六曲目『ナンパ撃退』
「ねぇねぇ、シラン! 街に買い物しに行かない!?」
ライブをした次の日。やよいとシランは今まで以上に仲がよくなり、今日も楽しそうに会話をしていた。
そんな時、やよいが突発的にシランに街に行かないかと誘う。それを聴いたシランは押し黙り、どこか迷っている様子だった。
「えっと、私は……」
「ダメ? せっかく友達になったんだし、一緒に街を見てみたいなって思ったんだけど……嫌だった?」
どう返事をしようか迷っているシランに、やよいは残念そうに俯く。すると、シランは慌てて首を横に振った。
「ううん、違います! 全然嫌じゃないです! 私もやよいと一緒に街を見て回りたいですよ!」
「でも、なんか迷ってるみたいだったし……」
やよいがどんどん落ち込んでいくのが見ていられなくなったのか、シランは立ち上がってやよいの手を握る。
「__行きます!」
「え? でも……」
「行きます! 絶対に行きます! 行かせて下さい! 私はやよいと一緒に買い物に行きます!」
さっきまで迷っていた様子から一転して乗り気になったシランに、暗い表情をしていたやよいはパァッと明るくなっていく。
「うん! じゃあ行こう!」
「はい! 行きましょう!」
こうして二人は街まで買い物に行くことになったけど……正直、心配だ。
詳しくは知らないけどシランは病気みたいだし、本人も最初は街に行くことを迷っていた。
だけど、二人の邪魔をするのもどうかと思うし……仕方ないな。
「あー……やよい? 俺も一緒に行っていいか?」
「えぇ……タケルも行くのぉ?」
「邪魔したりしないって。俺も買いたい物があるからさ。それにほら、荷物持ちがいた方が便利だろ?」
それっぽいことを言って、やよいを説得する。
何かあった時に一緒にいた方がいいし、二人の邪魔をしないように少し離れたところにいればいいだろうからな。
そこでふと、サクヤが通りがかった。そうだ、サクヤも巻き込もう。
「サクヤも色んなとこ見てみたいだろ?」
「……え? 別に」
「……何か奢ってやる」
「行きたい」
嫌そうな顔をしたからこっそりと奢ることを約束すると、即座に意見を変えるサクヤ。現金な奴だな。
「そういう訳だ。もちろん、俺たちはちょっと離れたところにいるからさ」
「……どうしようかなぁ」
俺の説得に渋るやよい。シランはそんなやよいを見て、クスクスと笑っていた。
「まぁまぁ、やよい。せっかくだから、みんなで楽しみませんか?」
「えぇ……別にタケルはいらないんだけどぉ」
「そんなこと言わずに。ね?」
「……シランがそう言うなら。タケル、くれぐれも邪魔しないでよ?」
「分かってるって」
シランにも言われて、やよいはため息混じりに俺をジロッと睨みながら念を押してくる。
人の気も知らないで、という言葉を口に出さないように飲み込んで引きつった笑みで返す。
という訳で、やよいとシラン、そして俺とサクヤは街に出た。
「ねぇ、シラン! あの店は?」
「あそこはですね……」
楽しそうに話しながら歩く二人の後ろを少し離れたところで眺めながら、俺は考えていた。
その内容は__シランの体に纏わりついている、黒いモヤについて。
黒いモヤは、俺とサクヤにしか見えていない。ウォレスと真紅郎に聞いてみたけど、やっぱり見えていなかった。
やよいにはそのことを話していない。その話を聞いて心配させたくないからだ。せっかく仲良くなった二人の仲を、引き裂きたくないからな。
正体不明の黒いモヤは、今も前を歩くシランの体に纏わりついている。
病気らしいけど、どんな病気なのかは分からない。だけど、少なくともあの黒いモヤが原因なのは間違いないだろう。
あんなに明るく楽しそうなシランを苦しめる黒いモヤ。それがなんであれ、その笑顔を失わせるような真似をするなら__絶対に許せない。
「でも、どうしたらいいのか分かんないんだよなぁ……」
結局、今の俺には何も出来ない。それとなくライラック博士に話してみるか……?
ううむ、と頭を悩ませているとサクヤが俺の袖をクイクイッと引っ張ってきた。
「どうした?」
「……あれ」
サクヤが指差した方を見てみると、そこには前を歩いていた二人に絡む一人の男の姿。
肩ぐらいの長さの茶髪、色黒の肌。ジャラジャラと金の装飾とだらしない大きめの服を着たチャラそうな男は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら二人に話しかけていた。
「ねぇねぇ、二人とも。俺と一緒に食事でもどう? 俺、奢っちゃうよぉ?」
「……結構です」
「そんなこと言わずにさぁ?」
あれもしかして……ナンパか?
