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イーストの状態

 イーストの状況を語る前に、イーストがなぜ王都へ来たのか記述する。


 時間は勇者を釈放せよとイーストの元に王都の使者が訪れたところまで巻き戻る。




「エリカたちを釈放しろだと! どういうことだ!」

「やり過ぎと、元老院で判断されました。王もそれに同意しております」

 笑い顔の仮面を被る青年は肩を竦める。


「馬鹿な! あいつらは殺人教唆に近いことをやった! 余罪は山ほどある!」

「それが何か?」

 使者は明るい声色を変えない。馬鹿にしているようだ。


「イースト様、あなたなら知っているはず。勇者は王直属の軍人です。勇者を裁くことは王しか許されません」

「だから私は王に許可を貰った!」


「許可を貰ったからなんです? 王は勇者を釈放しろと言っているのですよ? それに逆らうのですか?」

「お前……」

 ギリギリと部屋に拳を握りしめる音が響く。

 仮面の下で青年は笑う。


「とはいえ! 王に信頼されし、#100万貴族__ミリオンロード__#であるあなたが間違うとも思えません!」

 使者は突然手を叩いて喜ぶ。


「あなたも知っているでしょう。王は今、病気です。毎日死に怯えている」

「ただの風邪だと聞いたが?」

「病気ですよ。あたまの!」

 クツクツと腹を抱える。


「ま! だからこそ、王妃や王女も頭を痛めています。昔のパパに戻って! ってね。すると冒険者ギルドから報告が合ったようです。森の秘薬という最高の薬があると。それはイースト様、あなたが持っていると」

「そんな薬聞いたことも無い」

 イーストは顔色一つ変えずしらばっくれる。


「最後まで話を聞かずに否定するのは肯定と同じ意味では?」

 青年は金髪の髪を手くしで解す。


「とにかく、森の秘薬を出してくれれば、王様やら貴族やらが納得するって話ですよ」

 青年はめんどくさくなったのか砕けた口調になる。


「そんなもの持っていない。しかし、なるほど、王の言う通りかもしれない。だから王都へ勇者たちを送る」

「もう止めよう! 駆け引きは思った以上に面白くない!」

 青年は仮面の下で欠伸をする。


「僕は王も貴族も興味がない。権力争いは勝手にやれ」

「なら帰れ」


「そうもいかない。お前がどうやってサカモトとミサカズを殺したのか聞くまでは」

「あいつらが油断している隙に粛正した」


「油断ね。残念だけど油断だけじゃ無理だ。何故なら報告書に上がったサカモトとミサカズの能力は現役の勇者の中でも高い。数キロ先に落ちた針の音も聞こえるくらいだからね」

