二曲目『疑いの眼差し』
ユニオンに戻ってきた俺たちは、職員に連れられて執務室の前に来ていた。
ドアをノックすると「入れ」と声がする。どことなく威圧感が伴った声にゴクリと喉を鳴らしてから、俺はドアノブに手をかけた。
「し、失礼しま……ッ!」
入った瞬間に感じたのは、寒気。
まるで喉元に刃物を突きつけられているかのような感覚に、思わず足が止まった。
さっきのパレードでギャラリーを盛り上げていたライト・エイブラ二世は、椅子に座りながら腕を組んで俺をジッと見つめてくる。
その表情は険しく、視線は鋭いものだった。
「……どうした? 入るといい」
「あ、す、すいません。失礼、します」
ライトさんの声に我に返り、俺は改めて執務室に入った。
俺たち全員が執務室に入ったのを確認すると、ライトさんはゆっくりと口を開く。
「さて、知っているとは思うが自己紹介をしよう。私の名はライト・エイブラ二世。ユニオンレンヴィランス支部のユニオンマスターをしている者だ」
「は、初めまして。俺は……」
「あぁ、名乗る必要はない。アレヴィの手紙にキミたちのことが書かれていたからな。まぁ、とりあえず座るといい」
名乗ろうとすると、ライトさんに押し止められてしまった。
アレヴィさんは俺たちが立ち寄った国、<ヤークト商業国>のユニオン支部ユニオンマスターの女性。
俺たちはアレヴィさんの紹介でここまで来た訳だけど、どうも歓迎されているような気がしなかった。
座るように促された俺たちがソファーに座ると、ライトさんはテーブルの引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。
「__これが何か分かるか?」
その羊皮紙は__俺たちの手配書だった。
俺たちをこの異世界に召喚した<マーゼナル王国>の王、ガーディ・マーゼナル。
ガーディは俺たちを勇者として召喚したくせに、最後には殺そうとしてきた。
だから俺たちはこの国まで逃げて来た訳だけど、まさか王国の手がこの国にまで伸びているとは思わなかった。
俺たちが目を見開いて驚いていると、ライトさんはため息を吐く。
「アレヴィから話は聞いているが……正直なところ、私はキミたちをまだ信用はしていない。もちろん、保護はするつもりだ。弱者を助けるのは貴族として当然のこと。だが……もし、キミたちが手配書通りの悪人であれば__」
その瞬間、ライトさんが放つ威圧感が一気に強くなった。
ズシッと体中にのしかかってくる重圧に、金縛りのように体が動かなくなる。
ライトさんは俺たちのことを悪人だと認定すれば、この場で殺すつもりだ。
だけど、俺たちは何も悪いことはしていない。だから、どうにかしてライトさんの信用を勝ち取らないといけない。
「ぼ、ボクたちは何も悪いことはしていません」
「口ではなんとでも言えるな」
真紅郎の言葉は、ばっさり切り捨てられた。
「ど、どうしたら、信用してくれるんですか?」
「それはキミたち次第だよ、可愛いレディー」
やよいの問いかけには優しく紳士的に答えるライトさんだけど、俺たち次第ってどういうことなんだろう?
「おいおい、どうしろって言うんだ? 謎かけは嫌いだぜ?」
「簡単なことさ。キミたちが信用に足ると私に証明してくれればいい」
悩むウォレスに、ライトさんは簡単なことだとサラッと答える。証明……?
そこで、ライトさんはやれやれと芝居がかった口調で頭を横に振った。
「はっきりと言おう。アレヴィからの手紙でキミたちの名前や容姿、ある程度の性格や実力は教えて貰っている。だが、私は実際に会ってからでないと、何も信じられないのだ」
そう言うと、ライトさんがチラッと俺を見てくる。
「タケル、キミは我がライバルであるロイドの弟子なのだろう?」
ロイド・ドライセン。
ユニオンマーゼナル支部のユニオンマスターで、異世界に召喚されたばかりの俺たちを鍛えてくれた師匠の名前だ。
ライトさんとロイドさんは親友と聞いていたけど、実際はライバルだったらしい。
「そ、そうですけど……」
「それは本当なのか? 私にはにわかに信じられない。ロイドの弟子とは思えないな」
「な……ッ!?」
恐る恐る答えると、ライトさんのあまりの言葉に絶句する。
何を思って、俺がロイドさんの弟子とは思えないって言ったのか。そう問いかける前に、ライトさんは次にサクヤの方を見た。
「次にキミ。サクヤ、と言ったな。ダークエルフ族だろう?」
「……うん」
「ダークエルフ族が、世の中でどんな扱いをされているのか知っているな? そんなダークエルフ族を連れた連中を、どう信用しろと言うのだ?」
ダークエルフ族は実を言うと、<エルフ族>だけじゃなくて他の種族にもあまり好意的に見られていない種族だ。
だけど、そんなこと関係ない。サクヤは俺たちの大事な仲間だ。それなのに……その言い方はあんまりじゃないのか?
