四曲目『異端な研究者』
やよいは楽しそうに、鼻歌交じりに街を歩く。だけど、そのメロディーは聞いたことがないものだった。
「なぁ、やよい。その歌って、もしかして新曲か?」
「うん! 前に話してたロックバラードの曲! なんか、シランと話しててたらどんどんイメージが湧いてきたんだ!」
はしゃぎながら話すやよいは、また鼻歌を歌う。優しく、静かなメロディーは今までの俺たちの曲にはない、かなりいい出来だ。
鼻歌を聞いていた俺たちに、やよいは自信ありげに聞いてくる。
「ねぇねぇ! どう? いいと思う?」
「あぁ、かなりいいな」
「うん、ボクもそう思う」
「……いい感じ」
「オレもいいと思うぜ!」
俺たちが絶賛すると、やよいは照れ臭くなったのか頬を掻いて笑みを浮かべた。
「そ、そんなに褒められると恥ずかしいんだけど?」
「ハッハッハ! やよいが作ったとは思えない、優しいメロディーだったぜ!」
「……ウォレス、もう一発喰らいたい?」
「ノーセンキュー……」
また余計なことを言ったウォレスに、やよいがニッコリと笑いながら拳を見せつける。
すぐにウォレスは青ざめた顔で、ササッと距離を取った。どうしてこう、やよいの地雷を踏むかなぁ。
仕方なく俺は、助け舟を出した。
「花をイメージした曲にするつもりなんだよな?」
「そう! シランって凄く花に詳しくてね!」
そこからやよいは、上機嫌で昨日の夜にシランと話していたことを語り出す。
本当に楽しそうで、思わず笑みがこぼれた。
いきなり空から落ちてきたシランとの出会いは、やよいにとって幸運だったみたいだな。
やよいの話を聞きながら街を歩いていくと、目に付くのは真鍮で出来た配管。時折吹き出す蒸気。
遠くに見える高い煙突と、そこから立ち上る黒い煙を見て、やよいがため息を漏らした。
「やっぱりあたし、この街を好きになれそうにないなぁ。キュウちゃんが来たがらないのも分かるよ」
やよいが言うように、キュウちゃんはライラック博士の家で留守番している。
街に行くと言った途端、キュウちゃんは嫌そうに顔をしかめてシランに飛びついていた。
この街は空気が淀んでいて、綺麗とは言えない。そんなところよりも、ライラック博士の家にいた方がキュウちゃんも落ち着くんだろう。
「ハッハッハ! オレもそう思うぜ! だがまぁ、雰囲気は嫌いじゃねぇんだよなぁ」
そう言いながらウォレスは街を見渡した。
シームの街はレンヴィランスとは違った活気に溢れ、酒場では筋骨隆々の炭坑夫が豪快に酒を飲み、店主らしき腕っ節の強そうな女性が酔っぱらいに怒鳴っている。
ガヤガヤと騒がしい通りを歩いていると、人混みに紛れて見覚えのある姿が見えた。
「ん? あれって、ライラック博士か?」
緑髪をオールバックにした白衣を着ている男性、間違いなくライラック博士だ。
声をかけようとした時、ふとひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、あれってライラックって研究者だろ?」
「あぁ、そうだな。研究所をクビになった、異端の研究者だ」
研究所をクビに? 異端の研究者?
思わず立ち止まり、住人の会話に耳を傾けた。
「魔法兵器研究の第一人者だったのに、クビになるなんて勿体ねぇな」
「なんか魔法を医療に使う、なんてことを言い出したらしいぜ?」
「はぁ? 魔法を? どうして?」
「詳しくは知らねぇよ。噂では、病気の娘を治そうとしてるらしいが……」
娘って、シランのことか? 病気……?
「なぁ、やよい」
「……ううん、あたしは何も聞いてない」
やよいに聞いてみようとすると、住人の話を聞いていたのか首を横に振った。
すると、ライラック博士の噂話をしていた一人の男が、ゲラゲラと笑う。
「ガッハハハ! 魔法で病気を治そうなんて、無理に決まってんだろ!」
「魔法は武器。人を殺す技術だ。それを医療に使おうなんて、無駄なことだぜ」
「それでクビになるとか、頭おかしいんじゃねぇのか!?」
住人はライラック博士をバカにしながら、酒を飲んでいる。
酔っぱらいの言うことだから気にしない方がいいんだろうけど、ちょっとムカつくな。
「……ヘイ、一発ぶん殴ってくるか?」
「ダメだよ、ウォレス。ライラック博士に迷惑がかかる」
「でもよぉ、真紅郎。さすがに腹立つぜ?」
「それでも、だよ」
珍しく怒っているウォレスが今にもあの酔っぱらいたちに殴りかかりそうになっているのを、真紅郎が止める。
だけど、止めている真紅郎も頭に来ているのか、ギロッと酔っぱらいたちを睨みつけていた。
でもここで短絡的に暴力に走ったら、それこそライラック博士の評判が悪くなる。
ここは我慢だ、と堪えていると……やよいが大きく息を吸った。
「__ライラック博士ぇぇぇぇ!」
そして、やよいは突然叫んでライラック博士を呼んだ。
何事かと驚いている住人たちの中、ライラック博士は目を丸くしてこっちを見ていた。
「やっぱり、ライラック博士だ! 何をしてるのー!?」
住人たちからの視線を無視して、やよいはライラック博士に声をかける。
すると、ライラック博士は戸惑いながら俺たちに近づいてきた。
「い、いきなり大声で呼ばないでくれ。私は研究材料を買い足しに来たんだ」
「あ、そうなんだ! 研究材料を買いに来たんですね!」
「ちょ、やよい……」
