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世界の破滅とグランド

 ゼロが死んだ。

 赤子とスラ子は悲しんだ。


「ゼロを生き返らせよう」

「また、ご飯食べる」


「そのために、世界の命を吸いつくそう」

「皆、ゼロが好き」

 二人は泣きながら歩む。




 最初に異変に気付いたのはきな子だった。

「赤子! スラ子!」

 きな子は朝焼けの中、赤子とスラ子の元に立つ。


「ゼロが死んだ」

 赤子は腕の中のゼロを労わるように撫でる。

「生き返らせる」

 スラ子はゼロの唇にキスをする。


「……死んでしまった生物を蘇らせることはできない。たとえお前たちでも」

 きな子はゼロに涙を送る。


「止まれ。ゼロが悲しむ」

「私はゼロが好きなんだ」

 赤子は寂しく笑う。


「止めろ。お前たちの力でもゼロは生き返らない」

「スラ子ね、ゼロが大好き!」

 スラ子は涙を流しながら笑う。


「……私もゼロが好きだ」

 きな子は涙を流しながら、構える。


「だからこそお前たちを止める!」

 きな子は二人に戦いを挑む。




 決着は一瞬だ。

 きな子は二人に攻撃を振り下ろす前に、吸血鬼となっていた。




「一緒にゼロを救おう」

「皆、一緒」

 二人はきな子の背に乗って万年都を目指す。


 きな子は吸血鬼となり、赤子の言いなりになりながらも、涙を流した。




「な、なにがぁああああ!」

「いやぁあああああああ!」

 万年都は人々の悲鳴で埋め尽くされる。


「何もされていないのに吸血鬼となっていく!」

 ジャックは部屋に立てこもりながら、考える。


「接触感染? 違うな。空気感染か? おそらくそうだ!」

 布を口に当てる。


「傷口からも感染し、吸血鬼になる!」

 体を防具で固める。

 そして吸血鬼がバリケードを突破して、部屋に入る。


「バード! ザック! アマンダ!」

 真っ赤な髪、真っ赤な目、鋭い牙、尖った爪。

 万年都の住人がジャックに襲い掛かる。


「世界の終わりだ」

 ジャックは項垂れて、吸血鬼たちに身を任せた。




「スラコ? アカコ?」

 ハチ子の巣に赤子とスラコが入る。

 ハチ子は二人に首を傾げる。


「ゼロワ?」

「ゼロ、死んじゃった」

 スラ子はゼロの死体をハチ子に見せる。


「シンダ?」

 ハチ子はペタペタと触覚でゼロを撫でる。


「悲しい?」

 スラ子はハチ子に抱き着く。


「カナシイ」

 ハチ子は大きな目から涙を流す。


「皆と、ゼロ、助ける」

 スラ子は触手を伸ばし、ハチ子たちを包み込む。


「皆、一緒」

 スラ子は赤子とともに空っぽになった巣を出る。




「ママ?」

 アリ子は赤子のゼロを覗き見る。


「ママ?」

 顔を近づけて何度も囁く。


「ゼロ、死んじゃった」

「ママ、シンダ?」


「嫌だよね」

「イヤ」

 アリ子は手でゼロの冷たい頬を撫でる。


「アリ子も、ゼロ、助ける」

 スラ子がアリ子たちを包み込む。


「スラ子も、一緒」

 スラ子はお腹を一撫でして、赤子とともに外へ出る。




「ゼロ?」

 クモ子は赤子の腕で眠るゼロの遺体に顔を近づける。


「死んじゃった」

「シンダ?」


「でも、生き返る」

「イキカエル?」

 クンクンと臭いを嗅ぐ。

 そして赤子とスラ子の涙を拭う。


「ナカナイデ」

 スラ子は顔をくしゃくしゃにする。


「一緒に、ゼロ、助けて」

「イイヨ」

 二人の頭を撫でる。


「ダカラ、ナカナイデ」

 スラ子の体がクモ子たちを包む。


「生き返る。皆、ゼロ、目、覚ましたら、生き返る」

 スラ子は何度も喉を震わせた。




 ゼロが死んで一日後、イーストは妻のコメットとともに、隠し部屋に立てこもる。外ではガリガリと吸血鬼が扉を引っかいている。

「非常に残念だ」

 イーストはコメットを抱きしめる。


「私たちは、スライムか吸血鬼になってしまうのですね」

 コメットは諦めた声で呟く。


「そうだな」

 イーストは壁の隙間からにじみ出る赤い液体とスライムを見つめる。


「コメット。私はお前が好きだ。だから、吸血鬼やスライムとなったお前を見たくない」

「私も、お見せしたくありません」


「そして私も、そのような姿をお前に見せたくない」

「私も、見たくありません」

 イーストはナイフをコメットの胸に近づける。


「待っていてくれ。すぐに行く」

「お待ちしております」

 スッとナイフが心臓に突き刺さると、コメットは安らかな顔で逝く。


「ゼロ、本当に済まなかった」

 イーストはコメットの手にナイフを握らせると、己の胸に突き立てた。




 数週間後、西部戦線に人間軍と魔軍の混合軍が、塹壕や砦を作って、吸血鬼とスライムを待ち構える。

「まさか、こんな形で戦争が終わるだなんてね」

 人間軍総大将のレビィが前線で笑う。


「はるか昔、今日のように手を取り合ったことがあります。私が本当に子どもの頃の話ですが」

