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漂流ロックバンドの異世界ライブ!〜このくだらない戦争に音楽を〜  作者: 桜餅爆ぜる
第三章『ロックバンド、砂漠の国を往く』
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二十二曲目『シエンの実力』

「引き分けだな」


 ウォレスとロクの戦いを見たアスワドが、ため息混じりに口を開く。

 二人は完全にノックアウトしていた。残るは、やよいとサクヤだけど……。


「__フッ!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」


 サクヤは黒豹団の下っ端たちを一撃で吹っ飛ばしていた。

 宙に舞う下っ端たちを見て、アスワドはガシガシと頭を掻く。


「ありゃ無理だな。ったく、あのガキ強すぎんだろ……ってうぉい?!」


 ガキ、という単語が聞こえたのかサクヤがアスワドに向かって結構な速度で石を投げてきた。

 慌てて避けたアスワドは、サクヤに怒鳴る。


「てめぇこのガキ! 危ねぇだろうが!?」

「……ふん」


 怒るアスワドにサクヤが鼻で笑って返し、そのまま下っ端たちとの戦いを続けていた。

 アスワドは悔しそうにギリッと歯ぎしりする。


「てめぇんのとこの躾はどうなってんだ!?」

「知るかよ……で、そろそろ戦うか?」


 さっきから俺とアスワドは戦いもせずに観戦ばかりしている。さすがにそろそろ、と思って聞いてみるとアスワドはニヤリと笑みを浮かべた。


「そうだな、やるか……と、言いたいところだけどよ。その前にあいつらの決着がついてからだ」


 そう言ってアスワドはやよいとシエンの方に目を向ける。

 やよいは逃げているシエンを追いかけながら斧を振り回していた。


「逃げるなぁぁぁぁぁ!」

「いや、逃げるッスよ!? 無理無理無理!」


 ドゴン、ドゴンとやよいが地面に向かって斧を振り下ろす度に爆発したような音が響いてくる。

 当たれば一発で終わりだろうし、そりゃ必死に逃げるよなぁ。

 そんな逃げ続けているシエンを見て、アスワドは声を張り上げた。


「おい、シエン! 逃げんじゃねぇ! 戦え!」

「無理ッス! てか、兄貴だって戦ってないじゃないッスかぁぁぁぁ!」

「俺はいいんだよ!」

「そんなぁぁぁ! ひぃぃぃ!?」


 泣き言を叫ぶシエンにアスワドはため息を吐く。


「ったく、女相手でも無理か……そんなんで黒豹団の幹部が務まるかよ」

「幹部?」

「一応な。あれでもセンスはあるんだよ。ただ戦いとなると途端にヘタレやがる……」

「幹部は他にいるのか?」


 そう聞くとアスワドは、気絶しているアランとロクを指差した。


「アランとロク、んでもってシエン。この三人が幹部だ……って、しまった! ユニオンメンバーに情報与えちまった!?」


 自分の失態に頭を抱えるアスワドは、すぐに顔を上げて鼻で笑う。


「ま、いいか。こいつらはここで俺にやられるんだからな」

「出来ると思ってんのか?」

「出来るさ。俺たち黒豹団をナメんじゃねぇぞ?」


 好戦的に口角をつり上げて笑うアスワドに、俺もニヤリと笑って返す。

 と、その前にやよいとシエンの戦いを観戦しないとな。


「もう! さっきから逃げてばっかり!」

「そう言われても仕方がないッス。オレ、戦うの嫌いなんッスから」

「じゃあ大人しく捕まって!」

「それもイヤッス!」


 するとシエンはやよいの攻撃をバク転で避け、ナイフを構えた。


「だから、少しだけ戦うッス! 捕まるのはごめんッスからね!」

「……分かった。だったら、ちょっと痛いけど我慢してね?」


 戦う気になったシエンに、やよいはにっこりと笑いながら斧を構える。

 その迫力に圧されてシエンの足がガタガタと震えていた。


「こ、怖いッス。女の子だと思えないッス」

「何か言った?」

「何も言ってないッス! えぇい、行くッスよぉぉぉ!」


 恐怖を無理矢理押し殺し、シエンがやよいに向かっていく。

 姿勢を低くし、まるで蛇のように蛇行しながら向かったシエンはナイフを薙ぎ払った。


「<アレグロ!> てぇぇぇぇい!」


 やよいは素早さ強化の魔法を使い、斧を振り下ろす。

 しかし、シエンは薙ぎ払ったナイフを途中で止めてジャンプした。

 斧の軌道から避けるように飛び上がったシエンはそのままやよいを飛び越し、背後に回る。


「__今ッス!」


 そのままナイフを振り下ろしたシエン。完全に油断していたやよいに、ナイフが襲いかかった。


「__甘いよ!」


 だけど今のやよいには敏捷強化(アレグロ)が施されている。やよいは素早い動きで振り返りながら、ナイフを持っているシエンの腕を手で払った。

 そして、払った腕でシエンの腕をガッシリと掴んだ。


「よいしょぉぉぉぉ!」

「ひやぁぁぁぁぁぁ!?」


