十七曲目『最後の我儘』
「し、シランと一緒にライブをする!? タケル、それ本気なの!?」
シランの天使の歌声を聴いて、一緒にライブをしたら楽しそうだなって思った俺は、さっそく当事者のシランを含めた全員を集めて提案してみた。
俺の提案を聞いて、やよいは目を白黒させながら叫ぶ。
「どう思う?」
「たしかにシランの歌声は綺麗だし、一緒にライブなんて最高だけど……」
やよいは一応は乗り気みたいだけど、ちょっと迷っているようだった。
他のメンツはと言うと……。
「ハッハッハ! いいじゃねぇか! 楽しそうだ!」
「……ぼくも、賛成」
すぐに賛成したのは、ウォレスとサクヤだ。逆に、真紅郎は腕を組みながら悩んでいる。
「ボクは反対、かな? ライブってかなり体力使うし、あまり無理させるのもね」
真紅郎の意見は、言われるだろうなって予想していた。
病気を患っているシランに、あまり無理させる訳にはいかないのは分かってる。
だけど俺はボーカルとして、シランの歌声が世に出ないのはもったいないと思っていた。
ライラック博士の方を見てみると、渋い顔をして黙り込んでいる。父親として、娘に無理をさせるのは賛同出来ないんだろう。
ジーロさんは顎に手を当てながら、シランの方に顔を向ける。
「シランはどうしたいですか? ボクは、シランの意志を尊重しますよ」
ジーロさんにそう言われたシランは、俯いて目を閉じて考え始めた。
そして、ゆっくりと顔を上げると口を開く。
「__私、やってみたいです」
胸元で祈るように手を組みながら、俺の提案に乗ってきたシラン。
意外そうに目を丸くしたライラック博士は、すぐに困ったように眉をひそめた。
「そうは言ってもな、シラン。今のお前は、かなり体力が落ちている。体調のことを考えると、私は正直……反対だ」
冷静にシランを窘めながら、説得を試みるライラック博士。だけど、シランは首を横に振った。
「無理出来ない体なのは分かってます。でも、私はやってみたい! 一度でいい……Realizeの皆さんと、やよいと一緒にらいぶをしてみたいんです!」
シランは自分の意志を、はっきりとライラック博士に伝える。真っ直ぐにライラック博士を見つめる目は、真剣だった。
そして、シランは立ち上がると頭を下げた。
「お願いします! 今回だけでいいんです、やらせて下さい!」
「お、おい、シラン! 頭を上げてくれ!」
まさか頭を下げてまでお願いされるとは思っていなかったのか、戸惑うライラック博士。
するとシランに続いて、やよいも立ち上がって頭を下げ始めた。
「私からも、お願いします!」
「や、やよい……」
同じように頭を下げたやよいに、シランが目をぱちくりさせる。やよいはギュッと拳を握りながら、頭を上げてライラック博士を見つめた。
「私も、一度でいいからシランとライブをしたい。ライブの楽しさをシランにも味わって欲しい。最初は無理させたくなかったけどシランがやる気なら、私は一緒にやりたい! だから、お願いします!」
「……お願いします!」
二人に頭を下げられ、ライラック博士は困ったように頬を掻く。
発案者の俺がここで何も言わないのは、不義理だろ。そう思って俺は立ち上がり、ライラック博士に頭を下げた。
「シランの歌声は、天性のものです。俺は色んな人にシランの歌声を届けたい。その手伝いがしたい。シランにライブの楽しさを知って欲しい。だから、俺からもお願いします!」
「ハッハッハ! オレからも頼むぜ!」
「……お願い、します」
「ボクとしてはライラック博士と同じで無理して欲しくないけど……本人がやる気なら、ボクも応援したいです」
俺に続いてウォレスとサクヤ、最初は反対してたけどシランの熱意に負けた真紅郎が頭を下げる。
俺たち六人に頭を下げられたライラック博士は、圧倒されたように冷や汗を流していた。