ライラック博士が近づいて来たのに、やよいはお構いなく大声で話し続ける。
さすがにやよいを止めようとしたけど……。
「__ライラック博士は、魔法を医療や人のために使う研究をしてるんだもんね! 魔法を人を傷つける道具にしか考えられない、短絡的で、単細胞な人には思いつかないような凄い研究を!」
ピタッと俺は、動きを止める。
ここでようやく、やよいがしたいことが理解出来た。
俺、いや俺だけじゃなく真紅郎やウォレス、サクヤもニヤリと笑い合う。
「そうですね! 本当、ライラック博士は凄い人ですよ! グダグダと人の悪口しか言えないバカとは大違いだ!」
「ボクもライラック博士の研究は素晴らしいと思います。その価値を理解出来ない、脳味噌空っぽの人には分からないでしょうけどね?」
「ハッハッハ! 凄い人だぜ! バカなオレでも分かることだ! まぁ、それ以上にバカな連中には難しいだろうけどよ!」
「……家畜以下の連中には、酷な話」
俺たちは示し合わせたように、ライラック博士の悪口を言っていた酔っぱらいたちに向けて叫んだ。
すると、さすがに自分たちのことを言われているのか分かったのか、酔っぱらい二人が勢いよく立ち上がる。
「あぁ? おい、てめぇら。もしかして俺たちのことを言ってんのか?」
「喧嘩売ってるなら買うぞ、コラァ!」
そのまま俺たちに近づこうとする酔っぱらい二人に、俺たちは鋭い眼差しで睨みつけた
睨まれた二人はビクッと肩を震わせて、立ち止まる。
俺たちはここまで色んな強敵と戦い、厳しい戦場をくぐり抜けてきてるんだ。
お前らみたいな奴相手に、負けると思ってんのか?
「__何か?」
低い声で聞くと本能的に勝てないと察したのか、俺から発せられる殺気に気付いたのか二人はたじろいでいた。
酒で赤くなっていた顔を青くさせて、押し黙っている。
「い、いや、別に……」
「お、おう、なんでもねぇよ。か、勘定ここに置いてくぞ!」
そして、二人は足早に逃げていった。
去っていく二人の背中に向かって鼻を鳴らすと、ライラック博士が慌てて俺の肩を掴む。
「す、すぐにここから離れるぞ! ほら、早く!」
俺たちはライラック博士に連れられて、その場から離れた。
人目がない裏路地に俺たちを連れてきたライラック博士は、痛そうに頭を抱えていた。
「まったく、何をしているんだキミたちは……キミたちの言ったことは、この国を否定するものだぞ?」
「……すいませんでした」
ライラック博士に言われて、反省する。
たしかに、この国は魔法を兵器に転用して他国に売ることを生業にしている。それなのに、俺たちが言ったことはその国のやり方を否定するものだった。
さすがに言い過ぎたな、と俯いているとライラック博士が肩を震わせる。
「ブハッ! ハッハハハハ! だが、胸がスッとした!」
腹を抱えて笑い出したライラック博士は、一頻り笑ってから俺たちにニッと笑みを浮かべた。
「ありがとう。私をかばってくれたんだろ?」
「……別に、違うもん。ただ、あの酔っぱらいが気にくわなかっただけだし」
やよいが目を逸らしながら答えると、ライラック博士はやよいの頭を撫でる。
「まったく。私の娘とは正反対なのに、優しいのは同じだな。キミみたいな子が友達になってくれて、私は嬉しいぞ」
やよいの優しさを理解しているライラック博士は嬉しそうにしていたけど、いきなり頭にチョップした。
「あいたっ!?」
「だが、あれはやりすぎだ。私のために、キミたちが犠牲になることはない。この国で私が異端なのは理解しているからな。別に、今更気にしたりはしない」
頭をさすっているやよいに、ライラック博士は腕組みしながら窘める。
やよいも俯きながら、コクリと頷いて反省していた。
それを見て満足した様子のライラック博士は、顎に手を当てながら何か考え事を始める。
「疑問なんだが、どうしてキミたちは私をかばってくれたんだ? 住人の話を聞いて分かっただろう? 私は異端の研究者。後ろ指を刺されるような存在だ」
疑問を浮かべるライラック博士に、俺ははっきりと答えた。
「俺はそんなの気にしません。ライラック博士が人のために研究をしている、優しい人だって分かってますから」
「それに、あたしは友達のお父さんがバカにされて黙ってられないもん」
「そうですよ。ボクたちは、ライラック博士の研究が素晴らしいものだって知っていますから」
「ハッハッハ! そういうことだ!」
「……ご飯くれ、お礼」
俺たちの言葉にライラック博士は目を丸くさせ、そして照れているのか頭をガシガシと掻く。
それに__。
「異端って意味じゃ、俺たちも同じですから」
「む? どういうことだ?」
俺たちはこの異世界では、異端な存在だ。
音楽文化のないこの異世界で、ライブをしながら旅をしている。音楽の素晴らしさを、少しでも色んな人に知って貰いたいからな。
そういう意味じゃ、俺たちもライラック博士も同じようなものだ。
俺はライラック博士に音楽のことを話すと、目を輝かせていた。
「ほほう? それは興味深い! そのおんがくとやら、私も聴いてみたいな!」
「えっと……なら、一曲やりますか?」
「あぁ! 是非とも聴かせて欲しい! そうだ、シランとジーロにも聴かせてくれないか!?」
ここまで興味を持ってくれるとは思ってなかったけど……そういうことなら話が早い。
早速、俺たちはライラック博士の家に向かってライブをすることになった。