十曲目『アスカ・イチジョウ』
夜が明けて、次の日。
俺たちは城にある書庫に集まっていた。書庫にはあらゆる本が置いてあり、図書館って言っていいほどの広さと蔵書量だった。
今日はロイドさんに魔力操作についての勉強を教えて貰うはずだったんだけど、当の本人がまだ来ていないせいで暇を持て余している。
「ねぇ、タケル。ロイドさん遅くない?」
まだ眠そうな目をしているやよいが声をかけてくる。
欠伸混じりに「そうだな」と頷くと、隣に座っている真紅郎が本を読みながら「おかしい……どういうことなんだろ?」と呟くのが聞こえた。
「どうした、真紅郎?」
「うん、ちょっとこれ読んでみて」
そう言って手渡してきた本は……魔法基礎学?
「予習してるのか? 真紅郎は真面目だなぁ」
「いや、そうじゃなくて……おかしいと思わない?」
「おかしいって、どういうことだ?」
真紅郎が何をおかしいと思ってるのか分からず首を傾げると、真紅郎はため息を吐きながら本の表紙__タイトルの部分を指さした。
「これだよ。この文字、見たことない……多分、こっちの世界の言語で書かれてるはずなのに、ボクたちはその文字を読むことが出来てる」
「……そういえば、たしかに。自然と読めてるけどそんな文字、見たことないな」
言われてみて気付いたけど、これはたしかにおかしい。
本のタイトルは英語とも日本語とも違う見たことない文字で書かれているはずなのに、魔法基礎学って書いているのが認識出来ていた。
「なんでだ?」
「ボクにも分からない。召還魔法での効果なのか、それとも別の要因か」
真紅郎は本を眺めながら思考を巡らせている。他の本もそうなのか気になって本棚に向かってみると、ずらっと並んでいる背表紙に書かれていたタイトル、その全てが読めた。
やっぱり、文字が分かんなくても読めるな。
「ん? これは……」
そこでふと、気になるタイトルの本を見つけて手に取る。その本は魔族の歴史、という本だ。
席に戻ってその本をパラパラとめくると、中身も問題なく読めそうだ。
すると、ウォレスが俺の読んでる本を覗き込みながら声をかけてくる。
「ヘイ、タケル。何か面白い本でも見つけたのか?」
「面白いかどうかは分かんないけど、魔族について書いてある本を見つけたぞ」
「魔族? なんだ、漫画じゃねぇのか……」
興味をなくしたウォレスは突っ伏して居眠りを始めた。まぁ、ウォレスは勉強とかしなさそうだしなぁ、と思いつつ本を読み進める。
「……魔法に秀でた種族で、全属性の魔法が使えるのか」
「え? 魔族ってそんな強いの?」
俺の独り言を聞いたやよいの問いかけに頷いて答える。考え事をしていた真紅郎や寝てたはずのウォレスも俺の方に顔を向けていたから、ついでに本の内容を話した。
__魔族。
見た目は人間と同じで膨大な魔力をその身に宿し、全属性に適正がある魔法に秀でた種族のようだ。
性格は極めて残忍で、自らの領土を広げるために他国へ侵略を繰り返しているらしい。
膨大な魔力に、全属性使えるってかなり強いな。いずれ戦わなきゃいけない相手を知った俺たちは、顔を見合わせる。
「やばくない? しかも性格が極めて残忍って、怖いんだけど」
青ざめた表情で呟くやよいに、真紅郎が頷いた。
「たしかに怖いね。魔法に秀でた種族、か……」
腕を組みながら魔族について考え込んでいる真紅郎に、ウォレスが首を傾げる。
「オレたちにも膨大な魔力が眠ってるんだろ? そのオレたちよりも多いのか?」
王様の話だと、俺たちの魔力量もそれなりに多いらしい。だけど、魔族とどっちか多いのかは分からなかった。
俺は肩を竦めながらため息を漏らす。
「さぁな。しかも俺たちと見た目が変わんないって、どうやって見分ければいいんだ?」
