プロローグ『Realize』
__割れんばかりの拍手と歓声が、音の壁になって体中にぶつかってくる。
俺たちを照らす、スポットライトよりも熱い空気。腹に響いてくる歓声。客席を彩る色取り取りのサイリウムたち。
過去最多の観客動員数を記録した今回のライブは、大成功と言っていいだろう。
「アンコール! アンコール! アンコール!」
一通りの曲目を終えて舞台袖に戻ると、示し合わせたようにアンコールが始まった。
薄暗い舞台袖で忙しそうに走り回るスタッフたちを横目に、肩で息をしながらチラッとバンドメンバーの顔を見やる。
「ふぅ……暑いね」
着崩れてはだけた衣装を直していたのは、栗色の髪をボブカットにした華奢な女性__ではなく、男。
中性的な顔立ちをしたベース担当、真紅郎だ。
男なのは分かっているけど、たまに見せる色気のある仕草を見ると本当に女なんじゃないかと疑ってしまう。
「ハッハッハ! 盛り上がってきたなぁ! 最高だ!」
綺麗な金髪を短く切りそろえた外国人が、白い歯を見せながらニヤリと笑っていた。
ドラム担当でムードメーカーの、ウォレスだ。
いつも以上にテンションが最高潮になっているのか、すぐにでもステージに飛び出したくてウズウズしているウォレス。
そして、俺たちのバンドの紅一点。現役女子高生ながらこのバンドのまとめ役。
ギター担当、やよいだ。
やよいは額から流れる汗を腕で拭い、絹のようにさらりとした長い黒髪を揺らしながら振り返った。
「__みんな、準備はいい?」
笑みを浮かべながら、やよいが声をかけてくる。
Realizeのメンバーの中で最年少だけど、音楽のことになると誰よりも熱い奴に言われたら俺も燃え上がるに決まっている。
何より、アンコールはライブで一番嬉しいことだ。なら、俺たちはそれに応えなくちゃいけない。
それがこの日、この時、この瞬間。俺たちインディーズバンド<Realize>の音楽を聴くために来てくれた、ファンに出来ることだ。
「よっしゃあ! やるぞ、お前ら!」
熱くなった心のままに叫ぶ。
今からやる曲は、Realizeの新曲。この日のために作った一曲だ。
今日のライブの出来次第で、俺たちのメジャーデビューが決まるかもしれないらしい。
だけど、そんなことはもうどうでもよかった。
俺たちだったら、メジャーデビューだって夢じゃない。
それよりも今までの曲の中で最高傑作と言っていいこの曲を、ファンたちの前で披露出来ることの方が__俺たちRealizeにとって大事なことだ。
舞台袖から勢いよくステージに飛び出すと、待ってましたと言わんばかりに爆発するように歓声が上がった。
歓声を一身に受けた俺は、笑いが堪え切れずにいた。いや、もう堪える必要もないか。
上がったテンションそのままに勢いよくマイクを握りしめ、観客に向けて叫んだ。
「アンコールありがとぉ! お礼に今からRealizeの新曲やるぞぉ! お前ら、アゲてけぇぇぇ!」
ボルテージを上げた観客に向けてRealizeボーカル担当__タケルこと俺は、曲名を叫んだ。
「__<ホワイト・リアリスト!>」
ウォレスの激しいドラムストロークでリズムを作り、真紅郎が刻むベースラインが音に深みを与える。
やよいの力強いギターが彩った演奏と、最後に俺の歌声で魂を吹き込むことで……この曲は完成するんだ。
マイクを握りしめて思い切り息を吸い込み、口を開いた。
「__あの日……ん?」
最初の歌詞を口に出した時、気付いた。
足下に、変な模様が浮かび上がっていることに。
何だ、と疑問に思った瞬間__その模様が、視界を奪うほどの眩い光を放った。
「お、おい、何だよこれ!?」
こんな演出は聞いていない。そもそも、これは明らかにおかしい。
その光に包まれた俺……いや、俺たちの足がステージから離れ、浮かび上がっていたからだ。
異常な現象に混乱しながら、同じようにパニックになっているやよいに手を伸ばした。
「__やよい!」
「__た、タケル!」
やよいも同じように手を伸ばす。
俺の指とやよいの指が触れた時、光がより一層輝きを増していく。
ふと、遠くから何かの音色が聴こえてきた。ギターとは違う、荘厳な弦の音。
これは……琵琶か?
「__三千世界の音色に導かれし者たちに、この世界の祝福を」
聞き覚えのない……いや、どこかで聞いたことがあるような。
優しく、不思議な声を最後に、俺の意識は遠のいていった。