二十九曲目『真紅郎の成長』
魔族、そしてクラーケンとの戦いから、一週間が経った。
戦いで傷ついた体はすっかり回復し、エイブラさんからもう外に出てもいいと許可を貰った俺たちは、海に遊びに来ている。
青い空が広がり、穏やかな波を立てる海が一望出来る海岸。砂浜は白く、青と白のコントラストが綺麗だった。
そんな平和な海から突然ザバァッ、と水飛沫が上がる。
キラキラと太陽の光が水飛沫に反射して、煌めく海から飛び出したのは__鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく見せつけてくる、海パン一丁のウォレスだった。
「__イエェェェェェイ! ゲットだぜぇぇぇぇ!」
海から飛び出してきたウォレスは、手に持った銛に刺さった魚を空へと掲げて雄叫びを上げる。
ウォレスは何を考えているのか、海で泳ぐのではなく銛を片手に素潜り漁をし始めていた。
どうして海水浴に来たのに素潜り漁をしてるんだよ、と呆れたけど……ま、楽しそうにしてるからいいか。
「うん! いい感じだよサクヤ!」
「……ぷはぁ」
ウォレスから離れたところでは、やよいがサクヤに泳ぎを教えている。
やよいは街で買ったばかりの、水色のビキニを着ていた。
若さあふれる水を弾く柔肌、スラッとした長い足。そして、慎ましく膨らんだ胸。まるで、モデルのようなスタイルだ。
一般的な男性なら目を奪われることだろう。俺からすると可愛いとは思うけど……正直、胸の大きさが足りな__殺気!?
「__タケルぅぅ! あとで覚えておいてよぉぉぉ!」
離れているはずなのに、やよいは俺に向かってニッコリと笑顔を向けていた。
体から吹き出した魔力で起きた波に、サクヤが巻き込まれて溺れそうになっている。
おかしい、俺は何も言ってないのに。どうして分かったんだ?
とりあえず、やよいから目を逸らすと隣に座っていた真紅郎がクスクスと笑っていた。
「タケルも泳いできたら?」
「……勘弁してくれ。沈められたくない」
俺と真紅郎、そしてキュウちゃんはパラソルの下でまったりしている。
足下でキュウちゃんが寝息を立てている中、真紅郎は読んでいた本を閉じて背筋を伸ばした。
「ぷはぁ……平和だね」
「あぁ、そうだな」
この国、レンヴィランス神聖国に来てから、色々とバタバタしていたからな。
いきなり屋敷に軟禁されたり、音楽禁止されたり、エイブラさんとのいざこざがあったり、真紅郎が魔族だと噂されたり……。
「あ、そう言えば。真紅郎の魔族疑惑って、晴れたんだったか?」
「うん、ライトさんとエイブラさんが動いてくれたみたい」
そう言って真紅郎は、嬉しそうに頬を緩ませる。
魔族とクラーケンとの戦い以降、真紅郎とエイブラさんは本当の親子のように仲良くなったみたいだ。
仲良くなってよかった、と思う反面……あることが引っかかっている。
聞いていいものか分からないけど、恐る恐る真紅郎に問いかけた。
「なぁ、真紅郎。お前の父親のことなんだけどさ……」
父親、という単語に真紅郎は肩をピクッと震わせる。
最初、真紅郎は自分の父親とエイブラさんを重ね、似てるからと毛嫌いしていた。
そこに嘘を吐かれ、俺たちを騙してるのではないかと疑念を抱き__ずっと反発していた。
でもそうじゃないと分かった今では、エイブラさんと仲良くなっている。
なら、本当の父親に対してはどうなのか。少し気になって聞いてみると、真紅郎は空を見上げて目を閉じた。
「……ボクはもしかしたら、父さんのことを勘違いしてるかもしれないね」
「勘違い?」
「うん。エイブラさんがそうだったように、父さんもボクのために色々してくれてたんじゃないか、ってね?」
真紅郎は遠くを見つめながら、苦笑する。
父親が真紅郎に厳しかったのは、本当は自分の利益のためじゃなくて真紅郎の__息子のためを思ってのことだったのかもしれない。
そう、エイブラさんのように。
真紅郎は胸中を吐露すると、小さく笑みをこぼした。
「まぁ、エイブラさんと違って、本当に自分の利益のためだったのかもしれないけどね。でも、今ならボクは……ちゃんと、父さんと面と向かって話せる気がするんだ」
毛嫌いし、二度と関わりたくないと家を出た真紅郎。だけど、今回のことで少し思うところがあったんだろう。
父親と話す、そんなことを言うなんて今までの真紅郎ならあり得なかったからな。
