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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
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十五曲目『馴れ初め』

「リューゲ、ですか?」


 黒いモヤについて朝まで話し合った俺は、Realize全員でユニオンに来ていた。

 用件は、昨日襲ってきたリューゲのことだ。

 忙しそうにしているユニオン内で一番疲れ切った顔をしているルイスさんに説明すると、訝しげに首を傾げる。


「初めて聞く名前ですね。少なくとも、この街の住人ではないかと」

「え? そうなんですか?」

「はい。私はこの街に住む人の名前をある程度は覚えていますが、そんな名前の男はいませんね」


 軽く言ってるけど、凄い記憶力だな。さすがはユニオンマスターの秘書と言ったところか?

 それにしても、リューゲはこの街の人間じゃないのか。

 すると、ルイスさんはため息を吐いて頭を抱えた。


「はぁ……ただでさえ忙しいのに、また厄介な事案が……今日も徹夜かなぁ……あははははは」


 壊れたおもちゃのように白目を剥きながら、無表情で乾いた笑い声を上げるルイスさん。


「あの……なんか、すいません」


 厄介な事案を報告してしまい、どうにも申し訳なくなって謝ると我に返ったルイスさんが軽く咳払いする。


「いえ、報告ありがとうございます。こちらの方でもリューゲという男について調べてみますね」

「お願いします」


 もしかしたらまた、リューゲが襲ってくるかもしれないからな。その前に捕まえるなりして欲しいけど……そこまで手が回らないだろう。

 まぁ、また襲ってきたら返り討ちにして俺が捕まえればいいか。そう結論を出して俺たちはユニオンを出た。


「あれ? タケルさんたちじゃないですか。今からお帰りですか?」


 そこで通りがかったジーロさんが俺たちに気付いて声をかけてくる。


「はい。ジーロさんはどうしたんですか?」

「ちょっと、研究資料を集めに」


 そう言うとジーロさんは、背負っている袋を見せてくる。その袋には資料が山ほど入っているのかパンパンに膨らんでいて、かなり重そうだった。


「ヘイ、ジーロ! オレが持ってやるよ!」

「本当ですか? ありがとうございます」


 見てられないのかウォレスが提案すると、ジーロさんは嬉しそうに袋を手渡す。

 そのまま俺たちはジーロさんと一緒に家に戻った。その道中でジーロさんは微笑みながら、やよいに話しかける。


「やよいさん。シランと友達になってくれて、ありがとうございます」

「え? いきなりどうしたの?」


 いきなりのことに戸惑うやよいに、ジーロさんは遠い目をしながら空を見上げた。


「いえ……昨日の喧嘩の時ですが、ボクはシランがあんなに感情を露わにした姿を初めて見たんです。感情のままに怒鳴るなんて、今までありませんでしたから」

「あぁ……その、ごめんなさい」

「いやいや、別に謝って欲しい訳じゃないですよ。むしろ、逆です。ボクは、嬉しかったんです」

「……嬉しかった?」


 話を聞いていたサクヤが、理解出来ないのか首を傾げる。すると、ジーロさんは嬉しそうに笑いながら頷いた。


「はい。昔のシランは優しくて大人しい子でしたが、友達がいませんでした。と言うより、誰も近づこうとしなかったんです。そのせいでいつも独りぼっちで、孤独だったんです」

「……病気のせい?」


 やよいが恐る恐る聞くと、ジーロさんは眉をひそめて「はい」と答える。


「転移症候群という、治療法もない謎の病。誰もがその病気が伝染するという根も葉もない噂を信じて、シランから遠ざかったんです」

「そんな……酷い」

「えぇ、本当に酷い話です。シランはあんなにも優しい子なのに」


 話を聞いたやよいが悔しそうに歯を食いしばると、ジーロさんはいつもの柔和な表情から目をつり上げて怒っていた。


「だけど、そんなシランにようやく友達が出来ました。昔から見てきたボクには、それが本当に嬉しいんです。笑い合って、喧嘩して……あんなに生き生きとしているシランを見ることが出来たのも、やよいさんのおかげです。だから、ありがとうございます」


 怒りの表情からすぐに優しい微笑みに変わったジーロさんは、改めてやよいに頭を下げる。

 やよいは首を横に振って、微笑み返した。


「お礼を言いたいのは、あたしの方だよ。こちらこそ、ありがとうございます」


 お礼を言い返したやよいに、ジーロさんはクスクスと笑みをこぼした。

 そこでやよいは、思い出したようにジーロさんに問いかける。


「そうだ! ジーロさんとシランの馴れ初めを聞きたいな!」

「あ、俺も気になる」

「ボクも知りたいな」

「お! コイバナだな! オレも聞くぜぇ!」

「……ぼくも」


 突然のことに困っていたジーロさんは、俺たち全員の期待の目に恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。


