魔人瞬殺
「これがひらがなで、わたしはあかこです、と自己紹介する文です」
赤子さんとスラ子にひらがなを教える。
「ならばこいつの名前はスラ子だから、わたしはすらこです、がこいつの自己紹介する時の文か」
赤子さんはスラスラと地面に文章を書く。凄い勢いでひらがなを覚えていく。
「そうです」
「これ、こいつの名前? あかこ?」
スラ子も赤子さんに負けない勢いでひらがなを覚える。
「試しに書いてみるか」
赤子さんがスラ子に向けて文章を書く。
おまえのなはすらこか?
スラ子はそれを受けて文章を書く。
そう。おまえのなはあかこ?
そうだ。
赤子さんは文章を書き終わるとため息を吐く。
「下等生物と意思疎通してしまった」
スラ子もため息を吐く。
「こいつ、仲間、食えない」
食べる気だったのか。
「でも、これで二人とも、仲間だって分かった! そうでしょ!」
赤子さんとスラ子はにらみ合う。
ぜろがすきか?
だいすき。
わたしのほうがすきだ。
わたしのほうがだいすき。
「生意気な奴だ」
「むー」
二人はにらみ合う。
「だが、ゼロが好きだということは分かった。特別に近くに居ることを許してやろう」
ひょいと赤子さんに抱っこされる。
「恥ずかしいです」
「うるさい。お前は私に抱かれていろ」
すうすうと臭いを嗅ぐ。
「良い臭いだ。落ち着く」
ウトウトし出したのでじっとする。
「ゼロ」
ギュッとスラ子が胸の中に納まる。
「寝る」
すうすうと寝息を立てる。
「……このまま三人で暮らすのも悪くないのかな」
食料はきな子が縄張りを分けてくれたため安心できる。
服など考えることはあるが、身をわきまえれば何とか生活できそうだ。
「寝よっかな」
二人の眠気に釣られて目を瞑る。
「騒がしい」
夢心地のところで赤子さんが目をぎらつかせる。
「敵」
スラ子はギリギリの目を細める。
「どうしました?」
「私たちの縄張りの近くで暴れている奴が居る」
「ムカつく」
二人が立ち上がったので頭を振って目を覚ます。
「行きましょう」
森へ出ると遠方から煙が見えた!
「火事!」
「不愉快な」
赤子さんが風を置き去りにするかのように走る!
「スラ子! 赤子さんを追って!」
一回り大きな女性に姿を変えたスラ子の背に乗る。
「分かった」
スラ子は赤子さんに追いつくために風を切って走る。
きな子は一人の青年の前で唸っていた。
「これ以上、森を焼かれたくないだろ?」
「屑が」
きな子は歯ぎしりしながら、火傷を負うオオカミたちを見る。
「我が魔軍の配下となることを誓ってもらう。これは命令だ」
「ふざけるな。お前らの命令を聞くなら殺されたほうがマシだ」
青年は鼻で笑う。
「なら、死ね!」
きな子の前で青年はカラカラのミイラになった。
「何!」
きな子が目を点にしたところで赤子が登場する。
「全く、私とゼロの住処を荒らすな」
赤子はきな子を睨む。
「お前はゼロの犬だろ? 犬なら犬らしく、主人を騒がせるな」
赤子は赤い唾を地面に吐く。
「帰るか」
欠伸をする赤子。それを前にきな子は呟く。
「約100歳程度と若い魔人とはいえ、瞬殺するか」
きな子はじっと赤子を睨む。
「何を見ている? 腹が減ったのか?」
赤い瞳孔と対面するとわずかに後ずさる。
「餌なら自分で取れ。ゼロの犬ならその程度できるだろう」
赤子は悠々と歩く。
「赤子さん!」
そこにゼロが現れる。
「ゼロ! 騒がせたな! もう静かだ」
「静か?」
「下等生物は始末した。まだ居たが……もう居ない」
「どういうことですか?」
ゼロがあたふたしているとスラ子がお腹を摩って現れる。
「大丈夫」
ケフリとげっぷをする。
「スラ子? 突然どこへ行っていたんだ?」
「敵、食べた! 居ない!」
エヘンと自慢げに胸を張る。ゼロは数瞬固まると、スラ子を撫でる。
「ありがとう」
「にへ!」
「待て待て! 私のほうが凄いぞ!」
突如山火事が収まり、さらにオオカミたちの傷が一斉に塞がる。
「ありがとうございます」
「もっと褒めろ!」
「ありがとうございます!」
ギュッと赤子を抱きしめて胸に顔を埋める。
「そうだろそうだろ!」
赤子は嬉しそうに頭を撫でる。
「ゼロ、少し話がある」
のっしのっしときな子が三人の前に立つ。
「何です?」
「説明する前に、二人に礼を言う。この森を救ってくれてありがとう。伝えておいてくれ」
「分かりました。ありがとうだって」
ゼロがきな子を指さしながら二人に笑いかけると、二人は、ふーん、と言う。
「しょうがないな」
苦笑して向き直る。
「それで、何ですか?」
「お前も聞きたいだろう。何があったのか?」
ゼロの表情が変わる。