三曲目『ユニオンシーム支部』
次の日。俺たちは街に足を運び、この国のユニオンに向かっていた。
ライラック博士の家から街に来ると、空気の悪さに辟易としてしまう。
「さっさと行って帰るか」
「賛成……あたし、この街苦手かも」
俺の提案に、同じように辟易とした様子のやよいが答える。
俺たちは歩く速度を上げて、この街の雰囲気に則した排気ガスで薄汚れた煉瓦造りのユニオンシーム支部にたどり着いた。
中に入ってみると、ユニオン内は忙しなくに走り回るユニオンメンバーや職員の姿。バタバタと騒がしい中、俺は受付にいる職員に声をかける。
「あの、すいません」
だけど、忙しすぎて俺の声が聞こえていない様子だった。
仕方ない。俺は大きく息を吸い込んで、声を張り上げる。
「__すいません!」
「は、はいぃぃぃぃ!?」
すると、一人の職員が飛び上がるように返事をした。
目の下にクマがある、やつれた女性職員は俺たちに死んだ目を向けながら対応する。
「ようこそ、ユニオンへ……依頼ですかぁ?」
「俺たちはレンヴィランス支部から来た、ユニオンメンバーです。ユニオンマスターのライト・エイブラ二世から手紙を預かって来ました。この支部のユニオンマスターはいますか?」
手紙を見せながら聞くと、職員は顔に手を当てながら「あちゃー」と呟く。何か問題があるのか?
「ユニオンマスターなら不在ですよ」
そこで、俺たちの背後から声が聞こえた。
振り返るとそこには長い黒髪を後ろで結んだ、眼鏡をかけた女性。綺麗な顔立ちなのに、目の下に出来たクマと疲れ切っている表情が台無しになっている。
「あの、どなたですか?」
「私はユニオンシーム支部のユニオンマスターの秘書、ルイスと申します。レンヴィランス支部のユニオンマスターからの手紙と聞きましたが?」
「あ、はい。これです」
レイラさんに手紙を渡すと、署名と捺印を見て頷く。
「本物のようですね。分かりました、執務室にご案内します」
そう言ってルイスさんは、フラフラとした足取りで執務室に案内してくれた。
大丈夫か、と心配になりながら執務室に入ると、レイラさんはイスに力なく座って手紙の中身を読み始める。
「……なるほど、事情は分かりました。ですが、申し訳ありません。私たちはあなた方の助けにはなれそうにありません」
「え? ど、どうしてですか?」
レイラさんは深い深いため息を吐くと、助けになれない理由を話した。
「この支部のユニオンマスターは、<魔族>の襲来により怪我を負いました。かなりの重傷で、意識不明の状態です」
「ま、魔族!?」
魔族。この世界を脅かす凶悪な種族で、俺たちもレンヴィランスで魔族の一人と戦った。
だから魔族の強さを、俺たちは知っている。ユニオンマスターだからと言って、そう簡単に勝てる相手じゃない。
「魔族はユニオンを襲撃し、何故か<竜魔像>を奪っていきました。ユニオンマスターがいない今、仕事を回せるのは秘書である私と少ないユニオンメンバーのみ。私たちも仕事をこなすので精一杯なんです」
魔力を通すことでどの属性に適性があるのか調べることが出来る、竜の石像__竜魔像。
その竜魔像を、レンヴィランスで戦った奴は狙っていた。多分、ここを襲った魔族も同じ目的だったんだろう。
話を聞いていた真紅郎は顎に手を当てながら、ルイスさんに問いかける。
「ボクたちの助けになれるほどの余裕がない、ってことですね?」
真紅郎の言葉に、ルイスさんはうなだれるように頷いた。
「それに加えて、手紙を読んであなた方の事情は分かりましたが……私だけの判断では、手助けするのも難しいのです。申し訳ありません……」
ルイスさんは申し訳なさそうに、頭を下げた。
支部のトップ、ユニオンマスターが不在。しかも、激務で余裕がない。そんな状況で厄介な事情がある俺たちに時間を割くのは、難しいよな。
そういうことなら仕方ない、と諦めているとルイスさんは疲れ切った顔で微笑んだ。
「ですが、ユニオンとしてあなた方を受け入れます。同じユニオンメンバーですからね」
「そう言って貰えるだけ、ありがたいです。もし何かあったら、俺たちも仕事を手伝いますよ」
