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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第五章『漂流ロックバンドとアングレカムの咲く丘』

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一曲目『魔法国シーム』

 空から突然落ちてきた女の子をウォレスが背負い、俺たちは目的地にたどり着いた。

 周囲を高い塀で囲まれた、魔法を兵器として転用して他国に売ることを生業としている国__<魔法国シーム>。

 そこかしこに伸びている真鍮製の煙突からモクモクと黒い煙が立ち上り、レトロチックな街並みが広がる国だった。

 街に近づくに連れて排気ガスの臭いがしてきて、空気が悪くなっていくのを感じる。喉に悪そうだし、あまりずっと滞在したい国じゃないな。

 そんなことを思いながら街に入るための門に近づくと、門番の男が俺たちの前に立ちはだかった。


「止まれ。この国になんの用だ?」

「俺たちは旅をしている<ユニオンメンバー>です。ライト・エイブラ二世の紹介で来ました」


 俺たちを怪しむ門番だけど、<ユニオン>は国を跨ぐ正義の独立機関。そのユニオンに加入していると分かれば、俺たちを通してくれるはずだ。

 身分を証明するために、俺は一枚の手紙を門番に手渡す。

 その手紙は<レンヴィランス神聖国>でお世話になったライトさん__支部のトップ、<ユニオンマスター>の署名と捺印がある物だ。

 手紙を確認し、それが本物だと分かると門番は笑顔を浮かべる。


「たしかに。ようこそ、魔法国シームへ……む?」


 俺たちを通そうとした門番は、ウォレスが背負っている女の子に気付くと目を丸くさせて叫んだ。


「し、シラン!? な、なんでキミたちがシランを!?」

「シラン……? この女の子のことですか?」


 門番は女の子のことを知っているようだった。

 そうか、この子はシランって言う名前なのか。

 事情を説明すると慌てた様子で門番がシランに駆け寄り、無事なことが分かるとホッと胸を撫で下ろす。

 そして、門番は顎に手を当てながら深刻そうな表情を浮かべ、呟いた。


「それにしても、今度は街の外(・・・)か……」


 何か考え事をしていた門番は、我に返ると俺たちに頭を下げる。


「この子をここまで送ってくれて、感謝する」

「まぁ、さすがに見捨てる訳にはいきませんから」


 気絶した女の子を一人置き去りにするなんて、薄情なこと出来る訳がない。

 すると、やよいはウォレスに背負われた女の子の顔を見て、優しく微笑んだ。


「そっか。この子、シランって言うんだ。この国の住人だったんだね」


 やよいが眠ったように気絶しているシランの顔を見つめながら聞くと、門番は頷いて返す。


「あぁ。この子はこの国の研究者、ライラック博士という方の一人娘だ。そうだ、申し訳ないがその子をライラック博士のところまで送ってくれないか?」

「急ぎじゃないし、いいですよ」

「助かる。ライラック博士の家は、街の外れにある」


 門番はそのライラック博士という人の家がある方を指差して、方向を教えてくれた。

 門を通された俺たちは、案内に従って家を目指す。

 街は真鍮で出来た配管が張り巡らされ、至る所から蒸気が吹き出していた。


「まるでスチームパンクの世界観だね」

「こういうのは嫌いじゃねぇが、空気が悪いな……ゲホゲホッ!」


 街並みを眺めながら真紅郎が呟くと、ウォレスは煙たそうに顔しかめて咳き込む。 

 そんなことを話しながら少し薄汚れた街並みを進んでいくと、徐々に家が少なくなってきた。


「あー、空気がおいしい! あたしはこっちの方が好きだなぁ」

「……眠くなる」

「きゅー!」


 煤汚れた風景から緑が多くなり、一転して空気が澄んでいくのを感じる。

 やよいはゆっくりと深呼吸して、サクヤは穏やかな風を浴びて欠伸をしていた。サクヤに同意するように、キュウちゃんが鳴き声を上げて草原を走り回る。


「ん? もしかして、あれか?」


 そして、緑の丘の上にポツリと建つ煉瓦造りの家を見つけた。多分、あれがそうだな。

