漂流ロックバンドの異世界ライブ！〜このくだらない戦争に音楽を〜

第四章『ロックバンド、水の国で魔族と出遭う』

二十二曲目『意外な守り手』

「＜アレグロ＞＜ブレス＞＜フォルテ！＞」

　敏捷強化(アレグロ)、ブレスで繋いで一撃強化(フォルテ)を使ってから、魔族に向かって剣を振り下ろす。

　だけど、魔族は速度が上がっているはずの俺の攻撃を軽々と避け、即座に銃口を向ける。

　すぐに俺はその場から側転し、放たれた風の刃を躱した。

　バシャ、と水たまりを踏みながら着地と同時に魔族に向かって走り、真っ直ぐに剣を突き放つ。

「……いい動きだ」

　そう言うと魔族は俺が放った突きを銃の側面で受け流し、別の銃をホルスターから目で追えない速度で抜き放って発砲してきた。

「熱ッ！？」

　咄嗟に放たれた火の球を剣で防いでしまい、爆発して火が襲ってくる。

　爆風に吹き飛ばされた俺は、そのまま地面を転がって火を消した。

　火を消し終わり、すぐに立ち上がって剣を構えると魔族は「ふむ」と呟いて顎を撫でる。

「いい反応だ。倒れても剣を離さず、即座に立ち上がって剣を構えるとは……なるほど、いい師に鍛えられている」

「……はは、そいつはどうも。死ぬほどしごかれたんでね」

　戦いの最中だっていうのに、魔族は俺を評価してくる。それぐらい余裕ってことか。

　無理矢理笑みを浮かべて、軽口で返す。その間も剣を魔族に向け、思考を回転させた。

　どうやっても俺と魔族との間には、実力に差があり過ぎる。正攻法では絶対に勝てないだろう。

　かと言って、何か策があるかと言われれば……何もない。というより、生半可な策を弄しても魔族は対応してくるだろう。

　それほどまでにこの魔族は強く、戦い慣れている。

「ふッ、どうした？　来ないのか？」

　魔族は鼻を鳴らして挑発してきた。

　実力も、経験も段違い。そんな相手に勝つ方法は仲間と協力して戦うことぐらいだろう。

　でも、今は俺と……もう一人しかいない。

　魔族から目を離さずに動きを警戒しながら考えていると、魔族の背後から魔力弾が向かっているのが見えた。

　だけど、魔力弾が迫っていることが分かっていたのか魔族は振り返ることもせずに側転して躱し、魔力弾を撃った張本人＿＿真紅郎に目を向ける。

「……ほう？　形は珍しいが、俺と同じ銃を使う人間がいたとはな」

「タケルから、離れろ！」

　真紅郎は叫びながら弦を三本の指で弾き、連続で十個の魔力弾を魔族に放った。

　そして、コントロールノブをいじって魔力弾の軌道を変え、魔族を取り囲むように魔力弾が向かっていく。

　それを見た魔族は口角を歪め、銃を構えた。

「やるな。だが、その程度なら対応可能だ」

　そう言って、魔族は発砲する。

　撃ち終えた銃をすぐにホルスターに仕舞って、別の銃を二丁持つとまた発砲。

　ジャグリングのように両手の銃を上に投げ、またホルスターから二丁取り出して連続で撃つ。

　曲芸じみた連続の早撃ちで放たれた風の刃、水の刃、石の礫、火の球は向かってくる魔力弾を正確に撃ち抜き、真紅郎を襲った。

「＿＿くッ！」

　真紅郎は放たれた魔法を走りながら避けつつ、仕返しとばかりに魔力弾を放つ。

　魔族が放った魔法全てを相殺することは出来なかったけど、軌道を変えることは出来ていた。

　そのおかげで真紅郎は無傷のまま、魔族に走っていく。

「＿＿あぁぁぁぁぁぁッ！」

　でもそれは、悪手だ。

　いつもの真紅郎ならそれが分かっていただろうけど、今の真紅郎は冷静じゃない。

　魔族と疑われ、洞窟内で過去のことを思い出してしまい、しかもエイブラさんに裏切られた。

　そんな時に現れた魔族、倒さなければならない敵。真紅郎の頭の中は、ぐちゃぐちゃにこんがらがっているだろう。

　色々なことが重なってしまい、冷静さを失った真紅郎は魔族に突撃する。その姿は、自棄を起こしているようにしか見えなかった。

