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最悪と対面

「ジャックさん、犯罪率は低下していますか」

 アントワネットさんとフランソワーズさんを持て成す最後の打ち合わせをしている最中、どうしても気になったので聞く。


「王都から来た騎士のおかげで減っている。準備は万全だ」

 ジャックさんはいつも通り、何か企むような悪い笑みを浮かべる。


「そうですか」

 二週間前の人物は見間違いだと分かり、一安心する。


 あれからずっと、粘っこい視線を感じていたが、やはり気のせいだった。


「しかし、昨日も同じことを言ったぞ?」

「すいません、どうしても気になって」

 書類に目を移す。

 手順に問題は無いだろう。


 まずは万年都の入り口で出迎えをする。

 次に万年都の案内をする。

 一番の目玉はハチ子、アリ子、クモ子の巣だ。

 それが終わったらオオカミたちと触れ合ってもらう。

 最後は万年樹の森とオオカミの森をきな子に乗って見てもらう。


「モンスターと仲良く共存する。森の秘薬や超人薬などどうでもいい。モンスターと共存! それこそ万年都の特色だ!」

 ジャックさんは滅茶苦茶張り切っている。


「ゼロ! ついに二人の馬車が見えた! 急いできな子と一緒に出迎えだ!」

 バードさんが慌ただしく部屋に入る。


「すぐに行きます! ジャックさん、行ってきます」

「堂々とエスコートしてやれ!」

 ジャックさんに背中を叩かれると、気合が入る。


「行ってきます!」




「本当にモンスターと共存してる!」

「凄いわ!」

 二人は入り口で飛び回る蜂人を見て声を上げる。


「頼りになる見張りです」

 おいでと手招くと素直に下りて来る。


「人間みたい!」

「私の兵よりも心強いわ」

 二人は笑顔で蜂人と握手する。


「ゴハン?」

「違うから!」

 耳打ちして必死に涎を止めさせる!


「万年都をご案内します! 僕や案内人から離れないでください! 初対面の方は敵と思われてしまうので! あと武器はお預かりします!」

「分かったわ! 皆、武器を置いて!」

「とても規律だった護衛ね。人間よりも頭が良いわ」

 護衛の武器を預かる。そして三名に一人の案内人を付ける。

 こうしないとハチ子たちが敵だと思い襲い掛かる。万年都の課題の一つだ。


「出発します!」

 二人と一緒にきな子の頭に乗る。


「分かった。ゆっくり歩こう」

 きな子が二人を落とさないようにゆっくりと立ち上がる。


「凄い! 高い!」

「これは絶景ね」

 二人は笑顔で喜んでくれた!




