二十曲目『最高のライブ。最悪の終わり』
ライブ当日。
街の中央にある広場に設営されたステージ前には、始まる前から多くの観客が集まっていた。
レンヴィランスという芸術で有名な国の人間が認めた、音楽という未知の文化が見れる。と、ユニオンが宣伝してくれたことにより、観客は期待した面持ちだった。
俺たちは舞台袖でステージの様子を見ていると、右手に杖を持った純白のドレスを身に纏っているシランの姿。
目を奪われるほど綺麗な姿だけど、ガチガチに緊張していた。
「お、おい、大丈夫かシラン?」
「だ、だだだ、だい、大丈夫、です!」
心配になって声をかけてみると、シランはガタガタと震えながらギギッと音が聞こえそうなほど引きつった笑みを浮かべて答える。
全然、大丈夫じゃなさそうだな。
こんな調子じゃ、ライブも出来ないだろう。すると、シランと同じ純白のドレスを着たやよいが、シランの手を優しく握る。
「大丈夫! あたしたちがいるよ! あたしたちの音楽で、みんなを驚かせてやろう! そして、思いっきり楽しもうよ!」
「……うん!」
やよいに元気づけられたシランは、ゆっくりと深呼吸してから力強く頷いた。どうにか緊張も解れたみたいだな。
「そろそろだね、準備しようか」
真紅郎に促され、俺たちは円陣を組んだ。
ゆっくりと深呼吸してから、一気に声を張り上げる。
「よっしゃ! 楽しい音楽の時間だ! 特別ゲストを加えたRealizeのライブ! 全力で楽しもうぜ!」
俺の声に、全員が雄叫びを上げた。こういうのに慣れていないシランも、頑張って声を張り上げる。
俺は手を前に出すとその上に真紅郎、ウォレス、サクヤ、シラン、やよいの順番で手が乗せられる。
最後にキュウちゃんが前足を乗せたのを確認してから、俺は気合いを入れて叫んだ。
「__Realize! 俺たち最高!」
「__イエアァァァァァァァッ!」
シランを加えた今回限りの特別なRealize全員で叫び、ステージに勢いよく上がる。
俺たちの登場に、観客たちは盛り上がっていた。だけど、何をやるのか分かっていない一部の観客は訝しげな視線を送っている。
そして、杖をついたシランがステージに上がると、観客たちは困惑し始めた。
「おい、あれって……」
「嘘だろ、奇病持ちじゃねぇか」
「離れた方がよくないか?」
やっぱり、シランのことを知ってる人はこの場から離れようとしている。だけど、逃がすと思ってるのか?
俺は魔装を展開して、剣の切っ先をステージに勢いよく突き刺す。
そして、柄に取り付けてあるマイクを口元に持ってきて、思い切り声を叩きつけた。
「__ハロー! シームの皆さん! 俺たち、Realizeです!」
戸惑いや困惑を吹き飛ばすような俺の声がマイクを通し、空気を震わせる。
突然のことに驚く観客たちに向かって、俺はニヤリと口角を上げた。
「今から俺たちがやるのは、音楽! あのレンヴィランスの人たちすら熱狂の渦に巻き込んだ、最高に熱くて最高に盛り上がる文化です!」
シランに対する差別、陰口……全部、俺たちの音楽でぶっ飛ばす。俺たちなら、シランならそれが出来ると確信している。
だから、聴け。
「聴いて下さい……<壁の中の世界>」
曲名を告げ、俺はウォレスに目配せする。
ドラムセットを模した紫色の魔法陣を展開したウォレスは、ニッと笑みを浮かべながらスティックを構えた。
スティック同士を静かに三回打ち鳴らしてカウントを取り、演奏が始まる。
ウォレスのスローテンポなドラムに、真紅郎がベースを合わせていく。リズム隊の静かな立ち上がりに、やよいのギターとサクヤのキーボードが混じっていった。
やよいはギターをエレキではなくアコギの音色に変え、サクヤはピアノの音色を奏でる。
アコギの切なさを感じさせる音色と、ピアノの美しい旋律が混ざり合い、ロックバラードにアレンジされた演奏が観客の耳に届いていく。
そして、俺はゆっくりとマイクから離れ……シランに譲った。
シランは胸に手を当てながら目を閉じ、イントロの終わりに合わせて息を吸い、歌い始める。
「君に届いているだろうか あの日の地の温もりは 君に聞こえているだろうか あの日君に伝えたかった言葉は……」
透き通るような綺麗な歌声でAメロの歌詞を歌い上げると、歌声を聴いた観客たちが息を飲んでいた。
綺麗なガラス細工のような美しく、儚げだけどしっかりと芯があって心に響いてくるシランの歌声に、全員が聴き入っている。
歌い始めた時は少し緊張気味なシランだったけど、すぐに調子を取り戻してBメロに入った。
「遠く離れた見知らぬ土地で 君は同じ空を見て何を思う?」
シランの歌に合わせて、やよいたちの演奏が静かに盛り上がっていく。
聖歌のような神聖さを感じさせる歌声と演奏が混ざり合い、綺麗なグルーヴが生まれる。
__祝福するように、祈るように。
「金魚鉢を買った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに__」
Cメロの歌詞を歌い終えると、やよいのアコギが下から押し上げるように熱を帯びていき、全員の演奏が一瞬止まった。
静謐な雰囲気がステージを飲み込んでいき、水面に落ちた水滴が波紋を広げるようにシランは息を吸う声が響く。
そして、穏やかな風が吹くのと同時にサビが始まった。
「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか……」
優しく、包み込むような歌声が響き渡る。観客は目を閉じ、シランの歌声に聴き惚れていた。
純白のドレスを身に纏ったシラン。神様が授けた天性の歌声を披露する、その姿。
儚げな雰囲気、遠くを見つめるその視線も相まって、今のシランは__まさしく女神だった。
サビを歌い終え、シランは杖をつきながら静かにマイクの前から離れる。
聴き惚れているところ悪いけど……ぶちかますぜ!
