イースト、自領地へ
「これより審問会を始める」
国会議事堂の会議室のような場所でイーストの審問会が始まる。
皆の視線は中央に立つイーストに注がれる。
「森の秘薬はある。我々の調査で確認した。どこにある?」
幾度となく繰り返された質問が来る。
「そのような薬など知りません」
イーストは数百人の観衆の前で眉も動かさず答える。
それから同じ問答が何度も繰り返される。
イーストは何度もしらばっくれる。
始めは勇者たちを無断で粛清した罪だった。呼び出した名目がそれだった。
しかし、一時間もしないうちに、しっかりと許可を得ていたと認められた。
それからはずっと森の秘薬に関する質問だ。
「私は森の秘薬など知りません」
「しかし、民が治ったという報告がある」
「神の奇跡でしょう」
「奇跡があると?」
「勇者を呼び出す方法があるのです。神の御業の一つや二つあるでしょう」
「ならばどうやって奇跡を起こした?」
「人々の祈りです」
不毛とも言えるやり取りが続く。
「そろそろ私は領地へ帰らせていただく」
ついにイーストは質問の流れをぶった切る。
「帰るだと?」
貴族や王族の顔色が変わる。
イーストは涼しい顔でやり過ごす。
「私は100万貴族だ。100万貴族には特例がある。その一つは勾留の期限。知らないとは言わせない!」
イーストはついに怒りを口にする。
「あなたは質問に答えていない!」
王の代わりを務める王妃が激昂して立ち上がる。
「それが罪になるのですか?」
煌びやかなドレスを着る王妃の顔色が曇る。
「そもそも、森の秘薬は所持していても罪にはならない。薬ですからね。ならば本来はこうして尋問をすることも許されない」
「あなたはあの人が死んでもいいとおっしゃるのですか!」
「持っていないし、知らない。私の答えはそれだけです。これ以上続けるのならば、特例を使わせてもらう」
「ならば私が王の代わりに特権を使います! あなたが喋るまであなたを返さない!」
「……この女……」
「確かにあなたは100万貴族です。しかしあの人はそれよりも上に居る。理解していますね」
イーストと王妃のにらみ合いで場が凍り付く。
「もしもーし!」
そこに女の乱入者が現れた!
審問会は卑猥な甲冑を身に着けた女の登場で中断する。
女の甲冑は腹や胸元、尻が露になっていて、甲冑の役目を果たしていない。黄金の脛当てと籠手が辛うじて軍人と表す。
「ママー! 何で約束破るのー?」
女は作ったような舌足らずな口調で王妃に歩む。下着同然なのに恥じらいも見せず、貴族たちの性的な目を楽しむかのように舌なめずりする。
「レビィ? どうしたの?」
王妃は蛇に睨まれる蛙のように強張った声を出す。
「西部戦線から帰るから、生きのいい男と女を用意してって言ったのに、誰も居ないじゃん」
レビィは普通の男と同じ身長だ。髪は短髪でスッキリしている。顔立ちも凛々しい。
しかし態度が全てを台無しにする。まさに馬鹿女だ。
「忘れていたわ……ごめんなさい。すぐに用意させるわ」
「もう良いわよ。面白い女を見つけたから」
女がイーストに笑いかけると、騎士がボコボコに殴られたコメットを引きずって現れる。
「コメット!」
イーストは痛々しいコメットを見ると大声を上げる。
「やっぱりあんたの女だったんだ!」
レビィは満面の笑みで手を叩く。
イーストはレビィに目もくれず、コメットに走り寄る。
騎士はレビィが顎で下がれと示すと、潔くコメットの拘束を解いた。
「コメット! 大丈夫か!」
「イースト様」
コメットが喋ると唇から血が流れる。
「その子本当に強いわね! とっても楽しかったわ!」
レビィは指を妖艶に舐める。
「実力的には並みの勇者も凌駕する。このアトランタ・レビィ第一王女と殴り合えるなんて素晴らしいわ!」
「殺す!」
イーストが鬼のような顔で剣を握る!