 それから二人に万年都の魅力を案内する。

 まずはハチ子の巣だ。


「凄い甘い香り!」

「蜂蜜? それよりも色が濃いわ」

 二人とも巣に入るなり、蜂蜜の臭いに夢中だ。


「ハチ子の赤ちゃんが食べる特別な蜂蜜です。どうぞ一口食べてください」

 ハチ子に断りを入れて、蜂蜜をスプーンで掬う。


「美味しい!」

「さっぱりして、それでいて濃厚! 不思議な味」

 二人ともお気に召したようだ。


「次はハチ子を紹介します」

 二人をハチ子の前に連れて行く。


「大きい!」

「凄い迫力!」

 ハチ子の複眼が二人を捉える。


「ゴハン?」

 ハチ子は大きな顔を傾げる。


「違うよ。僕の友達」

「ケライ?」

 うーん。時間をかけてでも意識改革をしたほうがいいかもしれない。


「友達」

「……トモダチ」

 ハチ子の触覚が二人を撫でる。


「くすぐったい!」

「お手柔らかに」

 二人は笑って受け流す。


「……フン」

 ハチ子は二人から顔を背けると、ふて寝するように寝っ転がる。


「寝ちゃった?」

「どうやら日が悪かったようね」

 二人は気にも止めない。とてつもなく度胸がいい。お供の人などハチ子の子供が横切るたびに体を硬くしているのに。


「そうみたいですね。次はアリ子の巣を案内します」

 もう少し触れ合って貰いたいが、時間が押している。


「企画係って大変だな」

 学校ではエリカたちが我が物顔で取り仕切っていたが、今だけは尊敬する。




「ここがアリ子の巣です」

 アリ子の巣である蟻塚の前に来る。


「凄い高さ!」

「万年樹と同じくらいの高さがあるわね!」

 アリ子は巣穴を掘らず、ハチ子の真似をして蟻塚を作った。その大きさは万年樹と同じ大きさ、つまり東京タワークラスだ。


「蟻人の建築能力は人間を超えています」

 アリ子たちならピラミッドも楽勝で建てられるだろう。

 ちょっと自慢しながら中へ入る。


「手すりがあるんだ!」

 アントワネットさんが階段の手すりに興味津々に触る。


「この階段、人間の手が加えられていますね?」

 フランソワーズさんはしゃがみ込んで、階段を観察する。


「建物は大雑把に蟻人が作ります。細部は人間が手入れをします」

「役割分担! 頭いい!」

「蜂人は蜂蜜と防衛力を提供し、蟻人は家を提供する。素晴らしい関係ね」

 おや? フランソワーズさんの目が怪しく光ったぞ?


「どうかしました?」

 しかしそれは一瞬にして消えた。笑って話を逸らす。


「ここの階段は僕専用の階段です。女王蟻のアリ子に会いに行くためだけの階段で、働き蟻たちは、反対側の穴から出入りします」

「へー。やっぱりゼロ君のお願いは聞くんだ」

 今度はアントワネットさんの目が細まる。


「凄いね! 私もアリ子ちゃんと友達に成る!」

 それもまた一瞬にして無邪気な笑みに変わる。

 手ごわい相手だ。


「ここがアリ子の部屋です」

 特製のドアを開けて中へ入る。


「ママ!」

 ハチ子と同じように大きく成ったアリ子が出迎える。

 アリ子はギュッと抱き着くと甘えるように顔を摺り寄せる。

 嬉しいけど、痛い。


「いい子にしてた?」

「アリコイイコ!」

 頭を撫でるとグリグリと顔を押し付ける! 痛いって!


「……ゴハン?」

 そしてアントワネットさんとフランソワーズさんに複眼を向ける。


「僕の友達」

「……ママノトモダチ?」

 アリ子はいつも通り触覚で二人を触る。


「……ママ!」

 そしてキツく抱きしめる! 赤子さんとスラ子が服の下に紛れていなかったら潰れているぞ!


「寂しかったんだ。ゼロ君! もっと仲良くしなきゃ!」

「私たちよりも大切にしないとダメですよ」

 二人は仲睦まじいといった感じに見ている。


「……ママ!」

「わ、分かったからもう放して! 皆さん! 次はクモ子の巣へ案内します!」


「イッショニイル」

「わ、分かったよ! よしよし!」

 アリ子が放してくれるまで、頭を撫でた。




「次はクモ子の巣です」

 ギシギシと痛む体を摩る。痛いけど肩こりが取れた気がする。


「クモ子の巣は蜘蛛人が徘徊しています。絶対に離れないでください」

 クモ子だけは特別なので念入りに注意する。


「分かった!」

「あなたの言う通りに」

 二人は怯えずに会釈する。


「行きます」

 少し緊張してクモ子の巣へ進む。


 クモ子の巣は万年都から少し外れた場所にある。これは蜘蛛人が獰猛な肉食であるためだ。

 一応樹液も吸うが、狩人の彼女たちのメインは肉だ。

 またハチ子やアリ子と違って社会性を持たず、仲間意識も薄い。

 そのため、下手に近づくと噛みつかれる危険がある。


「結構危ないのね」

 アントワネットさんが腕に抱き着く。

「万年都はよく襲われないわね」

 フランソワーズさんも腕に抱き着く。


 二人から甘い臭いがする。


「万年都では仲間を襲わないように教育しました。それでも本能が強く、巣の近くでは僕が居ないと襲ってきます」

「その、近くに居て迷惑じゃないの?」

 アントワネットさんが胸を腕に押し付ける!


