モンスターと仲良くなるには?
早朝、赤子さん、スラ子とともに森へ行き、オオカミの縄張りの前で叫ぶ。
「何の用だ?」
すぐにオオカミの主が現れた。
「お話したいことがあります」
「何だ? 縄張りはこれ以上やれない」
「縄張りのことではありません。あなたはどうして僕があなたの言葉を理解できるか知っていますか?」
「さて? モンスターテイマーというモンスターを洗脳する人間は知っているが、お前のようにモンスターの言葉を理解できる存在は見たことない」
「僕は勇者と呼ばれる存在です。それは関係していますか?」
オオカミは鼻を引くつかせる。
「なるほど。ならば私の言葉を理解できるのも納得できる。勇者という者は多種多様な能力を持って現れる。お前はモンスターすべての言葉を理解できる力を持った存在だ」
予測は当たった。
「しかし、損な力を持ってしまったな。殺すべき存在の言語を理解できても嬉しくも無い。知らないほうが断末魔の意味も分からないから気楽だろう」
「僕はあなたたちを殺すつもりはありません。仲よくしたいだけです」
「面白いことを言う奴だ」
ふんふんと大きな鼻が鳴る。
「私を呼んだのもそのためか?」
改めて考えると、そうかもしれない。
「そうですね! そうです!」
「私と仲良くなるのは良いが、人間はどうする? あいつらは私たちを敵と思っているぞ」
「それは……」
クラスメイトは嫌いだが、イーストさんは良さそうな人だった。仲良くなれるなら仲よくしたい。
「悩み多い子供だ」
大きな鼻が慰めるように頬を撫でる。
「私は人間と敵対してほしいと思っていない。それはモンスターすべての総意だ」
「そうなんですか?」
「人間も同じだろう。襲ってくるから、邪魔だから、何より言葉が通じないから。理由はそれだけだ」
「確かに、前の世界でもそんな感じがします」
「だからもしも、人間がお前と同じように会話できるようになれば、自ずと争いは無くなる」
考えると当たり前のことだ。
同時に途方もないことのように思える。
「ふふ。悩んでいるな」
ペロペロと舐められる。
「争いを無くすとか、大層なことを考える必要はない。私が言いたいのは、お前は一生懸命、仲良くなるために頑張ればいい。それだけだ」
優しい言葉に気が楽になる。
「ありがとうございます」
鼻の頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。
「助言すると、お前がモンスターと仲良くなるうえで一番の問題は、モンスターは同じ種族の言葉しか分からないことだ。ゴブリンはオオカミの言葉が分からない。オークはゴブリンの言葉が分からない。察しているだろう」
「ええ。薄っすらと思っていました」
「人間は知らないが、モンスターはモンスター同士で縄張り争いを行っている。お前が一方と仲良くなると、それと敵対する奴は良く思わない。何せモンスターはモンスターで、互いを軽視し合っているからな」
不安は当たった。
「その、魔軍が居ますよね? それはどういうことでしょうか?」
「魔軍はそれぞれのモンスターの中でも力と知能のある魔人を中心に統率を取っている。ゴブリンならハイゴブリンとでも形容するか。魔人はお前のように他種族のモンスターの言葉が分かる。お前のように鮮明ではないだろうがな」
声が不機嫌になる。
「魔軍が嫌いなんですか?」
「大嫌いだ。人間のほうがずっと可愛い」
「なぜですか?」
「あいつらは他種族はもちろん、人間の言葉も理解できる。それなのに戦いを止めない。己こそ世界の頂点とすべてを見下している」
ギリギリと歯ぎしりする。
「以前、魔軍から魔人になれとふざけた通知が来た。そいつはかみ砕いて腹に収めたが、そのせいで時折魔軍がこの森に攻めて来る。頭に来る奴だ。大きな力を持っているがゆえの己惚れだ」
「聞いた話よりもずっと複雑なんですね」
「人間は私たちの言葉が分からないから当然だ。それに、このことを知っているモンスターも少ない。会話することができないからな」
寂しそうに声が小さくなる。
「僕に何かできますか?」
慰めるためにギュッと顔に抱き着く。
「ふふ。ありがたい申し出だが、まずは自分のことだ。その二人は私の言葉はもちろん、互いの言葉も理解できていないのだろう」
赤子さんとスラ子を見る。二人とも退屈そうに足をプラプラさせている。
「そうですね」
行き詰っている感じがして肩に力が入る。
「難しいな」
頬を摺り寄せてくれる。
「まずは、その二人同士で会話できるようになることを目指すといい。そうすれば、自然と問題は解決する」
「助言、ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。初めて会話したが、とても楽しかった」
スッと鼻が遠ざかる。
「私は人の言葉や他種族のモンスターの言葉も分かる。だが会話したのは初めてだった。これからも良ければ、話し相手になって欲しい」
「もちろんです!」
「ありがとう。それでは私は食事に行く。何かあれば呼んでくれ」
「すいません! 名前を教えてくれませんか」
「名前か。そうか。人間にはそれが必要だったな」
尻尾がぶんぶん動いて土埃が舞う。
「名前は無い。人間はオオカミの森の主と呼ぶが」
「呼びにくいですね」
「何か考えてくれないか?」
難しい。
「きな子はどうです」
「きな子か。良い名だ」
きな子はそう言うと森の中へ消えた。
「終わったか」
ギュッと赤子さんに抱き寄せられる。
「どうしました?」
「私を放っておくからだ!」
クンクンと頭の臭いを嗅ぐ。
「お前は私の物だ。他の奴と仲良くするのは良いが、私を無視するな。寂しい」
「そんな気はありませんよ」
「ならしばらくこうしていろ!」
赤子さんの膝の上に乗る。凄く恥ずかしい。
「ゼロ」
のそのそとスラ子が膝の上に乗る。
「寂しい」
つぶらな目で甘えて来る。
「ごめんごめん。無視してた訳じゃないんだ」
撫でると不貞腐れるように頬を膨らませる。
「赤子さんとスラ子にお話があります」
二人に事情を説明する。
「この生ものと会話?」
「こいつ、喋る?」
二人はとてつもなく嫌そうな顔になる。
「私はお前と話せればそれでいい! 下等生物など知らん!」
「スラ子、ゼロが良い」
二人がギュッと抱きしめて来る。痛い。
「でも、一緒に居るから、仲よくしてほしいです」
「私はお前とだけ仲良くしたい!」
赤子さんは子供のように駄々をこねる。
「スラ子、ゼロが好き」
スラ子も子供のように駄々をこねる。
「困ったなぁ」
鼻の頭を掻く。
「どうしても話してもらいたいなら、これからはずっとそばに居ろ! 寝る時も!」
「ずっと一緒」
二人は放さない。
「ずっと一緒に居ます」
苦笑いすると力が緩む。
「本当だな? 嘘ついたら酷いぞ」
「嘘はつきません」
赤子さんはスラ子を見る。
「こっちを向け」
スラ子が声に反応して赤子さんを見る。
「スラ子、呼んだ?」
スラ子は首をかしげると赤子さんはため息を吐く。
「何を言っているのか分からん。ぴちゃぴちゃ水音だけだ」
どうも僕が聞こえる声と全く違って聞こえる様だ。
「キンキン、うるさい」
スラ子も疲れたように顔を伏せる。
「文字を使うべきか」
課題は山積みだ。だけど一つ一つ解決していこう。
幸い二人とも〇×ゲームを理解できた。
だから文字で意思疎通ができるはずだ。
「ゼロー。私はお前とお喋りがしたい!」
「ゼロ! ゼロ!」
「はいはい」
とりあえず今は二人のおもちゃになろう。