世界を滅ぼす二体のモンスターの涙
「ぐあ!」
「ぎゃあ!」
イースト、コメット、その他隠密の利き腕が剣ごと宙を舞う。噴き出す血が夜空に輝く。
「赤子さん! スラ子!」
ゼロはイーストたちの血しぶきを浴びながら、両隣に立つ赤子とスラ子に顔を向ける。
「こ、こ! 殺してやる!」
赤子の目は血よりも赤い深紅に染まっていた。
「殺す!」
スラ子の目は闇夜も飲み込むほどの深淵に染まっていた。
「二人とも待って!」
ゼロは二人に手を伸ばす。しかし二人はゼロの制止を聞かず、イーストたちを殴りつける。
「グハッ!」
イーストたちは天の助けか、偶然にも腕を上げることで赤子たちの殺人拳を防御する。
しかし防御した腕は一瞬でひしゃげ、生々しい骨が飛び出す。皮だけで辛うじてくっついている状態だ。
防御したのに顎と頬骨は砕け散り、顔面が変形している。直撃すれば即死だ。
「ば、化け物!」
イーストたちは殴り飛ばされた衝撃で倒れる。そして起き上がり、赤子たちを認めると、絶望を顔に浮かべる。
「グアアアアア!」
怒りを抑えきれない赤子は夜空に咆哮を放つ。
「グウウウウウ!」
怒りを抑えきれないスラ子はイーストたちに唸り声を放つ。
「何だ!」
「き、気持ち悪い!」
恐ろしき声は万年都の住民を震わせる。
胃がねじ切れそうな恐怖で卒倒する。
「まさか!」
見回っていたきな子は足を震わせる。
「殺してやる!」
赤子の体が禍々しく真っ赤な瘴気を放つ。それは刃となって無差別に万年樹を切り倒す。
「殺す!」
スラ子の体が凶悪な臭気を放つ。それは溶解液となって無差別に辺り一面の地面を溶かす。
「きゅ、吸血鬼!」
「い、意志を持ったスライム!」
イーストたちは恐怖で動けない。
世界を滅ぼす二体のモンスターが怒っている。
世界を滅ぼす二体のモンスターが叫んでいる。
世界が終焉を恐れて震えている。
「二人とも落ち着いて!」
その中でたった一人、ゼロだけが二人に声をかける。
睨まれれば心臓が止まるほどの恐怖の存在。
傍に居るだけで意識を失うほどの殺気を放つ脅威の存在。
誰も彼も化け物と恐れる存在。
そんな二人にゼロは声をかける。
「落ち着いて! 何かの間違いだ!」
ゼロは必死に二人に呼び掛ける。
「殺してやる!」
「殺す!」
しかし赤子とスラ子は怒りで周りが見えない。
赤子は大きく口を開けて鋭い牙をむき出しにする。
スラ子は腕を変形させて鋭い刃を作る。
「殺してやる!」
「殺す!」
二人は立ち上がれないイーストたちに止めを刺すために走り出す。
「ダメだ!」
ゼロは叫ぶ。
その時、以前、夢の中でグランドから受け取ったペンダントが光る。
再び鮮血が空を照らす。
「落ち着いて、二人とも」
ゼロは赤子とスラ子の頭を撫でる。
「ゼロ?」
赤子の目に光が戻る。
「ゼロ?」
スラ子の目に光が戻る。
「落ち着いて。もうイーストさんは動けない。だからもう、虐めるのは止めよう」
ゼロの唇から血が零れる。
赤子の鋭い牙がゼロの首筋を。
スラ子の鋭い刃がゼロの胴体を。
貫いていた。
「ゼロ!」
赤子がゼロの首筋から牙を抜く。
「ゼロ!」
スラ子がゼロの胴体から刃を抜く。
「もう! 二人とも短気なんだから」
ゼロは真っ青になりながらも笑みを崩さない。
赤子とスラ子は震えるばかりで動けない。
イーストたちも突然の事態に呆然とするばかり。
そんな中、ゼロだけが皆のために笑いかける。
「でも、イーストさんも悪いんですよ! 赤子さんとスラ子を誤解させるようなことをして! ちゃんと謝ってくださいね」
ゼロは震える手でイーストの傷口に触る。
「大丈夫です。スラ子が治してくれます。スラ子は凄いんですよ。傷なんてすぐに治しちゃう良い子です。赤子さんも強くて優しくて可愛い美人な人です」
ゼロは怯える赤子とスラ子に目を向ける。
「赤子さん、スラ子。イーストさんは良い人だよ。ちょっと、間違えちゃっただけだから。だから、仲直りしよう」
イーストに顔を向ける。
「イーストさん。赤子さんとスラ子は初めて見ますね。二人とも、とっても良い人です。だから、仲直りしてください」
ゼロの口から大量の血が流れる。
「ゼロ!」
「ゼロ! ゼロゼロ!」
赤子とスラ子は悲鳴を上げて慌てふためく。
「いったい何が起きた!」
続々と町の人が農具を持って駆けつける。
「ば、化け物!」
町の人々は赤子とスラ子を見て武器を構える。
「みんな、まってください」
ゼロはぼんやりと町の人に笑いかける。
「ふたりともいいこです。だから……なかよくしてください」
体が崩れ落ちる。
「ぼくは……みんながなかよく……しているところが……みたいです」
ゼロが瞳を閉じると、赤子とスラ子の涙が月明かりに輝く。
戦いは世界を滅ぼす二体のモンスターの涙で終わった。




