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クラウンの挨拶

「私は勇者たちを止められなかった。その結果、君たちを失望させてしまった。許してくれ」

 万年都の広場でイーストさんがバードさんたちに頭を下げる。


「あなたも大変だった。俺たちも大変だった。だからこそ、力を合わせましょう」

 バードさんがイーストさんの手を取ると、拍手が巻き起こる。


「どっちかっていうと勇者が悪いしね」

「王都の連中は何を考えているんだ?」

 そしてグチグチと王都から来たクラウンという人の悪口や、エリカたちの悪口が始まる。

 その気持ちは僕も分かる。

 そしてそれ以上に心配事がある。




「イーストさん、クラウンさんやエリカたちはこっちに来ませんよね?」

 手を上げると日差しで指先がヒリヒリする。


「来る可能性はある」

 イーストさんは苦い顔で言う。


「エリカたちはおそらくこっちに来ない。メリットがないからな。しかしクラウンは違う。あいつは森の秘薬や超人薬の秘密を欲している。ならば、人が踏み入れたことの無い万年樹の森に、どうやって町ができたのか興味を持っても不思議ではない」

「万年都はもう知られているんですか?」


「あいつは町から人が去ったことを知っている。ならばどこに行ったのかも知っているはずだ」

 イーストさんの答えを聞いて考える。


 もしかすると、クラウンさんはエリカたちを解き放ち、町の人々に揺さぶりをかけることで、森の秘薬の秘密を探ろうとしたんじゃないか? 現にイーストさんはクラウンさんの挑発で万年都に来てしまった。

 クラウンさんはイーストさんよりも強い。ならば、知らず知らずのうちに後を付けられても不思議ではない。


「バレていると考えたほうが良いかも」

 イーストさんの自室には報告書があるはずだ。そこに万年都の存在を臭わせることが書いてあるかもしれない。


 考え出すと頭が痛い。


「その、来ると思いますか?」

「この場合は来ると考えたほうが良い」

「ならいっそのこと、来てくださいって挨拶に行きませんか?」

「なぁにぃ!」

 イーストさんが素っ頓狂な声を上げる。


「僕たちにとって最悪な状況は、クラウンさんと戦うことです」

「確かにそうだが……」

「なら、来てくださいって案内するんです。そうすれば、敵意は無いって示せるでしょう」

「いや、あいつの狙いは森の素材だからな」

「自分たちで取りに行くなら良いんじゃないですか? 危ないですけど、それはダンジョンと同じってことで」

「相手が友好的ならそれでもいいんだが……」


「そうだねー。僕みたいな奴相手だと通用しないねー」

「僕みたいな人なら大丈夫だと思うんですけど……? ……あなたは誰ですか?」 

 横に立って居た仮面の男を睨む。イーストさんが息を飲む。


「僕はクラウン。君と同じ勇者の一人で、西部戦線の切り込み隊長をやってる」

 ポンッとどこからともなく花を手に出現させる!

 凄い手品だ! マジシャンだ! 背も高くてカッコいい! 服も素敵だ!


「あげる」

「ありがとうございます!」

 一輪の花を受け取る! 凄くいい香りがする!


「離れろ! ゼロ!」

「お引きください」

 イーストさんとコメットさんが間に入る。

 もうちょっと手品が見たいのだけど……


「もう、僕は君とお話しているだけなのに、何を怒っているんだろうね?」

 後ろを振り向くとクラウンさんが居た! 手品だ!


「良いリアクション! じゃあ次の手品を見せてあげよう」

「お願いします!」

 ドキドキとクラウンさんに見入る! どんな不思議なことが起きるんだろう!


「離れろ!」

「下がってください!」

 またまたイーストさんたちに遮られる。ちょっと残念。

 でもクラウンさんはフフッと仮面の下で笑う。


「君の手を見てごらん」

 手元に目を向けると、トランプ一式を持っていた!


「プレゼント」

「凄いですね!」

「どうも! 最高の誉め言葉だよ!」

 ワクワクした声が出ると、クラウンさんはワクワクした声を返してくれる!


