十七曲目『信じたい心』
「なぁなぁ! やよいたん、見てくれた? 俺の活躍! 俺、めちゃくちゃ頑張っただろ?」
「あぁ、はいはい、すごいねー」
クラーケンを撃退した俺たちは、洞窟の奥を進んでいた。
その間、何故かアスワドもついて来てさっきからずっと、やよいに話しかけている。
やれ俺のおかげだ、やれ俺がいたからだと自慢ばかりして、やよいの気を惹こうとしているしているみたいだけど……やよいは軽く受け流していた。
そんなこんなで俺たちはようやく、洞窟の最深部にたどり着く。
そこには石造りの祭壇があり、竜を象った像__竜魔像が置いてあった。
これにサクヤが魔力を通せば、今回の試験は終わりだ。
「……いってくる」
サクヤは一人、石造りの階段を上って祭壇に立つ。そして、ゆっくりと竜魔像に手を置いて魔力を通した。
すると、竜魔像の口から炎が吹き出される。その色は音属性魔法、紫色の炎だ。
「ん? なんか、おかしくないか?」
だけど、そこで俺は違和感に気付く。
炎の色はたしかに紫色だけど……黒が混じった濃い紫色だった。
俺が首を傾げていると、祭壇から降りてきたサクヤが不安げな表情を浮かべる。
「……何か、変?」
「いや、変っていうか……サクヤの属性は音属性だろ? だから紫色の炎が出るのはおかしくなんだけど、色が濃いんだ」
「……色? 普通は、どんな色?」
サクヤに問われ、俺は困ったように頭を掻く。
すると、ウォレスが俺の肩をバンッと叩いてきた。
「ハッハッハ! 百聞は一見になんとやらってな! タケル、お前が見せてやれよ!」
「は? なんで俺が? 別にお前でもいいだろ?」
「ほら、お前が竜魔像に魔力を通すと動くだろ? 今回もそうなのか、確かめる意味でやってみろよ!」
ウォレスが言う通り、今まで見つけた竜魔像に俺が魔力を通すと、何故か竜魔像が動き出していた。
もしかしたらこの竜魔像だったら動かないかもしれないし、例によって動く可能性もある。
それを確かめてみるのは、いいかもしれないな。
「分かった。んじゃ、俺もやってみるか」
俺は階段を上り、竜魔像の前に立つ。
ゴクリと喉を鳴らしながら恐る恐る竜魔像に手を置いて、魔力を通した。
すると、竜魔像は重い音を立てながら翼を広げ、今にも飛び出しそうな姿になると首をもたげて炎を吐き出した。
その色は当然、紫色。サクヤの濃い紫色とは違う、普通の紫色だった。
「……本当だ、違う」
サクヤは炎の色を見て、ポツリと呟いた。
というか、やっぱり竜魔像が動いたな。こうなってくると、俺が魔力を通したら全ての竜魔像が動くだろう。
どうしてなのか分かんないけどな。
「……ぼく、何か間違った?」
「サクヤは何も間違ってないよ。そんなに気にしなくてもいいって」
しょんぼりとしているサクヤの頭を、やよいが微笑みながら撫でる。
くすぐったそうにしながらも、サクヤはコクリと頷いた。
「あのクソガキ……俺のやよいたんに頭を撫でて貰いやがって……羨ましい……妬ましい……ッ!」
その光景を見たアスワドがギリギリと悔しそうに歯を食いしばりながら、視線だけで人が殺せそうなほど睨みつけている。
と、それはさておき。これで試験は終了だな。
「おめでとう、サクヤ。これでお前も、俺たちと同じユニオンメンバーだな」
俺はサクヤの頭をポンッと撫でると、サクヤは照れ臭そうに頬を掻く。
「……うん、ありがと。みんなも」
「ハッハッハ! 気にすんなよ、サクヤ! オレたち、仲間だろ?」
「そうだよ! おめでとう、サクヤ!」
「きゅー!」
俺、ウォレス、やよい、そしてキュウちゃんがサクヤを祝福する中、アスワドは輪から外れて鼻を鳴らしていた。
