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赤子とスラ子の過去

 赤子は生まれた時、一人ぼっちだった。

 空と大地のみの世界で、血の海となって存在していた。


「詰まらない」

 初めての感情が退屈であった。


「詰まらない」

 長い年月を得るごとに、何かしたいと思い始める。

 そしてついに、こう思った。


「動いてみよう」

 赤子は血の海から人型を作ってみた。


「動く」

 赤子は赤い固形物を動かして、大地を歩いた。


「何もない」

 最初は動くことが楽しかった。しかしすぐに飽きた。そして絶望した。

 この星は生まれたばかり、大地と空、そして赤子しか居なかった。


「増やす」

 だから今度は自分を増やしてみた。血の海が枯れるほど増やしてみた。


「歩く」

 そして再び大地を駆ける。


「空は青い、私は赤い」

 赤子は増やした自分を通して世界を見る。それは数十億の脳を操るのと同じ行為。しかし赤子は苦ではない。できて当然の行為だった。


「詰まらない」

 そしてすぐに飽きた。人形遊びは趣味では無かった。


「私は赤いだけ」

 やがて赤子は眠りに付く。目覚めは数億年後だった。




 赤子が眠っている間に誕生した生命がある。

 スラ子だ。


 スラ子は大地に生まれ落ちた、唯一の細胞であった。最初は極小、それこそ電子顕微鏡で観測しなければ分からないほどの小さな存在だった。

「寂しい」

 彼女が感じた最初の感情は孤独感であった。


「増やす」

 だから彼女は微生物のように増えた。


「寂しい」

 しかし彼女は満たされなかった。いくら増えても、ちっぽけな存在であることに変わりはない。


「大きくなる」

 次に彼女は体を大きくした。

 広すぎる世界が怖かったのかもしれない。


「増える」

 さらに彼女は増え続けた。

 それがスライムである。


 スライムは初めて生まれた生物であった。


「何もない?」

 複数のスライムとなったスラ子は、赤子と同じく、増やした自分を通して世界を回る。赤子と同じく、それは数十億の脳を持つのと同じであった。もちろん、スラ子に苦など無い。できて当然だ。


「赤いこれは、何?」

 そしてついにスラ子は赤子の血の海に興味を持つ。


「この先、何かある?」

 孤独なスラ子は、ついに赤子と接触した。




 そうだ。二人はゼロに会う前に、対面していた。

 それは偶然であった。だが必然でもあった。

「なんだ?」

「何?」

 二人はついに顔を合わせる。


「お前は誰だ?」

「あなたは誰?」

 しかし言葉は通じない。


「下等生物が!」

「お腹空いた」

 二人の戦いが始まる!


 赤子は赤い分身で攻撃する。

 スラ子はスライムの分身で攻撃する。




「何だこいつは?」

「無くなる?」

 戦いが始まると、不思議なことが起きた。奇跡と言うべきか。


 互いが混じりあうと、反発するように、互いの手を離れる。

 赤い血は血液となり、スライムは細胞となる。

 それは人型や草木、果ては酸素となる。


 原初の二人から解き放たれた、生命の誕生だ。


 戦いは何十億年も続いた。そのたびに生命が生まれる。

「飽きた」

 ついに赤子が興味を失い眠りにつく。


 それから生命は活発に活動する。


 二人が戦う間、その余波で生命は誕生と消滅を繰り返す。

 それは二人にとって、人間が小蟻を踏みつぶして気づかないのと同じだった。

 それがついに終わる。


 すると生命の爆発が起きる。

 生命は小蟻では無かった。


「お腹空いた」

 それでも、生物の頂点はスラ子の分身、スライムだった。

 他の生命体はスライムに食われないことを祈るばかりだった。


「寂しい」

 しかし、ついにスラ子は活動を止める。スラ子は単細胞のように、緩慢に生物を食べた。不老不死のスラ子は、恐怖と無縁であった。空腹も無かった。だから寂しさと退屈を埋めるためだけに食べた。近くに生物が居ても無視した。