 家の前に立った俺はドアをノックすると、家の中から一人の男の声が聞こえた。


「はい、どうかされましたか?」


 ドアから出てきたのは、眼鏡をかけた細身で物腰柔らかそうな青年だ。

 娘がいるような年齢ではなさそうだし、多分ライラック博士じゃないな。

 もしかして家を間違えたのかと思い、俺は青年に問いかける。


「あの、ここはライラック博士の家ですか?」

「えぇ、そうですよ。博士なら今、研究中で……ッ!?」


 優しい笑みを浮かべた青年は、ウォレスが背負っているシランを見るとギョッとして驚いた。


「し、シラン!? さっきまで部屋にいたはずなのに!? どうしてキミたちが!?」

「え? いや、いきなり空から落ちてきて……」


 気が動転して取り乱している青年に説明すると、青年は深刻そうに額に手を当てて深くため息を吐く。


「そんな……とうとう街の外にまで……そこまで進行しているのか」


 ブツブツと何か呟いていた青年は、気持ちを落ち着かせるようにゆっくり深呼吸した。


「いや、それより今は休ませないといけませんね。皆さん、どうぞ入って下さい。この子の部屋に案内します」


 そう言って青年は俺たちを家に招き入れ、シランの部屋に案内する。

 そこは可愛らしいぬいぐるみや観葉植物が置かれ、花が飾られた女の子らしい部屋だった。

 ベッドにシランを寝かせると、青年は安心したようにシランの頭を優しく撫でる。


「無事でよかった……本当に、よかった。皆さん、ありがとうございます。シランをここまで連れてきて頂いて」

「そんな大したことじゃないですよ。気にしないで下さい」


 頭を下げた青年は、柔和な笑みを浮かべて口を開く。


「あぁ、紹介が遅れました。ボクの名前はジーロ。この子、シランの恋人……いや、今は婚約者(・・・)ですね」


 ジーロさんは照れ臭そうに頬を掻きながら、自己紹介する。

 婚約者、か。ベッドに寝ているシランは、やよいと同じぐらいの年齢なのに……もう婚約者がいるのか。

 ジーロさんに続いて俺たちも自己紹介すると、ジーロさんは部屋を出てリビングに案内してくれた。

 俺たちが席に着くとジーロさんはイスに座李、また深々と頭を下げる。


「改めて、ボクの大事な人をここまで送り届けて頂き本当にありがとうございます」

「そんな、頭を上げて下さい。俺たちは人として当然のことをしたまでなので……」

「フフッ、あなた方は優しいですね。そんな人に助けられて、シランは幸運でした」


 小さく笑みをこぼすジーロさんに、俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。


「あの、あの子はどうして空から落ちてきたんですか?」


 すると、ジーロさんは暗い表情で俯く。


「それは……申し訳ありません。ボクの口からは、お答えすることが出来ません」


 ジーロさんは絞り出すように、答えられないと言う。

 何か事情があるんだろう。ここで追求しない方がよさそうだ。

 どことなく気まずい空気が流れる中、リビングに一人の男が入ってきた。


「ジーロ! 次の実験なんだが……む? 客人か?」

「あぁ、ライラック博士」


 薄汚れた白衣を着た、緑色の髪をオールバックにしている口ひげを生やした四十代ぐらいの男。

 この人がシランの父親、ライラック博士なのか。

 ジーロさんはライラック博士に俺たちを紹介し、シランをここまで連れてきたことを話す。

 話を聞いていたライラック博士はどんどん青ざめた表情になり、勢いよくジーロさんの肩を掴んだ。


「それは本当か!? 私の可愛いシランは大丈夫なのか!?」

「ライラック博士、落ち着いて下さい! 大丈夫です、シランは無事です! タケルさんたちのおかげで傷一つありませんよ!」


 気が動転しているライラック博士に、ガクガクと体を揺らされながらジーロさんが答える。

 すると、ライラック博士は勢いよく俺たちの方に顔を向けてきた。


「キミたちが、シランを連れてきてくれたのか……?」

「は、はい」


 血走った目で俺たちを見ながら問いかけてくるライラック博士に、恐る恐る答える。

