一曲目『レンヴィランス神聖国』
雄大な海を渡る、木造の大型船。
潮風を受ける大きな帆と広がる青い空には、カモメに似た鳥型モンスターが飛び交っていた。
その船の目的地は__美と芸術の国<レンヴィランス神聖国>だ。
船に乗っていた俺たちは、レンヴィランスがどんな国なのか期待に胸を躍らせている……一人を除いて。
「う、お、えぇぇぇ……吐きそう……」
船酔いで真っ青な顔で吐きそうになっているのは俺たちのバンド<Realize>のドラム担当。
太陽の光で輝く金髪を短く切り揃えたガタイのいい外国人、ウォレスだ。
ウォレスは甲板の柵に体を預けながら海に向かって乗り出し、吐き気を堪えていた。
「ウォレス、大丈夫?」
そんな吐きそうになっているウォレスの背中をさすっているのは、ぱっと見女性に見える中性的な顔立ちをした栗色の髪の小柄な男。
ベース担当の真紅郎は、ウォレスを見て苦笑いを浮かべている。
「はぁ……ウォレス、もうすぐ着くんだからしっかりしてよ」
その二人を見て額に手を当てながら呆れているのは、ギター担当の俺たちのバンドの紅一点。
女子高生ギタリスト、やよいは潮風に靡く綺麗な長い黒髪を抑えながら、やれやれと肩をすくめていた。
「……海、綺麗」
「きゅ!」
自分は関係ないとばかりに船首に座って海を眺めているのは、白髪褐色の肌のどこか眠そうな半開きの目をした無表情の少年。
キーボード担当、<ダークエルフ族>のサクヤ。
そのサクヤの頭に上に乗っている、額に蒼い楕円型の宝石が付いている白い子狐のようなモンスター。
俺たちのバンドのマスコットキャラクター、キュウちゃんはサクヤに同意するように鳴いていた。
それぞれが自由に過ごしている中、俺は柵に頬杖を着きながら吐きそうになっているウォレスを見つめてため息を漏らす。
「おいおい、大丈夫かよウォレスの奴……」
そして、俺__<Realize>のボーカル担当のタケル。
俺たち五人と一匹は、元の世界に戻るために音楽のないこの異世界をライブをしながら旅している訳だけど、こんな調子だと幸先が不安だな。
具合悪そうにうめいているウォレスを眺めていると、船員たちが慌ただしく動き出した。
「__レンヴィランスが見えてきたぞぉ!」
そこで、マストの上にある見張り台にいた船員が大声を張り上げる。
停船の準備をしている船員を後目に、ウォレスを除いた俺たちは船首の方に走った。
「__うわぁぁぁぁ、綺麗!」
目を輝かせたやよいが、身を乗り出して叫ぶ。
目の前に広がる白レンガと大理石で出来た白を基調とした街並みが広がる綺麗な光景に、俺たちは目を奪われた。
レンヴィランス神聖国。
魔法には属性があり、それぞれ<属性神>と呼ばれる神様がいる。
ここは水の属性神である<ディーネ>を信仰する宗教国家。標高九千メートルはある山から流れる川で街を二つに分けられた、美と芸術の国だ。
街を二分する川を水路として使い、街の住人は移動手段として街の至る所に張り巡らされた水路を船で渡っているらしい。
俺たちの世界で言う、ヴェネツィアみたいな国だな。
街の港に停船して船員たちが積み荷を運んでいる中、俺たちも街に降り立った。
「よ、ようやく着いた……陸、最高……」
ヨロヨロと歩くウォレスは地面に抱きつくように倒れ、頬ずりしている。到着していきなり変な行動するんじゃない。
「ほら、立てってウォレス」
「ぐぇ……」
倒れているウォレスを軽く蹴っ飛ばして、無理矢理に起き上がらせる。
俺は呆れてため息を吐きながら、改めて周りを見渡した。
「なんか、凄い盛り上がってるな」
水路には派手に飾り付けされた船が行き交い、街では出店が並んで賑やかだった。
何か祭りなのか、と疑問に思っていると一人の船員が話しかけてくる。
「よぉ、兄ちゃんたち観光かい? 運がいいねぇ、今日は水の属性神ディーネ様を讃えるお祭りだ! 楽しむんだな!」
「お祭り! 楽しそう!」
「……祭り、出店、ご飯、お腹空いた」
