ゼロの精神分析
クラウンは椅子に座って鉄格子の向こうに繋がれるイーストを見る。
「ゼロ君が君を助けるためにエリカたちに会いに来たよ」
「あの子は……」
イーストがため息を吐くと、口から血の雫が落ちる。
「最も、怒った赤子とスラ子がエリカを殺しちゃったから無事だよ」
「それは良かった。それで、お前は仲間が死んだのになぜ笑っている?」
クラウンは仮面の下で笑い飛ばす。
「あの子はゼロと戦争をするための口実。もう役目は済んだ。ご苦労様だよ」
「勇者であり、領主を殺したとなれば、軍を動かす口実となる、か」
「その通り。ただ残念なことに、エリカたちを殺しただけで、外の兵隊は殺していない。彼らも皆殺しにしてくれれば、大陸全土を巻き込んだ大戦争が起こせたのに。つくづく、ゼロは賢い。僕が見込んだ通りだ」
クラウンはゆっくりと、余韻をお味わうかのように頷く。
「それで、何の用だ?」
イーストは気分が悪いと、血交じりの唾を吐く。
「答える前に質問。ゼロは君を助けるために森の秘薬と超人薬を持ってきた。でもそれは偽物だった。バードとザックがゼロを騙した形だけど、これは君が前もって指示したこと?」
「私が指示したことだ。どんな時でも森の秘薬と超人薬は渡すな。ゼロを騙すことになったとしても。戦争の引き金になるからな」
「なるほど。君たちはゼロを信用していないんだ」
「何?」
クラウンは足を組む。
「僕が君に会いに来たのは、ゼロの精神を分析するためだ」
「精神の分析?」
「僕と同じく狂人かどうか。それを調べる」
「あいつは度の過ぎたいい子だが、狂っている訳ではない」
「嘘だね。狂っていると思ったから、ゼロを騙した」
「あの子は政治的な駆け引きができない。子供だからな」
「違うね。君はモンスターを平然と受け入れる彼に恐怖した」
「なるほど。口げんかしに来たのか。乗ってやる。お前の言い分を聞こう」
イーストの目に光が漲る。
「ゼロはソシオパス。サイコパスの僕と似た性質の人格障害を患っている」
「ソシオパス?」
「良心が欠如した存在。自分の利益のために他者を殺せる存在。自分のために他者を騙せる存在」
クラウンの言葉にイーストは思わず、鼻で笑う。
クラウンも鼻で笑う。
「なぜそう思うのか? ゼロは小学校から中学校3年までの9年間、虐めを受けていた」
「いじめ?」
「金を脅し取られる。階段から突き落とされて足を折る。体育館で数時間殴られ、次の日まで放置されたこともあった。もちろん、無視や悪口は毎日ある」
「……何を言っている?」
「エリカたちから聞いたゼロの過去だ。警察沙汰になったこともある」
「……ゼロは毎日、命を狙われていた?」
イーストの言葉で、クラウンは仮面を取る。
「ゼロは毎日、こんな風に泣いていた」
「その顔は!」
イーストはゼロの顔となったクラウンに驚く。クラウンの顔に浮かぶゼロは涙を流している。
「本来なら、誰かの助けがあるはずだった。ところが誰もゼロを助けなかった。先生はもちろん、親すらも」
「……私は、お前が言っている意味が分からない」
クラウンはゼロの泣き顔でクツクツ笑う。
「意味が分からなくていい。もしも理解できたら、ゼロのように気が狂う」
クラウンは満足げに椅子に腰を埋める。
「ゼロは毎日死を望んでいた。毎日世界を恨んで居た。結果、ソシオパスとなった」
イーストは聞くに堪えないと顔を逸らし、目を瞑る。クラウンは笑い続ける。
「ここで可哀そうなのは、ゼロは自分がソシオパスであることに気づいてしまった」
イーストは顔を上げない。クラウンは笑う。
「もしも気づかなければ平和だった。世界を恨み続ける。それだけの楽しい人生を送れた。ところが気づき、嫌悪してしまった。だからゼロは良い子を演じる。自分が狂っていることを隠すために」
「私たちが出会ったゼロは、本物ではないと言うのか?」
「過去からの推測だけじゃない。彼の言動も大事な判断材料だ。彼は敵すらも許す。自分を殺そうとした奴も許す。これは良い子を演じた結果に過ぎない。演じなければ、死体を見て楽しむ自分を隠せないから」
イーストは何も答えない。
「彼はとても頭がいい。無力なふりをすれば、馬鹿が粋がって攻撃してくる。すると赤子とスラ子が馬鹿を殺す。ゼロは危険も無く、誰にも責められることなく、殺しの光景を楽しむことができる」
「ゼロが世界中を騙そうとしているような口ぶりだな」
「その通りだよ。ゼロは世界を騙したい。自分を騙すために。それこそ、ソシオパスの証だ」
「話にならない」
イーストはため息を吐く。
「なるほど、ゼロは辛い過去を持っている。だからこそ分かった。ゼロは友達が欲しいだけなんだ」
「友達?」
クラウンは眉を顰める。
「ゼロは孤独だった。誰にも助けられなかった。だからこそ仲良くなりたい。敵でもいいから仲良くなりたい。それがあいつの真意だ。お前のような狂人ではない」
イーストは思い出すように天井を見上げる。
「あいつは、人を殺したら、殺した相手と友達になれないことを恐れている。可哀そうな子だ」
クラウンの表情が険しくなる。イーストは続ける。
「あいつの悪いところは、友達を増やすことに集中しすぎて、友達に成った人のことを考えないことだ。それがあいつの悪癖」
「僕と違う結論が出たね」
クラウンは欠伸をする。イーストはクラウンを見つめる。
「お前はゼロに狂っていて欲しいだけなんだ。自分と同じように。なぜなら、お前はゼロと友達に成りたいからだ」
「まさか僕が精神分析を受けるとは思わなかった」
クラウンは天井をぼんやりと見つめる。
「正解だよ。僕はゼロと友達に成りたい。同じ狂人同士、人を殺して、笑い合いたい」
クラウンは呟くと、椅子から立ち上がり、踵を返す。
「楽しかったよ。できればまた会いたいね」
そしてガチャンと鋼鉄の扉を開けて、出て行った。
「狂人が。ゼロの優しさに甘えやがって」
イーストはペッと口に溜まる血を吐く。
「しかし……そうか……なぜ、過去を語りたがらないのか不思議だったが、そんなことがあったのか」
イーストは目を閉じる。
「モンスターと打ち解けるのが早いと思ったが、お前は、死んでもいいと思って、接していたのか」
そして尻に隠していた釘を持ち、手錠の鍵穴に突っ込む。
「クラウンの洞察力は侮れない。だからソシオパスという見立ても、全くのでたらめではないだろう。だがそれでもあいつとは違う。ゼロは狂気と戦うために良い子になった。狂気に逃げ込んで悪い子になったお前とは違う」
汗が目に入るのも気にせず、硬い硬い鍵穴をこじ開けようとした。




