和解
体に重みを感じて目が覚める。
「赤子さん? スラ子?」
顔を起こすと、ベッドの上で寝ていた。両隣で顔を伏せる二人を見た。
「ゼロ!」
「ゼロ! ゼロ!」
声をかけると二人に抱き着かれる。
「すまない! 本当にすまない!」
「ごめんね! ごめんね!」
二人は大粒の涙を流して何度も、声が枯れるほど謝る。
何があったのか、ぼんやりと思い出す。
夜、森の中を散歩していると、イーストさんが武器を持って現れた。
雰囲気から、僕を殺そうとした。
それに怒って赤子さんとスラ子がイーストさんを攻撃した。
イーストさんは二人にねじ伏せられ、殺されそうになった。
僕は二人がイーストさんを殺す姿を見たくなかった。
だから僕は止めたいと願った。
すると胸のペンダントが光って、気づいたらイーストさんと二人の間に割って入っていた。
二人は攻撃を止められず、僕に攻撃してしまった。
うん。二人は悪くない。突然割って入った僕が悪いし、イーストさんも悪い。
「大丈夫ですよ。もう治りましたから!」
何が起きたのか思い出すと、二人にグッと拳を握って見せる。
「すまない!」
「ごめんね!」
それでも二人は泣き止まない。
二人の震えを感じると、心が痛む。
「僕が飛び出しただけです。二人は悪くないです。むしろ割り込んだ僕が悪いです」
「でも、ゼロは死にそうだった!」
「ゼロ、死んじゃいや!」
二人は今までにないくらい怯えている。
「……怖がらせてごめんなさい」
二人の背中を撫でる。
「でも、僕は二人に人を殺して欲しくないんです。たとえ、僕が死んでも」
泣き止むまで二人を抱きしめ続ける。
二人が泣く姿は、涙が出るほど悲しかった。
「起きたか! 心配したぜ」
少しするとバードさんが扉を開けて現れる。
慌てて涙を拭うと、赤子さんとスラ子はスッと離れる。
バードさんは二人の様子をチラリと見たが、何も言わずに傍に立つ。
「しっかし、奇跡だな」
バードさんはまじまじと僕を見ると微笑む。
「首の血管、心臓、全く傷ついていなかった! 万に一つの可能性って奴だ」
「そうだったんですか」
ふと、グランドさんから貰ったペンダントを思い出す。
「バードさん、僕が首にかけていたペンダントを知りませんか?」
「ペンダント? そんなの付けていたのか?」
バードさんが困惑したので胸元を見る。
ペンダント型の火傷が、薄っすらと浮かんでいた。
「……グランドさんはこの事を予期していたんだ」
だからこそ、一度だけ奇跡を起こせるペンダントをくれた。
「それでも、喉がやられてたし、肺も貫かれていた。死ぬ寸前だったぜ」
グランドさんに会ってみたいと考えていると、バードさんが苦笑いする。
「僕は死にませんよ。二人が僕を殺すわけ無いですから」
にっこりと笑いかける。
バードさんは椅子に座ると、だろうな、と笑ってくれた。
「その二人は、吸血鬼とスライムだな?」
声が落ちる。
「そうです」
「なるほどな。道理で恐ろしい声を出すわけだ」
「二人は良い子ですよ?」
「分かってる。傷ついたお前を見て泣いていたからな」
バードさんは二人を見る。二人はプイッとそっぽを向く。
「そのスライムがお前を治した。感謝するんだな」
「ほんと! スラ子、ありがとう!」
手を伸ばしてスラ子の頭をわしゃわしゃと撫でる。スラ子は俯いたままで微動だにしない。
「しっかし、あの時の事を思い出すと笑っちまう」
バードさんはクツクツと笑う。
「何があったんですか?」
「アマンダが、狼狽える二人にビンタしたんだ! シャキッとしなさいって。そしたら二人は冷静になった。女ってのは恐ろしいな。俺には無理だ」
バードさんは二人を眺める。
「どんな経緯で二人と会ったのか、色々聞きたいが、その前に、イーストと会うか?」
「イーストさんは生きているんですか!」
