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砦攻略戦

 クラウンはいつも通り、砦の中で一睡もせず、朝を迎える。そしてトランプの手品を誰に見せる訳でもなく行う。

「観客が居ない奇術師は、死んだも同然だね」

 飽きると半笑いで椅子に座る。


「暇だなぁ」

 テーブルに足を乗せて、グラグラと貧乏ゆすりをする。


「来たか」

 そして突然悪魔のような笑みを浮かべると、仮面を付けて外へ出る。


「左の森に敵が居るぞ!」

 大声で兵士たちに呼びかける。


「クラウン様! 本当ですか!」

 弓を持った兵士が正面に立つ。


「本当さ。試しに僕があげた弓を射ってみると良い。すぐに分かる」

「分かりました!」

 兵士は直ちに城壁の屋上へ駆け上がる。


「射て!」

 そして十人前後の弓兵が、数キロ先の森へ弓矢を放つ。


 弓矢は信じられない速度で飛び、森の木をなぎ倒した。


「居たぞ!」

 森の中から蜘蛛の子を散らすように、イーストたちが姿を現す。


「射て射て射て!」

 数百本の弓矢が大砲のように大地を穿つ。




「反則だぞあいつら!」

 イーストは遮蔽物に隠れながら悪態を吐く。


「こっちだって超人薬という反則があるんだ! 皆の者! 投げろ!」

 イーストの隣でジャックは手を上げる。

 数千の投石が始まる。


 石は数キロ先の兵士たちを襲う。




「反則だぞあいつら!」

 兵士たちは顔を歪める。


「怯むな! 俺たちにはクラウン様から頂いた鎧がある! 石つぶてなど効かない!」

「叫ぶのは良いけど、もっと下を見ようね」

 警備隊長の隣に立つクラウンは、土煙を上げて接近する物体を指さす。


「何だあれは!」

「イーストとその隠密だよ」

 イーストたちは射撃が収まった隙に大地を滑るように駆け抜ける。風よりも早く砦に迫る。


「む、迎え撃て!」

「もう無理だよ」

 クラウンが笑いながら肩を竦めると同時に、鉄門が宙を舞う。


「突破された!」

「僕が相手する。君たちは狙撃を続けて」

 クラウンは門の前まで飛び降りる。


 そしてその勢いでトランプを投げ、イーストの右腕を切断する。


「ぐあ!」

「良い動き。頭を狙ったのに避けるなんて、さらに強くなったね」

 クラウンはイーストたちの前で奇術師のようにおどける。


「イースト様!」

「大丈夫だ!」

 イーストがカリッと何かを噛むと、右腕が見る見ると生える。


「奥歯に森の秘薬を仕込んだのか。いいアイディアだけど、首は生えて来るのかな?」

 クラウンが一歩近づくと、イーストたちは一歩下がる。


「ふふ。早く弓兵を倒さないと、住民たちが射殺されるよ?」

 クラウンは獲物を弄ぶようにイーストたちに歩く。

 さらに数十の兵士たちがイーストたちを取り囲む。


「この人たちも強力なアイテム持ち。絶体絶命だね」

 クラウンは右腕に力を込める。筋肉が隆起し、岩のようになる。


「さよなら、イーストちゃん」

「クラウン! 見て見て!」

 クラウンがイーストたちを殺す直前、レビィが興奮気味に叫ぶ。


「何?」

 クラウンはイーストたちを放って、レビィのところへ行く。


「あれ! モンスターの大群!」

「うそ!」

 クラウンはレビィが指さす方向を見る。


 きな子を先頭に、オオカミ、巨大蜘蛛、巨大蜂、巨大蟻、それらを指揮する蜘蛛人、蜂人、蟻人が砦へ向かっていた。


「えー! 何であんなに元気なの!」

 クラウンは指で望遠鏡を作り、様子を見る。


「森の秘薬! 人間に聞くんだからモンスターにも効くよね!」

 クラウンは額に手を当てると高笑いする。


 オオカミ、巨大蜘蛛、巨大蜂、巨大蟻の傍に、万年都の住人が並ぶ。彼らはポケットに収める森の秘薬を逐次食べさせる。


「虫人は手があるから森の秘薬を食べながら進める。だけどオオカミや巨大蜘蛛といった下等モンスターは食べられない。それを人間が補助する。合理的!」

「笑ってる場合じゃないでしょ! 何で考え付かなかったのよ!」


「いや、一応モンスター部隊が来るとは思ってたよ! でも僕はモンスターたちが共食いしながら来ると思ったの! だからゼロ君はそんなの許さないなぁって! まさかモンスターの大群が来るなんて! 奇術師が驚かされた! ジャックかな? いや、ゼロ君だ! 彼が僕よりも上手だった!」

「喜んでる場合じゃないわよ!」

 レビィとクラウンはケタケタと爆笑する。


 その間にもグングンとモンスターが押し寄せる。


「射て!」

 弓矢が大砲のようにモンスターたちを襲う。


 しかしモンスターたちは着弾しても怯まず進む。


「あれま凄い。傷ついても森の秘薬で治しながら突撃してる」

 レビィが口笛を鳴らす。


「というか、きな子が止まらないね」

 先頭を走るきな子は、岩すらも抉る弓矢を受けても止まらない。

 傷口はジュクジュクと音を立てて再生する。


「ゼロ君!」

 クラウンはきな子の背に乗るゼロを見ると表情を変える。


「あれがゼロ? 小さいわね」

 レビィはゼロの姿を認めると、残念そうに言う。

 対してクラウンはどんどん表情を硬くする。


「ついに、僕を殺しに来たか」

 初めてクラウンが震えた。直後、きな子の巨体が砦の壁に激突する!