 それから数億年の月日が流れる。赤子とスラ子が混じりあった海は生命を育み、ついにはミトコンドリアなどの微生物を生み出す。


 それは年月を得るごとに進化し、草木となり、ついには地上を覆い、両生類となって地上を歩く。


 進化は止まらない。いつしか猿から人を生み出す。


 さらに芳醇な栄養素からモンスターを生み出す。


「グオオオオ!」

「#炎の咆哮__ファイヤーボイス__#!」

 それからモンスターと人間の苛烈な生存競争が始まる。


 モンスターはスラ子から得た豊富な体力と力を武器に。

 人間は赤子から得た豊富な知力と魔力を武器に。


 その間にも時折、スライムが暴れたが、大事には至らなかった。


 さらに年月が進む。


 万年樹など二人の力が均衡した物は植物や鉱物などになる。

 どちらかが打ち勝った場合は知的生命体かモンスターになる。

 虫人など、モンスターよりの知的生命体はスラ子の細胞が多い。

 エルフなど、人間よりの知的生命体は赤子の血が多い。


 二人は生命王と呼ぶべき、原初の生命体だった。




 しかし、当の二人は満たされない。

 それら進化は本人たちを置き去りにした進化だ。


「騒がしい?」

 始めに目覚めたのは赤子だった。


「何だろう? とても、賑やかだ」

 彼女は目覚めると赤い人型となって世界を見る。


「何だ? 何をやっている?」

 赤子が見た世界は、人々が手を繋ぎ、笑顔で歩く姿だった。


「何が起きた?」

 赤子は混乱しながらも必死に観察する。


「……楽しそうだ」

 そして、妬みを覚えた。


「どうして私には語り掛けない? 私の言葉が分からない?」

 赤子は初めて人やモンスターと触れ合う。

 皆は恐れるばかりだった。


「私は寂しいんだ!」

 赤子の声は届かない。


「なるほど、下等生物か」

 赤子は思いを分かってくれない生物を下等と見なした。


「しかし、なぜ下等生物は楽しそうなんだ?」

 赤子はついに生物に興味を持つ。


「そうか。言葉を理解できるようにすればいい」

 赤子は己の言葉が理解できるように血を操作した。


 吸血鬼の誕生である。


「何だ? なぜ私になった?」

 生物の血液は元々赤子の血だ。だから言葉を理解できるように操作するとは、赤子に先祖返りすることに他ならない。


「まあ、良い。いつか言葉が理解できる生物が現れる」

 そうして赤子は吸血鬼を増やした。


 吸血鬼と人間およびモンスターの全面戦争の始まりだ。


 吸血鬼は強い。何せ赤子の分身だ。噛まれればたちまち赤子となってしまう。


 すぐに知的生命体は赤子に屈することとなる。


 真の勇者が現れるまでは。


「派手にやっているな、原初の血よ」

「お前は! 私の言葉が分かるのか!」

 赤子は涙した。しかし真の勇者は首を振る。


「確かに分かる。しかしお前の心は分からない」

「何を言っている?」


「俺は真実を言っただけだ。そして言おう。二千年後、お前の望む男が現れると。お前の心が分かる男が来ると! その男がお前を起こすと!」

「何を言っている?」

 赤子は真の勇者に近づく。しかし真の勇者は剣を振って拒絶する。


「こ、この下等生物が!」

 それから真の勇者と赤子の戦いが始まる。戦いは数年にも及んだ。


「本当に、二千年後に現れるのだな?」

 ついに赤子は心を折る。


「その通りだ」

 真の勇者はボロボロになりながらも答える。


「分かった。その時を待ってやる」

 そして赤子は再び眠りにつく。

 その間、吸血鬼たちは赤子の呪縛から逃れ、一つの種族となる。

 彼らは力の源となる赤子の血が蒸発しないように、太陽を嫌った。

 それは赤子が目覚めるまで続いた。