まだ見ぬ魔族に悩んでいると、書庫の扉からノックの音が聞こえる。入ってきたのはカレンさんだった。
「失礼致します。もうすぐロイド様がいらっしゃいますので、もうしばらくお待ち下さい。ん? その本は……」
カレンさんは俺が読んでいた本に気づいたようだ。そして、少し間を開けてからカレンさんが口を開く。
「皆様はその本を読んで、どう思われましたか?」
「……魔族怖いって思いました」
やよいの答えを聞いたカレンさんは少し顔を俯かせる。
無表情だけど、どことなく悲しそうに見えた。
「怖い……そうですよね。その本を読めば、そう思いますよね」
「……もしかして、あなたはそう思っていないんですか?」
何かを察したのか真紅郎がストレートに質問すると、カレンさんは顔を上げて首を横に振る。
「そんなことはありません。その本を読めば、誰でも魔族に対して恐怖の感情を持つかと思います」
そう言うと、カレンさんは俺たちに一礼した。
「私は仕事がございますので、失礼致します。それと……」
ふとカレンさんは言葉を止め、俺たちの顔を順番に見つめる。そして、言い辛そうにしながら言葉を続けた。
「__目に見える物が、全てではありません」
「え? それって、どういうことですか?」
言葉の意図が読み取れずに聞き返すと、カレンさんは静かに首を横に振る。
「……それ以上は、私からは言えません。申し訳ございません」
その言葉を最後にカレンさんは書庫から出ていった。
どういう意味なのかは分からないけど……俺はどうにも無表情なカレンさんが見せた、あの悲しそうに見える表情がが気になる。
「なぁ、真紅郎。どうだ?」
「……表情の変化はほとんどなかったから、詳しくは読み取れなかったね」
こそっと真紅郎に聞くと、真紅郎は苦笑しながら答えた。
__真紅郎は、人の嘘や感情を見抜くことが出来る。
本人はその特技を「ボクにとっては忌むべき能力なんだけどね」と暗い顔で言っていたけど、胸を張っていい力だ。
カレンさんが何を思ってさっきの言葉を言っていたのか聞いたけど、真紅郎でもあまり読み取れなかったらしい。
もしかしたら悲しそうに見えたのも、俺の勘違いだったかもしれないな。
それより、もう少ししたらロイドさんが来るって言ってたし、一通り読み終えたこの本は元の場所に戻そう。
「えっと、この辺だったよな……ん?」
本を戻すと隣に置いてあった本に目が止まる。タイトルは、属性魔法の全て?
パラパラと流し読みすると、俺たちに関係する属性……音属性についても書かれていた。
「音を使った魔法で過去に一人しか使い手がいない。ロイドさんが言ってたことと同じか。他の属性に比べて文章が短いな……ッ!?」
嘘、だろ?
文章に書かれていた一部を見つけ、俺は思わず本を落としそうになった。慌ててみんながいる場所に戻る。
「おい、みんな! これ見てくれ!」
「ど、どうしたのタケル?」
血相を変えた俺に目を丸くして驚くやよい。
説明するよりも見た方が早いはずだ。俺は音属性について書かれている文章、その一部分を指さして全員に見せる。
「え? この名前……ッ!?」
やよいは俺が指差した文章を読むと、書かれていた内容に酷く驚いていた。
「……まさか、異世界でこの名前が出てくるなんてね」
「信じられねぇ……」
真紅郎とウォレスも目を見開き、愕然としている。
それもそうだろう。異世界でこの名前を見ることになんて、俺だって思ってなかった。
だけど、そこに書かれている名前は間違いなく……俺たち全員が知っている名前だ。
そこに書かれていた名前は__<アスカ・イチジョウ>。
三年前に行方不明になった__憧れだった歌手の名前だった。