そうだ、一応アスワドにお礼を言わないとな。
「アスワド、さっきはありが__ッ!?」
俺がアスワドにお礼を言おうとした瞬間、銃声が洞窟内に響き渡った。
咄嗟にアスワドがその場から離れると、そこに一発の魔力弾が着弾する。
すぐに放たれた方向に顔を向けると__魔装のベースを構えた真紅郎がいた。
「し、真紅郎!? 何やってんだ!?」
いきなりアスワドに向けて発砲した真紅郎に慌てて声をかけるけど、真紅郎はアスワドに鋭い視線を送ったままベースを構え直す。
「おい、てめぇ。いきなり何してんだ、コラァ……?」
軽いステップで魔力弾を避けたアスワドは、魔装の収納機能を使ってナイフを取り出して真紅郎に向ける。
祝福ムードから一転して一色触発な雰囲気になり、ピリピリと空気が張りつめていく中……俺はアスワドと真紅郎の間に入った。
「ちょ、ちょっと待てって! どうしたんだよ、真紅郎! アスワドは俺たちを助けてくれたんだぞ!?」
俺の言葉に、真紅郎は鼻で笑って返す。
「何を言ってるの、タケル? 黒豹団のリーダー、アスワド・ナミルはボクたちの敵だよ? ボクたちはこいつを捕まえなきゃいけない依頼を受けている。そうでしょ?」
たしかにアスワドは元々俺たちの敵、捕まえなきゃいけない対象だ。
だけど__ッ!
「だからと言って、助けて貰ったのにいきなり捕まえるのはないだろ! さっきまで一緒に戦った仲間なんだし、アスワドも今は悪いことはしないだろ!?」
俺の叫びが、洞窟内に反響していく。
例え敵同士だとしても、今は一緒に戦った戦友だ。次に出会った時は、俺だって捕まえるつもりだけど……今やるべきことじゃない。
すると、真紅郎は呆れたようにため息を吐いた。
「甘い。甘いよ、タケル。いつも思ってたけど、タケルは甘過ぎる」
俺のことを甘いと言いながら、真紅郎はギリッと歯を食いしばった。
「そんなんじゃいつか騙され、利用される……簡単に人を信じるようなそんなお人好しじゃ、いずれ損をするんだ……ッ!」
損をする、か。
たしかに、俺は甘い人間だろう。敵同士なのに、一度助けられたからって今回は見逃そうとしているぐらいだ。
これがもし、人を騙すような汚い人間相手だったら、俺が損をするのは間違いない。
でもな、真紅郎。
「__例え損をしようと、俺は構わない。俺は損得勘定じゃなくて、心の命じるままに動く男だ。知ってるだろ?」
俺の心は、今アスワドを捕まえるべきじゃないと言っている。それが例え、自分が損することだとしても……俺は構わない。
俺がそういう人間だってことは、お前も分かってるはずだ。
真っ直ぐに真紅郎の目を見ながら言い放つと、真紅郎は唖然とした表情でベースを下ろした。
「……どうして……どうしてだよ、タケル。どうしてタケルはそうやって、すぐに人を信じられるのさ……?」
「俺は__人を信じたいだけだ」
信じてると、信じたいは違う。俺は、信じたいんだ。
本当に根っからの悪人なんていない。誰にでも心の片隅に、善意がある。
俺はそう信じたいんだ。ただ、それだけだ。まぁ、それが甘いってことなんだろうけどな。
俺の言葉に真紅郎は目を丸くさせ、力なく膝を着いた。
ベースが地面に落ちて、音を立てる。もう戦う気はなさそうだな。
「……俺は別に、ここでやり合っても構わないぜ?」
「……空気読んでよ、アスワド」
蚊帳の外になっていたアスワドが暇そうにナイフをクルクル回しながら呟くと、やよいは呆れたように額に手を当てながらため息を吐く。
とにかく、これ以上戦う必要はない。
俺たちは意気消沈している真紅郎を連れて、外に向かって歩き出した。