「そこまで言うなら……分かりました。お話ししましょう」


 ジーロさんはコホンと咳払いしてから、語り始める。


「そうですね。シランとの出会いは、ライラック博士の助手になってすぐでした。元々、ボクはこの国の魔法研究者だったんです。魔法の成り立ちや、歴史を専門に研究してました」

「あぁ。だから昨日、あんなに詳しかったんですね」


 魔法の歴史を話している時のジーロさんは、凄く楽しそうだった。それは自分の得意な分野だからか。


「それでですね、研究所で魔法の研究をしていた時にライラック博士と出会いました。その時から、博士の噂は聞いていたんです。魔法を医療に使おうとしている、奇人だと。そこでボクは興味本位から、博士に研究について聞いたんです」


 そう言ってジーロさんは拳をギュッと握りしめ、まるで子供がはしゃいでるような明るい笑顔を浮かべた。


「感動しました。感銘を受けました。魔法を娘の病気を治すために使おうとする熱意。奇人と呼ばれても研究を続けようとする覚悟。そして、娘への想い。魔法は武器、という固定概念を覆されました。そこから、ボクはすぐに研究所を辞めて博士の助手になりたいと申し出ました」


 ジーロさんがライラック博士の助手になった経緯は、そういうことがあったからなんだな。

 俺たちは興味津々に、ジーロさんの話を聞き続ける。


「助手になったその日、ボクは家に招かれました。そこで、シランと出会ったんです」

「それでそれで!」


 ここからが本番だと言わんばかりに、やよいが前のめりになって急かす。ジーロさんは昔を思い出して優しく、頬を赤く染めながら語った。


「最初は天使かと思いました。花に囲まれ、美しくも儚げに存在するシランの姿に……そうですね、多分一目惚れしたんです」

「キャー!」

「ちょっとウォレス、うっさい!」


 女性のように黄色い悲鳴を上げたウォレスを、やよいが一喝。しょんぼりとするウォレスに苦笑しつつ、ジーロさんは話を続ける。


「とは言え、博士はあの通りかなりの親バカでして。シランに変な気を起こすんじゃないぞ、と脅されました。その時は一目惚れした自覚もなかったので、ボクも気にしてなかったんですけどね。そこから研究のために家に通う日々が続き、シランと話す機会も増えました。シランと話していると、本当に幸せでした。そこから一年、二年と過ごしていく中で、ボクはシランに恋をしていることを自覚しました」