「真紅郎！」

　冷静になるよう真紅郎の名前を叫んだけど、真紅郎は俺の声を無視して魔族に吶喊していく。

　その姿はまさに、特攻。いや、暴走だ。

「……戦場で冷静を欠くとは」

　そんな真紅郎を見て、魔族は残念そうに呟く。

　走りながら真紅郎が魔力弾を、魔族は最小限の動きで避けていった。

　そのまま歩いて突撃してくる真紅郎に近づいた魔族は至近距離になったところでベースを掴むと、思い切り引き寄せながら真紅郎の腹に膝を打ち込んだ。

「こ……ふ……ッ！」

「＿＿期待して損したな。この未熟者が」　

　魔族は目の前で膝を着いた真紅郎に無機質な視線を送ると、その場で一回転して後ろ回し蹴りを真紅郎の頬に放つ。

　蹴り飛ばされた真紅郎は宙を舞い、水しぶきを上げながら転がって港にある倉庫の壁に背中から激突した。

「真紅郎！　お前、よくも……ッ！」

「怒りで隙を見せるな」

　真紅郎がやられて頭に血が上ると、それを察した魔族はため息を吐きながら俺に銃口を向けて風の刃を放つ。

　雨を切り裂いて向かってくる風の刃に反応出来ず、直撃してしまった。

「＿＿がッ！？」

　風の刃は腹部に命中し、俺は地面をゴロゴロと転がる。

　防具服のおかげで傷はないけど、衝撃で嘔吐感がせり上がってきた。

「ぐっ……はぁ、はぁ」

　暴風が吹き付ける豪雨の中、俺は腹を抑えながら膝を着く。

「はぁ、はぁ……」

　打ち付けてくる雨とダメージにぼやける視界で、俺は周りを見渡した。

　やよいは力なく、雨で濡れた地面に倒れ伏している。

　ウォレスは積み重なった木箱に上半身が埋もれて、ピクリとも動かない。

　真紅郎は壁に背中を預けて、うなだれている。

　アスワドやシエン、アラン、ロクもボロボロの状態で気絶している。

　ライトさんもやられ……俺を抜かした全員、戦闘不能だった。

「く、そ……ッ！」

　俺も限界に近い。

　悪態を吐いていると、カチンという金属の音が聞こえた。

　魔族はホルスターから銃を抜くと、銃口を俺に向けている。俺がもう限界だと分かっていてもいつでも撃てるように警戒し、油断することなく銃を構えていた。

　その姿に俺は、思わず乾いた笑い声を上げる。

「は、はは……ここまで強いのかよ……魔族は」

　実力が違う。圧倒的な実力差、尋常じゃない魔力量、無詠唱で魔法を行使する異常性、高い戦闘技術。

　そんな相手に、俺たちは勝たないといけないのか？　そうじゃないと、元の世界に帰れないのか？

「だけ、ど……」

　俺は剣を杖にして立ち上がり、剣を居合いのように左腰に構える。

　荒くなった息をどうにか整え、魔力を剣身に纏わせていく。

「＿＿負ける訳には、いかないんだよぉぉぉ！」

　声を張り上げて叫び、自分を鼓舞しながら走り出す。

　ここで負けたら、俺たちは二度と元の世界に戻れない。

　メジャーデビューする夢を、諦めないといけない。

　それは絶対に、出来ない。諦める訳にはいかない。そのために俺たちは頑張って努力してきた。戦ってきた。

　＿＿だから、ここで負ける訳にはいかないんだ。

　バシャバシャと水を跳ね上げながら走り、力強く柄を握りしめる。

　魔族は動揺することなく引き金を引き、銃口から炎の槍が放たれた。

　向かってくる炎の槍を体勢を低くすることで避け、そのまま走り抜ける。

「＿＿＜レイ・スラッシュ！＞」

　剣身から光の尾を引きながら、俺はレイ・スラッシュを放った。

　俺が薙ぎ払った剣に対して魔族はホルスターから素早く銃を抜いて構えると、また引き金を引く。

　近距離で放たれた炎の槍と、レイ・スラッシュの一撃がぶつかり合って爆発した。

「ぐ、お、あぁぁぁぁぁぁッ！」

　爆風と熱気に顔をしかめながら、それでも前に踏み出す。

　そして、俺は振り抜いた剣にまた魔力を纏わせた。

