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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第四章『ロックバンド、水の国で魔族と出遭う』
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二十三曲目『守るための嘘』

「エイブラ、さん……?」


 エイブラさんは真紅郎を守るように仁王立ちし、魔族を睨みつけている。

 魔族はガシガシと頭を掻くと、銃を下げた。


「ご老人、どいてくれないか? 俺はそいつを殺さないといけない」


 魔族の言葉に、エイブラさんは無視して立ったままだ。

 その姿を見た真紅郎はゆっくりと体を起こして、目を丸くしてエイブラさんの背中を見つめる。


「どう、して……?」


 真紅郎は掠れた弱々しい声で、エイブラさんに向かって呟た。

 すると、エイブラさんはチラッと真紅郎を見ると頬を緩ませる。


「意味が分からない、そんな顔をしているな」

「どいて、下さい……早く」

「それは出来ない相談だ」


 エイブラさんは魔族の方に向き直ると、水しぶきを上げて力強く一歩前に出た。


「__貴様にこの者を殺させる訳にはいかんッ!」

「……はぁ。そんな老いた体で、何が出来る?」

「ふん、この老いぼれでも盾ぐらいにはなるだろう?」

「__死ぬつもりか?」

「__死んでも守り抜くつもりだ」


 死を覚悟しているのか、銃口を向けてきた魔族に対してエイブラさんは一歩も引かない。

 どうしてそこまでして守ろうとしているんだ? エイブラさんは、俺たちを騙していたんじゃないのか?

 疑問を浮かべているとエイブラさんは真紅郎を庇うように仁王立ちしながら、暴風雨にも負けない声量で叫んだ。


「__この者たちは我が国に素晴らしい文化をもたらした、国の宝だ! その者たちに危害を加えるというのならば……例え王国であろうと、魔族であろうと! 私は退くつもりはないッ!」


 堂々と言い放ち、エイブラさんは両手を広げた。


「この者たちを殺そうというのなら、まずはこの老いぼれを殺せ! 私はライト・エイブラ一世! 水の国、レンヴィランス神聖国の貴族! 我が誇りに賭けて、これ以上の狼藉は許さぬ!」

「……また、貴族の誇りか」


 真紅郎を守ろうとしているエイブラさんに、魔族は深いため息を吐いた。


「俺は戦えない者には攻撃しない主義だ。だが……あなたは例え戦えなくとも、その精神はまさに戦士__戦う者だ。なら、俺は容赦なく殺す」


 魔族は銃を構え直し、真っ直ぐに銃口をエイブラさんに向ける。


「死ぬ覚悟は出来ているんだろう? その高貴なる精神と共に、死ぬといい」


 引き金に指を置いた魔族は、ゆっくりと引いた。


「__むッ!」


 だけど、引く直前で水の鞭が魔族を襲った。

 その場から離れ、魔族が水の鞭を操っている人物__ライトさんに銃を向ける。


「またお前か……本当にしつこい」

「父上を、殺させる訳にはいかないからな……ッ!」


 ボロボロの体でライトさんは手を動かし、水の鞭を操って魔族に襲わせた。

 縦横無尽に動き回る鞭を、魔族は軽やかなステップで避けながら発砲する。

 放たれた風の刃をどうにか避けたライトさんは、そのまま水の鞭を動かして倒れていたやよいやウォレス、サクヤ、アスワドとその部下たち全員に巻き付かせて自分の後ろに移動させた。