「ハッハッハ! 祭りと聞いたら盛り上がらない訳にはいかねぇな! 早く行こうぜ!?」
「きゅー!」
祭りと聞いてテンションが上がっているやよい、サクヤ、ウォレス、キュウちゃん。
俺も祭りには参加したいけど……。
「待った待った。その前に、<ユニオン>に行かないとだろ?」
「そうだよ。ボクたちの目的は祭りじゃないよ」
俺と真紅郎が窘めると、やよいたちは残念そうにしながら返事をする。
ま、用事が終わったら参加出来るだろうし、それまで我慢だな。
とりあえず俺たちは街を歩き、俺たちが所属している国とは独立した正義を掲げている組織__ユニオンのレンヴィランス支部に向かった。
「それにしても、綺麗な街だね」
「うんうん! あたし、ここに住みたい!」
街の外観を見ながら呟いた真紅郎に、テンションが上がっているやよいが賛同する。たしかに、綺麗な街並みだ。
そんな綺麗な街を歩き、ようやく教会のような建物__ユニオンレンヴィランス支部にたどり着いた俺たちは、受付にいる職員に声をかけた。
「すいません、<ユニオンマスター>のライトさんはいますか?」
俺たちがこの国に立ち寄った理由は、支部ごとの最高責任者__ユニオンマスターのライト・エイブラ二世という人に会うことだ。
職員は見慣れない俺たちを訝しげに見つめながら、首を傾げる。
「マスターですか? えっと、どなた様でしょうか?」
「あ、この手紙を見て頂ければ分かると思うんですけど」
俺は職員に、ある手紙を見せる。
すると、職員は困ったように頬を掻いた。
「申し訳ありません、今マスターは不在でして……祭りに参加しているんです。多分、もう少しで戻ってくるとは思うんですが」
残念ながら、今はいないようだ。
ここで待っているのもいいけど……折角だし、祭りを見てくるか!
「じゃあ、祭りを見てから時間を置いてまた来ます」
「よっしゃぁぁぁ! 行こうぜ!」
「やった! あたしも行く!」
「……ご飯」
「はぁ。まぁ、仕方がないか。ボクも行くよ」
「きゅきゅー!」
俺の言葉にウォレス、やよい、サクヤ、キュウちゃんが一目散にユニオンから出て行った。その後を、俺と真紅郎が苦笑しながら追いかける。
改めて祭りの光景を見ていると、目に付くのは様々な像だった。
多分、水の属性神ディーネ様を象った物なんだろうけど……その形は様々だ。清楚な女神や筋骨隆々の男神、龍や果てはただの水晶のような物まであった。
「容姿が分かんないから、好きなようにやってるのかもね?」
「あぁ、そういうことか」
真紅郎が言ったことに納得する。それにしても色々あるなぁ……作った人の個性が出てる。さすがは、美と芸術の国だ。
祭りを見て回っていた俺たちは屋台で買った物をベンチに座って食べていると、街の真ん中を流れる大きな川に多くの船が並んでいた。
「なんだ、あれ?」
パレードか? それぞれ色んな形をしたディーネ様を乗せた派手な船たちが進む中、一際大きくて派手な船に目を留める。
金で装飾されたド派手な船には、大きなディーネ様を象った女神像。
その前には__これまたド派手で、絢爛豪華な鎧を身に纏った男が立っていた。
ウェーブのかかった金髪、ルビーのような赤い瞳、白い歯をキラリと見せた爽やかな美形の男だった。
その男は竜に剣が突き刺さっている黒いマーク__ユニオンのエンブレムが刺繍された大きな旗を、ブンブンと振り回している。
「我らディーネ様の敬虔な信徒なり! ディーネ様に祈りを捧げ、存分に祭りを盛り上げるのだ! さぁ、私に__ライト・エイブラ二世に続くのだぁ!」
その叫びにギャラリーが大盛り上がりして歓声を上げた。
って、ライト・エイブラ……? それって、俺たちが会おうとしている人の名前だったはず。
つまり、あれが__。
「あ、あれがレンヴィランスのユニオンマスターか!?」
ここで見つけるとは思ってなかった俺たちが唖然としていると、船の上にいるライトさんがこっちに顔を向ける。
俺とライトさんは一瞬、目が合った。
その視線は鋭く、まるで値踏みするようなものだった。