「森の秘薬を携帯していたからな。すげえ代物だ。腕が生えてきたからな」
バードさんは肩を竦めながらため息を吐く。
「イーストさんたちは喋れる状態ですか」
「ああ。実は、お前が寝ている間に何があったのか問い詰めた。馬鹿なこと考えやがって! と皆で罵った」
「ちょ、ちょっと酷いんじゃ?」
「それだけのことをやろうとした。最も、今は魂が抜けたみたいに腑抜けになったから、危険は無いだろう」
「なら会わせてください。何があったのか知りたいです」
「そうだな。念のため、二人に付いてもらったほうが良い」
「分かりました。さあ、二人とも立って」
元気のない二人を立たせて、イーストさんの元へ向かう。
「ここだ」
万年都に作られた教会の物置の前で止まる。
「拘束はしてある。でも危なくなったら逃げろよ」
「大丈夫ですよ」
バードさんに微笑んでから、扉を開ける。
「ゼロか」
白髪となったイーストさんと目が合う。イーストさんは地べたに座っていて、その周りには同じように拘束された人たちが寝ている。
「ゼロ様!」
突然女の人が僕の前で地面に額をこすり付ける!
「どうか! どうかイースト様の命だけは! 代わりに私の命を差し上げます!」
「あの、要らないので顔を上げてください」
苦笑いしながら、女の人の体を起こす。
「イーストさんは、僕を殺そうとしましたね?」
「それが分かって、よく私の前に現れたな」
「理由が知りたいからです」
イーストさんの前に座る。
「何から話そうか」
イーストさんが口を開く。その姿はまるで老人のようだった。
「私はお前が裏切ったと思った。理由は万年都を作り、そこに民が移り住んだからだ」
「そうですか……やっぱり断りを入れておいたほうが良かったですね」
万年都を作り、住民を引っ張る。これはイーストさんに対する侮辱ではないかと引っかかっていた。
勢いに乗せられたけど、キッパリと、イーストさんに断ってからと言ったほうが良かった。
「違う。よく考えれば、お前が裏切るなどあり得ない。そのことを忘れていた」
壁に背中を預けて天井を見る。胸に溜まる毒を吐くように、深い深いため息を吐く。
「気が狂っていただけなんだ……長い間……」
生気が抜け落ちた声だった。周りの人も意気消沈して俯いたまま動かない。
「何があったんですか?」
イーストさんの手の届く位置まで近づく。
イーストさんは僕に顔を向けると、苦悶の表情を浮かべた。
「私は子供が作れない体質だ」
「え!」
衝撃の事実に頭が殴られたような衝撃を受ける。
「昔は妻が居た。相手は平民。お忍びで町を歩いていた時に、たまたま会った。一目惚れをした。何か月もかけて口説き落とした相手だ。両親には随分と反対されたが、殴り合いの喧嘩をして、最後には納得してもらった」
「壮絶な家系ですね」
楽しそうに笑って話すので、釣られて笑う。周りの人も微笑を浮かべている。
「両親は病に倒れたが、最後の日、妻と私に笑いかけてくれた。祝福してくれた。だから私と妻も、寂しさを乗り越えられた。しかし、時が経つにつれて異変に気付く。妻に子供ができない」
僕の後ろで女の人が嗚咽を漏らす。
「医者や魔術師に理由を聞いた。占い師も頼った。そして、私は子供が作れない病気であることが分かった」
「違います! イースト様は病気ではありません! 私が産めない病気だったのです! イースト様は悪くありません!」
女の人が泣き叫びながらイーストさんに縋り付く。
「コメット、落ち着け。ゼロが困惑している」
イーストさんは困ったように笑う。
「その人がイーストさんの奥さんですか?」
失礼ながら聞いてみる。
「元妻だ。離婚したが、離れようとしない」
「私はイースト様のお傍に居ます! 地獄の果てまでも!」
イーストさんは泣くコメットさんをそっと胸に抱き寄せる。
