十九曲目『魔族』
「な、何を……ッ!」
「言葉通りだ、ライト・エイブラ一世。約束しただろう?」
仮面の男の要求に、エイブラさんは唖然としていた。
だけどすぐに仮面の男を睨みつけ、険しい表情を浮かべる。
「ふざけるな! 私はそんな……っ!?」
話を遮るように仮面の男は、エイブラさんに向かってナイフを投げつけた。
エイブラさんの顔面を狙って放たれたナイフは、即座に反応したライトさんの槍によって防がれる。
「貴様、父上に向かってナイフを投げるなど……ッ!」
「ふんっ、防がれたか。まぁいい、私のやることはただ一つ」
最初から防がれるのは分かっていたのか、仮面の男は鼻で笑うとすぐに俺たちの方に向き直る。
そして、ライトさんがエイブラさんを守っている隙に俺たちに向かって走り出した。
「勇者の首を取るだけだ!」
腰から二本のナイフを手に取ってそれぞれ両手に持った仮面の男は、バシャバシャと水たまりを踏み
ながら俺たちに襲いかかってくる。
狙いは……前に出ている真紅郎か!?
「やらせねぇ!」
俺はすぐに真紅郎の前に出て、魔装を展開して剣を構える。
仮面の男は二本のナイフを逆手に持ち替え、態勢を低くしながら俺に向かって振り上げてきた。
剣でナイフを防ごうとした、その時__暴風雨で荒れ狂う港に、一発の銃声が響き渡る。
「__え?」
銃声に気づいた瞬間、俺と仮面の男の間に何かが着弾する。
そして、そこから突然火柱が上がり、爆発した。
「__うわぁぁぁぁぁ!?」
降り注ぐ雨を蒸発させるほど勢いよく燃え上がる炎と、身を焦がすほどの熱を帯びた爆風に吹き飛ばされ、地面を転がる。
俺だけじゃなく、真紅郎や離れたところにいたやよいたち、ライトさんやエイブラさん、そして仮面の男もその爆風に飲まれて地面に横たわっていた。
耳をつんざく爆音に耳鳴りがする中、俺は咳をしながら体を起こす。
すると、水蒸気で白く染まっていた爆心地に、一人の長身の男が立っているのに気付いた。
「……話の途中のようだが、こちらも時間がない」
長い栗色の髪を適当に紐で結んだ無精ひげの男は、無表情で手に持っていたフリントロック式の銃をホルスターに仕舞う。
羽織っている焦げ茶色の革ジャケットには巻き付くようにいくつものホスルターを装着し、そこには同じように銃がいくつも装備されていた。
「誰、だ……?」
掠れた声で呟くと、男はチラッと俺を見てきた。その視線は感情を感じさせない、機械的なもの。
男は俺を、そして周りを見渡してから口を開いた。
「__竜魔像はどこにある?」
男は低いバリトンボイスで、竜魔像の在処を尋ねてくる。
誰も答えない中、一本のナイフが男に向かって放たれた。男はナイフを軽く首を曲げて最小限の動きで躱すと、ナイフが飛んできた先__仮面の男を見つめる。
仮面の男は焼け焦げた左腕をだらりと下げながら、肩で息をしていた。
「誰だ、貴様……私の邪魔をするとは……万死に値する」
「それはすまなかった。こいつらなら竜魔像を知っていそうな気がしてな、死なれては困ると思った。もちろん、竜魔像の在処さえ分かればすぐに退散しよう。その後は好きなようにするといい」
淡々とした口調で謝る男に、仮面の男は怒りを抑えきれずに肩を震わせている。
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
仮面の男は怒声と共に右手にナイフを持つと地面を蹴って男に向かって走り出した。
その様子を見た男は、やれやれと首を横に振る。
「……面倒だ」
男はそう呟くと、目で追えないほどの速度でホルスターから銃を抜くと、そのまま発砲した。
仮面の男は飛んでくる銃弾をナイフで防いだ。いや、防ごうとした。
「ぐあぁぁぁぁ!?」
ナイフと銃弾が触れた瞬間、銃弾が爆発して火炎が仮面の男を襲う。
火炎に飲み込まれた仮面の男は全身を焦がしながら地面をゴロゴロと転がり、力なく横たわった。
「ぐ、が……な、んだ、それ、は……ッ!」
何が起きたのか理解出来ていない仮面の男を後目に、男は銃を指でクルリと回してからホルスターに仕舞う。
今のは、魔法か? それに男が使っていた銃……海賊映画とかでよく出てくる古いフリントロック式だけど、この世界で初めて銃を見た。
この世界では珍しい銃と、魔法のような銃弾。しかも、その銃から放たれた魔法は、明らかに段違いの威力だった。
男を観察していると、槍を構えたライトさんが靴音を鳴らしながら男に歩いていく。
「その珍しい武器、詠唱なしでの魔法の威力。間違いない、貴様……魔族だろう?」
「なッ!? ま、魔族!?」
まさか、本当にあの魔族なのか?
