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蜘蛛人、クモ子 一方イーストは?

 じっとりと汗をかく真昼、僕は赤子さん、スラ子、きな子とともに万年樹の森を調査する。

「以前に比べると落ち着いたかな」


 調査理由は蟻人が侵略し、作物やハチ子たちに大打撃を与えたからだ。

 幸い死人は出なかったが、もしも赤子さんやスラ子が遠出していたら危なかった。

 そうならないために対策が打てるよう、情報収集しに来た。




「アリ子、お腹空いた?」

 周りに気を取られていると、抱っこするアリ子が手を伸ばしてきたので微笑む。


「ママ、ゴハン」

「はいはい」

 ポケットに入れたキャンディを手渡す。アリ子はパクリと口に入れるとガリガリと音を立てる。


「モット」

「はいはい」

 ぐずるアリ子に再びキャンディを渡す。


「美味しい?」

「オイシイ」 

 コロコロと口の中で転がす。


「ゼロ、頂戴」

「私も欲しいぞ」

「分かりました」

 赤子さんとスラ子が強請ったので十個ほど渡す。


「食べさせて」

 スラ子は受け取らず、口を開ける。


「甘えん坊だな」

 キャンディを一つ摘まんで口へ運ぶ。スラ子は指ごとパクリとキャンディを食べる。柔らかい唇と舌が指を舐める。


「私も欲しいぞ」

 赤子さんがあーんと口を開ける。ちょっと見っともなくて、おかしい。


「分かりました」

 同じように口へ運ぶ。やっぱり指ごと食べられる。鋭い歯が指に当たり、柔らかい舌がキャンディを奪い取る。


「美味しい」

「美味い」

 二人とも笑顔でキャンディを舐める。

 僕も一つ舐める。


 このキャンディは町の人が作った作品の一つだ。アリ子に食べさせる物は何かと迷っていたら、良かったら食べてと渡してくれた。

 キャンディは万年樹の樹液を固めたもので、非常に美味しい。酸味がするから果物が少し混じっているかもしれない。

 日持ちがするし、もち運びも簡単だから、仕事中に舐めることができる。バードさんやザックさんも、盲点だったと絶賛していた。


「人が集まると沢山アイディアが出るなぁ」

 キャンディの甘さでほっこりする。

 僕一人では考えられないことだ。ザックさんやバードさんだけでも無理だった。

 皆が集まったからこそできた最高の逸品だ。


「万年都を作ってよかった」

 嬉しくて笑顔が零れる。


「ゼロ、走るぞ」

 突然きな子が不機嫌に足を止める。


「キャンディが食べられないから拗ねてる?」

「そんなことは無い! 早く帰りたいだけだ!」

 毛が逆立っているから嘘だ。


「分かりました。早く帰って、樹液をかけたお肉を食べよう」

「ふん!」

 きな子は拗ねた声を上げると、颯爽と走り出した。




「酷いな……」

 ある程度奥へ入ると、ついに蜂人や蟻人、蜘蛛人の死体を発見する。

 縄張り争いや餌を得るために戦いあった形跡がありありと大地に刻まれている。


 死体は腐食が始まり、大きいゴキブリやハエなど森の分解者が集っている。


「赤子さん、殺気はありますか?」

「以前に比べて大分少なくなっている」

 赤子さんから目を離し、再度凄惨な現場を見つめる。


「戦いで虫人たちは死んだ。それに合わせて森も落ち着いた」

 相当数の虫人が死んだおかげで、やっと生態系のバランスが戻った。縄張りに入らなければ、積極的に餌を求めて万年都を襲う虫人は居ない。

 ハチ子たち蜂人とオオカミたちに警備してもらえば十分対処できる。


「問題は土地だ。ハチ子は巣作りの場所を求めて万年都に来た。そういう子は他にも居るはずだ」

 産卵の時期が危ない。住処を求めて万年都にやって来る。


「万年都の西に未開拓の場所があった。北に万年樹を植えるよりも西側に植えたほうがハチ子と縄張りがぶつからないかも」

 思いついたこと、気づいたことをメモする。後でキチンと清書して、バードさんたちに提出しよう。


「これで良し」

「帰るか?」

 きな子はぶっきらぼうに尻尾を振る。


「最後に蟻人の縄張りに近づいてください」

 アリ子の頭を撫でる。


「仲間のところに居たほうが良いと思いますから」

「期待するなよ。何度も言うが、縄張りの外から来たものは同種族でも敵だ。それがモンスターだ」

 きな子は諫めるような瞳を向ける。


「分かってます。でも何もやらないよりは良いと思います」

「頑固な奴だ。それが良いところだが」

 きな子はクツクツと笑いながら歩き出した。




「ここだ」

 きな子がピタリと足を止める。遠くでチラチラと蟻人たちが巨大ネズミを巣に引きずり込んでいく。


「これ以上は近づけない。敵対行動と見なされる」

「ありがとう。大丈夫。呼びかけるだけだから」

 きな子の背中から下りる。


「縄張りに近づいても攻撃してこないから、見立て通り落ち着いたんだな」

 考えの正しさを感じた後、息を吸い込む。


「もしもし!」

 思いっきり声を出すと、蟻人数匹がこちらを見る。


「話がしたい! 傍に行っていいですか!」

「ナカマ?」

 蟻人たちが近づく。


「テキ!」

 少し臭いを嗅ぐと威嚇行動に出る!