「じ、実は、彼女も万年都には欠かせない存在なんです」

 笑いながらクモ子の巣の前に立つ。


「ゼロ?」

 巨大なクモの巣からクモ子が糸を伝って下りて来る。


「久しぶり」

 クモ子に手を振る。クモ子はアントワネットさんとフランソワーズさんを見ず、僕に顔を近づける。


「ゴハンタベル?」

 そう言うとクモ子は返事も待たずに巣へ上る。

 そして巨大なムカデを掴んで下りてきた!


「ゴハン」

 ドサリと目の前に置かれる。


「ありがとう!」

 見た目がキツく、生のまま食べるなど本来嫌だが、せっかくクモ子がくれたのだ。一口だけ食べる。


「美味しい!」

 ニッコリと笑う! するとクモ子に抱っこされる。


「ゼロ……」

 そしてウトウトし出す。


「これがクモ子が必要な理由ですね」

 フランソワーズさんは作り笑いをする。


「万年都は万年樹の森と密接に関係しています。だから万年樹の森から巨大なネズミなど、モンスターが押し寄せます。クモ子たち蜘蛛人は、それらを狩ってくれます」

「うう……理由は分かったけど、怖い」

 アントワネットさんは涙目で巨大ムカデを見る。


 凄い二人だ。

 本心では全く怯えていないのに、怯えた女性を演じきっている。

 僕が巨大ムカデを食べたことに何も言わないのがその証拠だ。

 巨大ムカデを食べたことにドン引きすると、僕に悪印象を与えると分かっての行動だ。


「ちなみに、クモ子たちが居るメリットは、外敵から身を守ること以外にもあります。クモの糸がそうです」

 蜘蛛の糸は、転移前の世界でも注目されている糸だ。

 軽く、丈夫な紐はどの世界でも重宝される。

 クモ子クラスの糸だと、おそらくだがジェット機を引っ張れるほどの強度を持つはずだ。


 もちろん、頭の良い二人が見過ごすはずなど無い。


「……粘着性があるから、軽い武器や防具が作れる」

「強い伸縮性。新型のカタパルトが作れるわ」

 瞳の奥が黒く輝くところを確かに見た!