「ふんふん! それで!?」


 話に熱中していき、鼻息荒く興奮しているやよい。女子は恋の話が大好物だとは言うけど、女子がしていい顔じゃないぞ。


「シランも同じだったみたいで……二人で裏庭の花畑を眺めている時、ボクはふと告白したんです。つい、ポロッと」

「なんて言ったの!? そこ大事!」

「えぇと……一言、好きですって」

「キャアァァァァァァ!」

「うっさいって言ってるでしょ!」

「プゲェ!?」


 また黄色い声を上げたウォレスを、やよいはとうとう殴って黙らせた。

 ジーロさんは顔を真っ赤にさせて照れながら、小さく笑う。


「そうしたら、シランも頷いてくれて。そこでその……初めて……キスを」

「ふわぁぁぁぁ! 素敵! 最高! よくやった、ジーロさん!」


 やよいは一気にテンションが上げ、何故かジーロさんを褒め始めた。

 だけどジーロさんはそこまで話して、いきなり乾いた笑い声を上げる。


「ですがその光景を、博士が見ていたようで……」

「うわ……それはその……」

「はい。それはもう気まずかったです」


 真紅郎が言い淀んでいると、ジーロさんは苦笑いしながら代わりに答えた。

 娘の父親に、キスしている姿を見られたなんて……考えるだけで身震いするな。しかも、かなりの親バカの父親に。


「でも、博士は何も言わなかったんです」

「……怒らなかった?」

「えぇ。慌てて追いかけようとしたら、博士は背中を向けながら一言__娘を泣かせたらすり潰して、薬の材料にしてやるって言ってから去っていきました」

「怖ッ!?」


 娘を愛してるが故の一言だろうけど、かなり怖いな。


「で、そこから順調に交際を続け、婚約まで至りました。話は以上です」

「素敵……!」


 やよいはキラキラと目を輝かせ、胸元で腕を組みながら遠くを見ていた。やよいも一応、女子だからな。そういう話を聞いて憧れるんだろう。一応な。


「……タケル、なんか失礼なこと思ってない?」

「思ってません!」


 恋に憧れる女子の顔から一転して、やよいは般若のような顔で睨んで来た。すぐに姿勢を正し、首を横に振る。

 だから、どうして考えてることが分かるんだよ……。

 そうこうしている内に家にたどり着くと、やよいは一目散にシランの部屋に向かった。


「シラン!」

「きゃっ! あぁ、びっくりした……どうしたの、やよい?」


 やよいがいきなり部屋に入ってきて、シランは驚きながらも笑みを浮かべて出迎える。

 すると、やよいは目をキラキラとさせながらシランに詰め寄った。


「ジーロさんから聞いたよ! シランとジーロさんとの馴れ初め!」

「え……えぇ!?」


 やよいの言葉を最初は理解出来ないでいたシランは、理解した途端にボンッと顔を真っ赤にさせる。


「ちょ、ちょっとジーロ!? どうして話したんですか!?」

「いやぁ……流れで?」

「シランとジーロさんの話、凄く素敵だった! 憧れる! 裏庭で告白からの……」

「いやぁぁぁ!? ちょっと、やよい! 待って! それ以上は言わないで!?」


 話を聞いていて何を言おうとしたのか察したシランが、やよいの口を慌てて手で塞ぐ。

 そんなことしても、俺たち聞いちゃってるからなぁ。

 そんなシランを見て、やよいはニヤニヤといたずらっ子のように笑う。


「いやぁ、まさかシランがねぇ。大胆だなぁ」

「む、むむむむ……」


 掘り返して欲しくないことを掘り返され、頬を膨らませるシラン。だけど、何か思いついたのか同じようにニヤニヤと笑った。


「大丈夫だよ。やよいも、いつか運命の人に出会えるから。あ、ごめんなさい! もう出会ってたね!」


 そう言ってシランは、俺をチラッと見てくる。

 どういうことだと俺が聞こうとする前に、やよいはボンッと顔を真っ赤にしてシランに怒鳴る。


「ちょ、ちょっと!? だから別に、そんな関係じゃないって!?」

「あれぇ? 私、まだ誰とは言ってないよ? やよいは誰を想像したのぉ?」


 シランの言葉に、やよいはまるで金魚のように口をパクパクと開け閉めして何も言えなくなっていた。

 よく分かんないけど……。


「やよい。そんな奴がいるのか?」


 本当にいるなら、俺がちゃんと見定めてやらないとな。大事なバンドメンバーで、妹みたいな存在を任せられるかどうかを。

 そう思って聞いてみると、やよいは俺の方に顔を向ける。顔はもはやトマトよりも真っ赤で、涙目になっていた。


「ち、ちが……別に、そうじゃなくて……その……えっと……」

「は? どうした?」


 一歩近づくと、やよいはサッと俺から距離を取る。ちょっと傷ついた。

 そして、やよいは頭を抱えて天を仰ぐ。


「むあぁぁぁぁぁ!? シラン!」

「ひゃあ!?」


 シランに飛びかかり、ムニムニとシランの頬を引っ張るやよい。シランも負けじと、やよいの頬を引っ張って暴れ始めた。


「いつの間にそんなに気安い関係になったんだなぁ」

「はぁぁぁぁ……」


 二人の元気そうな姿を見て嬉しくなっていると、隣にいた真紅郎が深い深いため息を吐いていた。どうしたんだ?


「ハッハッハ! 鈍感(インセンシティブ)

「は?」


 ウォレスは笑い声を上げたかと思ったら、突然真面目な顔で言い放ってきた。意味が分からない。


「……タケル」

「ど、どうしたサクヤ?」


 俺を呼んだサクヤはジッと俺を見つめ、そしてまるで手遅れですと言わんばかりに首を振る。

 いや、だからみんなしてなんなんだよ!? 俺が何かしたか!?

 理解出来ずに頭を抱える俺、暴れ回るやよいとシラン、何故か呆れている真紅郎、ウォレス、サクヤ。それを見て、クスクスと笑うジーロさん。

 混沌とした状況は、二階で研究していたライラック博士の「やかましい! 騒ぐなら外でやれ! 研究の邪魔だぁぁぁ!」という怒鳴りで収まるのだった。




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