「元の世界に戻ったら一度、家に帰るよ。そして、父さんと話をして……またRealizeに戻ってくる。音楽をやることを、ちゃんと認めさせてね」
真紅郎はクスッと笑いながら、はっきりと宣言した。
きっと、今の真紅郎だったら父親の前でも堂々と話すことが出来るはずだ。
頑張れよ、という意味を込めて拳を向けると真紅郎も拳を向けて軽くぶつけ合う。
二人で笑い合っていると、ライトさんとエイブラさんが近づいてきた。
「タケル、真紅郎。キミたちは泳がないのか?」
「ボクはあまり陽に当たりたくないので」
「俺も今日はまったりしたい気分なので」
「はぁ……若いのだから、少しははしゃいだらどうなんだ?」
やれやれと呆れているライトさんに、俺たちは苦笑いを浮かべる。
すると、エイブラさんが真紅郎の隣に腰を下ろした。
「キミたちに提案したいことがあるのだが、少しいいか?」
「提案、ですか?」
首を傾げる俺と真紅郎に、エイブラさんは頷いてからその提案を語り始める。
「キミたちが望むのなら、国賓としてこの国に住むことが出来る。もちろん、不自由のない暮らしを約束する。好きな時に、らいぶもしてくれて構わない。戦うことなく、平和に過ごすことが出来るのだが……どうだろうか?」
エイブラさんの提案は、かなり魅力的だ。
この国の国賓になれば、マーゼナルは早々手出しは出来ない。しかも、血生臭い戦いから離れて平和に、しかも好きな時にライブをしながら過ごすことが出来る。
最高の申し出だ。普通なら受け入れるだろうけど__。
「__すいません、それは出来ません」
俺ははっきりと断った。真紅郎も同意するように頷く。
エイブラさんは少し残念そうにしながらも、俺たちがそう答えると分かっていたのか頬を緩ませた。
「そう言うと思っていた。どうしてなのか、理由を聞かせてはくれないか?」
「……俺たちの目的は、元の世界に戻ることです」
俺たちの最終目標。それは、元の世界に戻ること。
その方法は、今のところ魔族を全て倒せばいいって聞いてるけど、それはマーゼナル王国の王様__ガーディの嘘の可能性もある。
だけど、今はそれしか方法がない。少なくとも魔族が鍵を握っている可能性が高いと、俺たちは踏んでいる。
そのために、これからも旅をしないといけない。魔族と戦い、元の世界に戻る方法を見つけないといけなかった。
その先に、命を落とすかもしれない危険な戦いが待ち受けようとも……。
「だから、俺たちはこれからも旅を続けます。申し出は、本当に嬉しいんですけど……」
気まずくなって頬を掻いていると、エイブラさんは深い深いため息を吐いた。
「そういうことなら、仕方がないな。だが、いつでも戻ってきてくれて構わないぞ? 困ったことがあれば、私たちが力になろう。遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。その時は、お願いします」
嬉しいことを言ってくれるエイブラさんに頭を下げる。
エイブラさんは優しげな笑みを浮かべ、真紅郎の頭をポンッと撫でた。
「キミたちは私にとって、息子のような存在だからな」
「……ありがとう、ございます」
頭を撫でられながら真紅郎は、照れ臭そうに頬を赤く染める。
すると、ライトさんがククッと小さく笑みをこぼした。
「父上の年齢なら、タケルたちは孫ではないですか?」
「何を言うか、まだまだ私は若いぞ? そんなことを言うのならジュニアよ、早く嫁を貰え。本当の孫を私に見せたらどうなのだ?」
「うっ……それは……」
痛いところを突かれたと、ライトさんは顔をしかめる。
そんなライトさんに、エイブラさんはここぞとばかりに責め立てていった。
「まったく、いい歳して彼女の一人もいないとは情けない。エイブラ家の跡取りはどうするのだ? そもそも、いつまで戦いの最前線に立つつもりなのだ。エイブラ家の当主としての自覚がないとしか思えんな」
エイブラさんに小言を言われ続け、どんどん縮こまっていくライトさん。
さすがに可哀想に思っていると、真紅郎が助け船を出した。
「あ、そうだ! エイブラさん、少しいいですか?」
「それだからいつまで経っても……む? どうかしたのだ?」
「__ライブしたいんですけど、どうですか?」
真紅郎がライブの提案するとライトさんとエイブラさんは顔を見合わせ、ニヤリと口角を上げて頷く。
さすがは親子だな、とを思いながら俺たちはこの国を旅立つ前にライブをすることになった。