 やよいは掴んだ腕を離れないように両手で掴むとシエンの体に背中をつけ、柔道の一本背負いのようにシエンを投げた。

 シエンは驚きながらも空中でクルリと身を翻し、軽快な動きで地面に着地する。


「わ、わわわ!?」


 その時、シエンのフードが外れた。

 頭に巻いた黒いバンダナから覗く、綺麗な金色の髪。口元を同色の布で隠して蒼い瞳だけが見えている状態でも分かる、中性的な顔立ちが露わになる。

 シエンは慌ててフードを被り直していた。それを見たやよいが、首を傾げる。


「あなた、本当に男……?」

「お、男ッスよ! し、失礼な! どっからどう見ても男ッス!」

「いや、そう言うならそうなんだろうけど。こっちも真紅郎がいるし……でも……?」


 どうにも納得いかないのかやよいが顎に手を当てて悩んでいた。

 たしかにこっちも見た目は女にしか見えない真紅郎がいるし、いわゆる男の娘っていう可能性はある。

 だけど、俺も微妙に疑問が浮かんでいた。


「なぁ、アスワド。あいつだけどさ……」

「あいつは男だ」


 アスワドに問いかけると間髪入れずに答えてきた。

 まるでこれ以上、深入りするなと言わんばかりに。


「むぅぅぅ! もう怒ったッス! 女の子だからって加減してたけど、もう許さないッスよ!」


 地団駄を踏んだシエンは、腰からもう一本のナイフを取り出した。

 そして、一気にやよいに肉薄していく。そのスピードはさっきよりも速かった。

 隙をつかれたやよいがどうにか斧で防ごうとすると、シエンはローブのポケットから何かを取り出してやよいに向かって投げた。

 丸い物体はやよいの斧にぶつかると、ボフンと破裂して煙が巻き起こる。


「きゃ!? ごほ、ごほ……な、なに、これ……?」


 煙を思い切り吸い込んでしまって咳込んでいたやよいが、突然ガクッと力なく膝を着いた。

 それを見てシエンは、布で隠された口元をニヤリと歪ませる。


「クックック……どうッスか、オレ特製麻痺煙玉は! この煙を吸い込んだら最後、大型モンスターですら動きを止めることが出来るッス!」


 自慢げに胸を張って説明するシエン。麻痺煙玉か……これはシエンの勝ちか?

 やよいは体が麻痺しているのか、膝を着いたまま動けなくなっている。シエンはゆっくりと近づき、ナイフをクルリと回した。


「勝負ありッス。さぁ、負けを認めるッスよ!」

「う、ごけな、い……」

「そりゃ動けないッス! これで動いたらばけ、もの……?」


 高笑いしていたシエンが、途端に動きを止めて目を丸くさせる。

 それもそのはず。大型モンスターすら麻痺して動けなくなるはずなのに、やよいが必死に立ち上がろうとしていたんだから。


「動けない、けど、頑張ればうご、けなくも、ない……ッ!」

「ちょ、ちょちょちょ、どうして動けるの!? おかしいでしょ!? これ、本当に大型モンスターも麻痺で動けなくなるんだけど!? なんなの、この子!? 化け物なの!?」


 シエンは本気で驚いているのか、かなり焦っていた。

 そんなシエンに、やよいはムッとした表情で斧を振り被る。


「だ、れ、が、化け物、だって……?」

「ひぃぃぃぃぃ!? 怖い怖い! あ、兄貴ぃぃぃ! 助けて兄貴ぃぃぃ! もう無理! 本当に怖いよぉぉ!!」


 恐怖で足がすくんでいるのか、その場で動けないままアスワドに助けを求めるシエン。

 アスワドは顎に手を当てながら何か考え事をしていた。


「あの女、いいな。根性のある女は嫌いじゃねぇ」

「ちょ、兄貴ぃぃぃぃ!?」


 助けを無視してやよいを評価しているアスワドに、シエンは必死に叫んだ。やよいに手を出したら、二度と起きられないようにするぞ?

 その間にもやよいは、斧を思い切り振り被って頬を膨らませる。


「あたし、化け物じゃ、なぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 怒鳴りながらやよいは、全体重を乗せて斧を振り下ろした。

 その一撃は地面を揺らし、隕石が落ちたようなもの凄い音が響き渡る。

 斧はシエンの足下に振り下ろされ、当たることはなかった。だけど、その強力な一撃を目の前で見てしまったシエンは涙目でガタガタと震えている。


「……分かった?」

「あい! キミは化け物なんかじゃありません!」

「……分かれば、いいよ」


 衝撃でフードが外れたシエンとやよいは見つめ合い、そしてそのままやよいは地面に倒れた。

 どうやら無理して立ち上がったみたいだな。完全に麻痺が全身に回り、やよいが動けなくなっている。

 逆にシエンも涙を流しながら、震えて動けなくなっていた。


「これは、どっちの勝ちだ?」


 アスワドが俺に聞いてくる。これは難しいところだけど……。


「まぁ、やよいの負けだろ」


 どうにも締まらない結末だけど、やよいとシエンの対決はシエンの勝利で幕を閉じた。




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