二十七曲目『音楽バカの底力』
「センセーション? そんなもん殴り飛ばせ イマジネーション? それがなきゃ人間じゃねぇ」
マイクを通した俺の声はボーカルエフェクトで加工され、篭もったようなラジオボイスでAメロを歌う。
そして、一気に盛り上げていく小刻みなドラムストローク、速弾きのベース、擦れた長く潰れているギター、曲を彩るキーボードの機械的なシンセサイザーの音色。
疾走感溢れる縦ノリのリズムに合わせて、俺はBメロに入った。
「ロックは 俺の魂に 刻んでる 旅の道具は それだけで 充分だ」
俺たちの周りに紫色の魔法陣が、いくつも展開された。
狙いは、クリムゾンサーブル。勢いのまま殴りつけるように、サビに入っていく。
「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」
最後のフレーズでシャウトすると、魔法陣に風が集まっていく。
集まっていた風は螺旋を描きながら五本の竜巻となってクリムゾンサーブルに向かっていき、ぶつかった。
__<宿した魂と背中に生えた翼>でのライブ魔法の効果は、魔法陣から竜巻を放つ<広域型殲滅魔法>だ。
ライブ魔法で放たれた竜巻と、クリムゾンサーブルの力は拮抗している。
「音楽は世界を救う いや救うのは俺だ 誰にも譲らねぇ 祈りより大事だろ? 刻め、ロックは ここにあるんだ」
ガンガンと熱い曲に合わせて竜巻の勢いが増していき、クリムゾンサーブルを押し返そうとしていった。
だけど、クリムゾンサーブルをかき消すには至っていない。
ドリルのように放たれた竜巻と、全てを蒸発させるほどの熱を帯びた砂嵐がぶつかり、こっちにまで突風が吹いてくる。
意志がないはずのクリムゾンサーブルが、俺たちを飲み込もうと必死に抵抗している気がした。
俺たちを否定するように、押し潰そうとするように吹きかけてくる逆風__向かい風。
いいね、そういうの。逆に燃えてくるじゃん!