 魔族は舌打ちすると、ホルスターから新しい銃を抜く。


「最初から俺ではなく、倒れている奴らを助けるつもりだったか」

「巻き込む訳にはいかないからな……うぐッ!」


 ニヤリと笑みを浮かべたライトさんは、顔をしかめながら腹を抑えて膝を着いた。

 魔族との戦いによって受けたダメージは、まだ回復していないんだろう。


「ライト、さん……ッ!」

「大丈夫だ。心配するな、タケル」


 ようやく少しだけ動けるようになった俺は、体を起こしてライトさんのところに行こうとする。

 だけどライトさんは引きつった笑みを浮かべながら、押し止めた。

 魔族は戦えそうにないライトさんから、エイブラさんに肩を貸して貰いながら立ち上がっていた真紅郎に銃口を向ける。


「大丈夫か? 早く立つんだ」


 エイブラさんが真紅郎を心配そうに声をかけていると、真紅郎は俯きながら肩を震わせていた。


「……どうして、助けたんですか?」

「今はそんなことどうでもいい! いいから早く……」

「__教えて下さい! どうしてボクを助けようとするんですか!? あなたはボクたちを騙して、利用しようとしてたんじゃないんですか!?」


 真紅郎の叫びが、港に響き渡る。

 疑問、戸惑い、怒り、悲しみ……色んな感情が混ざり合ったような叫びが、雨の音に消えていった。

 体を震わせた真紅郎は、まるで迷子のような眼差しでエイブラさんの顔を見つめる。


「利用するためですか? ボクたちを生かして、自分の利益のために利用するためですか?」

「……違う」

「あなたはボクたちに嘘を吐いていた。騙そうとしていた。違うんですか?」

「真紅郎、それは違う。父上は、騙そうとしていたんじゃない」


 弱々しい真紅郎の問いかけに答えたのは、ライトさんだった。

 ライトさんは膝を着いたまま、ポツリポツリと真実を語り始める。


「初めてライブをした時から、既に私と……父上はキミたちを国賓として迎えようとしていた。この国の王もそれに賛同していたが、マーゼナル王国がこの国に入り込んでいるという情報が入った」


 国賓? 俺たちが? しかも、この国に来てすぐの時から?

 初めて聞く話に唖然としていると、ライトさんは悔しげに眉をひそめる。


「この国で他国の者が勝手に暴れられるのは避けたい。しかし、だからと言って、まだ何もしていない者を捕らえることは出来ない。だから__餌が必要だった(・・・・・・・)


 拳を強く握りしめながら、ライトさんはそのまま話を続けた。


「国賓待遇であるキミたちを襲撃なんて出来るはずがない。仮にそんなことをすれば、このレンヴィランス神聖国を敵に回すことになる。王国としても、それは避けたいはずだ。無闇に追っ手を差し向ける真似もしなくなるだろう」


 たしかに、そうなればレンヴィランス神聖国と戦争になる。それは、王国として一番最悪なパターンだ。

 ライトさんは「だが」と首を横に振る。


「この国に王国の者がいる限り、闇に潜んでタケルたちを襲うかもしれない。だから、申し訳ないがキミたちを囮にして隠れ潜んでいる王国の者をあぶり出し、襲ってきたところを捕らえようとしていたんだ」


 囮、つまり__それが餌だってことか。

 ライトさんは俺たちを囮にして、王国の追っ手を一網打尽にしようとしていたのか。

 それなら言ってくれればよかったのにと思っていると、察したのかライトさんは苦笑する。


「王国の者に気取られる訳にはいかなかったのだ。事実を話せば、キミたちは少なからず警戒してしまうだろう。それで作戦が露見することを避けたかった。だから、私は__父上は、キミたちに嘘を吐いて表に出さないように屋敷に閉じこめたのだ。機会を伺って準備が整い次第、現れた王国の者を捕らえるために」


 それが、エイブラさんが俺たちに吐いていた嘘。騙そうとしていた、本当の理由。

 自分の利益じゃなくて俺たちを守るために、エイブラさんは……。

 話を聞いた真紅郎は唖然としながら、エイブラさんの顔を見つめていた。


「本当、なんですか……?」

「……あぁ。本当だ」


 戸惑いながら問いかける真紅郎に、エイブラさんははっきりと答える。

 そこに嘘があるとは俺には思えない。近くでそれを聞いた真紅郎なら、分かるはずだ。


 __エイブラさんが、嘘を吐いてないってことを。


「父上がキミたちに嘘を吐いていた理由は、これが全てだ。全てキミたちを守るための嘘だったのだ。父上は本当に、おんがくに感動していた。それと、どうやら真紅郎の……べーす、と言ったか? その音を気に入っていたんだ。腹に響く、いい音だと」


 エイブラさんが、真紅郎のベースを?