俺が驚いていると、男はピクリと眉を動かした。その瞬間、男から尋常じゃない魔力が溢れ出てくる。
「……魔族。そうだな、俺はお前らの言う魔族という種族だ」
男は、自分が魔族だと認めた。
この異世界に来て、話だけは聞いていたけど一度も出会ったことのなかった種族__魔族。
見た目は普通の人間と同じだけど、その身に宿る莫大な魔力量、魔法の威力、常識ではあり得ない無詠唱で魔法を行使出来るという、この世界を脅かしている存在。
そして、事実かどうかは分からないけど、俺たちが元の世界に帰るために戦わなければならない存在だ。
ライトさんは槍を手元で回して穂先を男__魔族に向けた。
「魔族がこの国になんの用だ?」
「言っただろう、竜魔像の在処が知りたいだけだ。竜魔像を渡してくれれば、何もせずにすぐに引き下がる」
「竜魔像はユニオンの所有物。貴様のような素性が分からない輩に渡す訳にはいかない。レンヴィランス支部のユニオンマスターとしてな」
「なら、奪い取るまでだ」
ピリッと空気が張りつめる。
ライトさんは槍を握りしめ、魔族は右手をゴキゴキと鳴らす。
雨と風が吹き荒れる中、雷が落ちた瞬間__ライトさんが動き出した。
「ハァッ!」
一瞬で距離を詰め、風を切り裂きながら槍が魔族に向かって放たれる。
魔族はサッと首を曲げて槍を躱すと、素早い動作でホルスターから銃を抜いて発砲した。
放たれたのは銃弾ではなく、風の刃。風属性魔法の<ウィンド・スラッシュ>だ。
だけど、その大きさは通常の倍。ギロチンのように大きく鋭い刃がライトさんを襲う。
「テアァッ!」
ライトさんは槍を薙ぎ払って風の刃を打ち落とすと、ビリビリと振動する槍にライトさんは顔をしかめた。
「防ぐのは、厳しいか__ッ!」
魔族は銃をホルスターに仕舞うと、違う銃を抜いてまた発砲。次に放たれたのは水の刃、<アクア・スラッシュ>だ。
ライトさんは防ぐのは得策ではないと判断したのか、しゃがみながら刃を避けてそのまま下から上に向かって槍を一閃。
すくい上げるように向かってくる槍に、魔族は距離を取って躱した。
「……中々、骨がありそうだ」
「__ユニオンマスターをナメるな」
一進一退の攻防に、俺たちは一人として動くことが出来ない。
次元が違いすぎる。俺たちが加勢したとしても、邪魔になるだけだ。
ライトさんはクルリと槍を回して石突きを地面に立てると、口を開いた。
「どうして竜魔像を狙う?」
「答えれば渡してくれるのか?」
「世迷い言を……ただ理由を知りたいだけだ」
ライトさんの問いに魔族は顎に手を当てて考えると、仕方ないと言わんばかりに短く息を吐いて答えた。
「お前らは知らない、竜魔像は危険な物ということを。だから、俺は……俺たちは竜魔像を管理しなければならない」
竜魔像が危険。竜魔像が兵器として使えることを言ってるのか?
そのことはエルフ族しか知らない事実。魔族はそれを知っているのか?
それを知らないライトさんは首を傾げる。
「危険……? 竜魔像が? 何を言ってるんだ?」
「……それ以上、貴様が知る必要はない」
話はそれで終わりだ、と魔族が銃を構える。
「もういいだろう? 俺は竜魔像を確保してすぐに帰りたい。早いところ、片付けさせて貰う」
そう言って魔族は発砲し、風の刃を放った。
暴風雨の中の戦いが、幕を開ける。