「酒を飲んでいた」


「サカモトは一滴も飲んでいないとある。ああ! これ以上御託は止めてくれ」

 ずっと青年は顔を近づける。


「お前は森の秘薬を改良して、肉体を強化する薬を作った。それが真実だ」

「それは妄想という」

 イーストは顔色を変えないが、青年は無視して続ける。


「一般人が勇者以上の力を得る薬。とても素敵だと思う。とても飲みたいと思う。飲ませてくれるかな?」

「そんな薬は無い」


「もしも飲ませてくれたなら、大人しく引き上げる。僕の権限で貴族と王妃を黙らせてやる」

「そんな薬は無い」

 時間が止まったかのように二人はにらみ合う。


「もう夜になったね。続きはまた明日」

 青年はパッと踵を返すと、手を振って部屋を出る。


「全く仕事ができなかった!」

 イーストは忌々しく夜になった空を見る。




 こんなことが数日続いた。

 イーストは頑なに森の秘薬を認めなかった。

 勇者たちが仮釈放されても認めなかった。

 そんなある日、仮面を被る青年が手紙を持って現れる。


「イーストちゃん! 元老院からお呼び出し。すぐ出発してね」

「なんだと!」


「内政は僕に任せて。雑にやっておくから」

 仮面の青年の後ろから王宮騎士が流れ込み、イーストを取り囲む。


「頑張ってしらばっくれてね。そのほうが長く、王様気分を味わえるから」

 青年は小馬鹿にしながらイーストを見送った。




 これがイーストが王都へ来た理由である。

 そして今もなお帰れない理由である。


「万年樹の森の再建はどうなった? 畜生! 手紙も出せない!」

 イーストは強制連行されたため、自分の領地で何が起きたのか分からない状況だ。指示も出せない。

 きな子にご飯を届ける約束が果たされなかったのも、イーストが突然居なくなったことに関係する。


「落ち着け……イラつくな。これが奴らの狙いだ」

 イーストは必死に独り言を言って気分を落ち着ける。


「奴らが欲しいのは森の秘薬の情報。だから私を殺すことはしない。だが森の秘薬を喋らない限り外に出られない!」

 何度目になるか、自由の扉となる窓を見る。


「ダメだ。逃げては#100万貴族__ミリオンロード__#の地位をはく奪される。それは絶対にダメだ!」

 イーストは机に拳を押し付けて怒りを抑える。


「誰だ!」

 突如顔を上げると部屋の隅を睨む。


「イースト様!」

「コメット!」

 女隠密のコメットが影から現れる。


「どうやってここに!」

「シッ! お静かに! 外の見張りに気づかれます」

 イーストはギリギリと扉を睨むが、深呼吸して表情を和らげる。


「分かった。ありがとう」

 イーストはもう一つの椅子を引くと、コメットに笑いかける。


「ありがとうございます」

 コメットはお辞儀をして座る。




「まず、領地の様子を聞きたい」

「仮面の男が勇者たちを釈放しました。見張りが付いていますが、事実上野放しです」


「あの野郎!」

「それだけでなく、町から徴収を行うなど悪政を敷いています」


「独裁者気分か! 人の領地で遊びやがって!」

「さらに、ゼロが万年樹の森の近くに、万年都と呼ばれる町を作りました。城下の人々はほとんどがそこへ移住しました。城下は廃墟となっています」


「……何だと?」

 イーストの目に血管が浮く。


「ゼロが第二の町を作って、俺から領民を奪った? なぜだ? なぜそんな酷いことを? まさか俺を蹴落として#100万貴族__ミリオンロード__#になるつもりか? 俺がどれだけ可愛がってやったのか忘れたのか!」

「イースト様……」

 長時間拘束されたためか、イーストの目にはクマができている。頬を少しこけている。ストレスによる疲労が目に見える。

 コメットは一瞬、圧倒されたが、すぐに表情を戻す。


「領地は崩壊寸前です! すぐに戻りましょう! 森の秘薬など話してしまえばよいです!」

「ダメだ! それでは王が死なない!」

 イーストの表情に狂気の影が見え始める。


「王が死ねば国は乱れる! その時に勝つのは、超人薬と森の秘薬を持つ俺だ! あいつらに渡すなどあり得ない! 我がブラッド家こそ、真の支配者となる! そして仮面の男やエリカ! ゼロ! すべての勇者を殺す! そうすることでこの大陸に平和をもたらす!」

 握りしめる拳からポタポタと血が流れる。流れた血はテーブルの上に落ちて、血だまりを作る。


「イースト様」

 コメットは両手でイーストの拳を包み込む。


「どんなことがあろうとも、私はあなたのお傍に居ます。地獄の果てまで、一緒に居ます」

 コメットは死も包み込むような、愛に満ちた笑顔を見せた。


「……ありがとう。本当に」

 イーストはゆっくりと拳を開く。




「それにしても、良くここに来れたな。仮面の男の監視は辛かっただろう?」

「超人薬を毎日少しずつ飲みました。それでようやく外へ」

 コメットは懐から複数の超人薬をイーストに渡す。


「仮面の男は超人薬を探しています。あいつに飲まれる前に、イースト様が飲むべきです!」

「当たり前だ」

 イーストは超人薬すべてを飲み干す。


「無くなってしまったか。予定が狂った」

 イーストは空になった小瓶を睨む。


「また作ればいいです。調合は記録済みです」

「そうだな。そしてゼロが万年都を作った。ならばすぐに材料を調達できる」

 イーストは腕組みをする。


「もうゼロには用はないな」

 ポツリと非道を口にする。コメットは声を出さない。


「あいつは私に牙を向いた。私の民を奪った。敵対だ。殺すしかない」

「ならばすぐに」

 コメットは席を立つ。


「待て。あいつを殺すのは私だ。そうしなければならない」

「はい」

 コメットは頭を下げて席に座りなおす。


「事情は分かった。戻ったら、ゼロに近づいて情報収集をしろ」

「分かりました。それで、イースト様はいつお戻りに?」


「明日の審問会でどうにか言い負かす。そうしてあいつらに諦めさせる」

「分かりました。お待ちしています、イースト様」

 コメットはお辞儀をすると、煙のように姿を消した。




 イーストは椅子に座って窓の外にある曇り空を見つめる。

「ゼロ……とても残念だ。だが仕方がない。せめて慈悲を持って、お前を殺そう」

 ゆっくりと瞼を閉じる。


 瞼の隙間から涙が零れた。


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