段々と苛立ちを覚えていると、ライトさんは肩をすくめた。
「そう言えば、<クリムフォーレル>を討伐したらしいが……それも本当にキミたちがやったのか? 見たところ、キミたちにそこまでの実力があるとは思えないな」
ついでとばかりにライトさんは、真紅のワイバーンでかなりの強敵だったモンスター__クリムフォーレルを討伐したことまで疑ってきた。
たしかに、俺たちだけの力じゃない。一緒に戦ってくれたエルフ族や<ケンタウロス族>たちのおかげで倒せたものだ。
だからと言って、そこまで言わなくてもいいんじゃないのか?
拳を握りしめながら睨みつけていると、ライトさんは馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「結論。私はキミたちを信用に値しないと判断している。これでは、王国の手配書通りの悪人なのではないかと疑ってしまうな」
最後にそう締めくくったライトさん。
ライトさんの物言いに、俺の心の奥底で怒りが沸々と沸き上がってきた。
どうして、そこまで言われなくちゃいけない?
どうして、そんなに貶されなくちゃいけない?
もう、我慢の限界だ。
「__分かりました。じゃあ、こうしませんか?」
俺は怒りを堪えながら笑顔で立ち上がり、つかつかとライトさんに近寄る。
そして、テーブルを思い切り叩きながらライトさんを睨みつけた。
「__俺と戦え。そこで白黒つけてやる!」
俺の言葉に、ライトさんはフッと小さく鼻で笑う。
「私に勝負を挑むのか? ユニオンマスターである、私に?」
ユニオンマスターであり、ロイドさんのライバルのライトさんの実力は、俺よりも格段に上だろう。
だけどなぁ……ッ!
「俺がロイドさんの弟子であること、クリムフォーレルを倒すだけの実力があることは、戦えば分かるだろ? 正直、こっちは仲間のこと悪く言われて黙っていられるほどお利口さんじゃないんで……それで悪人だと認定するなら、勝手にすればいい。だから、俺と戦え!」
__誰であろうと、仲間のことを悪く言う奴は絶対に許さない!
すると、ライトさんは立ち上がってニヤッと笑みを浮かべた。
「__いいだろう。貴族たるもの、挑まれたからには全力でお相手する。訓練場に案内しよう。ついて来るがいい」
そう言って執務室から出ようとするライトさんの後を追いかけようとして、やよいが慌てて呼び止めてきた。
「ちょ、ちょっといいの、タケル? マズいんじゃ……」
「あぁ、マズいな。だけどあの人はサクヤを、大事な仲間を悪く言いやがった。一発殴ってやらないと気が済まない」
頭に血が上っている俺にため息を吐くやよいだったけど、逆にウォレスはゲラゲラと笑って俺の肩をバンッと叩いてくる。
「ハッハッハ! よく言った、タケル! オレもムカついてたんだ、思いっきりやっちまえ!」
「もう……ま、それでこそタケルだね。ボクはタケルの決めたことに異論はないし、好きにやっちゃっていいよ」
ウォレスはもちろん、なんだかんだで真紅郎も賛同してくれた。
すると、サクヤが俺の服をクイッと掴んでくる。
「……ありがと」
「気にすんな」
照れ臭そうに視線を逸らしながらお礼を言うサクヤの頭を、ガシガシと撫でた。
さぁて、もしかしたらこれで俺たちは来たばっかりなのにすぐに違うところに逃げなくちゃいけなくなるかもな。
ま、その時はその時だ。今、考えることじゃない。
とにかく、今はライトさんとの戦いに集中しないとな。
そして、訓練場に着いた俺は、ライトさんと向かい合った。