 その瞬間、ライラック博士はテーブルにガンッと額をぶつけながら頭を下げた。

 突然の行動に目を丸くさせると、ライラック博士はテーブルに額を着けながら口を開く。


「ありがとう……ッ! 大事な愛娘を助けてくれて、どうお礼をしたらいいか……ッ!」


 肩を震わせ、涙声でお礼を言うライラック博士。

 それぐらいシランが、娘が大事だったんだろう。恥や外聞を捨てて頭を下げるライラック博士に、俺は肩にポンと手を置いた。


「気にしないで下さい。俺たちは別に、お礼が欲しくてやったんじゃないので」


 俺がそう言うと、ライラック博士は頭を上げる。

 赤くなった額を気にすることなく、ライラック博士はニッと口角を上げて笑った。


「ありがとう。私に出来ることは少ないが、必ず礼をさせて貰おう」


 落ち着いたライラック博士は席に座わり、改めて自己紹介し始める。


「まだ名乗っていなかったな。私の名はライラック、この国で魔法の研究をしている者だ。キミたちはこの国に今日着いたんだろう?」

「そうですね、さっき着いたばかりです」

「ふむ、それならまだ泊まるところも見つけていないはず。どうだろう、ここに泊まってはいかないか?」


 ライラック博士の提案に、俺たちは目を丸くした。

 たしかにまだ宿を見つけていないから、ありがたい申し出だけど……。


「その、いいんですか?」

「あぁ! 是非、泊まってくれ! ささやかながら料理を振る舞おう……私ではなくジーロが、だが」

「フフッ、博士は料理が出来ないですからね。これでもボク、料理には自信がありますから心配なさらずに」


 気まずげに言うライラック博士に、ジーロさんは自信ありげに胸を張っていた。

 チラッと他のメンバーに目を向けると、全員同時に頷く。なら、決まりだな。


「じゃあ、お願いします」

「自分の家のようにくつろいでくれて構わんぞ! ジーロの料理は本当に美味いから、期待するといい!」

「……お腹空いた」


 ライラック博士がカラカラと笑って言うと、サクヤがグゥと腹を鳴らして空腹を訴える。

 するとジーロさんは立ち上がり、クスクスと小さく笑みをこぼした。


「でしたら、何か軽食を用意しましょう。たしか、昨日シランが作ったクッキーがあったはずなので……」

「なんか、すいません」

「フフッ、いいんですよ。少々お待ち下さい」


 どうにも申し訳なくなって謝ると、ジーロさんは優しく笑いながら台所に向かう。

 すると、ライラック博士はジーロさんの背中を見つめて満足そうに頷いた。


「ジーロは本当によく出来た男だ。物腰柔らかで優しいし、気が利く。研究者としての知識も豊富で、努力を怠らない。私にもったいない助手だ」


 まるで自分のことのように、ジーロさんを褒めるライラック博士。

 やよいは話を聞いて、感嘆の吐息を洩らした。


「そう言えばジーロさんってシラン……さんの婚約者なんですよね? あたしと同じぐらいの歳なのに婚約してるなんて、凄いなぁ」


 やよいが思い出したように聞くと、ライラック博士は顔を綻ばせて答える。


「そうだな、シランは十九歳。ちょうどキミと同じぐらいだろう。最初は二十歳になるまで結婚どころか、恋人を作ることすら許したくなかったんだがな……」

「ハッハッハ! 親バカって奴だな!」


 いきなり失礼なことを言い出したウォレスを窘めようとした瞬間、ライラック博士は勢いよく立ち上がった。


「そう! 私は親バカだ! あんなに可愛い娘がいたら、誰だってそうなるだろう! シランは本当に可愛い子でなぁ。子供の頃なんて、いつも私の後を追ってきたもんだ。夜なんて一人で眠れないからと私のベッドに潜り込んできてなぁ……」


 スイッチが入ったのか、ライラックさんの娘自慢が始まる。

 昔を思い出して顔をダラケさせながら、娘について語り続けるライラックさん。

 俺たちはどうしていいか分からずにいると、バタバタと慌ただしい足音と共にリビングに誰かが入ってきた。


「__パパ! 恥ずかしいこと叫ばないで下さい!」


 それは目を覚ました少女、シランだった。


 


 



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