてないってばぁぁ……」

「はいはい」


 泣きじゃくってるやよいを、優しい聖母のような笑顔で抱きしめるシラン。

 二人の邪魔になると思った俺は真紅郎たちに目配せして、こっそり部屋から出た。


「……ヘイ、タケル。これからどうする?」


 部屋から出ると、珍しく真剣な表情でウォレスが聞いてくる。

 これからどうするか……そんなこと、決まってるだろ。


「__シランの病気を治す」

「……ハッハッハ! そんな当たり前のことは聞いてねぇよ! オレは、そのためにどうするのかを聞いてるんだ!」


 はっきりと言い放つとウォレスは呆気に取られていたけど、すぐにいつもの調子で笑い出す。

 当たり前のことを言ったってのは自覚してる。でも、俺は改めて言葉にしておきたかった。

 そして、そのためにどうするのか。拳を握りしめて、答えた。

 

「ライラック博士の研究を手伝う! 今までよりも、もっと!」


 シランの病気を治すには、ライラック博士の研究が上手くいかないといけない。

 そのためなら、俺はどんなことでも手伝う。それしか出来ない。

 俺の答えに、ウォレスはニヤリと笑った。


「ま、それしかねぇよな」

「うん、そうだね」

「……やるしか、ない」


 ウォレスに続いて、真紅郎とサクヤが力強く頷く。サクヤの言う通り、やるしかないんだ。

 あんなに優しい少女を、死なせる訳にはいかない。絶対に。

 そのために出来ることをするために、俺たちはライラック博士に目を向けた。


「博士、俺たち何をすればいいですか?」

「……そうだな。材料集めは当然として、研究所にある文献を全て読み返す必要がある。もしかすると、タケルたちのような研究者でない者が読めば、新しい視点からの情報が手に入るかもしれない。あとは、黒いモヤについて一から調べ直してみよう」


 最初はシランの姿を見て暗い表情だったライラック博士だったけど、やる気に満ち溢れた俺たちを見て口角を上げ、つらつらと今後の動きを話し出した。

 落ち込んでいられない。気持ちを切り替え、これ以上病状を悪化させないように全力を尽くす。

 俺たちは役割分担をして、早速動き出した。絶対に治療法を見つけると、心に誓って。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