答えに迷っているライラック博士に、ジーロさんがクスクスと小さく笑みをこぼしながら声をかける。
「シランもこう言ってますし、タケルさんたちもこうしてお願いしてます。博士、許可して上げてもいいのではないですか?」
「ジーロまで……だがなぁ」
俺たちに加えてジーロさんにも言われたライラック博士は、それでもまだ判断に迷っていた。それぐらい、娘のことが心配なんだろう。
ここまで言っても意見が変わらないなら、諦めるしかない。そう思っていると、シランが一歩前に出た。
「お願いします、パパ……今回だけ、私の最後の我が儘を聞いてくれませんか?」
最後、という言葉にライラック博士がピクリと肩を震わせる。
その言葉が決め手になったのか、ライラック博士は諦めたように深い深いため息を吐いた。
「……分かった、今回は許可しよう」
「本当ですか!?」
許可を得られて喜ぶシランに、ライラック博士は「だが、条件がある」と釘を刺す。
「絶対に無理はしないこと。少しでも体調が悪くなったら、この話はなしだ。それが守れるなら……今回だけ、私も折れようじゃないか」
「分かりました! 絶対に守ります! ありがとうございます、パパ!」
ライラック博士の条件を飲んだシランは、改めて頭を下げる。やよいはシランの手を握り、嬉しそうに笑った。
「やったね、シラン!」
「うん! 私、頑張って練習するよ!」
「あたしも協力する! 凄く楽しみだね!」
大喜びしている二人を眩しそうに目を細めて見つめながら、ライラック博士は静かに微笑む。
「父親として、それぐらいは聞いてやりたいからな」
「……すいません、いきなり」
「いや、いいんだ。シランが我が儘を言うなんて珍しい……と言うより、初めてだからな。それぐらい、おんがくに魅力を感じてたんだろう。おんがくを教えてくれたタケルたちに、感謝しないとな」
苦笑混じりに言うライラック博士に同意するように、ジーロさん頬を緩ませながら頷いた。
「そうですね。タケルさんたちと出会ってから、シランは今まで見たことがないような色々な姿を見せてくれています。皆さんとの出会いは、間違いなくシランにとって幸運です。ありがとうございます」
ジーロさんは嬉しそうに柔和な笑みを浮かべて、シランを見つめる。
ライラック博士の想いを無駄にしないためにも、シランには絶対に無理はさせない。そして、最高のライブにしよう。
気合いが入った俺は、Realize全員に向かって叫んだ。
「よっしゃ! 今から練習するぞ!」
「ハッハッハ! テンション上がってきたぜ!」
「……やる」
「きゅきゅー!」
「まだボクたちはシランの歌声を聴いてないからね。とりあえず、聴かせて欲しいな」
シランの歌声は、やよいと俺しか聴いていない。だけど、やよいは心配ないとばかりに胸を張って言い放った。
「シランの歌声は、本当に綺麗だよ! あたしが太鼓判を押す!」
「や、やめてよ、やよい! 恥ずかしい!」
恥ずかしがっているけど、シランの歌声は本当に素晴らしいものだ。あの歌声を聴けば、真紅郎たちも度肝を抜かれるに違いない。
外に出て裏庭に向かった俺たちは、さっそくシランに<壁の中の世界>を歌って貰った。
「うん、なるほど。たしかにこれは、天性の歌声だね」
「ハッハッハ! いいじゃねぇか! こいつはライブが楽しみだぜ!」
「……綺麗」
「きゅー!」
真紅郎たちはシランの才能に納得し、ライブについて話し合いを始める。演奏する曲は<壁の中の世界>で、今回限りの特別仕様にアレンジすることに決まった。
シランの歌声が一番映えるように楽器隊は<壁の中の世界>のアレンジを考え、シランは俺と一緒にボーカルの練習を始める。
俺の技術を乾いたスポンジが水を吸うように、グングン上達していくシランに、思わず笑みがこぼれた。
こうして、特別メンバーとしてシランが加入した俺たちRealizeは練習を続け、シランの歌声と演奏は夜遅くまで裏庭に響くのだった。