十四曲目『白き脅威』
ピチョン、ピチョンと天井から滴る雫の音と、俺たちの足音が洞窟内に反響する。
幻光石の淡い紫色の光りを頼りに、俺たちは静かに歩き続けていた。
ライトさんの話ではモンスターが蔓延っていると聞いてたけど……今のところ、モンスターには出会っていない。
「……静かだな」
どうにも嫌な予感がする。
不気味なほど静か過ぎる洞窟を警戒しながら歩いていると、何かの足音がこっちに近づいているのが聞こえてきた。
俺たちはすぐに魔装を構えると、近づいてくる足音の正体は__緑色の体色、子供ぐらいの低い身長、とがった耳をしたモンスター……<ゴブリン>だ。
真っ直ぐに俺たちに向かってきているゴブリンに対して、それぞれが戦闘態勢に入っていると……ゴブリンは俺たちを無視して、通り過ぎていった。
「……は?」
思わず呆気に取られ、俺たちを通り過ぎていったゴブリンの背中を見送る。
攻撃するために近づいたというより、まるで何かから逃げるように必死な形相で走り去っていった。
「ど、どうなってるんだ?」
「え? 逆に不安になるんですけど……」
やよいは冷や汗を流しながら、ゴブリンが走ってきた方向を見つめる。
俺たちを無視してまで逃げるほどのことが、今から俺たちが向かう先にあるってことだよな。
言いようのない不安感に苛まれながら洞窟を進んでいくと、海へと続く大きな水路が流れた湖のようになっている広い場所に出る。
そして、そこには地獄のような光景が広がっていた。
「__ギィ!?」
一匹のゴブリンが吹き飛ばされて壁に激突し、血を流しながら地面に落ちる。
地面にはゴブリンの死体が至る所に倒れ、鼻が曲がりそうな血の臭いが充満していた。
ゴブリンたちを虐殺しているのは__湖から伸びた白く、吸盤のついた三メートルぐらいはありそうな大きな触腕だった。
「な、何あれ……イカ?」
やよいが言った通り、それはイカの触腕のように見える。
触腕はウネウネと動きながら、まるで獲物を探しているように蠢いていた。
そして、触腕の先が俺たちの方をバッと向いてくる。その瞬間、湖から同じような触腕が三本這い出てきた。
ゾワリ、と背筋が凍る。
「__全員、戦闘準備!」
すぐに俺が叫び、全員が魔装を構えたところで四本の触腕が俺たちに向かって襲いかかってきた。
鞭のようにしなりながら放たれた、木の幹のように太い触腕が地面を思い切り叩き、爆発したような音と共に地面が砕かれる。
俺たちはどうにか避けることが出来たけど、一発でも当たったら即死レベルの威力だ。
触腕が地面をズルズルと引きずりながら湖に戻ろうとしているのを見たサクヤとウォレスが、一気に詰め寄って攻撃を始める。
「__シッ!」
「__どりゃあぁぁぁ!」
サクヤの右拳が触腕に突き刺さった、と思ったらボヨンと弾かれてしまった。
次にウォレスは二本のドラムスティックに纏わせた魔力刃で触腕を斬りつけると、斬られた触腕は弾かれたように天井に向かう。
すると、斬られた箇所がジュワァ……と音を立ててすぐに再生した。この再生能力、生半可な攻撃じゃあっという間に回復されるな。
「サクヤ、ウォレスは一度下がれ! 俺、やよいで触腕を攻撃する!」
俺の指示にサクヤとウォレスが下がり、俺とやよいが前に出る。
サクヤの打撃では効き目がなく、ウォレスの攻撃だとすぐに回復されから、メンバーの中でも高威力の攻撃が出来る俺とやよいでやってみるしかない。
やよいは斧型ギターを振り被り、ボディ部分にある刃を触腕に向かって振り下ろす。
俺は左腰に剣を構え、剣身と魔力を一体化させてから横薙ぎに振り払った。
「てあぁぁぁ!」
「<レイ・スラッシュ!>」
やよいの斧での一撃と俺のレイ・スラッシュで、二本の触腕を斬り落とす。
地面に落下した触腕がビクビクと小刻みに痙攣し、斬られた触腕が叫ぶようにグネグネと蠢きながら暴れていた。
これで、残りは二本。そう思っていると、斬られた箇所から新たな触腕が生えてきていた。
「クソッ、これでもダメか……ッ!」
悪態を吐いて、その場から離れる。
せっかく斬り落としたのに、すぐに元通りか。だったら本体を叩く、と思ったけど肝心の本体が見当たらない。
湖から姿を現しているのは、四本の触腕だけ。本体が見えない以上、この触腕に攻撃するしかないけど攻撃してもすぐに回復されてしまう。
どうしたらいいのか迷っていると、一本の触腕が風を切りながら俺たちに向かって勢いよく襲ってきた。
回避しようとその場から離れた瞬間__真紅郎がボーッと立ち尽くしているのに気付いた。
「おい、真紅郎!? 早く逃げろ!」
「え、あ……」
俺の呼びかけに我に返った真紅郎だったけど、このままだと避けられない。
触腕は真紅郎に向かって伸びていく。真紅郎を助けようと走り出したけど、間に合わない__ッ!
その時、触腕と真紅郎の間に割り込む奴がいた。
「<エネルジコ><ブレス><スピリトーゾ!>」
それは、ウォレスだった。
ウォレスは真紅郎を守るように立つとエネルジコをブレスで接続して、使っている魔法を強化するスピリトーゾを唱える。
そして、魔力刃をクロスさせて触腕を待ち構えた。
触腕はそのまま、クロスした魔力刃に激突する。まるで交通事故のような音が響き渡ると、ウォレスは歯を食いしばって吹き飛ばされるのをどうにか堪えていた。
「ぐっ、ぬ、お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
触腕に押されてガリガリと足で地面を削りながら、ウォレスが叫ぶ。
負けじと魔力刃で触腕を押し返すように踏ん張り、スピードを殺していく。
そしてとうとう、ウォレスは触腕の衝撃を堪え切った
「__どおりゃあぁぁぁぁぁ!」
怒声と共に防いだ触腕をクロスさせていた魔力刃で弾き飛ばしながら斬りつけ、ウォレスは膝を着く。
かなりギリギリだったみたいで肩で息をしているウォレスに、青ざめた顔をした真紅郎が近づいた。
「う、ウォレス……ご、ごめん」
「はぁ、はぁ……は、ハッハッハ! 気にすんなよ、真紅郎! だけど、もう油断するんじゃねぇぞ?」
心配する真紅郎に、ウォレスは白い歯を見せながらニッと笑って返す。
ウォレスのファインプレーでどうにか無事だったけど……今の真紅郎は戦える状態じゃなさそうだな。
俺、やよい、ウォレス、サクヤの四人でこの触腕を相手しないといけないのか。
俺は気合いを入れ直して、剣の柄をギュッと強く握りしめた。