「私は、子を作れないと分かって、決めた。英雄になりたいと。ブラッド家の血は途切れても、名だけは永遠に残そうと」
コメットさんと周りの人の息が詰まる。
「英雄になるには簡単だ。戦争を終わらせればいい。勇者召喚を止めさせればいい」
「どうしてそこで勇者が?」
「それに関してはかなり複雑な事情がある」
イーストさんは苦々しい表情を浮かべる。
「ミサカズやサカモトの凶行を知っているだろう」
「はい。とても残念です」
「過去にもあのようなことはあった。こことは違う、別の領地で」
イーストさんの表情が硬くなる。コメットさんと周りの人の顔色が曇る。
「召喚する勇者の人格は選べない。良い人も呼べば悪い人も呼んでしまう。そして悪い人を呼んでしまったら最悪だ。これまでも何万もの死者が出た」
「でも……止める訳にはいかなかった」
「そうだ。魔軍に勝つためには勇者の力が必要だ。しかし、勇者が悪い奴だと、その力は私たちに向けられる。だからこの国は魔軍と同じくらい、勇者を恐れている。本当は召喚したくないと思っている」
「毒と分かっていても、食べない訳にはいかない」
もしも僕がミサカズたちと一緒に居たら、嫌でもミサカズたちを頼るしかなかった。
嫌と分かっていても傍に居るしかない。
とても辛い状況だ。
「もちろん、悪い奴ばかりではない。だけどすべてが良い人ではない。だけど頼らないといけない。魔軍は数が多い。それに持ちこたえるだけの戦力が、自国だけでは用意できない。何度も何度も、これ以上勇者を呼ぶのは止めようと議題に上がったが、そのたびに無理だと却下された。だからこそ!」
イーストさんは力こぶを作るように、拳を握りしめる。
「勇者に頼らなくてよい戦力を生み出す方法! それができれば英雄となれる! そして私は見つけた! 森の秘薬を改良した薬、超人薬を!」
パタリと力なく腕が落ちる。
「お前を狙った理由の一つとして、万年樹の森の素材を得たかったからだ。そのためにはお前を殺す必要があると思ってしまった」
「どうしてです? 万年樹の森は僕の物じゃないですよ?」
「狂っていただけだ。許してくれ」
放心した声だ。そして話を続ける。
「私は超人薬を手にしたことで、勇者の必要のない世界が作れると確信した。その時、欲望に飲み込まれた。今まで抑えてきた物が噴き出してしまった」
「ミサカズたちの悪行に心を痛めていたんですね」
イーストさん、そしてコメットさんたちの目から涙が零れる。
「勇者は王によって特権を得ている。だから王の許可がない限り死刑にできない。それは本来間違っている! 人を殺したんだぞ! なのになぜのうのうと生きている! だからこそ王になりたかった! 勇者の特権を無くす権利を得たかった! しかし上手く行かない! それが俺の心に毒を打った!」
ギリギリと歯ぎしりが響く。
「実は、勇者の特権問題も複雑だ。その一つに勇者と結託することで懐を肥やす貴族が居る。そいつらは勇者召喚を支持する。そいつらを追い出すには、王になるしかない」
「本当に複雑ですね」
頭がこんがらがる。僕なら一日で頭がパンクする。
イーストさんは眠るようにため息を吐く。
「英雄になりたい、王になりたい。しかしそれは貴族たちに邪魔される。王族にすら邪魔される。武力行使すらちらつかせる。しかも不甲斐ないことにミサカズたちを止められない。領民に見捨てられる。私は限界だった」
自虐的に笑う。
「そう……私には……荷が重い夢だった」
イーストさんが深呼吸すると、コメットさんたちも悪夢から覚めたかのように深呼吸する。
「僕はイーストさんが間違っていたとは思いません」
イーストさんとコメットさんの拘束を外す。
「人を殺した人が野放しにされている。正したいのに正せない。ならば正せる立場になる。とても立派な夢です。両親を思って名を残したいと願うのだって凄いです。尊敬します」