「落ち着いて! この子の話をしたいだけだから!」

「テキ!」

 威嚇行動を解かない。


「この子を見て」

 そっとアリ子を見せる。


「この子を仲間に入れさせてくれませんか?」

「テキ!」

 僕の臭いがアリ子に移ってしまったのか、蟻人たちは警戒を緩めない。四本の足と二本の両手を広げて、牙をむき出しにする。複眼がギラギラと殺気だっている。近づくだけでも危険だ。


「ゼロ、諦めろ」

 きな子の声で諦めがつく。


「騒がせてごめんね」

 ゆっくりと後ずさり、きな子の背中に避難する。


「行こう」

「そうだな」

 きな子が走るその間にも蟻人を見つめる。

 彼女たちは未だに牙をむき出しにしていた。


「ママ」

 気落ちしているとアリ子の小さなお手手が顔に当たる。


「どうしたの?」

 笑いかけるとアリ子も笑う。頭にある二本の触覚がピコピコ動く。


「ダイスキ」

「どこでそんな言葉を覚えたんだろうね」

 嬉しい言葉に心が落ち着く。

 踏ん切りが付いた。僕が育てよう。結婚相手が必要になるけどそれは大人になってから考えればいい。良い人が迷い込んでくるかもしれない。


「これからもよろしくね」

「ダイスキ」

 可愛らしい唇にキスをする。

 パクリと顎が割れて蟻の口となる。


「噛まないでね」

 突然の変貌に苦笑いが出る。

 人間に近くても確実に蟻の血が混じっている。

 半人半虫、それが虫人だ。


「でもこれはこれで可愛いよね!」

 個性的だ! びっくりするけどたくさん食べる姿を想像すると楽しそうだ!


「ブー!」

 傍に座るスラ子が頬っぺたを膨らませる。


「ふん!」

 赤子さんが隣でそっぽを向く。


「二人ともどうしたの?」

「知らない!」

「別に!」

 二人は機嫌が悪いままだ。顔を見てくれない。


「ママ、ゴハン」

「分かった分かった!」

 アリ子が両手で頬っぺたを掴んできたので急いでキャンディを食べさせる。


「ブー! ブー!」

「ふーんだ!」

 二人の機嫌が悪いが、アリ子の機嫌を取るほうが先だ!


「ママ、ママ」

「よしよし! 僕はここに居るよ!」

 笑いながら頭を撫でる。アリ子はキャッキャッと笑う。


「ブーブーブー!」

「私は怒っていないぞ! 私が一番ゼロを愛しているからな!」

 なぜ怒っているのか分からないけど、後で二人の機嫌を取ろう。


 そう考えていると、突然きな子の背中に蜘蛛人の少女が飛び乗って来る!


「蜘蛛人!」

 ギクリと体が硬直する! しかし赤子さんとスラ子は知らんぷりだ。


「どうせ、ゼロ、攻撃するなって言う!」

「ゼロは優しいからな! 私はそんなところが好きだぞ!」

 二人とも蜘蛛人を見もしない。


「えっと、まあいいです。確かに殺気を感じませんから」

 スラ子と同じくらいの大きさの蜘蛛人は、わさわさと下半身にある沢山の足を動かして近づく。


「アラクネって妖怪を聞いたことあるけど、瓜二つだ」

 下半身は蜘蛛の体で、そこから少女の体が生えている印象だ。


「オナカスイタ」

 手元にあるキャンディを見つめる。


「あげる」

 放り投げるとパクリと口に入れる。


「オナカスイタ」

 まだまだ強請って来る。


「このまま連れて帰るのか? 振り下ろすなら一度下りろ」

 きな子は足を止める。


「えーと。蜘蛛人って集団行動を取るんですか?」

「蜂人や蟻人と違って単独行動だ」


「なら、一人ぼっちは可哀そうかも」

「ハチ子やアリ子のように仲間意識が無い奴だぞ?」


「だからって放っておく訳にはいきません。せっかく会えたんだし」

「お人よしだな」


「ごめんなさい。しっかり教育しますから」

「すっかり教育ママだな」


「そこはパパでお願いします」

「全く」

 きな子は呆れながら足を進める。


「スヤスヤ」

 いつの間にか蜘蛛人の少女が膝の上で眠り始める。


「スウスウ」

 アリ子も寝息を立てる。


「君の名前はクモ子。少しの間になるかもしれないけど、よろしくね」

 クモ子の頭を撫でる。無警戒に眠り続ける。


「ブブブー!」

「私も寝るぞ! 一人で寝るからな!」

 スラ子と赤子さんは不貞腐れたままだった。




 ゼロが赤子、スラ子、アリ子、クモ子、きな子とともに万年都へ帰る時、イーストは王都の客室に居た。

「水を持ってきてくれ」

 ドアに立つ見張りの騎士に水差しをかざす。


「分かりました! イースト様!」

 二人のうち一人が外へ出る。もう一人は部屋に残ったままだ。


「外に散歩へ行きたいのだが?」

 残った一人に、椅子に座ったまま猫背で鋭い目を投げつける。

 騎士は怯えない。


「申し訳ありません! その命令は聞けません! 明日の審問会が始まるまでご辛抱ください! 御用があれば私たちが対応します!」

「何回目の審問会だ!」

 イーストは小声で机を叩く。ピシリと机にヒビが入る。


「王と腰巾着どもの貴族は後何か月監禁するつもりだ!」

 ギリギリと歯を食いしばる。


 イーストは王族と貴族に軟禁されていた。


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