二十八曲目『親子』
真紅郎の起こした水素爆発の爆風によって暗雲が晴れ、青空が広がっていた。海も穏やかになり、さっきまでの暴風雨が嘘のように平穏を取り戻している。
これでようやく落ち着けるな。ホッと一安心していると、エイブラさんが声をかけてきた。
「ありがとう。キミたちのおかげで、この街を守ることが出来た」
「ちょ、ちょっと! やめて下さい、エイブラさん!?」
深々と頭を下げるエイブラさんを慌てて止めようとしたけど、エイブラさんは頑なに頭を上げようとしない。
そして、エイブラさんは声を震わせながら絞る出すように口を開いた。
「この国の貴族として……そして、この街に住む住人として礼を言いたい! 本当に、感謝する!」
目に涙を浮かべながら、俺たちに礼を言うエイブラさん。
どうしたらいいのか困っていると、真紅郎が一歩前に出てエイブラさんの前に立った。
「__頭を上げて下さい」
真紅郎の言葉に、エイブラさんはゆっくりと頭を上げる。
エイブラさんと目を合わせた真紅郎は、深々と頭を下げた。
「ボクは、あなたに謝りたい。ボクたちのことを想って色々と動いてくれていたのに、ボクは失礼な態度を取ってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」
エイブラさんが嘘を吐いていると、騙そうとしていると疑い、反発していたことを謝る真紅郎。
すると、エイブラさんは首を横に振った。
「謝ることはない。キミたちを騙していたのは事実、疑わせてしまった私の責任だ」
「そんな! 謝るのはボクの方で……ッ!?」
言葉を遮るようにエイブラさんは真紅郎を抱きしめ、安心させるように優しく真紅郎の背中をポンポンッと撫でる。
「真紅郎、キミは仲間を守るために必死だったのだろう? 私は別に怒っていない。だから__大丈夫だ」
抱きしめられた真紅郎は最初は目を丸くして体を強ばらせていたけど、徐々に力を抜いて頬を緩ませる。
ゆっくりと真紅郎から離れたエイブラさんは、ニッと笑みを浮かべた。
「__感謝するぞ、真紅郎。私は、キミに救われた」
改めて礼を言われた真紅郎は、同じように笑みを浮かべて口を開く。
「__こちらこそ、ありがとうございます。これでボクは……ようやく、父さんと……」
魔力、体力共に限界だった真紅郎は緊張の糸が切れたのか力なく前に倒れ込み、エイブラさんが受け止めた。
腕の中ですっきりとした表情で小さな寝息を立てている真紅郎を、エイブラさんは優しく微笑みながら大事そうに背負う。
「……こんな小さな体なのに、意外と重いではないか」
空にかかる虹をバックに、真紅郎を背負って立つエイブラさんの姿。
その姿はまるで__本当の親子のように見えた。
「真紅郎はこのまま私が運ぼう。キミたちも屋敷に戻って休むといい。疲れているだろう?」
「……そうですね、お願いします」
一瞬、真紅郎を受け取ろうかと考えたけど、すぐにこの二人の邪魔は出来ないと思い止まる。このままエイブラさんに、真紅郎を運んで貰おう。
これでようやく、戦いが終わった。改めてそう思うと、一気に疲労が襲いかかってくる。
「はぁ……さすがに疲れたな」
「ハッハッハ! オレも疲れたぜ!」
「その割には元気そうに見えるけど? あたし、お風呂入りたいなぁ。全身びしょ濡れの泥まみれだし」
「……お腹空いた」
疲れたと言いながら、元気そうなウォレス。
そんなウォレスに、やよいは呆れながら服にへばりついた泥を見て辟易としていた。
そして、サクヤはいつも通り腹の虫を鳴らす。
俺も体中痛いし、ベッドに入れば一瞬で眠れそうなほど疲れ切っていた。
「……帰るか」
真紅郎を背負って先を歩いているエイブラさんの後を追うと、アスワドとライトさんが何か話しているのに気付く。
「キミの氷属性魔法、実に素晴らしい。あれほどの練度、早々お目にかかれないな」
「お、分かってるじゃねぇか、おっさん!」
「それに剣の扱い、動きも相当なものだ。かなりの実力者だな、キミは。どうだろう? よければユニオンに入ってみないか?」
「あぁ……それは断るぜ。だって俺は黒ひょ……」
「__ちょっと待ったぁぁぁぁ!?」
慌てて割り込んで、アスワドの言葉を遮る。こいつは何を言おうとしてるんだ!?
