十四曲目『仲直りと属性神』
シランと会うのが気まずいのか、足取りが重いやよいを連れて家に戻ってきた。
ノックしてからシランの部屋に入ると、やよいに気付いたシランが勢いよくベッドから飛び出そうとする。
「やよい! きゃッ!?」
「シラン!?」
だけど足が思うように動かないのか、ベッドからずり落ちるシラン。それを見て、やよいが慌ててシランに駆け寄った。
「大丈夫!?」
やよいがシランを抱き起こすと、シランは勢いよくやよいに抱きついた。
「よかった……戻ってきてくれて、よかった……ッ!」
「シラン……」
シランは今にも泣きそうな顔で、やよいをギュッと強く抱きしめる。
やよいは最初は戸惑っていたけど、強く抱きしめ返していた。
「バカ……やよいのバカ……心配した」
「うん、ごめんねシラン」
ふと、シランはやよいの頬が汚れているのに気付いて、優しく手で頬を撫でる。
「汚れてるよ? どうしたの?」
「えっと、ちょっとね」
「もう……女の子なんだから、ちゃんと綺麗にしないとダメだよ?」
「うん、分かった」
頬の汚れを落とし終わると、シランはまたやよいを抱きしめた。
「ごめんね、やよい」
「あたしも、ごめん……」
すぐに仲直りした二人を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
喧嘩するほど仲がいい、って奴だな。喧嘩する前よりも、仲良くなったように見えた。
シランをベッドに戻してから、やよいは俯きながら気まずそうに口を開く。
「さっきは怒鳴ってごめん。頭に血が上っちゃって」
「うん、大丈夫。やよいの気持ちは、分かってるから。私も酷いこと言っちゃった。ごめんなさい」
「あたしも結構、酷いこと言っちゃった……ごめん」
「フフッ、私たちさっきから謝ってばっかり」
「あはは、そうだね」
二人はそう言ってクスクスと笑い合う。
そして、やよいは真剣な表情でシランと目を合わせた。
「あたしは、シランに生きてて欲しい。でも、シランが生きることを諦めてるように思えて……それで、つい怒っちゃった」
「うん、そうだね。そう思われても仕方ない……でもね、やよい。私は諦めた訳じゃないよ? 私は、受け入れてるの」
シランはやよいの手を握りながら、優しく語り始める。
「私は、死にたくない。でも、もしかしたら死ぬかもしれない。その確立の方が高いのは、間違いないから。だから、その時はあるがままに受け入れるの。心残りがないように、ね」
シランの受け入れるというのは、覚悟だ。
生きることを諦めず、最後に死ぬとしても絶望するんじゃなくて死を受け入れ、前を向いて生き抜くという覚悟。
それが、シランの病気への向き合い方なのか。
シランの言っていることが理解出来たのか、やよいは暗い表情を浮かべながらも静かに笑った。
「凄いね、シランは……凄く、強い」
「ううん、そんなことないよ。やよいの方が、強いと思う」
「あたしが?」
首を傾げるやよいに、シランは微笑みながら頷く。自分でそう思ってないのか、やよいは険しい顔で考え込んでいた。
「うーん、そうかなぁ?」
「そうだよ。ほら、やよい。女の子がそんな顔しちゃいけませんよ?」
シランはやよいのシワが寄っている眉間に指を置いて、グニグニとほぐす。
それがくすぐったいのか、やよいは笑いながらシランの指から逃げた。
「もー! やめてよー!」
「ふふっ、あはは!」
「ぷっ……あははは!」
二人の笑い声が部屋に響き渡った。一頻り笑ってからシランは、やよいの手を握って目を合わせる。
「ねぇ、やよい。近い将来、私が死ぬことになっても……最後まで友達でいてくれる?」
やよいはシランの言葉に体を強ばらせ、ゆっくりと目を閉じた。
一度深呼吸をしてから、やよいは目を開いてシランの手を握り返す。
「もちろんだよ。これからずっと、一生友達! でもね、シラン。あたしは絶対に諦めない。あたしに何が出来るか分からないけど……シランの病気が治るように、頑張る!」
覚悟を決めたやよいは、真っ直ぐにシランの目を見て宣言した。
絶対に死なせない、もしその時が訪れたとしてもずっと友達でいると。
シランは優しく、儚げに微笑んだ。
「ありがとう、やよい」
二人が仲直りし、今まで以上に絆を深めた光景を見届けてから俺は静かに部屋から出た。
扉の向こうから聞こえる二人の笑い声に、思わず笑みがこぼれる。
「よかったな、やよい」
元の世界では出来なかったかもしれない、本当の意味での友達が出来たやよい。この異世界に来て初めて、よかったと思えた瞬間かもしれない。
もし、俺たちがこの異世界に召還されなかったら、やよいとシランは絶対に出会わなかった。
だけど……シランの病気は確実に進行している。いつどうなるかも分からない状況だ。
「やれることを、やろう」
俺は小さく呟きながら、堅く誓った。
シランとやよいの仲を引き裂かせないために、俺はライラック博士の研究を手伝おう。今まで以上に。
もしかしたら、俺たちの世界の医学が役に立つかもしれない。とは言え、俺にそんな知識はないから真紅郎に任せることになるだろうけど。
俺とサクヤ、そして多分キュウちゃんだけが見ることが出来る、シランの体に纏わりつく謎の黒いモヤ。
ライラック博士の見解だと、転移症候群はその黒いモヤが元凶らしい。
なら、俺はその黒いモヤをどうにかする方法を考えないとな。
「それにしても、あの黒いモヤはいったいなんだ……?」
腕を組んで思考を回転させる。
<セルト大森林>から旅立って、最初に訪れた村。そこで王国の貴族を捕まえた時、その貴族から噴き出した黒いモヤ。
その時、俺は初めて黒いモヤを見た。じゃあ、あの貴族も転移症候群だった?