「お腹空いた」

 赤子が眠るとスラ子が起きる。


「誰かいる?」

 スラ子は初めての知的生命体に興味を持つ。


 スライムの反乱が始まった。


「何を言っているの?」

 スラ子は赤子と同じく、人間やモンスターの言葉が分からない。だから分かる存在へ変える。

 細胞を元のスラ子へと戻す。


 スライムと人間およびモンスターの戦争だ。


 細胞は元々スラ子の分身、つまりスライムの分身だ。


 触れればすぐにスライムと化してしまう。


 このままでは全ての存在がスラ子となる、その前に、真の勇者が現れた。


「落ち着け、原初の生命よ」

「言葉、分かる!」

 スラ子は喜ぶが、真の勇者は否定する。


「言葉は分かる。しかしお前の苦しみは分からない。お前の心を癒す男は、二千年後に現れる」

「二千年後?」


「そうだ。それまで眠るがいい」

「……分かった。寝る」

 こうしてスラ子も眠りについた。


 それからは人間と魔軍が知る歴史だ。


 彼らは何度も戦い、何度も滅びかけ、何度も蘇り、何度も殺し合った。


 その間、赤子とスラ子は無関心だった。


「……誰の声も聞こえない」

 赤子は声が聞こえるまで眠り続ける。


「お腹空いた?」

 スラ子は語り掛け続ける。


 その間にも、二人の手を離れた吸血鬼とスライムが地上に出た。

 彼らは己の意志を持って動く。


「母はいつか目覚める。その時まで生き続ける。いつか一つになるまで」

 そう信じて。


 そして、ようやく、一つとなる日を迎えた。


「逃げて!」

 ゼロがスラ子に叫んだ!




「にげる!」

 スライムたち、すなわちスラ子には衝撃の言葉だった。


「ことば、わかった?」

 だからスライムたちは、ゼロを助ける。


「おなかすいた?」

 最も、二千年眠り着いたスラ子に、初めて質問するスラ子に、話せる言葉は限られる。


「ちもちわるいかな」

 それでもゼロはスラ子と会話する。


 ああ! ようやく会えた!


 スラ子は初めて、心の底から、安心した。


 私! 一人ぼっちじゃない!




 そして赤子も目覚める。

「声が聞こえる」

 赤子は初めて、己と同じ言葉を話す男の子を見つけた。


「お前、私の言葉が話せるのか?」


 その時の胸の高鳴りは忘れられない。


「右手を上げろ」

 男の子は次々と赤子の言葉通りに動く。


 歓喜を上げたかった。


 だがそれでも喜べない。


 分身である吸血鬼も同じことができる。


「腹が減った」


 男の子は手首を切り、大量の血を捧げる。


「私の味じゃない!」


 その血はとても美味しかった。


 私は今! とても楽しい!




 それが彼女たちがゼロに出会うまでの記憶だった。




「ゼロ?」

「ゼロ? ゼロ?」

 二人は突然、煙のごとく消えたゼロに呼び掛ける。


 いつも一緒にいる存在。

 永遠に傍に居ると決めた男の子が消えた。


 それはとても残酷な出来事であった。


「ゼロ!」

「ゼロ! ゼロ!」

 二人は部屋のドアと窓をけ破ってゼロを探す。


「死なないでくれ!」

「死んじゃやだ!」

 二人はゼロを攻撃してしまった事故を覚えている。


 あの時二人は、死を覚悟した。


「「ゼロ!」」




 そして……ああ……冷酷な結末が近づいている。

「死ねよ!」

 赤子とスラ子がゼロと出会ったダンジョンで、ミサカズのナイフがゼロの腎臓を貫いている。


「ミサカズ!」

 ゼロは涙を流して、口から溢れる血を食いしばって、ミサカズを睨んでいた。


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