十四曲目『音属性魔法』
「__うおりゃぁぁぁぁぁ!」
晴れ渡った青空の下、ウォレスの奇声が響き渡る。
全身に魔力を纏わせ、訓練用のカカシに右手を向けたままのウォレスはニヒルに鼻で笑うと、頭を抱えた。
「あぁぁぁぁ! 全然、使えねぇぇぇぇ!」
「あぁもう! うっさいウォレス!」
色々と騒がしいウォレスにとうとうやよいがキレた。怒鳴られたウォレスは肩をビクッと震わせると、「だってよぉ」とため息を吐く。
「魔法の練習を始めてもう一週間だぜ? なのに音属性魔法が使えねぇってのがなぁ」
「まぁ、ウォレスが焦るのも無理ないよ。だけどウォレス?」
「あん? なんだよ真紅郎?」
「うるさい」
真紅郎の一言でウォレスは押し黙ってしまった。
ウォレスだけじゃなくて真紅郎も焦りでイラついてるんだろうな。そうじゃなきゃ、こんな黒い笑顔を浮かべながらウォレスを黙らせないし。
「とは言え、どうすればいいんだろうな……」
思わず独り言が漏れた。
ロイドさんの下で修業することになってから、一週間。武器の扱い方や戦い方の修業はいいけど、どうにも魔法の修業は滞っていた。
音属性魔法の使い手は今まで一人しかいないし、その人はもうこの世にはいない。だから、俺たちは独学で音属性魔法を使いこなせるようにならなきゃいけないんだけど……。
「はぁぁ……分かんねぇ」
深いため息がこぼれる。
そもそもこれは、一から魔法を作ってるのと同じようなものだ。手さぐりにしても、少しくらいきっかけがあれば話は違うんだけどなぁ。
「よう、どうだ魔法の方は?」
すると、頭を悩ませている俺たちにロイドさんが声をかけてきた。返答の代わりにため息を吐くと、ロイドさんは困ったように頭をポリポリと掻く。
「まぁ、そう簡単にはいかねぇよな」
「ヘイ、ロイド。なんか音属性魔法について知ってることはないのか? 助けてくれ」
「つってもなぁ……」
顎に手を当てて考え込んでいたロイドさんは、言い辛そうに口を開く。
「俺も訳が分からねぇんだよ。普通の魔法とは全然違うし」
「違うって、どう違うんですか?」
他の魔法と音属性、何が違うのか聞くと……ロイドさんは肩を竦めた。
「魔法って使う時に詠唱するだろ? だけど音属性魔法だと詠唱が必要ねぇんだよ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。詠唱が必要ない魔法って、どういうことだ?
そこで、真紅郎が手を挙げて質問した。
「魔法って詠唱なしだと使えないんですよね?」
「普通ならな。だけど音属性魔法は違うみたいなんだよな」
「じゃあ、どうやって使うんですか?」
「魔法名を唱えるだけで、使えてたんだよ」
ますます意味が分からない。
この異世界で使われている魔法は、全て詠唱が必要だった。
それななの、詠唱なしで魔法名を唱えるだけって……そんな簡単に使えるものなのか?
続いて、やよいが手を挙げる。
「その魔法名ってどんなのなんですか?」
「それがなぁ……俺も聞いたことがないような言葉でな。いまいち覚えてねぇんだよ」
「……歳か?」
「ウォレス。明日の修業、五倍な」
余計なことを言ったウォレスはロイドさんの宣告に絶望していた。思ってても言っちゃダメだろ。
そこでふと、ロイドさんは何かを思い出したのか口を開いた。
「そういやあいつ、こんなこと言ってたな。魔法名自体が詠唱になってる、だったか?」
「魔法名自体が、詠唱?」
どういうことだろう。
魔法名を唱えることが詠唱になってるってことは、その一言に別の意味があるってこと、か?
ん? なんか今、頭に引っかかるものがあった。むむ、なんだろう?
「せめてどんな魔法名なのか分かんねぇのか?」
「あぁ……ちょっと待てよ……うぅむ」
ウォレスに言われ、ロイドさんは必死に思い出そうとしている。俺も何かが出かかっているんだけど……どうにも出てこない。
あと一歩、何かもう少し情報があればな。
「ふぉ……ふぉ、て?」
喉まで出かかっているように呟くロイドさんに、ウォレスは訝しげに眉を潜めた。
「あん? 何言ってるんだ? ボケたのか?」
「__ウォレス。今から修業だ。いつもの六倍で」
「なんてこった!」
あ。
「それだ!」
突然声を張り上げた俺に、全員が驚いたように目を丸くしている。
だけど、今の俺にはどうでもいいことだった。
ロイドさんが何かを言おうとした単語。そして、ウォレスが叫んだオーマイゴッド。
この二つを聞いて、頭に電気が走ったように出そうで出なかったことがようやく分かった。
「た、タケル、どうしたの?」
やよいが心配そうに声をかけてくる。俺はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「分かったんだよ。音属性魔法の使い方が」
その証拠を今見せよう。
魔装を展開し、右手に剣を持つ。標的は……あのカカシでいいか。
剣を構え、静かに魔法名を呟く。そして、カカシに向かって剣を振り抜いた。
その瞬間、いつも以上の威力を伴った一撃でカカシを破壊した。
「よし! 成功!」
無事に音属性魔法を使うことが出来て、思わずガッツポーズをする。
俺の思った通りだった。魔法名が詠唱になっている__まさに、それが答えだったんだ。
俺が音属性魔法を使えたことに最初はみんな呆気に取られていたけど、すぐに歓喜の声が上がった。
「さすがタケル! やるじゃねぇか!」
「あれが音属性魔法……凄い!」
「なるほどね。たしかに、これは詠唱がいらない。それに、ボクたちだからこそ使える魔法だね」
ウォレス、やよい、真紅郎が興奮した面持ちだ。
ようやく音属性魔法を使いこなせるきっかけを掴めて喜んでいる俺たちに、ロイドさんはどこか懐かしそうな目をしていた。
「これで入り口に立てたな」
「はい。ロイドさんのおかげです。ありがとうございます」
「いや、俺は何もしてねぇよ」
俺がお礼を言うと、ロイドさんは照れ臭そうに頬を掻く。
そして、ロイドさんは笑みを浮かべながら俺たちに言い放った。
「よし、じゃあ明日からは魔法の修業に集中しろ」
「はい!」
「それと……ウォレス」
ロイドさんはウォレスを呼ぶ。その顔には、物凄くいい笑顔が浮かんでいた。
「お前は今から修業するぞ。いつもの八倍な」
「__増えてるぅぅぅ!?」
ウォレスは絶望しながら逃げようとするけどすぐに捕まり、引きづられていった。
まぁ、なんだ……ドンマイ。
「俺たちはもう少し魔法の修業するか」
巻き込まれないように俺が提案すると、真紅郎とやよいはウォレスを見ないフリして頷くのだった。