　紫色の魔力を纏った剣を振り上げ、叫ぶ。

「＿＿＜レイ・スラッシュ・三重奏(トリオ)！＞」

　音属性の魔力を込めた、レイ・スラッシュ。俺が出来る、最高の必殺技。

　渾身の力を込めて放った一撃に、魔族は口元を歪ませた。

「＿＿いい技だ」

　そう呟くと、魔族の足下から岩の壁がせり上がってくる。分厚く、堅い岩の壁に俺の一撃は防がれてしまった。

　音属性の衝撃が岩の壁に打ち込まれ、一撃目の衝撃が壁にヒビを入れる。

　二撃目の衝撃で壁全体にヒビが伝わり、最後の三撃目で壁を砕くことが出来た。

　だけど、それで終わり。魔族に一太刀も与えることが、出来なかった。

「ち、く、しょう……ッ！」

　今の攻撃で、俺の体力は限界を迎えてしまった。

　握力を失った俺の手から、剣がカランと地面に落ちる。ガクッと膝から崩れ落ちた俺は、顔から水たまりに突っ込んだ。

　魔族はホルスターに銃を仕舞い、俺を見下ろしながら口を開く。

「俺の魔法が破られるとは……それに、いい気概だ。倒れる時に絶望ではなく、悔しさが表情に出ていた。経験上、そういう奴は伸びしろがある。お前、名は？」

「＿＿タケル、だ……ッ！」

　力の入らない体でどうにか魔族に顔を向け、睨みつけながら名乗る。

　すると魔族は楽しそうに、嬉しそうに頬を緩ませていた。

「タケル、か。覚えておこう……さて、そろそろ俺は竜魔像を＿＿ッ！」

　ここから離れようとしている魔族は、いきなり頭を下げた。

　そして、魔族の頭上を一発の魔力弾が通り過ぎていく。

　体を起こした魔族はため息を吐くと、魔力弾を放った真紅郎に顔を向けた。

「に……が、さない……」

　真紅郎は足をプルプルと振るわせ、壁に背中を押しつけてベースを構える。

　青黒く腫れ上がっている頬、口から血を流したその姿は戦える状態じゃない。

　だけど、真紅郎はそれでもまだ戦おうとしていた。

「まだやるのか？　いい加減、俺も疲れてきた」

「ボク、たちは、お前たちを……魔族を、倒さないといけないんだ……そうじゃないと、ボクたちは元の世界に、帰れない……ッ！」

　そう言って真紅郎は一歩、また一歩とおぼつかない足取りで歩き出す。

「もう、こんな世界は嫌だ……血で血を洗う戦い、命を狙われる毎日。元の世界と同じ、人を騙そうとする奴ら。こんな世界、ボクは大嫌いだ……元の世界でみんなと、音楽しながら笑い合っていた日常が、ボクにとっての幸せなんだ……」

　真紅郎は震える手でどうにかベースを構え、魔族に銃口を向ける。

「だから、ボクは……お前たちを、魔族を倒す。倒して、元の世界に……幸せな日常に、帰るんだ……ッ！」

　絞り出すように叫んだ真紅郎は魔力弾を放ち、反動で背中から地面に倒れた。

　放たれた魔力弾は魔族に当たることなく、空へと向かってしまう。

　その姿を見た魔族は、深いため息を吐いた。

「何を言っているのか意味が分からないが……お前は俺の仲間を殺そうと言うのだな？　自分の利益のため(・・・・・・・・)に」

　ギリッと歯を食いしばった魔族は、ホルスターから銃を抜いて真紅郎に向ける。

「＿＿ならば俺は、お前を殺すしかない。仲間に危害を加えようとしている輩を、放っておく訳にはいかないからな」

　倒れている真紅郎に、銃口向けられる。今の真紅郎に、魔族の攻撃を避けることは出来ない。

　魔族は真紅郎を殺す気だ。吹き出した魔力に、殺気が混じっている。

　このままだと俺は真紅郎を＿＿大事な仲間を失ってしまう。

「や、めろぉぉ……ッ！」

　どうにか止めたくても、体に力が入らない。

　それでも、動け。今動かないと真紅郎が殺される。大事な仲間を失う。

　動け、動け動け動け動け＿＿ッ！

「……む？」

　容赦なく魔族が引き金を引こうとした瞬間、魔族の動きが止まった。

　真紅郎を守るように立つ、一人の男によって。

　その人は＿＿ライト・エイブラ一世だった。