 ライトさんが言っていることは本当なんだろう。エイブラさんは気恥ずかしそうに目を逸らしていた。

 

「元々、キミたちを王国に引き渡すつもりはない。先ほど、王国の者__仮面の男がいたのは、あの者の前でキミたちが国賓であることを宣言するためだったのだ。だが、その前にキミたちが現れてしまい……あんなことになってしまった……うっ、ゴホッゴホッ!」

「ら、ライトさん!」


 ライトさんは話の途中で咳込み、吐血する。

 元々ボロボロの体なのに、無理して話していたんだろう。

 だけど、ライトさんは真っ直ぐに真紅郎の顔を見据えていた。


「真紅郎……私たちはキミに嘘を吐いていた。そのことは謝ろう。だが、信じて欲しい。私は、そして父上は__キミを、守ろうとしていたのだ」


 ライトさんの言葉に、真紅郎はゆっくりと目を閉じる。

 真紅郎は嘘が嫌いだ。自分の父親が嘘だらけで、人を騙していた姿をずっと見てきたから。

 嘘だらけの人間に囲まれ、最愛の母親を亡くし、父親から厳しい教育を受けていた。

 それが嫌で家を飛び出し、音楽に出会い、やよいとウォレスと一緒にRealizeを結成した。


「エイブラ、さん……」


 真紅郎は静かに、呟く。

 エイブラさんも真紅郎に嘘を吐いていた。

 自分の父親に似ているエイブラさんが同じように嘘を吐き、騙そうとしていることに怒りを覚えていた。

 だけど__本当は、俺たちを守ろうとしてくれていた。

 嘘を吐いたことを指摘され、怒鳴られてもエイブラさんは咎めることなく受け止めていた。

 その姿を見て、真紅郎は何を思っているのか。それは俺には分からない。


「……話は終わりか?」


 そこで、ずっと黙っていた魔族が口を開いた。

 律儀に話が終わるまで待っていたんだろう。面倒臭そうに銃を指でクルクルと回しながら、魔族はため息を吐く。


「お前たちにどんな事情があるかは分からないが……俺がすることは変わらない。竜魔像を確保し、俺たちに危害を加えようとしている輩を__今の内に始末する」


 回していた銃を上に向けてから、ゆっくりとエイブラさんに肩を貸して貰っている真紅郎に向けた。


「真紅郎、逃げろ……うぐッ!」


 真紅郎を守ろうと動こうとして、俺はその場に倒れる。

 まだ俺の体は言うことを聞いてくれない。動けそうにない。

 ちくしょう、と不甲斐ない自分に悪態を吐いていると……真紅郎は静かにエイブラさんから離れた。


「……エイブラさん、離れていて下さい」

「そんな体で戦うつもりか! いいから逃げるのだ! ここは私が……ッ!」

「大丈夫です。だから、離れて。お願いします」


 ボロボロの体で戦おうとしている真紅郎を、エイブラさんは止めようとした。

 だけど、真紅郎は真っ直ぐにエイブラさんの顔を見てから、頭を下げる。

 その姿を見たエイブラさんは、心配そうにしながらその場から離れた。

 残されたのは、魔族と真紅郎だけ。魔族は鼻で笑いながら、銃を向けた。


「死ぬ覚悟は出来た、ということか?」

「__違う」


 真紅郎は首を横に振ると魔装__ベースを構えて、青黒く腫れた頬を緩ませる。


「__大切な人たち(・・・・・・)を守る覚悟が、出来たんだ」


 大切な人たち。真紅郎の口調から、その大切な人たちの中に俺たちだけじゃなくて__エイブラさんも入ってるのが分かった。

 魔族は驚いたように目を丸くすると、小さく笑う。


「なるほど。さっきまでとは大違いだ」


 そう言って魔族は嬉しそうに、楽しそうに口角を歪ませる。

 今の真紅郎は、いつも通りの真紅郎だ。

 吹っ切れてすっきりとした表情の真紅郎は、ギュッとベースのネックを掴んで魔族を見据える。


「もうボクは__迷わない」


 そう呟いた真紅郎は弦に指を置いて、動き出す。

 真紅郎と魔族の戦いが、始まった。




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