 魔軍総大将の魔王候補、ドラゴンレディはレビィの隣で硬い表情を続ける。


「その時も、こんな風景だった?」

「いえ、あのような地獄ではありませんでした」

 二人は地平線を埋め尽くす吸血鬼とスライムの大群を見つめる。


「まるで、血の大河」

「私には涙の大河に見えます」

 二人が拳を握ると同時に、警鐘が鳴り響く。


「来たぞ!」

 混合軍は攻撃体勢を取る。


「前線は私が指揮する。あんたたち魔軍は、危なく成ったら逃げて良いわ」

「よろしいのですか?」


「人間の生き残りは、私を含めて、ここに居る一万人だけ。たとえ吸血鬼とスライムを退けても、あなたたちと戦争することはできない。つまり、これが終わったら、あんたたちがこの大陸の覇権を握る。なら、あんたたちが生き残るべき」

 レビィは拳をゴキゴキ鳴らす。


「……幸運を」

 ドラゴンレディはレビィに手を差し出す。レビィは握手を交わすと、声を張り上げる。


「人間軍! 私に続け!」

 レビィは目前に迫る死に特攻する。


 それから、何度も吸血鬼を殴った。スライムを殴った。

 何度も死を覚悟した。

「もう……人間で生き残っているのは、私だけか」

 振り返っても誰も居ない。


 それでも前に進む。

 そしてついに、赤子とスラ子の前にたどり着く。


「会いたかったわ」

 腕と足はボロボロ。体中傷だらけ。吸血鬼化とスライム化が進んでいて、右の瞳は赤く、左の瞳は水のように透明だ。


「なぜ世界に牙を向いたの? ゼロ君が嫌いになっちゃった?」

 レビィは笑いながら赤子とスラ子に近づく。


 そして、ハエとウジの集るゼロを目にする。


 赤子とスラ子は、ハエとウジを、指で一つ一つ、丁寧に、潰していた。


「……当然の結果かな」

 赤子の体から、赤い液体と透明な液体が噴き出す。


「ゼロ、大丈夫だぞ。もうちょっとで生き返る」

「ゼロ、もうちょっと、頑張る」

 二人は涙を流しながらも、必死に笑いかけた。




 さらに一月後、魔軍の総司令部兼魔王城は、沈黙に打ちひしがれていた。

「どうすりゃいい?」

 何度も何度も、魔王候補たちは震える。


「こんなことなら、私たちは競わず、協力し合うべきだった」

 魔王候補のデーモンクイーンが自虐的に笑う。


「ササッと人間たちを倒しておけば、何とかなったたもね」

 魔王候補のメデューサはギョロギョロと瞳を動かす。


「そもそもてめえらが素直に俺を魔王と認めれば良かった! そうすりゃ今頃、あんな奴らぶっ殺してた!」

 魔王候補のジャイアントリスが大理石のテーブルを叩き壊す。


「魔王が死んだ。だから次の魔王を決める。その指標は人間をどれだけ殺したか。今考えても、馬鹿なことだ」

 魔王候補のアンデットキングは窓の外を見る。

 窓の外には、結界を破ろうと押し寄せる、スライムと吸血鬼の大群が居た。


「泣き言を言っても仕方がありません。そろそろ結界が壊れます」

 魔王候補のドラゴンレディは皆を見渡す。


「この状況を打破するには、魔王となるしかありません。しかし魔王は常に一人。だから、数千年ぶりにもう一度聞きます。魔王に相応しい者は誰ですか?」


「その答えはいつも決まっているわ」

「私ね」

「俺だ」

「俺こそが相応しい」


 他の魔王候補も、口をそろえて、己こそが相応しいと言う。


「分かりました。どの道、選定の儀式はもうできない。だから口だけのお遊びでしたが、それでも、残念です」

 ドラゴンレディは立ち上がる。


「皆さん、さようなら」

 ドラゴンレディの別れの言葉とともに、結界が崩れた。




 すべてが終わった。世界には赤子とスラ子しか居ない。

「これでゼロは蘇る」

 赤子は吸血鬼たちを取り込む。


「ゼロ、お待たせ」

 スラ子はスライムたちを取り込む。


 そして二人はゼロに語り掛ける。


「ゼロ、起きろ」

「ゼロ、起きて」

 二人は何度も何度も、白骨と化したゼロに語り掛ける。


「ゼロ」

「ゼロ、ゼロ」




「ゼロ」

「ゼロ、ゼロ」







「ゼロ」

「ゼロ、ゼロ」










「ゼロ?」

「ゼロ? ゼロ?」













「なんで、生き返らないんだ?」

「ゼロ? 死んじゃったの?」
















「死んだ奴は生き返らない。たとえそれがゼロでも。例外はお前たちだけだ」

 二人の後ろに男が立つ。


「お前は誰だ」

「誰」

 二人は男を見ない。ゼロだけを見る。


「俺の名はグランド」

 グランドが名乗ると、二人は振り返る。


「ゼロ?」

「え?」

 二人は何度も瞬いてグランドを見る。


「ゼロじゃない?」

 グランドは老人の姿だ。ゼロと違うなど明白だ。

 グランドは二人を無視して、砂時計をポケットから取り出す。


「ゼロを蘇らせる方法はある。お前たちが過去に行って、ゼロを助けろ」


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