異世界でもあんな奴がいるのかと呆れていると、やよいはチャラい男を歯牙にもかけずにその場から離れようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよぉ。少しぐらい、俺と喋ろうよ?」
「……しつこい。あたしたちはあんたに構ってるほど暇じゃないから」
それでもしつこく話しかけるチャラい男に、やよいはギロリと鋭い眼差しを向ける。そんなやよいの背後には、ビクビクと怯えているシランの姿。
やよいはシランを庇っているみたいだ。優しいシランだと、チャラい男を追い払うのは難しそうだしな。
すると、チャラい男はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「えぇぇ、いいじゃん。何もしないからさぁ? ただ俺は、キミたちみたいな可愛い子とお喋りしたいだけなんだってばぁ」
「あたしはあんたみたいな奴と喋りたくないので。行こ、シラン」
「え? あ、うん……」
チャラい男の言葉をズバッと切り捨てて、やよいはシランの手を引く。どうしていいか分からないシランは、やよいに手を引かれてその場から離れようとしていた。
「__待てって」
そこで、チャラい男はシランの手首を握って呼び止めた。結構力が入っていたのか、握られたシランは顔をしかめる。
それを見たやよいは、勢いよくチャラい男の手を払った。
「__シランから手を離せ!」
パァンッ、と乾いた音が響き渡る。
手を払われたチャラい男は手を痛そうにブラブラとさせながら、ニヤケた笑みを浮かべていた。
「おぉ、痛い痛い。酷いなぁ、まったく」
「いい加減にして。これ以上しつこいなら……」
「何? やるの? 俺、例え女相手でも容赦しないよ?」
一色触発の雰囲気に、周りの住人は離れていく。
やよいは今にも魔装を展開する勢いで姿勢を低くし、背後にいるシランを守ろうとしている。
その姿を見たチャラい男は、ニタァと気持ちの悪い笑顔でやよいを見つめていた。
「いいねぇ、友達を守ろうとするその姿。気の強そうな顔。俺、そういう女を屈服させるのが好きなんだよねぇ」
チャラい男はやよいと戦い、無理矢理にでも連れて行こうとしている。
あれはさすがに見過ごせない。俺は急いでやよいたちに近づき、チャラい男の腕を掴んだ。
「あぁ? てめぇ、誰だ?」
いきなり腕を掴まれたチャラい男は、ギョロリと俺を睨んでくる。
俺は何も言わずに、ジッとチャラい男を見つめた。
「おい、誰だって言ってるだイデデデデ!?」
面倒臭そうに俺の手を振りほどこうとするチャラい男の腕を、力を込めて握る。すると、チャラい男は涙目になりながら痛がり始めた。
それでも、俺は力を抜かない。徐々に徐々に力を込めていく。
「ちょ、イダダ!? お、い、離せイデデデデデ!?」
どうにか俺の手を払おうとするけど、俺は絶対に離さない。
そして、無言でチャラい男を睨み続ける。
段々と怖くなってきたのか、チャラい男は顔を青ざめさせていく。
「わ、分かった! 分かったから離せって! 折れる! 俺の腕、折れるからぁぁぁ!?」
必死になって懇願してくるチャラい男に、俺は手を離してやった。チャラい男を振り払って、吹っ飛ばすように。
すると、面白いように地面を転がったチャラい男は、掴まれていた腕を痛そうに抑えながら俺を睨んでくる。
なるほど、まだそんな目が出来るんだな?
「て、めぇ……よくも……ッ!?」
悪態を吐いているチャラい男に向かって、俺は一歩足を踏み出す。わざと靴音を鳴らして、ゆっくりと倒れているチャラい男に近づいていく。
ついでに指をゴキゴキと鳴らして、チャラい男を見下しながら。
徐々に近づいてくる俺に恐怖しているのか、チャラい男は尻餅を着いた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
そして、とうとうチャラい男はバタバタと慌てて逃げ出す。
遠くなっていくチャラい男の背中を見送ってから、俺はホッと息を吐いた。
「あー、上手くいってよかった」
チャラい男を非暴力で追い払うことが出来たことに安心していると、それを見ていた住人たちが拍手してくれた。
ちょっと恥ずかしいなと思っていると、やよいに服をクイッと引っ張られる。
やよいは頬を赤く染めながら俺から目を逸らし、モゴモゴと何か言いたげにしていた。
「別に、あたし一人でもどうにか出来たけど……その……あり、がとう」
素直じゃないお礼を言ってくるやよいに、俺は吹き出した。
「どういたしまして」
「……ふん。ほら、いいから買い物に行くよ!」
プイッと体ごとそっぽを向いたやよい。
シランはクスクスと小さく笑いながらやよいの耳元に顔を寄せると、何かコソコソ話を始める。
すると、やよいは爆発させるように一気に顔を真っ赤にさせた。
「なッ……ち、ちが……違うから! そんなんじゃないから!?」
「フフフ、そうですか? 私にはそう見えたんですけど?」
「勘違い! それ、シランの勘違い! あ、あたしとタケルはそんなんじゃないし!」
「は? 俺?」
シランが何を話したのかは聞こえなかったけど、俺に関係することなのか?
俺が首を傾げながら聞くと、やよいは更に顔を真っ赤にさせてリンゴみたいになっていた。
「__た、タケルのバカ! アホ! タケルには関係ないから!」
いきなり俺を蔑んだやよいは、シランの手を引いて大股で歩き始める。
「……どうして俺が怒鳴られなきゃいけないんだよ?」
やよいの豹変ぶりに俺はため息を吐いた。
それから、やよいは気を晴らすように買い物をしまくり、家に帰る頃には俺は荷物の山を抱えてフラフラと歩く羽目になった。