「ラブ&ピース? 世界はそれで回ってる それでフィニッシュ? だからなんだ!」
逆風に対して殴りつけるように拳を振って、風に逆らいながら二番を歌い始めた。
掠れた機械音声で歌い上げたAメロから、二番ではそのまま続けてBメロに入る。
「遊びで こんな翼 生やしちゃいない 初めは 白かった 今は薄汚れた灰色」
俺たちの熱気に呼応するように竜巻の勢いが増していき、ギャリギャリと音を立ててクリムゾンサーブルを押していく。
砂を巻き上げ、血のように赤い砂嵐の壁を貫こうと突き進んでいく。
「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」
シャウトし、サビを続けて歌おうとした時__クリムゾンサーブルが俺たちに牙を剥いてきた。
竜巻と砂嵐がぶつかり合った衝撃で砕けた岩が宙を舞い、そのまま意志を持ったように俺たちに向かって飛んでくる。
まずい。今はライブ魔法を使っている最中だ。岩に邪魔されたら竜巻が消えて、押し止められていた反動でクリムゾンサーブルが猛威を振るってくるはずだ。
飛んでくる岩は、かなりでかい。避けることはギリギリ可能。迎撃……するなら俺のレイ・スラッシュかサクヤのレイ・ブローしか無理だ。
だけど俺もサクヤも演奏している最中。すぐに行動に移せない。
__駄目だ。演奏を中断して避けるしか……ッ!
「__うおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁ!」
その時、後ろから怒声が聞こえてきた。
声の主は俺たちの横を走り抜けると、飛んでくる岩に向かって飛び上がる。
そして、冷気を纏った拳で岩を殴りつける。
「<アイス・ナックル!>」
冷気を纏った拳は一気に岩を凍らせ、粉々に砕いた。
キラキラと氷の破片が舞い散る中、そいつはスタッと軽やかに着地してみせる。
氷属性魔法を使う人間なんて、俺たちは一人しか知らない。
「本気であの砂嵐に立ち向かってんのかよ。バカだろ、てめぇら」
氷の破片がついた拳を振って払いながら、呆れたようにため息を吐いたのは__逃げたはずの黒豹団のリーダー、アスワド・ナミルだった。
いきなり乱入してきたアスワドに驚いていると、アスワドは自嘲するように鼻で笑う。
「ま、それに付き合おうとしている俺も、バカの一人か。俺の大事な仲間を助けてくれた礼だ。てめぇらの、おんがくとやらを邪魔してくるのは全部俺が引き受ける。てめぇらは早いとこ、あの砂嵐をどうにかしろ!」
そう言いながらアスワドは着ていた魔装である黒いローブを引っ張り、展開したシャムシールを握って背中を向ける。
思わぬ助っ人に笑みを浮かべつつ、礼の代わりに俺はサビを続けた。
「音楽は世界を救う いや救うのは俺だ 誰にも譲らねぇ 祈りより大事だろ? 刻め、ロックは ここにあるんだ」
アスワドは飛んでくる岩を斬り、魔法で凍らせ、絶対に邪魔をさせないとばかりに怒声を張り上げながら俺たちを守ってくれている。
その気持ちに応えるようにウォレスは雄叫びを上げてドラムを叩きまくり、小さく笑った真紅郎が地を這うような低いベースラインを弾く。
やよいは嬉しそうに、楽しそうにディストーションを思い切りかけてギターをかき鳴らし、サクヤはアスワドに助けられていることが不服なのか眉間にシワを寄せながら鍵盤を軽やかに叩く。
あぁ、そうさ。アスワドの言う通り俺たちはバカだ。
自然災害相手に音楽で立ち向かおうとする大バカだ。
だけど、俺たちはバカでいい。小難しいことは考えられないし、考えたくない。
ただガムシャラに、音楽の力を信じている。音楽は世界を救うことが出来るって信じてるから、俺たちはロックバンドをやってるんだ。
「__お前ら、気合い入れろぉぉぉぉぉぉぉ!」
マイクを通して全員に、俺自身に活を入れる。
返事の代わりに全員が演奏で応えると、魔法陣が一つになって巨大な魔法陣になった。
そして、そこから放たれた巨大な螺旋を描く竜巻がクリムゾンサーブルをどんどん押し始める。
「遊びで こんな翼 生やしちゃいない ロックは 俺の魂に 刻んでる 初めは白かった 今は薄汚れた灰色 旅の道具は それだけで 十分だ」
駆け抜けるように、全力で俺たちは演奏を続ける。
突風のような速さと勢いで、俺は最後のサビを歌った。
「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」
巨大な竜巻が赤い砂嵐を絡め取っていき、徐々に徐々に上へと巻き上げていく。
クリムゾンサーブルを巻き込んだ竜巻は真っ赤に染まり、空へと伸びていった。
「祈りより大事だろ? 刻め、ロックは 魂は 命は__」
そして、そのまま上空から真っ直ぐに急降下していき、殴りつけるように地面に叩きつけた。
砂漠に赤熱したクレーターが出来上がり、砂煙が舞い、砂混じりの風が俺たちに吹きかかってくる。
まるでクリムゾンサーブルが悲鳴を上げるように風の音が通り抜けていき__。
「__ここにあるんだ」
ニヤリと笑みを浮かべ、最後のフレーズを歌い上げながら俺はジャンプする。
俺が着地するのと同時に、演奏が止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、俺は……俺たちは空を見上げる。
そこには真っ赤に染まっていた空じゃなく、透き通るような青い空が広がっていた。
「ははっ、見たか……これが俺たちの__音楽の力だ」
俺は自慢げに、誇るように、何か大きな存在に言い放ってから地面に大の字に倒れる。
こうして、俺たちは自然災害であるクリムゾンサーブルをぶっ飛ばし、ヤークト商業国を救うことが出来たのだった。