八曲目『ゲリラライブ』
真紅郎がこっそりとライブ__ゲリラライブを提案した、その日の夜。
屋敷の人たちが寝静まった頃、寝ていたキュウちゃんを置いてきた俺たちは、誰にも見られないように隠れながら屋敷から抜け出した。
「……本当に大丈夫なのか?」
「ハッハッハ、いいじゃねぇか。こういうのも悪くねぇ。実際、ライブをしたくてたまらなかったしな」
心配と不安から小声で呟くと、ウォレスがニヤニヤと笑いながら答える。
たしかにそうなんだけど……ライトさんやエイブラさんに世話になってる身で、こんな裏切るような真似していいのか?
すると、真紅郎がジロッと俺を見つめてきた。
「何? タケル、ビビってるの?」
「いや、ビビるとかじゃ……」
「いいでしょ、別に。そもそもボクたちを縛り付けようとすること自体、変な話だし」
真紅郎は鼻で笑いながら、屋敷の方を見る。本当にいつもの真紅郎らしくない
様子がおかし過ぎる真紅郎に疑問を抱きながら、俺たちは無事に街まで来れた。街ではまだ人が行き交い、酒場では飲み明かしている住人もいて、昼とはまた違った顔を見せている。
ここまで来れば、とりあえずコソコソとしなくてもいいだろう。
「ねぇ、真紅郎。どこでライブするの?」
やよいが真紅郎に問いかけると、真紅郎は顎に手を当てて考え込む。
「……そうだね。前にライブをやった、神殿前なんてどう?」
「ハッハッハ! それはいいな! ステージはないだろうが、あそこなら観客も集まりやすいだろうしな!」
真紅郎の提案に、ウォレスは賛同した。
俺も反対する理由もないし、俺たちは神殿前に向かう。
そこにはステージは片付けられているものの、ライブするのに充分な広さだった。
周りを見渡しても、人はちらほらとしかいない。さて、準備してライブをするか。
俺たちは魔装を展開し、それぞれ位置につく。
んじゃ、始めますか!
「__ハロー! レンヴィランスの皆さん! 夜遅くに申し訳ないけど、今から俺たちRealizeのゲリラライブを始めるぜ! よかったら聴いてくれると嬉しい!」
すぅっ、と息を吸ってからマイクに向かって声を張り上げる。
空気を震わせる大音量の俺の声に道行く人は驚いていたけど、すぐに俺たちだと分かって徐々に観客が集まってきた。
よし、これなら集客の心配はなさそうだ。
「じゃあ、聴いてくれ__<リグレット>」
曲名を告げると、ウォレスの陣太鼓のようなバスドラムが始まる。
徐々に高まっていくドラムの音に、やよいのギター、真紅郎のベース、サクヤのシンセサイザーとピアノの音が混ざっていく。
「君の懺悔が聴こえた気がした 遠く離れたこの地で 君の懺悔はチャペルに響く 戦場の僕の背を押した」
俺は静かに、Aメロの歌詞を歌い上げた。
静かに、情熱を燃え滾らせるように、戦場に赴く戦士たちを鼓舞するように歌う。
演奏に呼応するようにどんどん広場に観客が集まっていき、盛り上がり始めた。
「大切なものを守りたい 祈りを武器に 僕は抗う 未来が明るいことを信じて 世界を相手に 僕は戦う」
サビ前の演奏が盛り上がっていき、ボルテージが上がっていく。
さぁ、サビだ__ッ!
「後悔は望んでいない 僕も 君も この世界も 辛辣な言葉も受け入れ__ッ!?」
その時、観客の方から酒の瓶が投げつけられた。
瓶は俺たちの足下に落ちて砕け、そっちに気を取られて演奏が止まってしまう。
誰だ、と投げられた方向に目を向けてみると、そこにはボサボサの髪をした髭面のまさに荒くれ者の風貌をした連中が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこっちを睨んでいた。
「見つけたぜぇ? てめぇら、王国から指名手配されている連中だろう? ガッハハハ! こいつは運がいい! これで俺たちも金持ちだ!!」
荒くれ者集団の一人が前に出て、声を荒げる。多分、この集団のリーダーだろう。
するとそのリーダーは剣を抜き放ち、同じように後ろにいる集団が武器を構えた。
いきなりのことに観客は悲鳴を上げながら、散り散りに逃げ出す。
「おい、野郎共! あいつら捕まえて王国に売り飛ばすぞ! そうすりゃ俺たちは、好き勝手遊んで暮らせるぞぉぉぉ! やっちまえぇぇ!」
リーダーの呼びかけに雄叫びを上げて荒くれ者たちが襲いかかってきた。
クソッ、こうなったら戦うしかない!