アスワドは今、自分が黒豹団のリーダーだって口走ろうとしていた。それも、ユニオンマスターであるライトさんの前で。
突然話に入ってきた俺に驚いたライトさんは、呆気に取られていた。
「ど、どうした、タケル? 何か困ることでも……」
「あぁ、えっと……そ、そうだ! こいつ、別のところに所属してるから、ユニオンには入れないんですよ!」
「ふむ? どこに所属しているんだ?」
「そ、それは……その……だ、大道芸! そう! 大道芸やってる集団です!」
「あぁ? 大道芸だぁ? それはどういう……ッ!?」
俺が苦し紛れに言ったことを怪訝そうな表情をしているアスワドを、空気を読めという思いを込めて思い切り睨みつける。
すると、俺の気迫に圧されてアスワドが目をパチクリとさせて黙り込んだ。というか、どうして俺がこいつの助け船を出さないといけないんだよ。
でも今回はかなり助けられたから、借りは返さないとな。これで貸し借りなしだ。
どうにか話題を逸らそうとしていると、ライトさんは顎に手を当てて何か考え事を始めていた。
「ほう、大道芸か。こう言ってはなんだが、もったいないな。もしユニオンに入ってくれれば、こちらとしても助かるのだが……まぁ、無理強いするつもりはない」
どうやら、俺の嘘を信じてくれたようだ。結構、無理があったと思うんだけど。
とにかく、これ以上アスワドがここにいるのはヤバいな。いつボロが出るか分からない。
そう思った俺はアスワドに目配せすると、察したアスワドは静かにその場から消えた。
「それにしても、大道芸か。私も久しく見ていないな。舞台は用意するから是非ともそこで大道芸を……む? いないな。いつの間に?」
考え事をしていてアスワドが消えたことに気付いていなかったライトさんは、キョロキョロと周りを見渡す。
アスワドの姿はもうないし、ついでに倒れていた仲間のシエン、アラン、ロクも姿がなかった。
だけど、この様子だとアスワドを探しに行きそうだ。そうはさせないと、俺はライトさんの肩に手を回す。
「ま、まぁいいじゃないですか! それより、早く屋敷に戻って治療しないと! ね!?」
「……そうだな。正直、私も限界が近い」
どうにかライトさんを説得した俺たちは、屋敷へと向かった。
「……ん? ちょ、ちょっと待って下さい!」
「どうかしたのか?」
だけどその前に、俺はあることに気付いて声を上げる。
魔族の登場で忘れてた、あの男の存在を。
「__仮面の男がいない!?」
王国から差し向けられた仮面の男の姿が、どこにもなかった。
魔族に倒され、気絶していたはずなのに……。
すると、ライトさんが困ったように頬を掻いた。
「すまない、気付いた時にはいなくなっていたのだ。捕縛して、王国への交渉に使おうと思っていたのだがな」
取り逃してしまったことに不甲斐ないとばかりに、深いため息を吐くライトさん。
まぁ、魔族のせいでこんがらがってたからな。今は仮面の男のことは、気にしないでおこう。
切り替えて屋敷に帰ろうとしたけど俺はふと足を止め、海の方に振り返る。
「……魔族、か」
穏やかな広がる海を見つめながら、さっき戦った魔族のことを思い返した。
両足に傷を負わせていたけど、あの魔族はきっと生きてるだろう。
魔族は本当に強かった。今の俺たちじゃ倒すどころか、勝つことが出来ない。今回は、運よくギリギリどうにかなっただけだ。
だけど、俺たちは元の世界に戻るために魔族を倒さないといけない。それが本当なのかは分からないけど、何かしら関係していると思う。
それに、魔族はどうして竜魔像を集めていたんだ? 竜魔像には俺たちが知らない何かがあるのか?
分からないことだらけだけど……やることは、一つだ。
「今よりももっと、強くならないとな……ッ!」
俺はまだ弱い。魔族を倒すなんて、今の俺には夢のまた夢の話だ。
それでも、絶対に元の世界に戻らないといけない。そのためには、強くなるしかない。
改めて覚悟を決めた俺は海に背を向け、ライトさんの屋敷に戻るのだった。