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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』
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八曲目『ルナフィール』

「……手伝いがしたい?」


 研究所で何かの調合をしていたライラック博士は、俺の提案に目をパチクリとさせていた。

 俺たちはこの国に来てからずっと、ライラック博士の家に居候している。シランを助けてくれたお礼とは言え、さすがに何もせずにいるのは申し訳なかった。

 だから、少しでも研究の手伝いをしたいと申し出ると、ライラック博士は顎に手を当てて考え込む。


「ありがたいことだが……いいのか?」

「もちろん! なんでも言って下さい!」


 どこか申し訳なさそうにしているライラック博士に、はっきりと答える。すると、ライラック博士は頭をガシガシと掻いた。


「ううむ、だったら一つ頼みたいことがあるな」

「なんですか?」

「<ルナフィール>という花が欲しいんだ」


 ルナフィール? 初めて聞く花だけど……俺たちの世界にもあるのか?

 聞き覚えのない単語に首を傾げていると、ライラック博士が花瓶に生けてある一輪の白い花を見せてきた。


「これだ。ルナフィールは昼に太陽の光を蓄え、夜になると淡く光る花でな。この花を材料にした薬が、シランの病気に効果があることが分かった」


 そんな不思議な花、俺たちの世界にはないだろう。多分、異世界原産の花だな。

 ライラック博士はルナフィールを見つめながら、困ったようにため息を吐く。


「だが、この花は栽培が難しくてな。だから裏庭にもない」

「ということは、この花を採ってくればいいんですね?」

「そういうことだ。街から少し離れたところにある森の中にあるんだが……そこにはモンスターがいてな。ユニオンに依頼したものの、今は色々と忙しいみたいで納品されなくて困ってたんだ」


 ユニオンは魔族に襲撃されて、その後処理でてんやわんやしてるからな。そういうことなら、話が早い。


「俺たちはユニオンメンバーです。それに、これでも鍛えてますからモンスター相手でも大丈夫ですよ!」

「そうか。なら、頼む」

「分かりました!」


 よし、じゃあ早速みんなを呼んで森に向かうか。

 俺は一階に降りて真紅郎、ウォレス、サクヤに事情を説明すると、三人とも快く同行してくれることになった。

 しかし、一人だけ拒否する人物がいる。


「えぇ……タケルたちだけで行ってきてよ」


 やよいだった。

 シランの部屋にいたやよいは、面倒臭そうにに顔をしかめながら断る。すると、シランがクスクスと笑っていた。


「ダメですよ、やよい。せっかくのお誘いなのに」

「だってあたし、シランと話してたいもん」


 やよいが頬を膨らませて不貞腐れると、シランがまた笑う。

 そんなやよいに呆れていると、真紅郎が苦笑しながら肩をポンッと叩いてきた。


「まぁまぁ。ボクたちだけでも大丈夫じゃないかな?」

「ハッハッハ! そうだな! オレたちだけでも充分だろ!」

「……うん」


 真紅郎、ウォレス、サクヤはやよいのわがままを聞くことにしたみたいだ。

 ま、たしかに俺たちだけでもいいか。邪魔するのも悪いしな。


「分かったよ。今回は、やよいはお留守番な」

「んじゃ、お土産よろしくぅ」


 ヒラヒラと適当に手を振ってから、やよいはシランと話し始めていた。

 まったく、とため息を吐くとシランの膝に丸くなっているキュウちゃんに気付く。


「そうだ。キュウちゃん、俺たちと行くか?」

 

 キュウちゃんは鼻が利くし、いてくれると助かるんだけど。

 そう思って聞いてみると、キュウちゃんはチラッと俺を見てから鼻を鳴らして尻尾をプイッと振っていた。


「あ、そう……行かないのね」


 キュウちゃんの素っ気ない態度に、がっくりとうなだれる。

 そんなキュウちゃんの背中をシランが優しく撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 最近のキュウちゃんは懐いているのか、シランから離れようとしないんだよな。