「しかし、その結果お前を殺そうと思ってしまった」
「僕は気にしません。生きてますし、それに、イーストさんは疲れていただけですから」
イーストさんとコメットさんに笑いかけてから、周りの人の拘束も外していく。
「でも! 町の人と、きな子と、赤子さんと、スラ子には謝ってくださいね!」
叱るなんて柄じゃないけど、キッと睨んで言う。
言いたいことは言わないと、ね。
「お前は……どうしてそんなに優しいんだ?」
イーストさんたちは呆然と呟く。
「僕はイーストさんが好きです。コメットさんも他の皆さんも、僕と同じようにイーストさんが好きです。だから許します。やり直しましょう」
「し、しかし、殺そうとした相手を好きとは……」
目をパチパチさせる。うーん。やはり僕は話が下手だ。相手に理解してもらうことはとても難しい。
「そうですね……何で好きなのかって言われたら、イーストさんは僕のことを覚えていてくれました」
イーストさんと出会って一番印象的な日を思い出す。
「僕と話したことなんて数度しかない。だから覚えていないと思ってました。でもイーストさんは覚えていた。死んだところで忘れられるだけの僕を覚えていてくれた。それがとても嬉しかった」
「お前が、城に戻ってきた時の出来事を言っているのか?」
「そうです! それで分かったんです。イーストさんは絶対に良い人だって。だから一緒に居たい。だから許したい。皆にも許してもらいたい。そう思っています」
イーストさんはしばらく固まっていると、大粒の涙を流す。
「ゼロ……私を許してくれ!」
イーストさんが足に縋り付く!
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
「私からもお願いします! イースト様を許してください!」
慌てているとコメットさんたちまで縋り付いてくる!
「許します! 許しますから!」
慌てても放してくれない!
「どうしよう……」
困っていると、イーストさんたちが震えていることに気づく。
イーストさんは、一人ぼっちで辛かった。
コメットさんたちも、イーストさんを救えないと一人で悩んでいた。
そんな風に思った。
「許します」
屈んでイーストさんを抱きしめる。
「もう一人で悩まないでください。僕が居ます。コメットさんが居ます。きな子が居ます。赤子さんが居ます。スラ子が居ます。町の人が居ます。皆が居ます。だから、安心してください」
「ああ! ああああ!」
背中を撫でる。
イーストさんは子供のようにワンワンと泣き続けた。
ゼロがイーストたちを慰めている後ろで、静かにバードが中へ入る。
「これでとりあえず終わりか」
愛おしそうにゼロの背中を見つめる。
「すげえ奴だ。さすが俺の親友だ。そう思うだろ?」
バードは赤子とスラ子の顔を見る。二人はバードから顔を逸らす。
「おいおい! お前さんたちはゼロの友達だろ? 俺もゼロの親友だ! なら俺たちは友達だ。だったら顔を逸らすのは違うだろ?」
そっと手を差し出す。
「言葉は分からなくても、何をしたいのか分かるだろ?」
赤子とスラ子はバードの手をじっと見つめる。
「お前さんたちはモンスターの前にゼロの友達だ。なら、これからは仲良くしよう」
人懐っこく、敵意の無い笑み。
赤子とスラ子はそっとゼロの背中を見てから、バードと握手を交わす。
「これからよろしくな! ……さて、イーストが何で王都に行ったのか、勇者が何で釈放されたのか分かった。これからどうするかな」
バードは二人に満面の笑みを見せてから立ち去る。
「ゼロの友達か……」
「友達……」
赤子とスラ子はバードと握手を交わした手のひらを見つめる。
「下等生物と断じていたが、少しだけ、認識を改めるか」
「あいつ、良い奴。ゼロの友達。スラ子と一緒」
赤子とスラ子はゼロの背中を見守り続けた。