「うわああ!」

 とてつもない振動で弓兵は弓を落とす。その間に巨大蜂が飛翔する。


 巨大蜂は砦の上空に素早く到達すると、お尻から毒液の雨を降らせる。


「が! が!」

 蜂の毒は神経毒である。体内に入ると体を麻痺させる。万年都で育った蜂の毒は、もはやドラゴンさえも麻痺させる猛毒となっていた。


「か、体が!」

 何人もの兵士が痺れて動けなくなる。その隙にオオカミと蜘蛛人が侵入する。


「うわぁああ!」

 砦は大混乱となった。その隙にイーストたちは兵士たちを打ち倒す。


「クラウン様! レビィ様!」

 兵士はもちろん、貴族たちも助けを求める。


 しかしクラウンとレビィは助けない。


「見つけました」

「ゼロ君、久しぶりだね」

 二人は今まさに、ゼロとにらみ合っていた。




「変な子。強い気配と弱い気配が混じりあってる」

 レビィは怪訝な表情をする。


「あなたは誰ですか?」

 ゼロは目を三白眼にして睨む。


「私はアトランタ・レビィ。この国の第一王女で、西部戦線の総大将! よろしくね!」

 レビィはぶりっ子な笑みを浮かべる。とても似合っていない。


「そんな人が何でここに?」

「クラウンの計画を見学するため」


「見学?」

 ゼロの眉が吊り上がる。


「僕は君と戦うために色々と計画を企てた。でも僕一人ではできないこともあった。レビィはそのできないことをやってくれた共犯者だよ」

 クラウンは腕を組んで笑う。


「そうですか……あなたもこの計画に絡んでいるんですね」

「絡んでるっていうか、主犯というか、元々イーストと戦争するために色々したかったから、クラウンにやってもらおうと思ったっていうか」


「なるほど。つまり僕の敵ですね」

 ゼロは拳を構える。

 レビィは笑う。


「何なのその構え? 全然ダメ。へっぴり腰だし、拳の握り方もなってない。あんたなんかじゃ私に勝てないわ。吸血鬼かスライムを出しなさい」

 レビィが言い終わった瞬間、ゼロの拳がレビィの顔面にさく裂する。


「うおおおおお!」

 ゼロは殴った勢いで、レビィの後頭部を床に叩きつけた。


「が、が、は」

 レビィは体中を痙攣させる。


「が……」

 そしてピタリと動きを止めた。


「言ってませんでしたが、僕は今、とても怒ってるんです!」

 ゼロはクラウンを睨む。


「なるほど。赤子とスラ子の鎧か」

 クラウンはゼロの強さのからくりを見抜く。


 ゼロは服と服の間に赤子とスラ子を潜ませていた。二人の力を借りることで、目にも止まらぬ速さと、一撃で相手を眠らせる拳を手に入れた。


「随分面倒なことをするね。二人に任せれば僕たちなんて一瞬なのに」

「これは僕の我儘です」

 ゼロは真っすぐにクラウンを見据える。




「僕は、弱い自分が嫌だった。赤子さんにスラコ、きな子に守られる自分が嫌だった。だからヘラヘラ笑って、相手を許そうと誤魔化した」

「誤魔化す? 何で?」


「だって、僕の怒りは彼女たちの怒りじゃない。彼女たちに代わりに怒ってもらうのは筋違いでしょう」

「意外と信念があるね。普通なら気にせず殺してもらうと思うけど」


「僕の殺意は彼女たちの殺意じゃない。僕が殺したいと思うなら、僕がやるべきだ。でも僕は弱いからできない。だから許した」

「ふーん。僕は君がソシオパスだと思ったけど、違ったのかな?」


「ソシオパス?」

「君、虐められていたんだろ。だからそれで世界を恨むようになった。そんな自分が嫌だから、良い子を演じていた」


「なるほど。僕は確かに世界を恨んだことがあります。でもそれは僕個人の感情です。赤子さんやスラ子、きな子、ハチ子、アリ子、クモ子を巻き込むのは間違っている。だからそうしないように許した。あと、良い子を演じていたつもりはありません」

「へー。でも、彼女たちはここに来たね。君の言い分だと、彼女たちが来るのは間違いなんじゃないの?」


「万年都の脅威、つまり皆の脅威だからです。だから、手伝って貰いました」

「なら、赤子とスラ子に任せたほうが良いんじゃない?」


「言ったでしょう。我儘です」

「我儘?」

 ゼロは拳を握りしめて、クラウンに向ける。


「僕は万年都の成立者であり責任者! あなたは万年都を襲いに来た犯罪者! だから僕自身の手で決着を付けたかった!」

「我儘で、可愛いね」

 ニヤリと笑い、構える。


「じゃあ、やろうか!」


 二人は同時に床を蹴った。


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