「イースト様……ダメです……そいつには……勝てない」
コメットはイーストの手を掴んで引き留める。
イーストは怨嗟の瞳を向けながらも、ゆっくりと剣を離す。
「あら……戦わないだなんて拍子抜け」
レビィは肩を竦めると欠伸をする。
「ママ! 面白くないからこいつを帰らせて」
「突然何を言うの!」
レビィが欠伸混じりに言うと、王妃は机を叩いて立ち上がる。
「ママこそ何を言っているの? 私が帰らせろ。そう言ったのよ?」
レビィが眼力を込めて辺りを見渡すと、水を打ったように静まり返る。
「……ブラッド・イースト。即刻帰りなさい」
王妃は告げると逃げるように立ち去る。貴族たちも尻尾を巻いて立ち去る。
「どうやって強くなったのか、知りたいわ」
誰も居なくなった会議室で、レビィはイーストとコメットを舐めるように見る。
「特訓した」
「今はそれでいいわ」
レビィは二人の横を通り過ぎる。
「西部戦線が落ち着いて暇になっちゃったの。存分に遊んでもらうわ!」
「戦闘狂が! 落ち着いたのなら進行して勝負を付けろ!」
レビィは二人を流し目で笑う。
「馬鹿言わないでよ。戦争が終わったら、強い奴なんて用済み。そうなったら私は昔みたいに一人ぼっち。そんなの嫌よ!」
レビィが足に力を込めると、床が割れる。
「あなたには期待しているわ。長く私たちと戦ってね。合格だったら、抱いてあげるから」
高笑いを上げながら、手を振って立ち去った。
「コメット! 大丈夫か!」
「大丈夫です。超人薬のおかげで回復が早いですから」
コメットはイーストの腕の中でため息を吐く。
「申し訳ありません。王都から脱出する途中に捕まってしまいました」
「あの女が相手なら仕方ない」
イーストはギュッと、守るように、コメットを抱きしめる。
「アトランタ・レビィ。アトランタ国第一王女にして、西部戦線の総大将。私たちと違う、生まれながらの超人が相手ではな!」
拳を振り下ろすと床が割れる。
「落ち着いてください、イースト様」
コメットはゆっくりと起き上がる。
「とにかく今は領地へ帰ることが先です!」
「そうだな。まずは領地と領民を取り戻すことが先だ!」
イーストとコメットは足に力を込めて走り出した。
イーストたちがついに王都を脱出したころ、ゼロは万年都の自宅でスラ子と赤子に笑いかけていた。
「拗ねないでくださいよ」
アリ子を抱っこし、クモ子をおんぶしながら、そっぽを向く二人の周りをうろつく。
「プーだ」
「拗ねては居ないぞ。ゼロが忙しそうだから邪魔をしないようにしているだけだ」
赤子とスラ子はそろって口を尖らせる。
「もう! 二人とも笑ってください」
ゼロは二人の前に座ると、両人差し指で、自分の頬っぺたを持ち上げて笑い顔を作る。
「ね!」
可愛らしい笑みに二人は思わず笑う。
「ゼロ、ずるい」
スラ子はプイッとそっぽを向く。
「我慢して。スラ子はアリ子やクモ子よりもお姉ちゃんなんだから」
ゼロはそっとアリ子をスラ子に抱かせる。
「お姉ちゃん?」
スラ子はゼロを見て首を傾げる。
「アリ子やクモ子よりも強いってこと」
「強い?」
「偉いってこと」
「偉い!」
「そう! だから二人を守って欲しいんだ」
「……守る」
スラ子はアリ子に目を移す。
その隙にゼロはスラ子を抱っこする。小声で重いなぁと笑う。
「スラ子はお姉ちゃんだから、アリ子とクモ子の面倒を見てあげて」
「お姉ちゃん……」
スラ子はじっとアリ子を見る。
「にっこり笑いかけてみよう」
ゼロがアリ子に笑いかけると、アリ子はキャッキャッと笑う。
「笑いかける……」
スラ子もにっこりと笑いかける。
「オネエチャン!」
アリ子はキャッキャッと何度も笑う。
「スラ子、お姉ちゃん。偉い!」
スラ子はよしよしと、ゼロと同じようにあやす。
「赤子さんもお願いします」
「私はゼロだけを守りたい」
赤子は頑なにそっぽを向く。
「お願いします」
ゼロからクモ子を手渡されると、渋々抱っこする。
「私が下等生物のお守りをするとは」
赤子は観念したようにクモ子をあやす。クモ子は目を見開くと、赤子から飛びのいて、ゼロの腕に戻る。
「やっぱり気に食わない!」
「ははは」
ゼロはゆっくりとクモ子の頭を撫でる。
ゼロは今日も平和な一日を過ごしていた。