「綺麗な糸! お洋服作ってみたい!」

「これがあれば、お城の掃除も捗るわね!」

 もちろん、瞬いた瞬間、普通の女性の目になっていた。


「今日はここまでにしましょう。明日はきな子たち、オオカミたちを紹介します!」

「お腹空いた!」

「夕食は何かしら? 楽しみにさせて頂くわ」

 二人は可憐な笑みを崩さない。


「あとでジャックさんと話し合ったほうが良いな」

 正直、今の僕では彼女たちに勝てない。注意深く見てみると、忙しなく瞳が万年都を観察している。

 万年都の構造は丸裸にされてしまったかもしれない。


「それにしても、ねっとりと誰かに見られている?」

 赤子さんとスラ子、きな子が騒がないため敵意も悪意も殺気も無いと思われるが、誰かに見られている気がする。前々から感じていたけど、二人が来てからそれが強くなった。


 しかし、あくまでも僕の勘だ。それらも含めて、ジャックさんと相談する必要があるな。


「では皆さん! 僕の家に招待します!」

 それはそれとして、笑顔で皆を家に招待する。ここで不快な顔をしては失礼だ。




「誰かに見られていた?」

 夕食の後、アントワネットさんとフランソワーズさんを寝室に案内し、ジャックさんの部屋に直行する。


「前から薄っすら感じていたんですけど、今日は見られているとはっきり感じました」

「犯罪率を気にしていたのはそのためか……うーん。新手のスパイか? いずれにせよ、注意する」


「ありがとうございます」

「それはそれとして、あの二人はどうだった?」


「実はですね」

 今日の出来事を話す。


「心配するな。あの二人は結婚するメリットがあるか品定めしていただけだ」

「そうですか。結婚ですか……誰と?」


「もちろんお前だ。フランソワーズは娘だろうがな」

「ちょっと待ってください! 何で僕が結婚!」


「領地を強化するには結婚が一番だ。知らないのか?」

「知りませんよ! だいたい僕と結婚して何になるんですか!」


「お前は自分の価値を分かって無いな。それはダメだ。しょうがねえ。そろそろいい時期だ。四五人女を食ってみるか」

「何を言っているのか全く分からないんですけど?」


「とにかくだ! 二人は最終日、必ず自分の領地に遊びに来ないか聞いてくる。どっちと結婚するか考えておけ」

「嫌です」


「二人同時に食うのか? 見た目によらず貪欲だな」

「もう寝ます!」

 ジャックさんの部屋を急いで飛び出る!


 その前に、どうしても、あることが聞きたくなった。


「ところで、お酒の窃盗は減っていますか?」

「突然どうした?」

 ジャックさんが怪訝な表情になる。


「何となく聞いておきたくて」

「ふむ……無くなっては居ないな」


「……そうですか」

 静かにドアを閉める。


「赤子さん、スラ子、近くに敵は居なかったよね?」

「居なかったぞ」

「感じないよ」

 二人の言葉を聞いて安心する。


 どうしても二週間前に見た男の姿が頭から離れない。


「ノイローゼかな?」

 今もなお、見られている気がして、背筋が寒い。


「今日は朝まで外へ出ない様にしよう」

 風邪を引いたかのように汗が噴き出る。


 あいつの視線が消えない。




「ふにゅー。ちかれた」

「あいつら只者じゃない。おそらくだがイーストより強いぞ。少しでも身じろげば、私たちが居るとばれていた」

 自室で赤子さんとスラ子が体を伸ばす。


「お疲れ様です。あと数日頑張ってください」

 寝巻に着替える。ふと、足に隠したナイフを外すか悩む。


「うーん。赤子さんとスラ子が居るから大丈夫だと思うけど……念のために」

 あの野郎が居るのでは? そう思うとナイフどころか拳銃だって持ちたい。それくらいあいつはヤバい。


「いけないな……もう死んだんだ」

 深呼吸して気分を落ち着ける。

 どんどん視線が強くなる。心臓がキリキリ痛む。


「お待たせ! 寝ましょう!」

 寝るに限る! 二人が一緒なら安全だ!


「赤子さん? スラ子?」

 二人に振り返ると、二人は凍り付いたように固まっていた。


「俺が時を止めた」

 あの野郎の声が背後から聞こえた!




「ミサカズ!」

 振り返ると腹に衝撃が走る!


「し、しんだはずなのに……」

 意識が遠くなる。


「不老不死って知ってるか?」

 ミサカズのねっとりした笑みが瞳に焼き付く。




 赤子さんもスラ子もきな子も、こいつに気づけなくて当然だ。


 1988年、女子高生コンクリート詰め事件と呼ばれる少年犯罪が起きた。

 裁判の時、主犯の一人はこう言ったらしい。


『あいつは臭くて邪魔な物だった。人間じゃないのに、何で殺して悪いのか分からない』


 ミサカズはそいつと同じタイプだ。


 こいつは、僕を殴ることも、殺すことも、悪いとは思っていない。敵意など持っていない。悪意すら持っていない。


「酒持ってねえのか? 使えねえ奴」

 ガツンと頭を殴られる。血が目に入る。


 こいつはクラウンさんともレビィさんとも違う。あの二人は罪の意識が無くても悪いことだと自覚していた。だから赤子さん、スラ子が反応した。


「台所にあるか?」

 こいつは違う。僕を傷つけることを悪いと思っていない。それで叱られても逆切れする。

 こいつは僕が人間だと思っていない。


「おい! 死ぬな!」

 突然心配しやがる! だがそれも当然だ。


 こいつは僕に悪意も敵意も持っていない。


 ただの物と見ている。


「仕方がねえ。アジトに戻るか」


 だからこそ! こいつは僕にとって! 最悪の敵だ!


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