「__戦闘準備!」
すぐに俺たちは魔装を楽器としてじゃなく、武器として構えて応戦した。
数は、リーダーを含めて二十人。結構な数だけど……。
「__はぁ!」
__俺たちの敵じゃない。
俺は剣を振って二人の荒くれ者が持つ武器を叩き壊し、そのまま驚いている二人を蹴りと拳で黙らせた。
ウォレスはドロップキックで一人を吹っ飛ばして三人ぐらい巻き込むと、そこに真紅郎が銃口から魔力弾を放って纏めて倒す。
やよいは斧を地面に振り下ろし、その衝撃で五人ぐらい宙を舞わせる。
サクヤは集団の真ん中に足を踏み入れると、回し蹴りで三人を蹴り飛ばした。
例え数が多くても、実力は俺たちより明らかに劣っている。油断しない限り、負けることはないな。
「クソがぁぁぁぁぁッ!」
怒声を上げながら、リーダーは俺に向かって剣を振り下ろしてくる。俺は剣を横にして防ぐと、リーダーはそのまま俺を押し潰そうと体重をかけてきた。
「絶対にぶっ殺してやる……ッ!」
「この、程度……ッ!」
たしかにリーダーは、俺よりも大柄で力がありそうだ。
だけど、これぐらいなんてことはない。俺は歯を食いしばり、力を込めて剣を薙ぎ払ってリーダーを押し返した。
「そこだ……ッ!?」
体勢を崩しているリーダーに向かって蹴りを放とうとした瞬間、リーダーを踏み台にして飛び上がり、俺の向かってナイフを振り下ろそうとする一人の影に気付いた。
咄嗟に側転でその場から離れ、攻撃してきた奴を見据える。
闇夜に溶け込むような、真っ黒なローブ。白い骸骨の仮面。
闇の中で見たらその仮面だけが浮かんでいるように見えるほど、全身黒づくめ奴だった。体格からして、男だと思う。
「だ、誰だ!?」
剣を構えて問いかけたけど、仮面の男は何も答えずに無言でナイフを構えて俺に襲いかかってきた。
体勢を低くして蛇のように蛇行しながら近づき、ナイフを横に薙ぎ払ってくる。
「__危なッ!?」
動きに惑わされたけど、どうにか仰け反ってナイフを躱す。
ナイフは明らかに、俺の首元を狙っていた。完全に殺す気で来ている。
「お、おいおい、てめぇ! 俺の獲物を横取りするんじゃねぇ!」
そこでリーダーは後ろから仮面の男に向かって、剣を振り下ろした。
仮面の男はチラッと振り返ってリーダーを一瞥すると、その場で思い切り仰け反って地面に手を着き、手をバネにしてリーダーの顎に向かって両足で蹴りを放つ。
顎に蹴りを食らったリーダーは、口から血と砕けた歯を吐きながら背中から倒れた。
その上に着地した仮面の男は、リーダーを無視して俺に向かってナイフを構えていた。
誰かは分からないけど……かなりの実力者だ。
「ぐッ!?」
仮面の男は一足で俺に向かってくると、ナイフを突き出してきた。
剣で防ぎ、鍔迫り合いになる。そして、仮面の男はボソッと俺の耳元で呟いた。
「__ここで死ぬといい、勇者よ」
勇者。その言葉を俺に言うってことは……ッ!
「お、まえ、王国の人間か!」
俺たちが勇者だと知っているのは、マーゼナル王国の限られた人だけ。それを知っているということは、この仮面の男は間違いなく王国の追っ手だ。
ナイフを強引に剣で払うと、仮面の男はバク宙をして距離を取った。
まさか王国の追っ手がこの国にまで来ているなんて……やっぱりエイブラさんの言う通り、大人しく引きこもっているべきだった。
「__いや、今そんなことはどうでもいい」
後悔するのは後だ。今は、この仮面の男をどうにかしないと。
剣を構えて集中していると、仮面の男はまた俺に向かって走り出してくる。
応戦しようとした瞬間__俺と仮面の男の間に、水柱が迫り上がった。