「仕方ない、俺たちだけで行くか」


 こうして、俺たち男チームだけで森に向かうことにした。

 街から出て二時間ぐらい歩いたところにある、本当にモンスターがいるのかと疑うぐらい、静かな森の中。

 早速、俺たちはルナフィールを探してみたけど……。


「全然、見つからないな……」


 探し始めて、一時間。ルナフィールらしい花は一向に見つからなかった。

 中腰で探し続けていたせいで痛む腰を叩きながら、真紅郎たちに顔を向ける。


「見つかったか?」

「ううん、見つからないね」

「だぁぁぁぁ! 本当にその……なんだっけ?」

「……ルナフィール」

「そう! そのルナフィールって(フラワー)、本当にあるのかよ!?」


 いくら探しても見つからないルナフィールに、ウォレスが叫ぶ。その叫びは、静かな森に空しく響き渡った。

 すると、近くの草むらがガサガサっと揺れる。


「……全員、戦闘準備」


 その音に気付いた俺はすぐに魔装を展開し、剣を握った。

 全員が魔装を展開し終えると、揺れていた草むらから黒い影が飛び出してくる。


「ウホッ! ウホッ!」


 黒い体毛に覆われた筋骨隆々のゴリラ型モンスター、<ゴリクレース>だ。

 皮の鎧を身に纏い、腰には一本の古そうだけどしっかりと手入れされている剣を差しているゴリクレースは、俺たちを見るなり胸を叩く威嚇行動__ドラミングを始めた。

 すると、俺たちを取り囲むように何体ものゴリクレースが現れる。


「……囲まれたか」


 俺たちは周りを取り囲むゴリクレースたちに警戒しながら魔装を構えると、一体のゴリクレースが前に出て俺を指さしてくる。どういうことだ?


「たしか、ゴリクレースは人間のように武器を巧みに操るモンスター。好戦的だけど戦いに誇りを持っていて、一対一で勝負を挑んでくる変なモンスターだったはずだよ」


 真紅郎がゴリクレースのことを説明してくれた。なるほど、つまり俺は戦いを挑まれたってことか。


「__面白い」


 だったらその挑戦、受けて立とう。

 俺は一歩前に出て、ゴリクレースと向かい合う。

 それを見たゴリクレースはニヤリと笑みを浮かべ、背筋を伸ばすと丁寧にお辞儀をしてきた。


「……なんか、やりづらいな」


 モンスターと戦うはずなのに、人間と戦うみたいで不思議な感覚だ。

 一応、俺もお辞儀で返すと、ゴリクレースが剣を構える。同じように俺も剣を構えると、一体のゴリクレースが俺たちの間に立った。

 もしかして、審判……のつもりだよな?


「__ウホッ!」


 審判が声を上げると、それが開始の合図だったのかゴリクレースが剣を振り被って向かってきた。

 振り下ろされる剣に合わせて、俺も剣を振ってぶつけ合う。

 高い金属音が響き、鍔迫り合いになった。ギリギリとゴリクレースの力に押されていく……力比べだと負けそうだ。

 そう判断した俺は剣をいなし、体勢を崩したゴリクレースに剣を振り下ろした。


「ウッホ!?」


 咄嗟に反応されて、剣で防がれる。いい反応だ。

 防がれたのと同時に俺は足でゴリクレースの剣を蹴り上げると、剣が手から放れた。

 驚いている隙をついてそのまま地面に倒し、ゴリクレースの上に乗って切っ先を喉元に突きつける。


「__ウッホホウッホ!」


 そこで、審判のゴリクレースが叫んだ。これは……勝負あり、ってことでいいのか?