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
サビが終わってすぐ、ウォレスがハイハットを大音量で叩きながらドラムカウントを取り、やよい、真紅郎、サクヤが一気に動き出す。
さっきまでの静かな演奏からガラリと変わり、ロックバラードからがっつりロックテイスト……原曲の演奏が始まった。
やよいはアコギからエレキの音に変え、ディストーションをガンガンかけながらギターを弾き鳴らす。
サクヤは機械的なシンセサイザーの音を響かせ、やよいの激しいギターに合わせていく。
ウォレスのアップテンポのドラムストローク、真紅郎のスリーフィンガーによるベースの速弾き。二人のリズム隊が曲を盛り上げていく中、最後に俺はマイクを掴んで声を張り上げた。
「ヘイ! 驚いた顔してどうした!? もっと盛り上がれよ!」
いきなり曲調が変わり、呆気に取られている観客に向かって人差し指を向けながら叫ぶ。
俺たちの音楽は、こっからが本番だ!
「差別? くだらねぇ! そんなことしてる暇があったら、俺たちの音楽を聴け! しがらみ? そんなの、俺たちがぶち壊す! 音楽に境界線はないんだよ!」
マイクを通した俺の熱弁が、徐々に広がるように観客に届いていく。
俺たちの熱意が、演奏が、音楽が__観客を巻き込み始めているのを感じながら、俺は二番を歌い始めた。
「君は忘れているだろうか あの日君に奏でた音を 君は繰り返しているのか 代わり映えのない夜を」
感情をぶつけるようにAメロの歌詞を歌うと、最初は戸惑っていた観客はリズムに合わせて肩を揺らしていく。
そのままBメロ、Cメロと歌った頃には、観客全員が手を振り上げ、盛り上がっていた。
「夜になると 君が見ている星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は繋がる 君にどうか」
フォールで音程を下げながらサビを歌い終える。
そして、ラストのサビに入る前に俺は剣の柄からマイクを外して、やよいの隣で楽しそうにしているシランにマイクを投げ渡した。
驚きながらどうにかマイクを受け取ったシランは、やよいに目を向ける。すると、やよいは満面の笑みを浮かべながら頷き、二人はマイクに顔を近づけた。
「金魚鉢を買った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに」
二人の歌声が響く。
やよいの活発で張りのある声と、シランの優しく綺麗な声が重なり合い、ユニゾンする。
「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか」
やよいとシランは楽しげに笑いながら、ラストのサビをツインボーカルで歌い上げた。
二人の楽しそうな雰囲気に触発されたウォレス、真紅郎、サクヤの演奏が走り抜けていく。
そして、俺たちの演奏が終わった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
静かになったステージの上で、シランの荒い呼吸だけが聞こえる。
その瞬間、静寂を打ち破るように歓声と拍手が沸き起こった。
観客は完全に音楽の虜になり、雄叫びのような歓声が俺たち全員にぶつかってくる。
曲が終わったことを惜しむように鳴り止まない拍手を浴びながら、シランはまるで宝石のようにキラキラとした目で観客を眺めていた。
シランは呼吸を整え、胸元でギュッと右手を握りしめながら隣にいるやよいに声をかける。
「やよい……音楽って、凄いね」
盛り上がっている観客を見つめながら言うシランに、やよいは子供のように無邪気な笑みを向けた。
「ハマるでしょ?」
シランはコクリと、力強く頷く。
「うん! 本当に、楽しい……」
そこで、シランがふらりとやよいにもたれかかった。初めてのライブで疲れたんだろうな、無理もない。
__そう、思っていた。
「シラン……?」
「私、こんなに、たのしいの……はじ……めて……」
「きゅー!」
シランの様子がおかしいと感じたのか、やよいが心配そうに声をかける。
すると、やよいにもたれかかっていたシランがズルズルと力なくずり落ちていき、舞台袖から飛び出したキュウちゃんの声と共に__。
「__シラン!?」
__シランが、倒れた。
やよいは血相を変えてシランを抱き起こし、キュウちゃんが前足でシランの頬をペチペチと叩く。
俺も、ウォレスや真紅郎、サクヤも急いで倒れたシランの元へと走った。
最高だったライブは、最悪の形で終わってしまった。