「いや、それはないか」
足りない頭を必死に回す。
貴族は黒いモヤが噴き出す前と噴き出した後では、性格が変わっていた。まるで、人格ごと変わったみたいに。
それは、黒いモヤが原因……? 黒いモヤが魔法によるものなら、考えられるのは洗脳魔法とか?
だけど、そんな魔法は存在しない。少なくとも、聞いたことはない。
「……ダメだ。俺の頭じゃ分かんねぇや」
考えすぎて頭がパンクしそうになったから、一度思考を停止させる。
元々、そこまで学がある訳じゃない。ない頭を振り絞っても、答えなんか出るはずないんだ。
「よし。ライラック博士に相談しよう」
気持ちを切り替え、俺はライラック博士の元へと向かった。
研究室に行くとそこにはライラック博士とジーロさん、そして真紅郎がいた。
「おぉ、戻ったのか」
「おかえりなさい、タケルさん」
「タケル! やよいはどう?」
俺に気付いた三人が声をかけてくる。
とりあえず、やよいとシランは問題ないことを伝えてから俺は改めて黒いモヤについて話した。
話を聞いた三人は、同じように無言で考え込み始める。
「タケルから聞いてはいたが、本当にその黒いモヤはなんなんだ?」
「ボクも博士から聞いてはいましたが……過去にその黒いモヤについて記述があった資料は、他にありませんでしたからね」
「何かしらの魔法によるもの……だとしても、そんな魔法は存在しない。新しい属性とかですか?」
真紅郎の仮説にライラック博士は首を横に振った。
「いや、それはないだろう。現存する魔法の属性は、火、水、風、土、雷の五属性。そこに英雄が使ってたとされる音属性……その六つしかないはずだ」
「そもそも、音属性魔法ってなんでしょう? ボクたちが使える属性ですけど、五属性とは明らかに異質ですよね?」
「あぁ、そこはボクが説明するよ」
そこでジーロさんが、メガネを指で押し上げながら口を開く。
「そもそも五属性にはそれぞれ<属性神>がいるのは、知ってるかな?」
「属性神……?」
「そうだな……<レンヴィランス神聖国>のディーネ様は、水の属性神だね」
ジーロさんの説明でレンヴィランスでは、ディーネ様を信仰していたことを思い出す。それが、属性神か。
「五属性の属性神は、この世界を作り出したとされている。その力は魔法の創始者とされている賢者様に受け継がれ、賢者様はあらゆる者に魔法を伝授していった。それが、魔法の始まりなんだよ」
「へぇ……ん? そうなると、音属性魔法は?」
魔法の成り立ちは理解出来たけど、そこでまだ話に出ていない音属性魔法に対して疑問が浮かんだ。
すると、ジーロさんは困ったように苦笑する。
「そこなんだよ。音属性魔法に関しては、世界を救った英雄が使ったのが始まり。それより前の歴史では、一度も現れてないんだ。そもそも、魔法は属性神の力を借りている。なのに、英雄は属性神がいないはずの音属性を使いこなしていた。今でも、その謎は解き明かされていないんだよ」
魔法って、属性神の力を借りてるのか。そうなると、俺たちが使ってる音属性魔法もそうなのか?
謎が深まる、と頭を悩ませているとライラック博士がゴホンと咳払いした。
「こら、ジーロ。魔法の歴史よりも今は黒いモヤについてだろ?」
「あぁ、すいません。自分が研究している話になると、つい……」
ライラック博士に窘められ、ペコペコと謝るジーロさん。
そこから俺たちは、黒いモヤについて話し合いを続けた。