 そう思って離れると、倒れていたゴリクレースはゆっくりと立ち上がり、俺に向かって頭を下げてくる。

 すると、周りにいたゴリクレースが雄叫びを上げた。


「な、なんだなんだ?」


 戸惑っていると、戦ったゴリクレースが手を差し出してくる。恐る恐るその手を握ると、ゴリクレースは満足げに笑みを浮かべて去っていった。

 周りのゴリクレースもいなくなり、俺たちは取り残される。


「……どういうこと?」


 予想外の展開に混乱していると、真紅郎が苦笑いを浮かべていた。


「多分、戦って満足したんじゃないかな?」

「ハッハッハ! 面白いモンスターだな! 次はオレが戦いたいぜ!」

「……変なの」


 今まで戦ったことがないようなモンスターだったけど……とりあえず、ルナフィールを探すか。

 それからルナフィール探しを続行していると、空が徐々に茜色に染まり始めている。これ以上探していると夜になりそうだ。


「そろそろ戻るか……ん?」


 ふと、少し離れた草むらが淡く光っているのを見つける。もしかして、と光っている場所に向かうと……そこには、幻想的な風景が広がっていた。

 ライラック博士が見せてくれた白い花__ルナフィールが群生しているその場所は、太陽の光をいっぱいに浴びて淡く光を放っている。


「すげぇ……」

「これは、綺麗だね」

「ハッハッハ! 幻想的(ファンタスティック)だな!」

「……凄い」


 俺たちは幻想的な風景に目を奪われながら、蛍の光のように儚く光るルナフィールを摘んでいく。

 あまりこの風景を壊したくないし、少しだけ貰うことにしよう。

 ある程度採り終わった俺たちは、暗くなる前にライラック博士の家に戻ろうとすると、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。

 もしかしてモンスターか、と警戒していると……。


「__見つけたぜぇぇぇぇぇぇ!」


 草むらから勢いよく飛び出してきたのは、黒いローブ姿のボサボサの黒髪に琥珀のような黄色い瞳の男。

 盗賊集団<黒豹団>のリーダーにして、やよいのストーカー__アスワド・ナミルだった。

 


「って、アスワド!? どうしてこんなところに!?」


 まさかのアスワドの登場に驚いていると、アスワドは俺に向かって人差し指を向けてくる。


「てめぇらがこの森の中に入るのを見つけてな! めちゃくちゃ探し回ってたんだ! 探すのに苦労したぜ!」


 探すのに苦労するほど、この森は広くないんだけど……。

 頭や体中に枝や葉っぱが付いているアスワドを見て、察する。


「お前、迷子になってたのか」

「はぁ!? 俺が迷子!? ふざけんな! んな訳ねぇだろ!?」

「ハッハッハ! こんな小さい森の中でも迷う(ロスト)? アスワド、さてはお前バカだな!?」

「あぁぁッ!? 誰がバカだ、この野郎!?」


 迷子だと認めないアスワドはバカ呼ばわりしてきたウォレスに怒鳴っていたけど、すぐに気持ちを落ち着かせていた。


「そんなことはどうでもいい! やよいたん! 俺のやよいたんはどこにいる!? 一緒にいるんだろ!?」


 こいつ、やよい目的で俺たちを探してたのか。ブレないな。

 今、やよいはここにいないけど……正直話したら家までついてきそうだ。面倒臭いことになるし、騙すか。


「……やよいなら、そっちの草むらにいるぜ?」


 俺が草むらの方を指差すと、タイミングよく草むらがガサッと動いた。

 それを見たアスワドは、飛び込むように草むらに入っていく。


「はははは! 俺に会うのが恥ずかしくて隠れているのか!? 恥ずかしがらずに顔を見せてくれ、やよいたぁぁぁぁん!」


 草むらをかき分けた先には、ルナフィールの淡い光に照らされた__雌のゴリクレースが「ウホ?」と振り返っていた。

 それを見たアスワドは、ビダッと動きを止める。今しかない。俺は真紅郎たちにアイコンタクトし、こっそりとその場から離れる。


「__お前じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!? やよいたんは雌ゴリラじゃねぇぇぇ!」

「__ウホォォォォ!?」


 我に返ったアスワドは、雌のゴリクレースに向かってドロップキックをかましていた。

 突然始まった戦いに、他のゴリクレースが集まり始めている。囲まれたアスワドは雄叫びを上げながら、ゴリクレースたちを蹴散らしていた。

 その光景を無視して、俺たちは走って森から出て街に向かう。


「邪魔だ、てめぇらぁぁぁ! 俺のやよいたんはどこだぁぁぁ!?」


 離れていく森から、そんな叫びが聞こえた気がした。 





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