「お前な……」

 イーストさんが頭を抱えている。


「いや、でもなんか悪い人には見えないかなって。どっちかって言うと面白い人?」

「面白い人なら俺たちに酷いことをしないで欲しいな」

 イーストさんたちがクラウンさんを取り囲む。

 クラウンさんは余裕を崩さない。


「ゼロ君、最後の手品を見せてあげる。そのトランプから好きなカードを引いてごらん」

 イーストさんたちの様子を見る。クラウンさんを睨むばかり。


 引くくらいなら良いよね?


「引きました」

 クラウンさんに見えないように、後ろに隠す。


「君が引いたのは、ハートのキングだ」

 驚いたので慌ててトランプを確認する!

 ハートのキングだ!


「僕はクラウン、人を楽しませる道化師だ。人を楽しませるためなら何でもできるって覚えていてね」

「はい! 分かりました!」

「ゼロ、少しは危機感を持ってくれ」

 イーストさんが頭に手を当ててよろめく。


「まあいい! それで何の用だ!」

 イーストさんは胸を張って、怯えもせずにクラウンさんの前に立つ。




「答えは簡単。森の秘薬と超人薬の秘密を探しに来たの。そしてそれらは全部分かった。イーストちゃんありがとね」

 クラウンさんの答えにイーストさんは舌打ちする。


「ただ、姿を現したのは別の理由」

 クラウンさんは赤子さんとスラ子を見る。二人はクラウンさんの一挙一動を見逃さないかのように睨む。


「まさか吸血鬼の始祖とスライムの始祖が居るとは思わなかった。それどころか、人間と仲良くしている。名高いオオカミの森の主も人間と仲良し。万年樹の森の虫人とも仲良し。そこに居る、ゼロ君のおかげだ」

 クラウンさんに微笑みかけられる。


「モンスターと人間は殺し合うのが普通だ。たまにお馬鹿な身の程知らずが、モンスターと友愛を解くけど、そいつらは絶対にモンスターの腹の中に入る。しかしゼロ君は違う。だからどうしてもお喋りしたかった」

「ならもう帰ってもらおう。王都まで!」

 イーストさんが一歩前に出る。


「もう帰るよ。ここには用は無いからね」

 クラウンさんはスタスタとイーストさんたちを横切る。


「そうだ。一つ、ゼロ君に忠告しておこう。人を信じすぎないほうが良い。騙されてからじゃ遅いよ?」

「人を疑ったところで答えはでません」

 立ち去るクラウンさんに言う。クラウンさんは足を止めて振り返る。


「人を疑い始めたら、誰も彼も疑うことになる。そんなの切りがない。違いますか?」

「なるほど、どうやら君を見くびっていたようだ」

 クラウンさんは仮面を外す。


「か、顔が!」

 仮面の下には、顔が無かった!


「驚かせちゃったね」

 クラウンさんは自分の顔面を撫でる。手が離れると僕の顔になっていた! まるでマスクを被ったかのように!


「君は凄い奴だ。だから記念に顔を借りていくよ」

 クラウンさんは自分の顔にササッと化粧をする。

 僕の顔がピエロのようになる。


「君は力は弱いけど、僕よりも強い心を持っている」

 クラウンさんはどこからともなく布を取り出し、宙へ放り投げる。




「その強さがクラスメイトに通用するか、見物させてもらうよ」

 体に布が覆いかぶさると、クラウンさんは忽然と姿を消した。




「あなたはどうして、化粧をしたときに涙を描いたんですか?」

 クラウンさんはピエロの化粧を描いたとき、両目に涙を描いた。

 仮面は笑い顔なのに、どうして?


「部屋に戻ろう。やるべきことは、まだ残っている」

 イーストさんに肩を叩かれる。

「分かりました」

 クラウンさんが残した物悲しい仮面を拾う。


「頑張りましょう!」

 そして皆に向けて声を張る!


 頑張ろう! 困難はある! だけど皆が居る!


 なら、頑張りたい!


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