「嬉しいですが……依頼は他のユニオンメンバーが片づけてくれています。残っている仕事は魔族によって壊された建物の把握と、修繕にかかる費用の計算。被害にあった人の調査に各方面への手回し。国への要請と、膨大に残っている依頼の選別……あぁぁぁぁ!」
話しながらどんどん目が死んでいくルイスさんは、髪を振り回して絶望の声を上げた。
残っている依頼はまだ選別し終わっていないから、ユニオンメンバーに紹介出来ない。だけど、選別しようにも他に仕事があるからそっちにまで手が回らない。
これは思ったよりも深刻そうだ。俺たちはユニオンメンバーだから、事務仕事やユニオンの機密情報を扱うような仕事は出来ない。
俺たちが手伝えることは、なさそうだな。
「おぉ……これが世に言う、ブラック企業って奴だな」
「人手が足りないんだろうね……」
「……社会、怖い」
さすがのウォレスも現状を知って引きつった笑みを浮かべ、真紅郎は同情するような視線を送り、サクヤが怯えた様子で呟く。
我に返り、冷静を取り戻したルイスさんはさっきよりもやつれた表情で俺たちに目を向ける。
「そういう訳ですので、申し出はありがたいのですが手伝いは大丈夫です。いや、大丈夫ではありませんが……」
「わ、分かりました。でも、もし何かあったら教えて下さい」
「……ありがとうございます」
俺の言葉に、涙目になって今にも泣きそうになりながら礼を言うルイスさん。
これは、相当参ってるな。だけど、俺たちに出来ることはなさそうだし……。
「じ、じゃあ俺たちはこれで」
「……はい。では、私も仕事に戻ります……」
ユラッと立ち上がったルイスさんは、フラフラと執務室から出て行く。その姿に同情を禁じ得ない。
とりあえず、俺たちはユニオンから出た。
「ねぇ、タケル。今度ルイスさんたちに差し入れ持って行かない?」
「あぁ、そうだな」
「だったら、軽食の方がいいかもね。あれじゃ、ご飯を食べる暇もなさそうだし」
「働きすぎだぜ、異世界人」
「……社会の闇」
やよいの提案に賛成し、真紅郎も話しに乗る。
ウォレスは見ていられなくなったのか目を手で覆い隠し、ユニオンから目を逸らしながら呟くサクヤ。
漂う淀んだ空気はもしかしたら排気ガスを立ち上らせる煙突からじゃなくて、仕事に忙殺されている職員からなのかもしれないな。
そんなことを思いながら、俺たちはユニオンに背を向ける。
「き、気分変えて少し街を見て回るか!」
どうにか明るく振る舞って言うと、全員ゆっくりと頷いた。
「そう言えばあたし、シランに小麦粉を買ってきて欲しいって言われてたんだった」
「何か作るのか?」
「うん! クッキーの作り方を教えてくれるって!」
たった一日で相当仲良くなったようで、やよいは嬉しそうにはしゃぐ。
すると、ウォレスがバカにするように笑っていた。
「ハッハッハ! ヘイ、やよい。お前菓子作りなんて出来るのか?」
「む! い、今は出来ないけど、シランが教えてくれるから作れるようになるし!」
「……食べたい」
いつも通り食い意地を張っているサクヤの言葉に、やよいはニコニコと笑いながらサクヤの頭を撫でる。
「いいよ! 出来たらサクヤにあげるね! ウォレスには絶対にやらないけど」
「さすがのオレも炭は食べれねブフェ!?」
ウォレスの腹部に、やよいの拳がめり込んだ。
力なく膝を着いたウォレスは、地面に横たわって悶絶している。
「ふんッ! シランにいっぱい教えて貰うから大丈夫だし!」
やよいはプンスカと怒りながらも、楽しそうにしていた。
ふと思えばこの異世界に来てから、やよいと同世代で同性の人ってあまりいなかったな。
ようやく出来た友達に、やよいも嬉しいんだろう。やよいだって女の子だし、まだ高校生だ。年相応に友達と遊ぶことも大事だよな。
自分のことのように嬉しく思いながら、俺たちはやよいに付き添うことにした。
「……ウォレス、大丈夫?」
「……む、り……たて、ない……」
痙攣しているウォレスと、心配している真紅郎を置いて。
自業自得だから、放っておけ真紅郎。